65分27秒





「……」
「どうしたの? 呆けた顔しちゃって」
「……一年前はもっと違う様相だったではないか。そこはかとなく侘しく、空が迫ってきているような」
「残念だけれど、ここは六畳間で丸いちゃぶ台が一つ。あ、お茶でも呑む? 急須にはもうお茶が入っているみたい」
「ああすまぬ。ではなくて」
「今日は随分と落ち着きがないんだね」
「其方は落ち着きしかないな。まるで嵐の前の静けさのように」
「そんな事はないよ。ほんと。何もない」



──……西暦2021年 1月 25日 を想う



「覚えてる? あの時のこと」
「忘れたな」
「……いいよ。そういうの」
「いや、本当に忘れた」
「……マ?」
「ま、とは?」
「それは本当ですか? という意味だよ」
「ああ。ま」
「(全然馴染まない……)どうして覚えてないの? 自分の誕生日も忘れる私でさえ覚えているのに」
「自覚もなく終わって闇に消ゆ。……そう聞かされ一年間過ごしてきた。他の者に気取られぬよう構えていた。いつ別れが来ても良いように。だがどうだ。何一つとして変わらぬではないか。しまいには其方の忠告は嘘なのではと疑っていたなあ」
「誤算は私も同じ。もっと八百万界の存在は霞んでいくと思ってた。それが休む間もない一年だったよ」


「其方は変わったな。憑き物が落ちたようだ。もっと険しい表情をしていた覚えがある。言葉だけは立派で実がなく、怨念だけが縋ってきてな。儂よりもずっと立派な化物だったぞ」
「……お茶菓子下げて良いよね」
「待て待て。そう急くでないよ」
「……」
「儂には其方の必死さが理解出来なかった。共感も半分程度。……其方、本物か?」
「生憎ね。えー、そんな違うかな……てことで見返してみたけれど、いやーキツイね。しかも更新日二月十五日だったね。一年も経ってなかったね」
「其方も判っておらぬのか」
「はは」
「記憶とは曖昧だな」
「曖昧だね。……でも、曖昧で良かったよ」


「あの頃は消失への恐れでパニックだった。必死だった。偉そうなことを言っていても、供給を失った私はこの世界に飽きてしまうんじゃないかって、自分の感情を信じられなかった。しれっと『〇〇最高♡』と他所で別の“ひと”をつくってるんじゃないかって」
「ほう」
「杞憂だった。この一年ずっと八百万界で過ごしてたよ」
「だが後半はあまり書いていなかったようだが」
「知ってるくせに」
「ははっ」
「新しい事を始めたんだ。文字以外でも八百万界が表現できるように」
「そうだな。同じ八百万界だというのに、そこでは儂も独神も様相が違うのだ。だが、嫌ではないな」
「嫌と言われたら覇権ジャンルにでも行くようだよ」
「覇権じゃんる?」
「八百万界でもアスガルズ界でもない、遠い世界ってこと」
「行ってくると良い。気を付けてな」
「いや行かないけど。さっきのは冗談だって」
「崩壊が進む世界に縋る事はあるまいよ」
「それなんだけど、……本当に世界は滅びたと思う?」
「……」
「だってこうして話してて、本殿には他の英傑もいるんだよ。これって生きてるって言わない?」
「其方がそう思うのなら、そうなのだろう」





「一周忌ってもっと悲しいものだと思ってた。あの頃を思い出して泣いて喚いて呪っているんじゃないかって。まさかここまで感慨深さがないとはね……」
「去年の一月以降と言えば、遠野へ帰ったり、仙台へ行ったり、江戸へ行ったり、富士山の周辺まで行ったな。先月はくりすますをして、八百万界ではない場所で誰かと過ごした気も……ぼんやりとであるが様々なことをした気がするな」
「やっぱ今日は年忌法要ってより忘年会だよね。待ってて。何か持ってくるよ」





