E


「ついに……ついにやったぞ……!!」

 高架橋の下、俺はお宝を天に掲げた。それは砂がかかっていて、水分を呑んで波打った本で所謂ゴミと呼ばれるものである。だが、俺にとっては太陽に負けず輝くお宝であった。

 『性活週間~アナタの射精を管理します~』

 眼鏡をかけたドスケベ教師がねっとりとした精液がついたスケジュール帳を持っていて、花丸が描かれた日付には危険日と書かれている。なんてエロいんだ。多分危険日だからダメと言いつつ中出しセックス三昧の責任取ってねのボテ腹コースなのだろう。読まなくても判る。いや読まなければ本当の良さは判らない。エロは奥深いのだ。エロ初心者の俺には判らない世界が沢山ある。この本は表紙の絵とは関係ない実写のあれこれが収録されているようだ。……へー……。なるほど。

 早速俺はこの本をズボンのウエスト部分に挟み込み、そのまま後ろへスライドしてタンクで抑えた。これで俺が素晴らしきお宝を持っている事には誰も気づかないだろう。
 エロ本と言うのは拾えば終了ではない。根城に持って帰るまでがミッションだ。俺は数々のトラップを乗り越えて自室にこれを持ち帰り、ばっくりと御開帳してしっかりと中身を見届ける使命がある。

 今俺はヴィルヘルムとかいう偉そうな魔族の城で寝泊まりをしていて、他に同じ暗殺者のと『永久少年』と呼ばれるやつらがチラホラといたりいなかったりする。どいつもこいつも気紛れな奴らで神出鬼没だが、俺はそいつらの誰一人として見つかることなく、自室に到達すればミッションコンプリートとなる。
 ミッション名『エロ本(以後コードネーム”E”)を無事持ち帰る』
 名前がダサいとか気にするな。────ミッションスタート!

 俺は暗殺者としての活動経験をフルで生かし、ノーテンキなメルヘンワールドを抜け、魔界の居城へと何事もなく帰還した。さて、ここからである。気配を察知する能力に長けた者達を掻い潜らなければならない。

 俺は当然ながら正面から突破ではなく後ろから城へ侵入する。この城はいくつか特別な入口があり、城が襲われた際には内部の侵入者に気取られぬよう合流できるように隠してある。そこから侵入し、まず風呂の方向へと向かう。暗殺による汚れを落とすという体だ。と言っても普段は血汚れを気にするような性質ではない。怪しまれる部分もあるだろうが「上司に小言を言われている」と言えばあまり疑問には持たれないだろう。よし、これでいこう。上司と出くわした時だけが厄介だが、この程度の修羅場俺は何度も経験している。ターゲットに目の前で自爆された時、怪異相手に腕を切り落とされた事、神と呼ばれた男の怒りを買った事……それらの状況でも俺は任務を完遂しここまで生き延びてきた。だから大丈夫だ。驕りではない。俺は俺を信じる。

「……罠か?」

 今、俺がどこにいると思う。自室だ。
 なんでこんなあっさりと帰ってこられたのか。俺自身も戸惑っている。わざわざ怪しまれないようにと選んだルートは、誰かと接触する事を想定していた。そうやって普通を演出する事で余計な追及を逃れようと考えていたからだ。一人も会わなかった事実が俺を混乱させる。
 弱気になるな。ただ事実を認めろ。ここまで会わなかった。これはおかしい事じゃない。普段だって何度もあった事だ。おかしくない。

 背中に隠していたお宝を取り出した。半裸の女が谷間を見せつけているのを見ると自然と気分が静まり、代わりに別の欲がふつふつと湧く。早く中を見なければ。
 その為には、まず自室をくまなくチェックしなければならない。物のない部屋でおかしな点がないか探る。ベッドの下、なし。上、なし。他の家具はないので床板を探る。全ての床板に触れたがなにもおかしな点はない。良し。
 次。……ティッシュを用意する。ごみくずは燃やして証拠隠滅するのでくずかごは不要。
 よし! 
 …………いや、本当に大丈夫か? もう一度周囲を確認。
 よし! 今度こそ!
 …………、いやタンクは邪魔だから脇においてと。
 よし! オールグリーン。
 ……見るぞ。……見るぞ!

