トリックアドベンチャー

「つまんねぇ」
「だよなぁ」

季節は夏。
うだるような暑さの中、コンビニ前でアイスを食べるニッキーとサイバー。
元気なのは虫たちだけで、人間たちは汗で張り付く服に包まれ、だらだらと歩いている。

「折角の夏休みだっつーのに、金ねぇしよぉ」
「オレなんて店の手伝いだぜ。人使い荒いっての。
 他の奴は楽しく遊んでるんだろうな」
「そーそー。バスケ部のDカップいたじゃん?
 あれがお前のクラスの奴とラブホ入んの見たってよ。
 マジウゼーよな。夏だからってどいつもこいつもよぉ」
「名前で言えよ。大きさで覚えてる訳ねぇだろ。そんな興味ねぇし」
「でもデカイのが通ったら二度見はするだろ」
「まあな」

暑さでアイスが溶ける。こぼれないように舌を伸ばした。

「はぁ。つまんねぇ。オレも誰でもいいからヤりてぇー!!」
「まず彼女作れよ」

ニッキーは暫く沈黙し、舌を打った。
想う人はいれども、その人は手にするのが難しいのである。
それが誰、とは周囲には言っていないが、隣の青毛は察しているはずだった。
それなのにいけしゃあしゃあと言い放つのが気に入らない。

「……、最近会った?」

サイバーはクラスメイトの一人の名を出した。
まさにその人であった為、動揺したがニッキーは落ち着いて返した。

「いーや、全然。まずオレは門前払いだっつの」
「オレも行ったけど駄目だった。留守だってさ。
 しょうがねぇから、黒神とMZDと飯食って帰った」
「は!?なんだよそれ!そんなことしてんのかよ!!」

落ちそうになるアイスをニッキーは慌てて口に含んだ。

「黒神っつーか、影が、が留守だと結構な確率で食い物くれるんだよな。
 で、そのまま食って帰るっていう。……んではその間ほぼ帰ってこねぇ」
「……信じらんねぇ」
「そうか?」

サイバーは、ニッキーの言葉の意味が半分も判っていないだろう。
黒神に受け入れられている者は、そうでない者がどんな扱いをされるかを理解する事は出来ない。
言動の節々から滲み出る拒絶の意は、実際に体験してみない事には。

もなー、携帯持てば良いのにな。
 いくら機械が苦手つっても、らくらくフォンぐらいなら……
 ……何でふててんだよ」
「別に」
「あ、駄目か。黒神ん家電波入んねぇ」
「この話何度目だよ」
「そうだっけ」

頬を伝う汗も流し過ぎて気にならなくなる。
肌を焦がす熱でさっき自分が何を話したのかさえも忘れていく。
身体を冷やすアイスももう無くなった。
ここぞとばかりに強くなる日差し。
このまま外に居れば死んでしまう。
そんな事を思っていると、サイバーの口からぽろりと落ちた。

「黒神のとこ行くか」

思わず目を丸くするニッキー。

「……い、今から?」
「今から」

空調完備なあの家ならこの熱からも逃れられる。
頭の中はその事でいっぱいだった。











「MZDぃー、いるかー?」
「なんだー」

玄関に入って無遠慮に呼びかけると、世界の神は奥からのろのろと現れた。

「今忙しかったか」
「いいや!暇!超暇!寧ろ相手して!
 ……なーんて、お前らの目的はオレじゃなくって、なんだろ」

口を尖らせながらも、MZDは二人を家にあげると黒神の家に繋がる扉へと案内した。

「……ま、お前ら来てるって言えば大丈夫だよな」

と、小さく呟いて扉を開けた。
リビングには誰もいなかった。

「あれ、珍しく黒神いない」
「アイツいねぇの!!やった!」

ニッキーがはしゃぐ間、MZDはの部屋の扉を叩いた。

。サイバーとニッキーが来てるぞ。今大丈夫か?」

解錠の音が鳴ると、そろりと扉が開き中の者が顔を覗かせた。

「……いらっしゃい」
ちゃん!」

扉から一歩踏み出した瞬間に飛び出すニッキー。
抱き付こうと手を広げて突撃したが、あっさりと避けられた。

「くっ……なんでだ」
「よっ、久しぶり。元気してるか」
「うん。あ、黒ちゃんから話聞いたよ。
 ごめんね、来てくれた時留守にしてて」
「良いって。突然押し掛けただけだし。
 今日はどこにも行ってなかったんだな」

