四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その6-

「(主《ぬし》に合うものをと見ておったが、自身のものを見るよりも遥かに心が躍る)」

ヌラリヒョンはふらりふらりと都の大通りに並ぶ店舗を冷やかして回っていた。
時間に限りがあるので己の足だけに頼らず、店主と雑談し、訪れた客に声をかけ、他人を巻き込んで効率的に情報を収集している。

「(主は自分が飾る事を避けがちではあるが、時折年頃の娘の如く飾って楽しんでいる事は承知している。
 儂に見られるとさっと外そうとするが、それを止めさせた時のはにかんだ笑みの可憐さは今でも鮮明に思い浮かぶ。
 ……しかし、儂がこんなに楽しんで良いものか。主を連れて好きに選ばせてやる方が喜ぶだろうに。
 だが、驚かせたい気持ちもある……。ははっ、なんと贅沢な悩みか)」

既成事実(嘘)の為の装飾品を目利きしていると、都から近い港に届く舶来品が八百万界では目にする事が出来ない物が多いとの情報を得たヌラリヒョンは賭けに出た。
都の外をただ歩いている間にも、四方八方から轟音が鳴り響き、空には黒煙が上がっている。
足を速めると齢七、八くらいの子供が黒煙の一つに向かって走っていくのが見えた。

「これ、人の子よ。一人では危ないぞ。ここらは悪霊が少ないとはいえ油断はならぬ」

子供は言われた通りに足を止めたが、ヌラリヒョンに不満げな表情を惜し気もなく見せつけた。

「そんなに面白いものがこの先にあるのか?」

理解を示してみせると子供は満面の笑みを浮かべ、興奮気味に話した。

「あのね! 向こうで英傑と英傑が戦っているって!
 そんなの絶対にかっこいい! 見に行きたい!」
「ほう。なるほど……。困った若造どもだ」

最後は子供に聞こえぬようにぼやいた。

「そうそう知っておるか? あれは悪霊を誘き寄せているのだよ。
 仲間割れと見せかけ、漁夫の利を得ようとした胸を躍らせた悪霊を一掃する為にな」
「え。悪霊……」

悪霊の一言に、子供は顔を強張らせた。

「今引き返せば戦禍に巻き込まれずに済む」

笑みを浮かべたまま、ほんのりと殺気を混ぜると子供は素直に都へと駆けて行った。

「……さて、主の物を見に行きたいのは山々だが、まずは其方が一番大切にしているものから守ってやる事にしようか」

前髪をかき上げて帽子を被り直すと、何もなかった右手に剣が出現した。
















「いったい何人連れてくりゃ気が済むんだ……。いや、あんたが悪いんじゃなくて、連れてこられてる奴が悪いんだ」

昨日から怪我や気絶した英傑の治療に明け暮れるアカヒゲはげんなりとしていた。
今日も霊廟は賑わっている。

「悪霊に関係なく怪我ばっかしやがって。……まあ、病気じゃねえのは喜ばしい事なんだろうけどな」

死に立ち会う事の多いアカヒゲであるが、本殿の英傑達を一度も看取った事が無いことはひっそりと嬉しく思っていた。

「こいつら熱中症にもならねえからな……。どんだけ頑丈なんだよ……」

小言を漏らす顔は笑っていた。
すると襖が開かれ、だらだらだらだらと汗を流すユキオンナが立ち尽くしていた。
連日の猛暑でユキオンナは存在を保つことすら困難となり、霊廟内に巨大な氷室《ひむろ》を設けて中で静かに過ごしている。
だが一歩氷室から出れば、ご覧の有様である。

「あんたは無理せず休んどけ。手伝いとか考えんな」
「でも、今日は特に運ばれてきた方が多いですし。わたしも少しなら力に」
「いいんだよ。ほら、部屋に籠って好きな事してろ」
「でも」
「でもじゃねえ。あんたの事は頭領さんにも頼まれてんだからな」

