「あ、モモチさん! 今晩暇? ちょっと付き合ってよ」
「承知した」
独神、各英傑共に仕事を終え、各々の時間を過ごしていた。
独神はモモチタンバを部屋に招きいれた。
「それでさ、町の人が私の偽物見て崇めてるの! 顔も体型も全然違うのに!!」
会話内容は他愛のないこと。
今日あった面白いこと。本殿に来た客人の着物の柄が綺麗だったこと。英傑の面白い様子。鮭ご飯が美味しかったこと。
忍には縁遠い話を続ける独神にモモチタンバは意見した。
「俺といていいのか」
「……。いいよ」
独神は黙って、窓を覗いた。誰もいない。月も今は隠れている。
「こうしてモモチさんと話していれば、怪しんだハンゾウが見つけてくれそうだから」
「迷惑な話だ」
「そうだね」
ごめんねと独神は謝罪した。
「当て付けだからやめようとは思ってるんだけどね」
ハットリハンゾウとの関係は良好だ。
ハンゾウは独神を何よりも優先して大切にしている。
独神もまた、英傑としてではなく個人としてハンゾウを大切に想っていた。
だが、それが足枷になることもある。
「……知ってる? 私があの辺調べてって言ったらいつものようにすぐ調べてくれたの。有力者の娘を口説いて。……私と会ってない間にさ」
独神は伊賀の忍をじっと見た。本当はもっと言いたかったが無表情なところがハンゾウそっくりで言葉を飲み込んだ。
「偶々知っちゃったんだよね。いつもならこんなこと耳に入らないのに」
ハンゾウは独神の命令を聞き、最良と判断した方法を使ったに過ぎない。
それにケチをつけてはいけないと頭では判っていても、嫌な気分にはなるものだ。
咎める気は毛頭ないが、行き場のない感情をどうにかしたかった。
「信じてないって思われるのが嫌なの」
相手に不信感を産ませる言動は避けたかった。そもそもこんな事で胸を痛める自分のままならなさがもどかしい。
「己の行動を主殿に聞かせた奴が阿呆なのだ。主の為と言うのも口だけでは無意味だ」
言い捨てるモモチタンバに独神は慌てた。
「ハンゾウは悪くないよ。偶々サトリも別口から調べててくれててそれで、ハンゾウちゃんがいたから大丈夫だよって……安心させる為に言ってくれた事だったから」
誰もが独神の為にと動いてくれた。余計な情を産んだのは独神自身。申し訳がなかった。
「もうそのことはもういい。調べてくれて本当に感謝してるんだから。このモヤモヤがどうにかなればもう終われるの」
「主殿も厄介なことだ。何故理解していながら納得出来ない? 真に求める欲とはなんだ」
独神は考えた。自分が望んでいることを。
「毎日顔が見たい、かな。でもそんなの無理だよ。……会いたいとか、抱きしめてとか、もっと素直に言えたら仕事や他人に嫉妬せずに済むのかな」
深い溜息が部屋に漂うとモモチタンバが近づき膝の上にあった独神の手を握る。独神はぎょっとした。
「え。あの、モモチさん、私誰でもいいって事じゃなくて、ハンゾウにって事で。気を遣ってくれてありがと。ハンゾウがしてくれるまで我慢できるから心配しないで」
早口で捲し立てながらモモチタンバの手を剥がそうとするがなかなか上手くいかない。梃子でも動かないくらいにしっかりと掴まれていた。
「タンバで当てつけとは随分だな、主」
モモチタンバの顔のまま、ハットリハンゾウの声が声帯から放たれ、独神は小さく声を漏らした。
「少しだけ、そんな気はしてた。なんだかモモチさんっぽくなかったから」
「俺に言うべき事を他の忍にベラベラと喋っているからな。手間が省けただろう」
ハットリハンゾウは手を離すと姿勢を正し独神と膝を突き合わせた。
「主。不快にさせたのは俺の落ち度だ。謝罪する」
頭を下げた。その潔さに独神は居た堪れなくなる。
「ハンゾウは悪くない。私が勝手に落ち込んだだけ」
「確かにな」
肯定されるとそれはそれで複雑だが事実故に仕方がない。
「忍に遠慮をするな。なんでも俺に言え。……主の我儘まで満たせる能力はあると自負している」
過剰なまでの自己評価で独神が自身の感情を吐露する事に尻込みをしないように気を遣っている。
独神はその配慮に頷いて、小声で頼んだ。
「仕事以外で、もっと構って」
「仰せのままに」
ふっと表情を和らげ、独神を抱き寄せようとするとやんわりと拒まれた。
「モモチさんの姿は絶対に駄目。そういう趣味ない」
「ああ、悪かった。だがたかが忍に敬称を付けるな。特にタンバはやめろ」
「そうやってうちのハンゾウが勝手に姿借りてばっかりで申し訳ないの!」
モモチタンバらしくないと感じた違和感も独神が特別観察眼に優れているわけではなく経験である。事情を知るモモチタンバに愚痴っていたら本人だったと言うのはこれで数度目。
「主の本音を聞くには便利なんでな」と悪びれなく言って、ハンゾウは変装を解きにしばし姿を消した。
(20210926)
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【あとがき】
ただただはた迷惑な話。
変装を繰り返すと自分が「何」だったかも忘れてしまいそう。