ぴしっ。
空気が割れる音がした。
三人はまずい、と思った。

「……行かなければ、良かったんだよ。
 どうせ義務じゃないんだから。関係ないんだから。
 私なんていなくても良いくせに、また今日も最初と最後で言ってる事が違って。
 …………一度やられちゃえば良いんだ」

ダークサイドに落ちるを掬い上げるべく、三人は心を一つにした。

「ほーら、ちゃん今日も(ぺたんこだけど)可愛いぞー」
「あ、そうだ、さっき食ったアイスに入ってたギャンブラーカードやるよ!」
、抱っこしてあげるからな。ほらたかいたかーい」

あまりの必死さ故に、は苦笑した。

「ごめんね。そんなに気を使われると、ちょっと……。
 あとMZD、人前だから止めよ?
 スカートが、ってニッキー中見るの禁止!」

なにはともあれ、の機嫌はニュートラルへと戻った。

「折角来てくれた訳だし、んー、何しよっか?」
「はいはーい!オレ様に良い案がありまーす!」

MZDはの手を取った。

「夏と言えばやっぱこれっしょ。もオレの力について来いよ」

指を絡ませて向かい合う二人を中心に星が巡る。
の胸元にある指輪が宙に浮いて光を放ちお互いを包んだ。
浮世離れした光景に二人はただただ圧倒され、その様子を見ていた。
外見は変わらずとも、彼は神であり、彼女はその神を魅了し力を与えられた特別な人間なのだ。

「良い感じ……。もうちょい寄せて」
「ん……。やだ……だってこれ」
「いーのいーの。夏なんだから」

光が少しずつ弱まっていくと、は両目を開いた。
目の前のMZDに何か言おうとすると、ぎゅっと抱きしめられる。

「オレ様絶好調!お前ら楽しみにしてろ!
 いつものメンバー連れて今晩校門に集合!!」

MZDの胸に押し付けられたはもがもがと何かを訴えるが、その言葉は誰にも伝わらなかった。











「お。ちゃんと連れてきたな」

夜の学校だというのに、校門にはMZDとを始め、サイバーとニッキー、
そして、リュータとサユリ……と、DTOがいた。

「なんでDTO!?」
「お前らなぁ、夏休みだからってあんま無茶すんなよ」

まさかここに、教師がいるとは誰も聞いていない。
皆があまりに驚いているので、MZDが説明した。

「一応学校を使うからって事で教えたんだよ。
 ……そしたら、監督責任があるからとか言ってよー」
「そう鬱陶しがるなよ。俺も止めさせる為にいるんじゃねぇし」
「と言う事だから、DTOも仲間に入れてやってくれ。
 仲間外れは駄目だぞ。神様とのお約束」
「お、お前なぁ」