「はい苺大福。ハウス栽培は今が時期だからね」
「……うむ。これは美味いな」
「好きなだけ食べて。ここなら無限に出せるから」
「……前の其方はそんな風に言いはしなかった。変わるものだな」
「ネガティブに考えすぎたんだよ。そりゃ母体はなくなっちゃったけど、四六時中考えていたから生活が全然変わらなくて。寧ろ公式から出ない分、自分が深めたい分野を自主的に調べるじゃない? 英傑の理解に繋がりそうな資料見たり、似た人間のエッセイ見たり」
「……(食べている)……」
「繋がりを探そうとすると、現実に沢山散らばっていることが判るの。それを一つずつ拾っていく。糸を手繰るようにね。見ようとすれば見える。いるもいないも自分自身。まさにあなたは立派な妖様だったわけだ」
「神も妖も形作ったのは人。曰く八百万界も人の手によって作り出されたものなれば、存続もまた人の意思……ではないか」
「そもそもこの世界の滅びってなんだろう?」





「公式サイトがないことか、告知用SNSが動かないことか、SNSで語られないことか、ファン活動がないことか。
 これって全部外向的要因だよね。他人の挙動でしょ。どうして他人が気になるのかっていうと、結局自分に自信がなくて不安なんだよ。他人が八百万界を語らないことをわざわざ指摘・悪態をつくのは鏡に言うようなもん。本当は自分の気持ちが薄れてきたのを他人に転嫁しただけだよ」
「……(相槌をつきながら食べている)……」
「数字のことがよく持ち出されるけれど、これもその人にとってジャンルは数字でしかないんだよね。『好きだからする』『評価は関係ない』と言っても気になってしょうがない。自分の価値観は二の次だ」
「……まるで、其方のことを聞いておるようだな」
「今は随分楽になったよ。この状態になってようやく、本当の意味で一血卍傑を好きになった気がする」
「……」
「なに。その何か言いたげな目は」
「勘違いだ」
「……しょうがない。じゃあ今年中期の私を少しだけお見せしましょう。どーん!」



──回想



思い出が穢されるくらいなら、いっそ全部壊れた方が良い。
良いじゃん。禁止されれば。
そうすればコミュニケーションや自分を飾る為の道具に使えなくなる。
誰の手にも届かなくなればいいのに。

自分もそう。
誰の物でもない八百万界を自分の物と思っているから外部に振り回される。
だったらもう手放せばいい。
もうあげちゃおうよ。


八百万界大好きもバンケツ大好きも本殿大好きも大嫌い。
何にも聞きたくない。



────強制終了



「うん? 映像が消えてしまったぞ」
「ちょっと耐え切れなかった。私の精神が」





「……引きこもっていたお陰で思い出したんだよ。SNSが普及する前は自分に忠実だった。別のものにハマることの罪悪感だってない。自己中心的にいくものだった。常に自分の感情に従った」
「ふうん(前にも似たことを言っていた気がするな)」
「同じゲームであっても、プレイヤーそれぞれ歩みが違うんだから、心が一つの方向に向かうはずがない。その考えに多少反発心はあったけれど、ここにきてようやく納得できたかな。目指すのは同化ではなく、違いを認めること。……ですので、私は自分の箱庭を大事にします」
「(結論はいつも同じ。さも初めて到達したように語るが。理解に行動が伴わないのは仕方のないことか。さていつ馴染むかな)」


「今までは外界による影響を語ったけれど、内的な問題が一切ないかと言ったらそうじゃない。最初に言った通り、私自身の飽きについて」
「変化がないものを飽きるのは至極普通であろう」
「その”変化”を与えるのは公式だけ。……でも解釈は無限にある。考古学と一緒。小さな破片や、ちょっとこびりついただけの植物を毎日眺めてあーだこーだ言って想像を広げていくの。知ってる? サメやエイ等の軟骨魚類は骨が軟骨が出来ているせいで化石としては残りにくいの。模型はほぼ想像。それと比べて外見も口調も確定しているんだから恵まれてるよね」
「妖の儂が魚と同じか」
「魚も妖みたいなもんでしょ。ミズチとかアリエとか」
「それはそれ。儂は儂」