何かあればアカヒゲに迷惑がかかると察したユキオンナはしょんぼりとしながらキンキンに冷えた氷室へと帰っていった。

「……にしても今日は本当に外がうるせえな。祭りじゃねえんだぞ」

















各地で小競り合いが勃発していたが、一番激しい戦地はマサカド率いる平氏の軍とヨリトモ率いる源氏の軍であった。
双方ほんの少し声をあげただけであったが、各地で息を潜めて期を待っていた兵たちはすぐさま駆け付けた。
マサカドは八百万界の歴史に書かれている、所謂「源平合戦」の平氏ではない。
しかし過去源氏に敗れた平氏たち、そしてその怨霊はマサカドに眠る不倶戴天の怨みに惹き込まれ、
己の無念を晴らす者として認めてしまった事が事態をややこしくさせていた。
そしてもう一人。

「(マサカドを止めるはずが、まさか加勢する羽目になるとは。
 どいつもこいつも、主《あるじ》殿がいなければこれほどまでに統率力を失うのか。馬鹿めが)」

マサカドと共に武具を操るミチザネが加勢している事も、怨霊たちを後押しした。
一時は怨念を募らせ怨霊に近しい存在となったが、一転多大な信仰心を集めた事で人族でありながら神霊級の魂を持つ。
怨霊からすれば強い助っ人であり、マサカドに手を貸す以外に考えられなかった。
生者もまた、マサカドの評判は当然聞き及んでおり、同じ血脈を持つ者であの源氏を倒せる力を持つのであればいくらでも手を貸す気でいた。

一方、源氏軍は、ヨリトモに仕えていた者達やその末端の者達の集合体である。
急ごしらえの平氏軍とは違い、こちらの主従の結びつきは強い。それに加え、

「(主《ぬし》様ごめんなさい! やっぱり私、平家が大嫌いなんです)」

モミジのように平の血が流れる者全てを嫌悪、敵視する者は依然として多く、そういった者達もヨリトモ(と、ウシワカマル)に力を貸していた。
大将であるヨリトモはそんな者達もまとめあげ、采配を振るっていた。

「フハハハハ、八傑が一人ウシワカマル! 相手にとって不足なし!」

大将であるにも関わらず前線で戦うマサカドはウシワカマルとの斬り合いを楽しんでいた。
私闘禁止の本殿ではあるが、偶には仲間同士で刃を交える事がある。
しかしながら、ウシワカマルはそういった事には一切参加しない。
こんな時でもなければ、戦いを挑む事は不可能である。

「僕からすれば、君は少々力不足だ」
「好きなだけほざくが良い」

遠距離攻撃で支援するミチザネとマサカドの息は合っているが、刃はいつまで経ってもウシワカマルには届かない。
捉えたと思っても霞のように消え、舞のように戦場を踊る。
ウシワカマル一人が、二人を引きつけている間に源氏軍が平氏軍を狙うが、数が多い平氏軍を倒すのは一筋縄ではいかない。
しかも平氏軍は実体のない者までもが一兵として参加している。
戦場は混乱を極めた。
そんな中小さな第三勢力であるツチグモとサラカゾエが両軍の兵士を僅かながら無力化させていた。

「(こんなのきりがありません……!)」

恨みを募らせた結果妖族にまでなったサラカゾエは、実体のない怨霊であっても五枚刃の手裏剣で切り伏せ、
恨みの力を大地に注いで兵士たちを毒で蝕み少しずつ倒していた。
ツチグモは本能の赴くまま、敵という敵を全て糸で半殺しにしていた。
息の根を止めないのは、頭の中に余計なものがしつこくチラついてしまうせいである。

混戦の中、射者が好みそうな小高い場所にて、オダノブナガは両軍のぶつかり合いをジッと眺めていた。

「両軍ともに儂と独神殿の婚姻の為によく働いておるわ。後で全員に褒美を取らせようぞ」
「でもどちらが勝利してもノブナガ様に何の利益もないんじゃないかしら?」

ノウヒメが尋ねると、ノブナガは鼻で笑った。

「余興に決まっておろう。どちらも儂の脅威になるような者ではない」
「それもそうね」















別の場所で、セイリュウとスザクは背中合わせで戦っていた。

「寄せ集めの兵にしては、統率がとれているね」
「ああ。全く、こんなところで戦を起こすとは思わなかったよ」

本隊から離れてしまった末端の兵士たちは、宿敵を見つけられず付近をうろついており、それが地域住民に恐怖を与えていた。
セイリュウとスザクはそんな民の為に、刃を振るい続けていた。
終わりのない戦いの途中、イマガワウジザネが助っ人に現れた。