MZDとゆかいな仲間たちにDTOが仲間入りした。
六人を前にMZDがポップンパーティーの時の調子で場をまとめる。

「今日は急な召集だったのに来てくれてサンキューな。
 折角の夏休みだし、今日はオレとからプレゼントだ」

施錠されていた校門がキーと音を立て勝手に開いた。
全員を昇降口に向かって歩かせながら、これから始める遊戯の説明を始めた。

「まずは、くじ。ほら順番に引いてけ。先端の数字が同じ奴がパートナーな」

とDTO。サユリとニッキー。MZDとリュータ。
くじで三つの組み合わせが決まった。

「え!?オレのくじおかしくね!?」

白紙のくじを引いたサイバーが叫ぶ。

「あ、サイバーはソロな。もう一人呼んでくりゃ偶数だったのに」
「えぇー……、まぁ、人数的に仕方ねぇけど……。それなら黒神呼ぶとかは?」
「無理無理無理!!」

後ろで「余計な事言ってんじゃねぇ」というニッキーの呟きよりも、大きな声でMZDは叫んだ。
大きく肩を震わせ、身体の前で両手をぶんぶんと振っている。

「く、黒は駄目!アイツ忙しいし!それに、ほら、色々と困るじゃん?
 とか、とか、とか!」

あからさまな動揺に全員なんとなく状況を察した。
この話題は止めよう。そう思った。

「……こほん、気を取り直してっと。
 じゃあ、その組で順番に学校に入って。
 中にお札置いといたからそれ見つけたらクリアって事で帰ってこられるからな」
「これって……肝試し?」

何も聞かされていなかったサユリは漸く今回の趣旨に気付いた。

「そう!!学生の夏と言えば、やっぱ肝試しだろ!!!」

得意げに言うMZDであるが、サイバーは声をあげた。

「それなのにオレだけ一人かよ!!」
「ヒーローなら一人でも怖くないだろ。問題ない!!」
「それなのに、ちゃっかりMZDも入ってるし」
「オレだって遊びたい!」

こうなると神とはいえ小学生である。
高校生のサイバーは仕方ないなと言って許した。

「じゃ、順番だけど、まずオレとニッキーが行くから──」
「何処へ行くつもりだ」

楽しそうに話MZDの首根っこを、突然掴んだ男。
この場にいる誰もがその人物を知っていた。
MZDとそっくりの顔を持つ者。それは。

「黒ちゃん!?」
「なぁ、MZD……俺が何故こうも必死に動いているか、判るか?」
「え、えぇぇとぉおお」

だらだらと汗が流れるのは、この暑さのせいではない。
MZDの肝が急速に冷えていく。

「なぁ、今晩はと食事も取らなかったよな」
「う、ん。……忙しいって影ちゃんから聞いてたよ」
「その忙しさの原因は、
 どっかの馬鹿が仕事サボってサボってサボりまくってたせいなんだがな」

破壊神黒神から溢れ出るドス黒いオーラがMZDに絡む。
冷や汗をかきながらMZDは動かせるだけ首を動かし、黒神に向いた。

「……てへ」

必死の減刑要求には、グーパンが返された。

「遊んでる暇なんざねぇ!キリキリ働け!!
 おい、そっちの影もしっかり縛れ。容赦はいらねぇんだよ」
「タンマタンマ!今から始める予定だったんだって!」
「は?」

黒神は校舎から漂う異常な空気に気付いた。

「成程。テメェの仕業……いや、も混じってる。
 何をしたかったのかは大体把握した」

黒神が顎で指示すると、MZDの影は主を引きずっていく。

「ここは俺が制御してやる。お前は心置きなく働け。出来ねぇとは言わせねぇ」
「い、いやぁああああ、黒の意地悪!鬼!ロリコ、」

涙の訴えは聞き入れて貰えなかった。
黒神の力で空間を飛ばされるMZD。
気が立っていた黒神であるが、MZDが消え、
この場にいるのがとただの人間たちであることで落ち着きを取り戻した。

「……水を差してすまなかった。ここからは俺がこの空間を制御する。
 ……で、何をするところだったんだ?」

肝試しをする前に、怒りで口が悪くなった黒神を見て以外は既に恐怖を感じている。
重い空気の中、一人元気なが言った。

「スタートする前だったんだよ。順番に入るって話だった」
「そうか。じゃあ順に進むと良い。だが三分以上空けるんだぞ」

参加予定の者が一名抜けたので、新たにリュータとサイバーがペアとなった。

「ヨロシク。怖かったら逃げても良いぜ」
「ああ、ヒーロー様に任せて俺は楽々ゴールさせてもらうよ」
「おう!見てろよな!」

入っていく順番をジャンケンで決めた。
最初に行くのがサユリとニッキーに決まると、黒神が心配そうにサユリに言った。

「何かあればすぐ俺を呼んでくれ。絶対に隙なんて見せては駄目だぞ」
「なぁ、お前さ、オレを犯罪者かなにかと間違えてねぇか?
 さすがに何もしねぇし、する気もねぇし。
 ……サユリ、最近殴る力強ぇからオレの方が身の危険を感じるっつーか」
「それは全部ニッキーのせいでしょ!」
「叫ぶなっての。とにかく行こうぜ。オレ達が行かなきゃ始まらねぇしよ」

