恋の揺籃


 いたいいたいいたいいたい
 いたいいたいいたいいたい

 独神はくしゃくしゃになったこぶし大の紙袋を開いた。
 中身はない。知っていたが、いざ視認すると絶望感に痛みが増す。
 こうしてはいられない。
 寝着のまま外廊下を大股で闊歩し、未だ明かりが漏れる霊廟へと入った。

「せんせー、頭痛いんですけどー。薬ちょーだい」

 入って早々、片づけをしていたと思われるアカヒゲに要求した。

「二日前にやったろ。七日分」

 のったりとした動作で立ち上がり、曲げていた腰をうんと伸ばすと、肩をぐるりと回した。
 苛立ちを抑えて独神は言った。

「痛い時だけ飲んでね、でしょ? 痛いばっかりだったからすぐ終わっちゃった」
「あんたなあ……」

 アカヒゲは舐め回すような露骨な視線を独神に向けた。中身を覗き見ようとする悪意のない図々しさを感じる。

「せんせーおくすりだしてくださいよー」

 独神は薄い寝着をたわませて抱き着いた。
 自分についた柔らかな膨らみを押し付ける為だ。
 独神は自分の身体を使う事に抵抗はなかった。
 たったそれだけで要求が通るのならば安いもの。
 普段からよく行っていることだ。

「出すわけねえだろ」

 アカヒゲは独神の両肩を掴んで引き剥がした。

「けちー」

 頬を膨らませながらも素直に退いた。
 アカヒゲという漢方医は有名な町医者で、一部の者からは信奉されているほどだ。
 彼は真っ当を絵に描いたような英傑で、色気に惑わされるような軟弱者ではない。
 これ以上ごねたところで収穫はないと独神は判断した。

「今日は我慢してあげるから、明日はちょうだい」
「いいや。二日だ。二日耐えられたなら絶対に渡す」
「長くない? ……まあいいや、約束忘れないでね。じゃあね~」

 独神はとぼとぼと自室へ戻った。
 冷え切った蒲団に潜り込んで、天井を見上げた。
 左胸を掴むと鼠が駆けたような心音が鳴っている。
 寝る。寝る。寝る。寝る。
 脳内で何度も唱えて暗示をかけようと試みるが、一向に心臓は拍動の手を緩めない。
 就寝時間であっても身体は仕事をする気でいる。
 仕事自体は好きだが休息も取らなければならない。
 その方が日中の作業が捗って効率的である。
 判っているのに、独神の身体は睡眠を拒んだ。
 頭をガンガン内側から叩いてまで寝かせない。

 昔はこうではなかった。
 日が昇れば自然と目が覚め、日が沈めばどこであっても眠った。
 それがいつからか起床時間が早くなり、就寝時間は遅くなっていった。
 働き続ければいつかは限界がくるはず、と根を詰めれば無限に徹夜が出来てしまった。
 その間の記憶は一切ないので全て伝聞になるが。
 このままではいけない。
 そう危惧した独神は早速英傑に尋ねた。

 ──「どうすれば寝られるの?」

 ある者は言った。
 隅で蒲団にくるまっているのが良いと。

 またある者は言った。
 真ん中にいて空間を贅沢に使うのが良い。

 またある者は言った。
 他人の部屋が最高だ。

 個性だけは多様な本殿である。一つくらいは独神に合うやり方があるはずだ。
 手あたり次第試したが、何一つとしてしっくりこなかった。

「仕事のし過ぎだ」
 そう言って独神を労わる者もいたが、優しさの甲斐なく睡眠は改善しなかった。
 そして今では就寝時間と認知した瞬間に頭痛が襲って睡眠を阻害するのが常だ。
 眠気は感じられるのに、身体は休もうとしない。
 途方に暮れた独神が手を伸ばしたのは薬だった。
 劇的に変わる訳ではないが、痛みが和らぐだけましだった。
 毎日薬を欲しがる独神をアカヒゲが管理している。
 体質改善にも熱心に取り組んでいた。
 独神もアカヒゲには包み隠さず自分の勘譲渡不調を伝え、指示を仰いだ。