「まさかねえ。また同族と戦うとは思わなかったな」

そんな事を零しながらも、きっちりと兵たちを地に叩きつけていく。
英傑三人の手により、辺りの兵たちは全員倒す事が出来た。
疲労困憊の三人は武器をしまい一息つく。

「ぜっっんぜん! 人数が足りない。本殿から誰か呼んだ方が良くないか?」

イマガワウジザネがそう言うと、スザクが返した。

「オモイカネさんが動いてくれているよ。そろそろこっちに着く頃じゃないかな」
「おい、お前ら」

声が聞こえたのは足元の地面からだった。
乾燥し硬くなった地表が泥のようにうねると、中からぴょいと飛び出したのはオロチマル。

「ふうん、お前らはヤケ起こしてねえみてえだな」
「オロチマルは何をしているんだい」

セイリュウが尋ねた。

「そりゃ、馬鹿二人を止めようとしてるに決まってんだろ。
 ったく、頭領の不在時に何やってんだか気が知れねえよ。
 頭領の嫁か旦那が気に入らなきゃ、追い出しちまうか討てば良いだけだってのに」
「じゃあ、オロチマルは……するのか?」
「は? 主に逆らう忍がいるわけねえだろ。下らねえ事言うんじゃねえよバーカ!」

オロチマルは水に潜るように、地面に潜って行った。
目を伏せるセイリュウにイマガワウジザネが理解を示した。

「聞きたくなる気持ちは判るよ。今は誰が何を考えているかまるで判らないしね」



その頃本隊では。



「(ウシワカマルが厄介だ。俺の矢では射貫けん……!)」

身軽な身のこなしで笛も刀も操るウシワカマルは、やはり八傑に名を連ねる者、別格の強さであった。

「(くっ。このままでは……!!)」

弓を構えるミチザネの元に源氏の雑兵がわらわらと寄ってくる。
射抜いても敵に限りがなく、そのくせ矢には限りがある。
射貫けなかった兵の一人の刀の輝きを目にしたミチザネは負傷を覚悟した。

「ははっ、押されてんじゃねェの」

聞き覚えのある声を背中に受けた瞬間、目の前の兵が前方へと吹き飛ばされた。
わらわらと集まっていた兵がお手玉のように次々と吹き飛ばされていき、ミチザネの周囲はあっという間に茶色い大地が顔を出す。

「シュテンドウジ……。何しに来た」

そう言い捨てれば、名を呼ばれた鬼は口角を上げて笑う。

「英傑の数がこーへーじゃねェだろ。だからちょいと参加してやろうと思ってな」

飛び回っていたウシワカマルは動きを止め、じっとシュテンドウジを見据えた。

「おーおー、ウシワカマル。珍しく馬鹿やってんじゃねェか。
 先輩の俺が教えてやろうか? 土下座のやり方」
「不要だ。君が僕に有益な事を教授するなど片腹痛い」
「おい。シュテンドウジ。加勢は不要だ。俺の獲物だぞ」