懐中電灯を一つ持って、サユリとニッキーは昇降口から校舎の中へと入っていった。

「……よし、次は?」
「はーい!私とせんせ!」
「なら、ちょっとこっちへ」

近づいてきたの胸元に少し指を入れた黒神は、シルバーリングをの首から外した。

「肝試しならこれは無い方が良い。あと、身体も」

小さな身体から元の大きさへと変化した。

「みんなと同じ条件の方が楽しめるだろう」
「う、うん……」
もサユリと同じく、何かあれば俺の名を呼んでくれ。
 例えばこの教師にセクハラを受けたとか」
「俺の場合冗談じゃ済まねぇから。教師生命が途絶えるから軽々しく言うなよ」
「気を付けて行くんだぞ」

言い回しに納得がいかないDTOと、今から恐怖体験をしなければならない不安に押しつぶされる
黒神に手を振られながら校舎の中へと入って行った。

「で、残りはお前らか。特にコメントはないから時間が経ったら入れ」
「冷てぇ!?」
「これでもさっきまで奴の代わりに奔走して疲れているんだ。正直今から寝たいくらいだ」
「それで大丈夫なのかよ……」
「あいつの空間構築能力は完璧だ。神だからな」

構ってくれと駄々をこねている姿が頭に浮かぶが、MZDはれっきとした神様である。

「俺の役目は、全ての終わりに、奴が学校に施した細工を元に戻す事だ。
 それまで特に何かをする必要はない。後は、単純にが心配だからな。
 ……今回の場合、よりもサユリの方が心配であったりもするが……」

黒神の、ニッキーへの評価はとてつもなく低い。

「大丈夫じゃね?な?」
「あの二人って意外と仲良いよな」
「そうそう。の事で結託する事多いし」

リュータがまずいと思った時には遅い。

「……ほう、それはどういう意味での結託か詳しく説明してもらおうか」

肝試し以上の恐怖が忍び寄る中、失言に気付かないサイバーを掴んだリュータは校舎へと走り、
昇降口の中へ足を踏み入れた。

ようこそ、闇へ。








Side DTO・

「せせせ、せんせ!今絶対誰かいたよ!!」
「どっち」
「あっち!!!!!」

が指さす方を見るが何もいない。

「いないぞ。大丈夫だって。そんなに怖がってるから見えないモンが見えるんだよ」 
「いーたーの!!!いた!!絶対に!いた!!!」
「じゃ、次こっちに行こうな」
「信じてくれない!!」

腕にべったりと抱き付いてくるを引きずりながらDTOはサクサク探索していった。

「にしても、いつもの校舎かと思ったら違うのな」

外からは全く気付かなかったが、二人が昇降口に踏み入れた瞬間、自分たちが全く別の場所に飛ばされた事に気付いた。
学校には間違いない。だが、校舎全体が木製で出来ており、下駄箱の数も一クラス分くらいしかなかった。
いつも学校で見えるものとは違い、棚や机が低めに作られており、小学校ではないかとDTOは推測した。

「どれもこれも古くて嫌!!なんでこんなに怖いもの作ったの!」

今はいないMZDに文句を連ねるは恐怖で下を俯くばかり。
二人が歩いている廊下も勿論木製で、ところどころ釘が飛び出していたり、踏むと音が鳴った。

「古いつって俺の学生時代よりも古い気がする。黒板も木の板だし、何よりまだ黒色の時代だ」
「そんなの、どうでもいいんだもん……早く見つけて帰ろ!」
「でも肝試しだからな。存分に怖い思いしてから帰ろうな」
「やだよ!!早く帰る!」