「あーかーひーげー! ……言われた通り耐えた。だから、ちょうだいよ」
「まだだ。渡すのは明日だろ」
「一日ぐらい良いじゃん……。ここまで我慢したのに」
「駄目だ。……おまえは頑張ったよ。あともう一日だ。もう一日だけ耐えるだけで良いんだ」

 独神が駄々を捏ねてもアカヒゲは決して首を縦に振らない。

「くれないなら襲っちゃうぞ」
「おれは出さないからな」

 独神はアカヒゲの背中に密着し、右腕を鎌のようにして首に引っかけた。絞める真似をするだけで実際には力を込めていない。ただじゃれているだけであった。
 あわよくば自分に欲情して薬の一つや二つ出してくれればいいという下心も多少ある。

「絞め方が甘いんだよ。もっとぐっと入れねえと」

 医者直々の絞め方講座を受け、何度か試したが独神はアカヒゲに「まいった」とは言わせられなかった。

「……飽きた。帰るね」
「おお。帰れ帰れ」

「おやすみ」と言わない所は多分優しさからだ。
 お陰で就寝への焦りが生じずに済む。
 独神のちょっかいに付き合ってくれるのも優しさだろう。
 薬が飲めない日でも、アカヒゲを突いていると少し気がまぎれた。
 そんな気遣いの数々に気づいてはいたが、独神は一度も礼を言った事が無かった。
 もう今更気恥ずかしくて言えやしない。

 独神は今の自分の状態を、情けないとは思っていない。
 ただ厄介なことになったなあと思うくらいだ。

 だが、独神が思うよりも、周囲は事態を重く考えていた。

「独神ちゃん大丈夫じゃなくない?」

 と、ある日フウマコタロウが独神に言った。

「え、なに」

 独神は半目で答えた。手だけは書類を探して宙を動いている。
 早朝の蒲団の中だというのに。

「流石にその幻覚は駄目でしょ」
「駄目……か」

 このくらい耐えられると笑って過ごすと、英傑達は痛ましそうに見る。それは申し訳なかった。

「眠れないならいっそ僕が落としてあげようか? 荒事でも休めた方がマシじゃない?」

 忍ならば加減も判るだろう。独神はすぐに頷いた。

「じゃ、たのんだー」

 その後何が起きたのか、独神は一切知覚できぬまま動かなくなった。
 そして丸一日が経過し、欠伸をしながらもそもそと起きた。

「頭領さん! なんて馬鹿なことしてんだ!」

 なんのことやら独神は判らなかった。
 何故自室にアカヒゲが無許可で入っているのだろうとぼんやり考えていた。
 一方のアカヒゲはやきもきした様子で、次から次へと溢れてくる言葉を寝ぼけ眼の独神にぶつけていった。
 それを聞いて、独神は全てを理解した。

「そうは言っても、どーしよーもないじゃーん」

 眠れなくなってまず初めに、寝具を変えた。
 次に寝間着を変えた。
 寝る前は仕事をしないようにした。
 火を見るのが良いと聞いて、焚火をしてから蒲団に入った。
 サンネンネタロウに教えを請うた。
 それでも何の効果も無かった。
 改善へと努力を重ねるだけ眠れなくなるようにも思う。

「なんかねえのか。少しでも気が落ち着くようなもの」
「あったら試してるって」
「だよな……」

 溜息をつきながらアカヒゲは真剣に悩んでいる。
 皺を寄せている姿に思わず笑った。

「……そうやってると元気そうなのにな」
「だねー」

 大きな悩みもない。
 毎日が充実している。
 悪霊には苦戦しているが、前進している実感もある。
 なのに眠れないのだ。
 何かが自分を拒むように。

「なにが効くんだ……。些細な事で良い。少しでも落ち着くものがあったら教えてくれ。なんでもする!」

 独神はじっとアカヒゲを見た。
 白い服は少しくすんでいた。徹夜したのかもしれない。もしかしたら自分のせいかも。
 アカヒゲはいつも患者を不安にさせないよう、また衛生面を考慮し清潔な服を絶えず身につけているから。

