アルビレオと私

最後のお客を見送り、二人でキッチンとホールの清掃。
全てが終わる頃には真夜中になっていた。
しっかりと戸締りを行うと、私とアルビレオは自宅に戻り、ほっと一息タイムに入る。

私は真っ白なコックスーツを洗濯機へ投げ入れ、部屋着兼パジャマのジャージへ着替える。
パリッとした服を身に纏っていたアルビレオも衣服を脱ぎ、
ただの黒猫となるとコタツに入る私の膝の上で丸くなった。

「はぁー、やっぱりアルビレオと一緒だと温かいわ」
「きっと僕の毛皮はご主人様を温めるためにあるんですね」

あまりにも、にこにこと満足げに笑うから
私は黙ってアルビレオの耳の付け根をくりくりと撫でた。

「にゃー……」

気持ち良さそうに猫の鳴き声をあげる。
普段あれだけ流暢な(下手をすれば私より国語力がある)人間の言葉を話すと言うのに。

「可愛いにゃんこちゃんめ」

私の手よりも少し大きな頭をいっぱい撫でてやる。
目を閉じるアルビレオの顎を指で掬うと、震える喉を感じた。
普段はしっかりとしているのに、家に帰ればだらしなく身体を投げ出す様子が可愛かった。

「ねぇ、今日の料理はどうだった?」
「いつも通り。素晴らしい料理でした」
「アルビレオっていつ聞いても、褒めることしかしないわね」
「非がないものを批判することは出来ません」

このやり取りも毎度のことだ。
料理に何か改善点があるなら正直に教えて欲しいのに、いつ聞いても褒めるばかりで。
勿論嬉しいのだが、やはりウェイターとしてお客様と密接に関わっているのだから、
駄目なところは駄目と言って欲しいのが本音だ。
コック兼支配人として、サービスの向上は必要なのだから。

「アルビレオ」

呼びかけると、膝上で丸くなった黒猫は赤い目をくりっと揺らして私を見る。
どうしたのですか、気持ちいいのですか、温かいですか。
そんなことを言っているように思える。
完全に飼い猫になってしまっていて、ウェイターとしての意見は聞けそうに無い。
家に帰れば、アルビレオはただの、黒猫なのだ。

「ううん、なんでもない。次のメニューどうしよっか?」
「そうですねぇ……。メインは魚が良いです」
「そっか」

二本足で歩き、人の言葉を話すアルビレオだが、やはり好みは猫のまま。
何度聞いても魚がいいと答える。
私も魚は好きだが、シェフとしては様々なものをお客様に提供したいと思っているので、
アルビレオの望みどおり魚メニューばかりをお出しするわけにはいかない。

「ご主人様、内装はどう致します?」
「そうねぇ……」

もうそろそろクリスマスなのだ。
とは言え、二人のレストランをクリスマス色に染めるのはもう少し先が良い。
目安は当日の一週間前くらい。
それまでは温かな冬を感じられるような落ち着いた雰囲気を演出しよう。

「新しいキャンドルとキャンドルホルダーを買いましょうか」
「お出かけですか」

アルビレオの尻尾がふりふりと揺らめいている。

「そうよ」

そう答えると、膝上の黒猫君は赤い目を見開いた。
綺麗なカーブを画いた大きな口から小さな牙が見える。

「一緒ですか?」
「勿論」
「ふふ、御主人様とお出かけです」

甘い鳴き声を上げて、私のお腹に頭をすり寄せた。

「そーんなに嬉しいの?」
「はい。あ、でも、こうやって家で御主人様といられるのも嬉しいですよ!」

そのままくるりと膝上でお腹を見せた。
降参のポーズ。従順であることの意思表示。
この子は本当に、私といて嬉しいと思ってくれているのだ。

「そんなことをいう子は、こしょこしょの刑よ!」

嬉しさを誤魔化すために、お腹のふわふわの毛をかき撫でてやる。
お腹の皮膚はとても薄いため、猫的にはくすぐったいらしいのだ。

「にゃ、にゃにゃ、ごしゅ、にゃにゃ」

身を捩って指から逃れようとする。
猫なのだから私から逃げることは容易い。
なのに、アルビレオは大人しく私の刑を受けるのだ。
以前理由を尋ねた時「御主人様に触られるの、大好きなんです」なんて、
私をどこまで喜ばせれば気が済むのか判らないような答えを返した。


この子はいつも笑って私の傍にいてくれる。
レストランにいる時は、頼りがいのある優秀なウェイターに大変身。
家にいる時は、甘え上手な黒猫に。

「ありがと。アルビレオ」
「にゃー」

明日は月が出る。と言うことは、レストランはお休みだ。
この子と二人で買出しに行こう。
折角だから、アルビレオの大好きな魚料理を作ってあげよう。
きっとアルビレオは喜んで、お腹をこちらに向けながら喉をごろごろ言わせるはずだ。






────そんな、アルビレオと私の生活。




fin. (12/11/30)