が極度の怖がりだという事をここで初めて知ったDTO。
ここから出るのは長くなりそうだなと思った。

「とりあえず、一つ一つ部屋をチェックしていくから、も少しは探すの手伝うんだぞ」
「うん……。出来るだけ」

DTOが教室の扉上部を照らすと「1-い」と書かれていた。
いろはにほへとの順だとすると、1-1と言う事だろう。

建てつけの悪い引き戸を開けると、十の机と十の椅子が整然と並んでおり、今からでも授業が出来そうだった。
黒板側の壁の両隅に置かれた棚には教科書や配る予定であろう藁半紙がしまわれている。
教室の後ろには生徒たちの個性的な習字が貼られており、教師であるDTOは初めての場所だとあまり感じなかった。
机と椅子があり、教卓があって黒板があれば、小学校も高校も同じである。
ごく自然に教卓に立つDTO。

「これから授業を始める。、不定詞の副詞的用法はいくつある」
「え!?え、え、えっと…………みっつ?」
「正解」
「こんな夜に一人授業なんて怖くて嫌ですよ!」

そう言いながらも、机の一つに向かうは付き合いが良い。
は机の中に手を入れ、中の物を取り出した。
筆箱、教科書、ノート、くしゃくしゃに丸められた紙。
この生徒が置きっぱなしにしているものだろう。

「先生、電気こっちにお願いします」
「ほい」

電灯に照らされたノートには『1-い 池田鉄石』と、下手くそなかすれた字で書かれていた。

「小学生なのに難しい名前ですね」
「これはやっぱり時代が随分前だな。最近の子にそんな名前はない」
「見て下さい。この子ちゃんと勉強してません」

ノートには絵が描かれていた。あまりに上手すぎて何が描かれているのかは判らない。

「やっぱ、どの時代も生徒のすることは一緒だよな」

肝試し用の作り物とはいえ、細かいところまで行き届いていることにDTOは感心した。
棚の中の教科書も開いて見れば教師用で、授業の進め方や理解を深める為の試行錯誤が見て取れた。
自分と同じ教師の努力を見て、自分ももっと勇往邁進しなくてはと奮起する。

「ねぇ、先生……」
「どうした?」

浮かない顔をするを訝しんだ。
が顔を向けた先には生徒の机がある。少し様子がおかしい。
懐中電灯をの光を当てると、汚れで黒ずんでいるのが判る。

「傷が多いな。小学生だし彫刻刀で遊んで……」

机につけられた無数の傷は文字になっていた。
死ね。と、シンプルな言葉が無数に刻み付けられていた。

「……変だなって思ったの。この机の教科書はぱりぱりだった。
 雨で濡れて、それを乾かしたのかと思ったんだけど……。
 ……ノートが真っ黒だったから」

がDTOへとノートを差し出した。
ライトで照らさなくとも異常性だけは伝わってくる。

DTOは静かにノートを開いた。
過不足なく塗りつぶされたノートは闇に溶けていて、掌に紙の質感を感じなければノートだと気付かないだろう。
他のページを開くと、筆で書いた死ねとという文字が大小書かれていた。
DTOはそっとノートを閉じて机の中にしまった。

「先生、次の教室に行きましょうか」

さっきまですぐ近くにいたが、髪を揺らして教室の後ろの扉に手をかけていた。
小学生と殆ど変らない背丈しかないのに、DTOに有無を言わさない圧を放つ。

「判った。……それより、そんなに俺から離れてて怖くないのか?」

たった数メートルの短い距離を全力で走って抱き付いてくる年相応さにDTOは胸を撫で下ろした。
がただの生徒だとは勿論承知している。
しかしこの異様な場所にいると、普段と少し違うだけでも不安が膨らむ。
DTOの知らない世界を知るであるが、ここにいる間はどうか学校で見るのままでいて欲しいと思う。

「これじゃ歩けないだろ。手繋いでやるから」
「絶対離しちゃ駄目だからね。汗で気持ち悪くても駄目だよ!」
「判ったよ」

怖がるの手を引きながら、DTOは次の教室へ向かう。
気になる事はあるが、それは演出に過ぎないだろう。
頭を振って憂いを払いながら廊下を歩いていると、窓が真っ赤に塗られていた。