 そうっと開く。中には……そう、むちむちでばいーんばいーんな桃源郷が広がって……。
 やけに毛深……いや、そういう性癖……シックスパックが……いや、まあ癖はそれぞれ……

 ってちげーーよ!!!
「飲むだけでペニスで瓦が割れる! OH! YES!!」
 じゃねぇえええええええ!!!!!

 性器増強グッズなんて俺にはまだ早いっての。何もしなくたって平均はあるだろ。うん。……定規、あったっけな。
 俺はベッド下から取り出した道具箱にはメジャーと定規の両方があったが、収納の際誤って自身のアレが傷つくのが怖くてプラスチック製の定規を取り出した。ベルトを緩め、ズボンを下げ、パンツを下げる。ぽろりと出たアレはなんとなく元気が無いように思えた。いやいや本当の俺の力はこんなもんじゃないはず。全集中力を持って、自分好みの女体を想像していく。そうそうこんな感じ。どことなくに似ているような気がしないでもないが、気のせいだろう。俺の気合を注げば注ぐほど想像上の女の解像度が少しずつ上がっていく。というか、そのもののような気が……。

「ジャック!」

 声の再現もこの通り。あっという間に出来てしまった。まるで扉からが現れたかのようだ。……え、扉?

!!!」

 は唖然として俺を見ている。そして今の俺と言えば、定規持ってる+半ケツ+箱ティッシュ
= 導き出される答え

「……流石にお尻に入れるならもっと棒っぽい物の方が」
「入れねぇよ!! ブッ壊れるわ!!」
「……あ」

 しまった“E”が見られた。

「あ、いやこれは
「待って、それ以上聞きたくない!
……、でも、」
「……確かに好き嫌いはないって思ってた……でも、そこまで……。ごにょごにょまで……」
「は?」

 本を見ると、

『はじめてのすかとろ! 朝食に採りたてほやほや黄金水!』

「違えええ!!! この本そんなド変態御用達だったのかよ!!」
「……いい? 今ならまだ、やり直せる。修正可能よ。せ、せめて、もっとライトな所から始めましょう。ね?」
「憐れまれなくても俺は性癖は普通で」
「いいえ! あなたは何も判っていないわ! まずは……そう、このへんから」

 がめくって見せてきた女をじっと眺め、俺は言った。

「……好みじゃないな(顔と身体が。っぽくないし)」
「正常位が好みじゃない……!? やっぱりもう、汚染されて」
「やかましい! 話を聞けって」
「聞くって何をよ! どうせ私の事、性格でも顔でも身体でもなく体外にだすアレしか見てないのね!」
「いい加減にしろ!?」

 このままだとどうしようもないぞ。

「良いから落ち着いてくれ。それにこんなに騒いだら……」
「ジャックがこんないやらしいもの持ってるのが悪いでしょ馬鹿!」
「ばっ!? こそこっちの気も知らないから好き勝手騒げるんだろ!」
「変態の気なんて知らないし!」
「変態じゃない!!」
「じゃあ私で興奮出来るわけ?」
「余裕だ!!!(……ん?)」

 これって、非常にまずいような……。
 俺がをどう思ってるのかってバレちま……。

「証明してみなさいよスカトロ野郎!!」
「っざけんなよ!」

 が仕事着である背広を脱ぎ捨てて、白すぎるシャツのボタンも次々外していく。広がっていく隙間からは写真よりもずっと血色の良い肌が露わになって、鳩尾、臍、あばら、心臓、肺、胃、腸、と狙うべき場所がよく見えた。胸にはしっかり女の好きそうな細やかな意匠を凝らした下着があって、がただの女子である事を示していたのが奇妙だった。

「はっはーん。さすが性癖マンション君は何の反応もないって?」
「(反応ないわけがないだろ……)」

 自分のアレがそそり立つのを必死にズボンの皺やなんやで誤魔化している。そんな俺の日頃の苦労なんては知らない。

「……まさか触っても駄目とか……?」

 キワモノを見る目を向けたがあっさりと俺の手首をつかんで自分の胸にあてた。指が少し動いただけで餅のような塊が難なく呑み込んでいく。

「ば、馬鹿。よせ、や、やめ……」

 最恐の暗殺人形とまで言われた俺の理性が呆気なく瓦解する。だって、相手から触らせてきたんだ。この行為だって正当だろう。元々変態ではない事を証明することが目的なんだ。だったら、存分に教えてやればいいじゃないか。

──」
「おーいジャック、スパナがイカれたからお前の貸し……」

 もう片方のの胸を掴んだのと、ギガデリックがドアノブを掴んだのが奇しくも同時だった……なんて、信じられるか?