朱色に染まった刀身をシュテンドウジに突き付けながらマサカドは言った。

「んなこと勝手にしろ。おれも勝手にやるだけだからよ」
「なるほど。その考え、嫌いではないぞ」

地を蹴り飛び出したマサカドが先行し、そのすぐ後ろにはシュテンドウジが。
流石のウシワカマルも同じ八傑が加わっては分が悪い。

その様子を別の場所で、オモイカネ達が見ていた。

「この気迫。人族は命を燃やす時が一番輝きますね」

眼前に広がる兵と兵のぶつかり合いを見て、アリエが言った。

「あの中に入って戦うなんてわたし無理だよ~。
 わたしの声なんて全然届かないじゃん。むりむり!」

心が折れたアリエとは真逆なのは、ヤギュウジュウベエとイッタンモメン。

「この剣でやる事がまさか仲間を斬る事とはな。残念でならん」
「困ったね。本当に。土埃で汚れそうだよ」

どちらも言葉とは裏腹にしっかりと兵たちの動きを目で追いながら、得物を握りしめていた。

「アリエさんは付近で暫くお待ちください。貴方の力は必ず必要となりますから。
 ではお二方私についてきてください。行きますよ」

有象無象の中に三人が駆けて行き、オモイカネの補助を受けながら二人が切った張ったを繰り返す。

「ひ、ひとりにするなんて……ひどい……。あんまりだよ……」

アリエは、ぽろ。ぽろりと己の寂しさ、悲しさを呟いた。
その言葉はやがて歌になり、戦場に降り注ぐ。

「流石アリエさんです。兵たちの注意が逸れています」

八百万界最高峰とも称される歌声と金属音と咆哮が戦場を埋め尽くしていく────。
















小さな戦場が、ここ、本殿の敷地の中にもあった。
いくつかある蔵のうちの一つ、モリランマルは鍵を破壊して中に侵入した。
塵と埃が薄く積もったいたって普通の蔵。
荷物は少ない。竹で編んだ籠《かご》や、何も書かれていない紙や巻物が数個捨て置かれている。

ここは普段英傑が利用している蔵でもなければ、今後利用される予定の蔵でもない。
独神が個人的に使っている蔵だ。但し、英傑の誰もその用途を知らない。
ランマルはこの中に今は不在の独神の居場所を突き止められるものがあると踏んでいた。
戦闘力のない独神が供も連れずに、儀式の時に姿を消す。
独神は結界を用いて空間を切り取っているのか、それとも何処かへ通ずる隠し通路があるのか。
ランマルは仕える主の為にも、見つけ出さなければならなかった。

「(言葉では独神様を説得することは出来ないでしょう。
 であれば……ここは洗脳でしょうか。既成事実さえ作れば独神様も諦めるでしょう。
 本当に諦めるでしょうか。彼女を縛るのは八百万界や悪霊であって、英傑では歯が立たないように思いますが。
 ……いえ、弱気になってはいけませんね。ノブナガ様の願いを叶えなければ)」

術の痕跡がないかと隅々まで目を通していると、ふいに嫌な予感がした。
根拠など何もない。
勘に頼って身体を捩ると右肩が大きく切り裂かれた。

「モモチタンバ……!」
「言葉はいらん。主《あるじ》殿に仇なす者を消すのみだ」
「あの時消えていれば良かったものを」
「詰めが甘いのだ。存分に後悔しろ」

弓は接近戦には不向き。加えて蔵のような狭い場所では弓が引けない。
これでは暗殺に特化した忍の独壇場である。
それも相手は伝説の忍と称されるモモチタンバであり、いくらランマルが手練れであろうと勝機はなきに等しい。

「この程度でわたくしを追い詰めたと思わない事です」

目にも止まらぬ速度で飛び出した矢は蔵の天井に大穴を開けた。
崩れる建物の音を異常に思った英傑達がすぐに集まってくることだろう。
だがそれで粛清の手を止めるモモチタンバではない。
モリランマルにはまだ一手あった。

「(ノブナガ様に仕える者として絶対に負けるわけにはいきません)」
「(我が主君の為ならば英傑殺しの罪、何度でも犯してみせよう)」















「なあ、スズメよう……。守備は?」
「すみません。僕の方はさっぱりで」
「オレ様も手掛かりすらねえな」

スズメとゴエモンの両名は途方に暮れている。
何故こうなったのかというと、そもそもゴエモンが持ち掛けたことにあった。

「なあ、お頭の相手を見つけねぇか?」

普段任務以外話す事のないスズメはゴエモンを警戒し反対した。

「興味がありません。他をあたって下さい」
「まあまあ、ちょっと待てって。
 オレ様は別に野次馬根性で言ってんじゃねぇぜ? ……本殿の奴らを考えてみろ。
 お頭の心を盗んじまった相手を亡き者にしちまおうって奴は一人や二人じゃねえ。
 だったら、オレ様たちが護衛してやる必要があるだろ?」