「……なんでもって言ったなあ。じゃあさ」

 独神は少し口ごもったが、つっけんどんに言った。

「今着てる服、貸してよ」

 アカヒゲは首を傾げた。

「まあ着替えならすぐ渡せるが……」
「いや、今着てるやつがいい。洗濯せずそのまま貸して」

 眉根を寄せながらアカヒゲは息を吐いた。
 独神の真意を探るように顔ばかりを見つめている。

「明日洗濯する。乾いたら返す。……じゃ、駄目?」

 困り眉で見つめる独神にアカヒゲは小さく頷いた。

「判った。あんたが何考えてるかは知らんが、少しでも役立つってならいいぜ。今晩来な」

 独神は頬を緩ませた。

「でも本当に良いのか。自分で言うのもなんだが、結構汚いっつーか、おっさんくさいっつーか……」
「それでいいよ。……いちいちめんどくさ」
「聞こえてるぞ」

 その晩、アカヒゲは一日着た自分の服を独神に渡した。

「朝着替えて、一日使ったのが今渡したのそれだ」
「今日一日……ふうん。ありがと」
「洗濯頼んだぞ」
「んー」

 自室に戻った独神は早速風呂敷に包まれたそれを広げた。
 瞬間、漂う汗と皮脂の匂い。
 顔をしかめるような男性臭だ。

(目の前で先生にぐちぐち怒られている気分になるな)

 煩いひと。
 ぐだぐだぐだぐだと。薬の効果がなんだというのか。
 そう簡単に死にはしない独神にうるさいぞ。
 そうだ。うるさい。
 いつまでもうるさい。
 私が独神だと知っていて。不死だと知っていて。
 身体を大事にしろとうるさい。
 壊れないなら乱暴に使っても良いじゃないか。
 壊れやすい陶器は丁寧に、頑丈な金属は雑に。
 皆も強度で扱いを変えている。普通の事だ。

 むしゃくしゃしてきた独神はアカヒゲに渡された”物”をくしゃくしゃに丸めて抱きしめると意外にも丁度いい大きさであった。
 服の塊に沿って腕を垂らすと楽に横へ向く事が出来る。
 息を大きく吸って、吐き出した。
 胸元から鼻先にずっとついてくる残り香に少し脈が早くなる。
 同時に身体の奥の蜜がどろりと落ちてきたような気がした。
 変な気分であった。こんなものに興奮していることが。

(先生、もう寝たのかな)

 呼吸の度に脳にしまったアカヒゲの記憶が蘇る。
 なんてことない。些末な日常。
 薬ちょうだい。
 駄目だ。
 というなんの面白みもないやり取り。。
 それなのに胸のじゃじゃ馬が心地よい鼓動を打つようになり、独神の瞼は自然と落ちていった。

 朝、起床した独神の目の前には中年男性が丸一日着用した衣服があった。

「汚っ。さっさと洗濯に持、」

 独神はもう一度匂いを嗅いだ。汗水たらして働いた匂いだった。
 独神は徐に蒲団の中にそれを仕舞い込んだ。
 何事もなかったかのように朝食に向かう。
 だらだらと食べているとアカヒゲが直接自分の衣服の回収に来た。

「洗濯中! 返すのはもうちょっと待って」
「早めに頼むぞ。替えはあんま持ってないんだよ」
「はいはーい。判ったってば」

 その日は一日洗濯場に足を運ばなかった。
 夜、蒲団の中に隠していた服を取り出し抱きしめた。
 匂いとともに浮かぶ数々のやり取りの中で微睡むうちに、独神はすっかり寝てしまった。



「犬じゃねえんだから」

 開口一番、アカヒゲは独神言った。

「わあ! 初めて見る服だねえ」
「あんたが返さねえからだろうが! オツウが見かねてくれたんだよ!」
「そんな良いものもらわなくたって、いつもの延々着てれば?」

 きっと今よりも本人に近い匂いになるだろう。
 独神は我ながら良い考えだとほくそ笑んだ。

「清潔第一。医者だぞ」
「へー」

 しつこく取り立ててくるアカヒゲを独神は毎度適当にあしらった。
 多忙な医者の取り立ては精々一日一回程度。
 それを乗り越えれば、夜には薄汚れた服を引っ張り出して、思う存分堪能する事が出来る。
 独神は自分の匂いが混じりつつあるそれに頬ずりをした。
 布の触感を楽しんでいるうちにこてんと寝てしまった。