「……ふと思ったけれど、私はどうして”ここ”で君を話し相手に選んだんだろう」
「殆ど聞いているだけだからではないか?」
「まあそうだよね……」
「納得いかぬか?」
「ううん。そうだと思う。……でも少しだけ。永遠性の象徴として選んだのかな、って思った」
「……永遠? 儂が?」
「私はさ、別れがあるから出会いがあるとは素直に思えない。忘却して日常を歩もうとする人の台詞に思えてならない。だから私は抵抗する。衰退と忘却に抗いたい」
「(受け入れたと言ったり反発したりと忙しいな。単純に割り切れないあたりに生を色濃く感じる)」


「……と、私は思っているけれど、誰かに強要する気はない。このまま自分のやりたいようにやるだけ」
「────そうか」





「其方はまるで、自分がこの一年で変わったかのように語るが、確かにそうなのだろう。だが、本質は変わらぬ。変わらぬのだよ」
「……それで?」
「本当に好きなだけで生きていけるのか」
「大丈夫でしょ。実際一年やってこれた。知ってるでしょ」
「どうかな。一年という区切りで気が抜けてきたのではないか。大抵一度目の追悼で満足するものさ」
「……まあ、そういう面がある事は否定しないけどさ。……」
「其方が望む儂とは何の可能性も持たぬ存在だ。他の英傑どもも同じく。世の波に流され否が応でも変わっていく独神様をただ黙って見ていることしか出来ぬ。腹を立てる者もいるだろう。嘆く者も。だが最終的には受け入れる。受け入れざるを得ない。儂らには独神様を許す他にないのだ」
「……」
「儂らはいつだって笑うさ。英傑に意思はない。どこにも。ただ望まれるままに振る舞うのさ。繰り手の指先の震えに応じて踊ってみせよう。語ってみせよう。それが儂らの真なる仕事《枷》だ」





「……望みなんていつも同じだよ。消えないで欲しい。このままで。それだけ」
「消すのは独神様だろうに。消えるなとは笑わせてくれる」
「……」
「滅びの道に切り替わったことも、衰退も、全ては独神様の行動の結果。八百万界を口にすることをやめ、過去に押しやった今が、其方らが望んだことだろう? 快楽を提供せぬ儂らは用済みさ」
「望んでないから! 全部消えてなくなれと思った時はあるけれど。本当は残っていて欲しいよ」
「……ならば、其方らだけは忘れるな。年に一度、いや数年に一度で構わぬから。一瞬でも頭を過ってくれたのならば、その瞬間八百万界も英傑も息を吹き返す。線香花火のように儚い命であろうと」
「年一なんて……そんなの余裕で超えるよ……。簡単だよ」
「ああ思い出すだけなんぞ容易い。だがそれすら出来なくなっていくものだ。それがこの一年で消えた本殿の数にも表れている」


「」


「」


「」


「……其方が動かさなければ、この世界はすぐに止まってしまうのだ。手巻き時計のように」
「そう。……そうだった。この空間はそういう”設定”だったね……」
「……」
「……」
「……」
「このままだと埒が明かないね」
「一人二役だからな。其方の中に言葉がなければ二進も三進もいかぬ」
「……そうだね。一人、二役だった」