「きゃぁああああああああああああ」

がっしりとDTOに抱き付き、顔を押し付ける
DTOは何が襲ってくるのかと窓を凝視していると、あることに気付いた。

、これ違うぞ。よく見てみろ」

DTOの身体にしがみ付きながら、はちらっと見た。
真っ赤だと思っていたが、やけに水っぽい。

「……青臭い?」
「そう。これってトマトだろ」

指で拭ってみると小さな種にどろっとしたゼリーのようなものがついている。
疑わしそうにするに見せてやると、ほっとしたように息を吐いた。

「びっくりした……」
「やっぱりMZDが作ってんだからそう怖くないって」
「そうだよね。だってここを作るのに私も手伝ったんだもん」
「それなら安心だ。さ、頑張って歩くぞ」
「はい!」









Sideサイバー・リュータ

「やっぱスゲーな。めちゃくちゃ怖くね?」
「ばぁ!っ今にもて出てきそうだよな」

暗い校舎を談笑しながらさくさくと歩き回る二人。

「ここ、小学校だな。古ぼけてるから雰囲気出るな」
「そうそう。普段俺たちが使うよりは古いけど、基本的に変わらないもんな」

木造の校舎なので歴史を感じるが、使われている物は馴染のあるものばかりである。

「しかし木造ってだけでこんなに怖いのかよ」
「大丈夫だ!お前の隣にはヒーロー様がついてるぜ!」
「はいはい。心強いですね」

廊下を歩いていた二人は適当な教室に足を踏み入れた。
十三の机があり、十三の椅子がある。

「ちっさ!」
「でも何年か前には俺たちもこれぐらいの椅子に座ってたんだろ?
 ……すげーな、自分の成長感じる」

高校生になった自分たちには小さい机や椅子。
教室に貼られたひらがな表。廊下は走らないと書かれた今週の標語。
後ろにびっしりと貼られたお世辞にも上手とは言えない絵。
それらを見ていると、どこか懐かしい気持ちになった。

「見て!日直だとさ。……の名前でも書いてやろ」

黒板右下の日直と書かれた下に、と書くサイバー。
本人が見たらどんな反応をするかと想像しケラケラと笑う。

「そろそろ真面目に探すか。これじゃ俺たち最後になるぞ」
「それは困る!ヒーローのオレが一番じゃないとな」

二人は教室一つ一つを確認することにした。
教室は掲示物が少し変わる程度で、あまり違いがなかった。
加えて恐怖体験もあまりなかった。
教室内をうろついていると偶に廊下をバタバタバタッと誰かが走る音がするだけ。
最初は驚いた二人であったが、何度も繰り返された事と、誰かが襲われる事もなかったので慣れてしまった。
全然怖くないのは極度の怖がり(但し幽霊や魔族や神は平気)が居るからだろうという結論に至った。

「意外と見つかんねぇな……」

一通り教室を巡った二人は今、職員室に来ている。
人数が少ない小学校だからか机は少なく、それらが向き合うように設置されている。
机の上は荒れており、使われている様子は無い。本が数冊乱雑に投げられている。
引き出しも開けっ放しのものがあり、椅子も机の上にあったり、部屋の隅に置かれていたりする。

「こう見ると廃校っぽいな」
「教室見た時はそんな感じなかったのにな」

リュータは手近にあった机の引き出しを開けた。
筆記用具がバラバラに入れられており、紙が入っていた。
何気なくその紙を取る。

『逃げ込んだ子供は全部で五人』

「なぁ、サイバー、これ見て」

闇に似合わぬ真っ白な紙を見せると「ふうん」と返すサイバー。

「そういう設定なのか」
「きゃははははははっ」

甲高い笑い声が響いた。
思わず肩を揺らす二人。

「びびったぁ……。今度は声か」

他にも何か入っていないかと、開ける事が出来る引き出しを次々と開けていく。
殆どは空であった。入っていても筆記用具が少し入っている程度であった。
サイバーは向き合うように置かれた机とは離れた所にある、大きめの机の方へ行った。