一理ある、と思ったスズメであるが、この義賊の言葉を信じて良いのか悩んだ。

「何故僕に。他に適任者がいますよね? 伊賀の忍の方とか」
「ははっ。そうだな。まぁ、そっちは寧ろ護衛ってよりも、……なあ?」

はっきりとは言わないが、人の道に逸れた者達はやはり信用できないのだろうと思った。

「だが、オマエはお頭の伴侶を討つような真似はしねぇだろ。勘だけどな」

全てを信用したわけではないが、スズメはゴエモンに協力する事に同意した。
そこから各自で情報を集め、今一度目の合流をした所だった。

「しかし予想通り、おっぱじめやがったな。困ったもんだぜ」
「困ってなさそうに見えますが」
「この程度の戦は餓鬼の頃から日常よ」

スズメは何かを言いかけたが、その前にゴエモンが言葉を重ねる。

「戦自体は他の奴が収めるだろ。気にするこたねぇよ。
 どうしようもねぇヤツらが多いのは確かだが、クズでもねぇからな」

わははと豪快に笑うと、スズメが「あの」とおずおずと声をかけた。

「……少し聞いてもらいたい事があります」

ぴたりと笑うのを止め、ゴエモンは黙ってスズメの言葉を待った。

「雀の寿命は短く二年生きれば長生きだと言われます。その中で三年も生きた者がいたんです。
 と言っても、ぼけちゃってて、情報としては使えないんですが……。
 でも気になる事を言っていたんです。
 良かったね。独神様が帰ってきて。あのまま悪霊と血を混じり合わせていたらきっとこの夏はなかったって」
「…………は。な、なんでぃそりゃ」

あまりに突飛のない事。

「ぼけちゃったから、そんな事言うんだろうと思って黙っていました。
 でも、君には言ってもいいかもしれないと思ったので」

信じてくれなくて構わないとスズメは笑ったが、

「……他の奴と合流する。勿論オマエにも来てもらうぜ」

ゴエモンの目は真剣だった。















「人の争いに私が介入する必要がどこに?」

オモイカネに助力を頼まれたホウオウはそう言って追い返した。
独神を祝う準備を続ける。

「全く嘆かわしい。主人がいればこんな事には……」
「まあまあ。長い目で見ようじゃないか。それに、彼らもそのうちには頭が冷える」

フクロクに諫められると、苛立ちでかっかっしていたホウオウも気持ちが静まってくる。

「君は、そう思うのですかな?」
「ああ。彼らも行き場のない感情を刀を振るう事で発散しているに過ぎない。
 暫くすればきっと鞘に収められるさ。なあ、ジュロウ」
「っ! と、突然振るなよ!」

物陰からジュロウの声がした。

「オレはフクロクと主《あるじ》以外の事なんて知らねえよ。
 けど、いつもなんとかなってるんだから、今回もなるんじゃねえのか」
「ほら、ジュロウだって信じている」
「し、信じるとか信じないとかそんなんじゃねえよ!!」

ぎゃんぎゃんと喚くジュロウと、その様子を微笑ましく見るフクロクと。
それらを見ながら、ホウオウはぼんやりと考えるのだ。

「(本当に、自浄作用が働くのでしょうか……。私は信じ切れませんが)」















「放して下さい。争いなんて。私が調停してみせます」

はりきっているエンマダイオウを、ミツクニはどうどうと暴れ馬に接するように御している。

「はいはい。判った判った。気合十分なのは悪霊だけにしてくれ」

羽交い絞めにされたエンマダイオウに、キイチホウゲンが術をかける。

「私の術でどこまで拘束出来るかは判らんぞ」
「その為の俺だ。今回は工作だけではないぞ。この身に集めた信仰心を使わせてもらった。
 そう簡単には解けないだろうさ」

オオクニヌシは以前頼まれて作った手錠の輪をエンマダイオウの手と足にかけた。
フウマコタロウとハットリハンゾウが使った物とは違い、今回は輪と輪の間の鎖が長く行動を阻害されない。
しかし、エンマダイオウは本殿から出ようとしても手錠がついた手足は全く動かない。
自由に動けるのは敷地内まで。

