覚醒記念


「はあ? 覚醒?」

 ツチグモは素っ頓狂な声をあげた。
 突然部屋に入ってくるなとか、面倒だとか、下らないとか、暇人かとか、言いたいことは山ほど溢れてくる。
 しかし笑顔で武装した独神はそんな言葉では止まらない。

「じゃあ行こう!」

 無遠慮にツチグモの腕を引っ張るが、ツチグモの筋力がそれを阻止する。

「同意した覚えはない」
「強くなれるよ!」
「殴るぞ」

 自由な手で独神の横腹を加減して殴ると、独神は身体をくの字に折って掴んだ手を放した。
 少しやり過ぎたが、ここで謝れば図に乗ってくるのが目に見えているので、敢えて態度は崩さない。

「その馬鹿高い気分を地に落とせ。それと、説明くらいはしろ」
「っうう……。……えっとですね、金兎の覚醒香炉と、覚醒結晶というものがこの世界にはありまして、それらを使うとあら不思議!
 なんと! とっても! 強く! なれるのっ、です!!」
「鬱陶しい……」
「あ。糸、く、首を絞めるのは勘べっ……っ……ご、めんな……さい」

 ツチグモが大きな溜息をつくと、独神の首から細い糸がするすると緩められていった。

「ゲホゲホッ! ……冷静になってきた。うざくてごめんね」
「貴様が独神でなければ即殺していたところだ」
「ツチグモさまのれーせーな判断に感謝です」
「そういうのはいい、殺すぞ」

 独神は口を噤んだ。
 今度こそ落ち着いたであろうと、ツチグモは話を再開した。

「で、その香炉と結晶はどう入手しろと」
「久遠城だよ! 最上階までいかなくても、途中までで数は足りるから楽勝よ」
「いや、この際最上階を目指す」
「止めはしないけど……遠いよ? 面倒な事嫌いじゃない?」
「城でやるのは狩りだろ。それも、本殿の奴らがいるって話じゃねえか。
 そこでなら思う存分殺りあっていいんだろ?」
「……まあ、姿や能力を模した"もの"だから、実践とほぼ同等らしい、けど……」
「不満か? 偽物でも、貴様のお気に入りの英傑どもがやられるのは」

 応えない。
 さっきまで歌うように動いていた口は微動だにせず、視線はツチグモから離れていく。

「さて! やる気十分みたいだし、早速出発しよう!」

 もう腕を引くことはなく、一人駆け足で部屋を飛び出していった。

「(流石、撤退には定評のある奴だ)」

 ツチグモには独神の思い付きに付き合う義理はないが、拒否するほどの強い意思もなく、
 ただただ空に浮かんだ雲のようにゆるりと流されていく。
 城での戦闘はツチグモの日々の鬱憤を晴らすには丁度良いもので、途中から独神の都合は忘れ、思うがままに力を振るった。

「……そろそろ、かな。帰ろ」

 ここまでの勝利で得た金兎を風呂敷に詰め込んだ独神は、全身傷を受けて肩で息をするツチグモに退却を促した。
 それが癪に障ったツチグモは噛み付いた。

「おい! まだ先があるだろう。ここでやめてたまるか」
「この先は強いよ。一人なんて無理だよ!」
「一人じゃねえよ」
「……他に誰が? 幻覚友人でも見えているの?」

 本気かぼけか判らない事を言う独神に、ツチグモの指先が止まった。

「私……!? 無理だよぉ! 独神は非戦闘員! 繰り返す! 独神は非戦闘員である!」
「チッ……。帰りゃいいんだろ」
「今帰ると丁度おやつの時間に間に合うよ!」
「どうでもいい」

 久遠城で負った傷は城内でのみ継続する幻覚のようなもの。
 と、独神から説明を受けたが、いつもの狩りと同じように痛みがあり、血も流れていく。
 戦闘道具である糸も先の戦いでは強度が大幅に下がっており、思う通りの動きをする事は出来なかった。
 このまま次の階に上がったところで、勝利を得られたかというと、可能性はあまりにも低い。

「(クソッ! 胸糞悪いほど的確な撤退だ。一人は無理だと?
 こいつはいつもそうやって、人の神経を逆撫でしやがる!)」

 自分の中身は決して見せない独神は他人の事には敏感で、無遠慮に見抜いてくるのが苛立たせる。

「そうそう、兎は貰うだけで良いんだけど、結晶は札で交換なの。不思議よね」

 ここで雑談を振ってくるのも、ツチグモが何を考えているかを見通しての事だろう。
 前までなら、沸き上がる怒りのままに力を振るってきたが。

「……交換なら、こんな城を建てた奴の顔が拝めるじゃねぇか」
「それが無人なの。欲しい品を取って、必要枚数を穴に放り込むんだけど"ずる"すると品が消えて札が返却される仕様なの! 凄いよね!」
「そうだな……」

 独神を相手にする時は、適度に、適当に、やることが一番良いと、今は思っている。
 見抜き過ぎる相手に直情的になっても、手玉に取らせる材料を与えるだけで不利だ。
 ……と、いうのは建前で、実際は多少の苛立ちは独神と話しているだけで消化してしまうのであった。
 認めたくはないが。

「……随分荷物が多いな」
「さっき結晶を交換したもんね。ちょっと多いけど良い運動になるよ」

 背中に背負った風呂敷は独神の身体を押し潰しそうなほどの体積がある。

「……言っておくが、俺は持たないからな」
「あははっ、気なんて回さなくても大丈夫だって。一人で持てるから。
 その代わり何かに襲われそうになったら守ってね」
「気が向いたらな」

 城を出てからここまで、独神の口数はやたら少ない。
 ああ言っていたが、重いのだろう。
 先手で拒否した手前、今更荷物持ちを提案することは出来ない。
 言おうか言うまいかと迷っていると、代りにずっと抱いていた疑問がぽろっと零れてきた。

「何故俺なんだ。その覚醒というやらは。……他の奴でも良かっただろう」

 草を踏み折る音が響く中、短く間隔の狭い息遣いが何度も聞こえる。
 それ以上の反応がなく、聞き流すつもりなのかと思い始めた頃にようやく返答があった。

「……強いのってかっこいいから」

 今度はツチグモが黙る番だった。
 そのままを受け取ればいいのか、裏を読むべきものか。

「フン、まぁ力を得られるってんなら、理由はどうあれ利用させてもらうがな」

 どちらであっても通じるように言えば、沈黙が戻ってきた。
 寄せては返す静寂に埒が明かないと、ツチグモは駆け引きを捨てた。

「強くなった所で、本殿の奴らの頂点に立てると思うほど自惚れるつもりはねえ。
 ……だが、それでも。主と主の理想の為に、傍に置いてくれ」
「勿論!」

 嘘吐きから間髪入れずに返ってきたのは、肯定だった。

「流石俺の主だ。いいぞ、俺を選んだこと、後悔させない」

 巨大な荷物がぴょこぴょこ揺れるのを見ると、溜飲が下がっていくのが判る。
 そんな軟弱な自分を認めたくないと反抗する気は起きなかった。

「(俺は主の役に立てればそれでいいんだ。それだけで)」





(20220315)
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【あとがき】

 pixivに多分上げていたものです。
 ツチグモが覚醒した時には飛んで喜びました。
 銀英傑の覚醒ってそれほど強くなるわけでは無いのですが、アイコンが金枠になるだけで嬉しかったです。