 そんな日々を繰り返していたが、ある時独神は思い立って霊廟へと足へ運んだ。

「はい」

 洗濯して清潔になった服をアカヒゲに押し付けた。

「ったく。ようやく持ってくる気になったのか。遅すぎるが、まあいいだろう」
「早く新しいのと交換して。新しいっていっても着た後のやつね」
「話の流れおかしくねえか?」

 それでもアカヒゲは独神が望んだ通りに自分が一日着た服を差し出してやった。
 独神は満面の笑みを浮かべてそれを受け取ると、一目散に霊廟から出ていった。
 念の為にと用意していた薬が寂しそうに机に座っている。

「……糸口は見つけたみてえだな」

 アカヒゲはそっと薬棚にしまった。





「な、なくなってる……」

 独神はへなへなとその場に座り込んだ。
 アカヒゲの着用済み衣服が、独神の蒲団から消え去っていたのだ。
 夜にアカヒゲの汚れた服がないと眠れなくなっていた独神は途方に暮れた。
 そして忍を呼んだ。
 今日の担当はフウマコタロウだった。

「アカヒゲの着古した汚い服盗んできて」
「ええ……」

 フウマコタロウは正直に嫌がった。
 命令ならばなんでも聞くつもりだが、中年男性の熟成した服を入手するのは気が進まなかった。

「あのさ、アカヒゲ本人じゃ駄目?」
「……本人って?」
「いやだって、匂いが好きなんだよね。アカヒゲ本体がいれば存分に嗅げるけど」
「人間の方はいらない」
「あちゃー。僕も愉快な主に当たっちゃったな」

 フウマコタロウは無遠慮に笑った。
 だが腐っても忍。仕事となればきちんとやり遂げる。

「ごっめーん。着終わったやつは独神ちゃんに渡しちゃったから今は綺麗なのしかないってー」

 その代替品として持ってきたのは、アカヒゲ(本物)だった。

「……ねえ、私言ったよね」
「言いたい事は判ってる。でも少しだけ試してくれないかな」
「えー」
「置物と思ってよ。害はないだろうからさ」

 フウマコタロウに説得され、独神は渋々了承した。

「頭領さんが困ってるって言うから来たんだが、どうした? また体調が悪いのか?」

 独神が黙っていると、フウマコタロウは姿を消した。
 暫く時間を置き、

「……添い寝。して」

 顔を背けてぶっきらぼうに頼んだ。
 きゅっと唇を引き締め、二の句を紡ごうとしない。
 アカヒゲは「判った」と小さく返した。

「……蒲団、もう敷いてるから。……こっち」

 部屋に案内しようとすると、アカヒゲが口ごもった。

「あ……。すまん。ちょっと片付けてくる。すぐ戻る」
「そう」

 短く返した独神は、アカヒゲが部屋を出ていってから、再び大きな溜息をついた。
 続いて顔の温度が上昇する。

(本気で先生と添い寝? おかしいんじゃない? どういうこと? ねえ? ねえ?)

 悶々と考えている間に、アカヒゲは帰ってきた。

「戻ったぞ」
「おっそーい! 早くしてよね」
「これでも十分急いだんだよ」

 独神は安堵した。いつも通りのやり取りが出来ている。
 戸惑いを隠しきれていないアカヒゲを急かし、蹴り飛ばす勢いで蒲団へと押し込んだ。
 日中とは違う装飾のない簡素な着物の合わせからは髪と同じ色をした毛が見えた。
 よく見れば、朝にはなかった髭が頬にうっすら生えている。

「オジサンだなあ……」
「うるせえ! ゴチャゴチャ言わずさっさと寝ろ!」
「うっさいのは自分じゃん……」

 独神は自分の蒲団を見た。
 自分の居場所に、自分以外の者が座している。

「もう! ちょっと寄ってよ。私はみ出しちゃうじゃん」
「それだと……いや、判った。おれが寄る」

 一組の蒲団に二人は狭すぎた。
 アカヒゲが半分飛び出し、独神も半分敷布団から落ちた。

「おい。頭領さんはちゃんと入って寝ろ。風邪ひくぞ」
「どーせ、すぐ寝られないから大丈夫。暫くごろごろするつもり」

 と、言いつつもすぐに寝こけてしまった。
 敷布団の端ぎりぎりでアカヒゲに背を向け、胎児のように丸くなっている。
 小さく小さく、まるで自分以外は全てが敵で、それらから守るように固まっていた。
 普段のちゃらんぽらんな笑顔とは真逆の警戒心だった。