「……止そう。儂にこういう役は合わぬよ。いつ死んでもおかしくない老体は今を懸命に生きる気はあまりないぞ。なるようになる。なったものを受け入れる」
「(ヌラリヒョンを選んだのは、現在の英傑の実情を体現したひとだから、……説もあるかもしれない。クラゲみたいに流されるだけの在り方)」
「もしも、其方の世界に八百万界が復活したらどうなるのだろうな」
「うえ!? 復活!? 復活かあ……。やっぱり、黙って万札つっこむかな。あと感謝と意見は直接運営に送る」
「ふうん……?(万札とは?)」
「やっぱりお金第一。意見は直接届けるのが手っ取り早い。運営がSNSで情報収集しているにしてもね。それにいくら自分の意見でもそれを見た他人を嫌な気持ちにさせたら引退を促す事になる。資金減は作品のクオリティダウンに通じるから結局損に繋がる。だから見える所に不必要に怨嗟撒き散らさない方が良い。学んだ」
「と聞くと、其方にやれることは殆どないのだな」
「そうだね。でもファンにしか出来ない重要なことが一つあるよ」
「ほう。それは?」
「楽しくやること」
「楽しくか」
「人が食べてると美味しそうに見えるでしょ? 楽しんでるのを見ると楽しそうに思うでしょ。感情は伝染するよ。悪いものも良いものも。言霊はオカルトじゃないから、プラスの言葉はどんどん言うと良いよ。言い続けることで得られるものはある。絶対」
「……ならば、其方は希望も望みも薄れる八百万界で、何を日々楽しんでいる?」
「大層なことは全くないんだけど……外を歩いていて、ふと和菓子のショーケースを見た時に顔が浮かぶんだ。何が好きだろうなって考えている時が一番楽しい。とあるゲームでこれとこれを使って本殿再現出来ないかな~と悩んでいる時とか。些細なことなんだけど、生活の中で八百万界を感じるとパスがそっちに繋がった気がする。日常の至る所で本殿への入り口に会うよ」
「……そうか」


「来年度はなにする? なにしたい?」
「なんでも良い。儂らは其方が導く方へ行く。どこまでも付き合うさ」
「なんでもは投げやりで嫌だな。……そうだ、海行く? 旅行じゃなくて海水浴。適当に英傑同士がバトって適当に悪霊が邪魔して終わる」
「洋式美か」
「暗黒企業みたいな特殊空間が続くのは疲れるでしょ。ああいうのって英傑の皆はついてこれてるの?」
「さあ。だが時には愉快だろう」
「じゃあ、学パロする? 王道だけどなかったよね。お受験だけで」
「学ぱ……?」
「誰を先生にして、誰を生徒にするか。うーん……バトル描写は必要になるだろうし、これはヤンキー漫画形式で抗争を(ぶつぶつ)」





「……うん? どうした。其方も食べたいのならまだそこにあるぞ」
「うん。あとで頂くよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……視線が気になるな。どうした」
「好きなんだよ。食べてるとこ」
「そんなに面白い食べ方はしておらぬつもりだが」
「別に行儀が悪いと言っているわけじゃないよ。ほっとしない? 日常って。特別な出来事なんてなくても、何の変化もない繰り返しが落ち着くよ」
「時には刺激も必要だと思うがな」
「フツヌシじゃないんだから……。刺激には慣れる。もっともっと強いものを求めてしまう。食い尽くした後にはもうここでは生きていけない身体になってるよ。幸福追求には終わりがないから」
「まるで色事だな」
「そうかも。今はのんびり進んでいるの。同じ道も何度も歩く。何度も同じ話書くだろうね。でもそれだけ自分の中に刻まれた絵面で鮮明なものだからしょうがない。悪いことはないでしょ」
「飽きぬのか?」
「白飯毎日食べてるよ」
「たかが……いや止めておこう。儂から言う事ではない」

「じゃ、そろそろお暇させてもらうよ」
「そうか。……次は」
「明日。昼頃かな」
「もう其方の分を取り分けるよう伝えておかずとも用意されていることだろう」
「そう言って前回無かったよね。ガシャが食べ尽くしたって」
「稲荷の神が握り飯くらい握ってくれるだろう」
「タワラトウタのお陰でお米だけは無尽蔵だもんね、ここ」

「じゃ、また明日」
「また。いつでも待っておるよ」





「ねぇ、変なこと言っていい?」
「今更だな。何でも言うと良い」
「ここにはあなたがいて、私がいて、英傑達がいて、…………なのにどうして、寂しいんだろう」





 (20220125)
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【あとがき】

また一年頑張っていく所存でございます。