「……」
「……」
「……」

俺たちの視線が交差した。

「キャーー!!」
「ギャーー!!」
「ヴィルヘルムー!!!」

 三人同時に叫び、ギガデリックは走り去っていく。
「半ケツの変態童貞野郎がを襲っている」
 そんな余計な事を言いながら。

「(クソッ! 上司にそんなことバレたら、どんな折檻が待ってるか!!)」

 ギガデリックの口封じに走った。だが、こういう時に限って上司は城にいるものだ。大体そういう風に世界は出来ている。

「ジャック」

 ほらな。
 訂正はしておかないと

「俺は変態じゃない!!」
「ほう。これを見てもそう言えるのか」

 ヴィルヘルムの手の中には、俺が頑張って拾った"E"があった。

「いや! それは!」
「……下らん」

 魔術で無残に燃やされたえろ本……。別れがこんな……こんな呆気ないものってあるか? そもそも全部見ていないのに……俺は、お前を守る事も出来ず……名誉を守ってやることも叶わず……。無念だったろうに……。

「人形の貴様が……。まさかあんな低俗なものでそこまで…………」

 とんでもなく憐れまれている。汚物を見るような目で俺を見ているが、哀しみが大きくてそんな事どうだっていい。

「ヴィルヘルム!」

 が走ってきた。当然ながら服は着ている。

「ジャック程度に襲われるとは恥を知れ」
「襲わせてあげたんですー! それよりジャックまずいって! このままじゃド変態真っ逆さまだよ!」
「個人の嗜好などどうでも」
「『あの暗殺集団マジ変態の集まりなんだってよ、ヤッベーキメー』『報酬は身体で支払えってマジヤバ』『性癖サーカス』」

 いや、そんな事依頼人は思わないだろ……。ヴィルヘルムも言ってくれよ。いつもみたいに下らないって、

「……由々しき事態だ」

 は?

「我等の高潔なる集いがそのような下劣な認識をされる事など許せぬ。早急に手を打たねばなるまい」
「だよね! で、その悪評を広めているのがジャックなんだけど」

 俺!?

「ヴィルヘルムが中途半端な魔術使ったからこうなったんだよ! いやいや完璧だったからが正しいのかも。ヴィルヘルムの技術が高すぎて、ジャックは普通の健全な男子なんだよ。本来暗殺人形にはないものだから必要なかったけど……勉強させなきゃならないんだよ」
「……勉学?」
「保健体育だよ!!」

 おいおい、妙な流れになってきたぞ。

「なあ、上司ももそのくらいで……。ほら俺は普通の暗殺人形だし、な?」

 俺の声など全く聞こえていないらしく、上司とは大真面目に俺の性癖をいかんすべきか話し合っている。去勢するって言葉が聞こえるのは多分冗談だよな……冗談ですよね?

「ジャック」

 ヴィルヘルムは仮面の奥の瞳を輝かせて俺に命じた。

「今後は毎日、貴様に保健体育の授業を行う」

 え、マジなやつ? それ?

 ────こうして、巷で暗殺人形と名を馳せる俺が、まともな人形になれるようにと教育されることになった。

「貴様の部屋には監視カメラを設置する。当然魔術を編んでいるから破壊するなど考えぬ事だ」
「はあ!?」
「あと、そ、そーいう本が欲しいなら、まともなものなら渡してあげるから、私か上司に必ず言う事!」
「はあああ!?」

 こんな青少年に厳しすぎる環境に放り込まれた俺が、本当に性癖を拗らせる事になるなんてこと、上司やは勿論、俺ですら知る由はなかった。


fin. (21/3/04)