「あいつらの所にはもう何人かが迎えに行ってる。だから、あんたはここでもう少し待っててくれ」

ミツクニに対し、エンマダイオウはきっと睨みつけた。

「時間の経過とともに罪は重くなるばかり。であれば、いまここで私が抑えた方が彼らの為と考えますが」
「……そうかもな。けど、あんたが言って気づかせるんじゃ駄目だ。自分で気づかねえと」
「何故そうも悠長にしていられるのです。私《わたくし》には理解し難い」
「まあまあ。とにかくもうちょっと待ってくれって」

今にも業火で断罪しそうなエンマダイオウを、受け入れたり、受け流しつつ、ミツクニは時間を稼ぐのであった。
















「……。えっと、どうした?」
「い、いえ、なんでも……」

イッシンタスケが飴を細工する様子から、セトタイショウは目を離さない。

「言いたい事があるなら言え!」

じれったいと声を張ると、セトタイショウがうっとりとして言った。

「こ、壊れそうで、良いですよね……」
「……? まぁ、繊細なもんだからな。その繊細さがこの美しさを作ってんだろうよ」
「ですよね! 壊れそうで美しいですよね!」
「壊すなよ」
「壊しませんよ!」

祝い用飴細工に魅了され続けるセトタイショウに悪い気はしないのだが、やはり少し怖かった。

「(ほっといても大丈夫だよな……?)」















────手の空いた者は衣装作りを手伝って欲しい。

そう呼びかけがあったのだが、ボロボロトンは気が引けた。
蒲団をボロボロにしてしまうばかりの自分は、なんとなく布製品には近づかない。
生気があるわけではないからボロボロにはならないけれど、相手の大切なものをもしも壊してしまうのが怖かった。

「なあに遠慮してんだよ。暇なんだから行くぞ」

チョクボロンに背を押され、オツウの手伝いをする事になった。
オツウの作業場には様々な織物が広げられていて荘厳であった。

「皆さんすみません。手を貸して頂き感謝しております」

オツウの指示をしっかりと聞き、間違いを犯さないようにと作業に取り組んだ。
美しい反物に触れて、また別の反物に触れる。
ボロボロトンは蒲団とはまた違う布の手触りを気持ち良いと思った。
反物はオツウの手によって、服へと変化していく。
ボロボロトンが縫った部分も、その服には含まれている。
それを、独神が着るのだと思うと、胸が高鳴った。
自分が触れた布が、こんなにも美しい服になって、誰かが纏うのかと。

「オツウさん。俺なんかに手伝わせてくれてありがとう。オツウさんって凄いね。こんなに綺麗な服を作っちゃうなんて」
「いいえ。今回は時間が無くてみんなに手伝って貰いました。
 だから、これは合作。手伝ってくれた皆で作ったもの。貴方も含めて」
「が、っさく?」

もう一度オツウが作った服を見た。
合作とは謙遜で、殆どがオツウの手によるものだった。
手伝いは手伝いに過ぎない。
けれど。

「(俺でも主《あるじ》の為に、こういう事も出来るんだな……)」

自分の新たな可能性に気付いたボロボロトンを、慈愛に満ちた顔でオツウは見ていた。
















「お持ちしました!」
「悪ぃ、助かった。ありがとう」

オシラサマが持ってきた布を見て、ワヅラヒノウシは目を細めた。

「凄く……いい布だな。お前らのお陰だよ。ありがとな」

ふわふわと浮いた、まゆ吉、まゆ太、まゆ朗はにこにこと笑っている。

「こんな凄い布を使わせてもらうんだ。主《ぬし》に似合う服、絶対に作るからな」

ワヅラヒノウシは作業に没頭する。
様子を見ながら、手を加え、手伝っていくオシラサマ。

「(ワヅラヒノウシさん、頑張って下さい! わたしたち一同応援してますからね)」
「あ。これだと装飾……」
「何かご入り用ですか? 店にあるものならすぐに行きます」
「悪ぃ。なら他にも買って欲しいものがあるから、ちょっと待ってくれ」