「(頭領さんの負担をもっとなくしてやらねえと……)」

 数奇な運命を約束された独神を不憫に思いながら、アカヒゲは蒲団の真ん中へ独神を寝かせた。
 自身は帰っても良かったのだが、この後起きる可能性があったこと、起きてすぐ自分の姿がないと不安がるだろうとの判断から狭い蒲団からはみ出しながら寝た。

「やっぱアカヒゲの隣は嫌! 落ち着かない。昨日よく眠れなかった! 服だけにして!」

 途中起きる事なく、朝までぐっすり寝ていた独神にアカヒゲは苦笑いをしながら言った。

「判ったよ。じゃあ俺が着たやつはそのまま頭領さんに渡す。あんたは朝それを洗濯に出せ。その日の晩には新しいのをやるから。これでいいな?」
「ほー。これからは毎日新鮮なものを貰えるってことか。ん。いーよ」
「卵や牛乳の配達みたいに言うな」

 こうして、独神の睡眠不足は解消された。
 貸し出しを始めてからは一度も薬を飲んでいない。
 毎日受け渡しをすることで、アカヒゲは口実なく自然と独神の様子を見る事が出来た。

「おっそーい。さっさと休みなよ」
「仕方ないだろ。今日は患者が多かったんだ」
「私には仕事あっても休めっていうくせに」
「そりゃそうだろ。独神は、」
「独神も緊急性ありますけどぉ?」
「わかったよ。おれもできるだけ休む」

 逆に心配される事もある。
 人に目がいくのならば、己の体調も良いのだろう。
 アカヒゲは良い兆候と見ていた。

「せーんーせっ」

 独神は人懐っこい声をあげてアカヒゲに抱き着いた。

「今度は何を要求する気だ」
「んー。別に。偶には本物にも触れておこうかと思って」
「製造元の視察か? 精が出るねえ」

 気ままにじゃれてくる所は変わらない。
 アカヒゲは特に拒否などはせず、やらせたいようにやらせていた。
 求めることには応えてやった。
 だが、そのままでいいとは思っていなかった。
 
「頭領さん。そろそろおれの服以外の何か見つけねえか?」
「やだ」
「おれだっていつまでいられるか判らねえ。だから、代わりを」
「ええ……。それっぽいオジサン探して、くんくんしろってこと?」
「そうじゃねえよ!」

 時々釘を刺し、独神の心を支える何かを探すように促す。
 独神は言われる度に嫌そうな顔をするが、医者としては看過出来なかった。

「……あー、わたししごとがあるんだったー」

 説教の気配に脱兎のごとく逃げていった。

「……あーあ、主さん可哀想」

 振り返ると、誰もいなかった。
 最近よくこういう事がある。
 女英傑が次々と「主はアカヒゲに気がある」と決めつけ、勝手に応援しているのだ。
 アカヒゲからすれば迷惑な話だ。

「(患者と寝る医者がいるわけねえだろ。少なくともおれはそうだ)」

 自分を世話する医者の衣類で精神を保っている者など患者以外の何者でもない。
 治療対象に欲を孕めと言われても無理な話だ。

「(頭領さんが何も頼らずに日常が送れるまでは、患者のままだ)」

 一方の独神はと言うと、

「付き合っちゃえって、言われてもなあー。好みでもないし、今のままが良いかな」

 この言葉一点張りで、独神はアカヒゲとの関係に進展を求めていなかった。
 表向きは。

(もう少しいたかった、って思う所で止めないと。
 私が眠れるのは、先生の事を考えてるから。
 関係が落ち着いたり、拗れたら効果は望めない。
 また誰かに心配をかけてしまう。先生にも)

 独神はにこにこと笑ってもう一度言った。

「今のままでいーのっ」






(20220316)
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【あとがき】

 アカヒゲはいいやつなんだな。
 このままだといつものシリアス&年齢制限になるので止めちゃった。
 いちいち恋に振り回されていられないのよ、大人は。
 判っているのに、それでも振り回されるのが恋なんだ。