すぐさま近くにあった型紙の切れ端に箇条書きにして渡した。

「判りました。行って参ります」
「な、何度も……悪ぃな。俺なんかに使われて……。嫌なら嫌って言ってくれ。でないと今だとどんどん頼んじまう」
「良いんですよ。好きなだけ頼んで下さい。それに手伝うのはわたしだけじゃありません。
 さっきもキジムナーさんが、貰い物だと綺麗な宝飾品を持って来て下さいましたし」
「あ、ああ。……キジムナーにももっと礼を言わないとな」
「時間はありませんよ! オリヒメさんやオツウさん、タマヨリヒメさんも頑張っています。
 みんなで頑張りましょうね」
「ああ、そうだな。よし、後でまとめて謝るから、完成までは許してくれ」
「はい」

オシラサマが駆け足に買いに行っている一方。
カイヒメとシーサーも別の英傑からお遣いを頼まれていた。

「部屋に飾る為の可愛い物を買ってきて欲しいとは、範囲が広くてなんとも雑だが……。
 しかし、シーサー殿、何故わたしを同行人に選んだのだ。適任者は他にいただろう」
「ん? カイヒメちん可愛いの選ぶの上手っしょ? シーサー知ってるサー!」
「い、いやいや。そんな事はないだろう! 刀ならともかくか、かか、可愛いものなんぞ……」

可愛い人形が好きな事をひた隠しにしているカイヒメだが、当然、四年も経てば全員気づいている。

「(素直に言っちゃえばイイのに☆)」

バレていないと思っているのは本人だけ。
果たして、カイヒメは英傑達に人形好きである事を言える日が来るのだろうか。















力仕事を手伝っているアメノワカヒコの元に、辺りを見回しながらテンカイが近づいてきた。

「おや、星神様が見当たりませんが」
「……それは、わざと聞いているのかな」

目を逸らしながら苦笑いする。

「いえいえとんでもない。儂はただ主《ぬし》様のお祝いに顔を見せないとは、情のないお方だと思いまして」
「彼に限って、情がないなんて事はない。これでも忙しい身だから失礼するよ」

感情を殺した様子でさっさと行ってしまう。

「(念の為に聞いてみましたが、アマツミカボシ様と主様がそういう関係ではないという事は確定ですね。
 他にも幾人か気になる英傑がいますが、儂の術で暴く限り特別な事は何もない)」

しばし思案していると、ヒミコがテンカイを呼びつけた。

「御坊! 暇ならわらわを手伝わんか!」
「はい。只今参ります」

だがヒミコが連れてきたのは本殿の裏。
本殿にいる英傑たちは全員祝宴の準備をしているので、当然ながら誰もいない。
ヒミコは声をひそめて言った。

「卜(うらな)いの結果だがやはり英傑ではないぞ。
 反応があちこちにある故、英傑や各地の有力者と思うておったのだがな……そうではないようだ」
「ではやはり、最初の結果通り……」
「ああ。そうとしか考えられぬ。信じたくはないがな」

ヒミコは溜息を吐いた。

「この結果、ヒミコはどうお考えですか」
「当然、独神さまと悪霊どもが結託しておると考えるに決まっておろうが」
「個人的感情を含めてですと?」
「……独神さまが悪霊と手を組むとは到底思えん」
「儂も同じ意見です。ここは素直に裏で手を結んだと考える所ですが、あの方を見ているとあまりそうとは思えぬのです。
 最も願望でしかない意見など無意味ですが」
「ああ。感情に惑わされた妄言に過ぎぬ。……しかし、わらわたちが断言出来ずにおるのも、また事実」

ヒミコは頭を抱えた。
それもこれも、ヒミコの卜いとテンカイの呪術のせいである。
どちらも別の呪術系統でありながら、出てきた結果は同じもの。


────独神の伴侶は、悪霊である。という。