「一つだけ違うって事は校長とか?」
「あ、それっぽいな。じゃあ、その脇の机は教頭のか?」
「有り得る」

小学校で一番偉い人間の机には何が入っているのか。
面白いものでも入っていればいいなと思い、サイバーは引き出しを開けた。

『まずは一人目』

ドサッ。
そこそこ重量感のあるものが落ちた音がした。
サイバーとリュータは顔を見合わせた。

「え。何……?」
「か、紙、入ってて……」

サイバーは紙を手に取り、離れたところで机の引き出しを漁るリュータに見せた。

「……ひ、ひとりめ、って」

キィィィっと、錆びついた金属が擦れる音がする。
音の発生源に目をやると、職員室の後方隅に置かれたロッカー。
掃除用具入れかと思われるそれは、触れてもいないのに勝手に開いた。
小さな悲鳴を上げたリュータは前方にいたサイバーの方へ走り寄った。

「……」

嫌な予感はしてた。鼻につく匂いである程度想像できる。
それでも、見てみなければ実際のところは判らない。
サイバーはごくりと唾を飲み、意を決してロッカーへ近づいた。
だんだん、だんだん鼻への刺激が強くなる。

「っ!!!!!」

中には血まみれの子供がいた。
身体が有り得ない方向に曲がっており、まるで人形のようだった。
だが、人形でない事はこの強烈な金属の匂いと生ごみの匂いの絡み合いで判る。

「ど、どうだった……!?」

ロッカーに近づけなかったリュータにサイバーは説明した。

「……子供が、死んでた」

うっと口元を覆うリュータ。
同じ空間内に死体がある。気持ち悪い。怖い。
だが、外に出るのも怖い。サイバーと離れるのも怖い。
逃げたいのに逃げられない。

だからリュータは、この状況はフィクションだと思い込むことにした。
そうして湧き上がる恐怖の軽減を図る。

「………はは……。凄ぇ……さすがMZD……」
「こ、これだと無理だろ?……もうちょっと抑えても良いんじゃね?
 サユリもいるわけだし……女子は無理じゃん?」
「MZDが子供のミイラをわざわざ配置したって考えるとちょっと笑えるな。
 匂いのギミックまでとか。本当凝ってるよな!ははは!」

リュータはロッカーに死んだ子供がいるとしか知らない。
しかし、サイバーは自分の目でしっかりとそれを見た。

子供の血は赤くてかっていて、古い様子がまるでなかった事。
ついさっきまで走り回っていた子供が殺されたようだと思ったが、
既に怖がっているリュータを更に怖がらせてもいけないと思い黙っている。

恐怖を一人で抱える危険性に気付かぬまま、サイバーは精一杯普通を装った。

「……五人ってことはさ、あと四人分あるって、ことだよな」

リュータの指摘にサイバーは顔を引きつらせた。
心の内の恐怖がもくもくと増殖していく。









Sideニッキー・サユリ

「ふうん。廃校か……ところどころ焦げてるし、火事でも起きたか」
「少し前の小学校……みたい。教室にひらがな表が貼ってあるから」

二人は焦げ付いた木造校舎の中をさくさくと探索していた。

「ったくよー、なんでこんなイベントでちゃんと組めなかったのか。
 オレのくじ運ショボ」
「きっとさんの運が良かったんだね」
「……どういう意味だよ」
「黒神さんに怒られなくて良かったでしょう?」
「良くねぇよ!これなら後でなんかあろうともちゃんが良かったっつの」

ぶつぶつと文句を言う。
唯一の救いはのペアがサイバーではなかった事だ。

「さっさと見つけて出ようぜ。
 きっとちゃんが出てくる時にはぐちゃぐちゃだろうし、からかってやんねぇと」
「DTO先生がいるから大丈夫だと思うけれど」
「……お前はオレのささやかな希望を全部ぶち壊す気か」
「早く見つけるんでしょ?だったら手と足を動かさないと」

冷ややかな振る舞いに舌打つニッキー。
二人は黙って教室を回っていった。
いくつかは入口が壊れており、入室が困難そうであったので断念した。

一階を回り、二階を回る。一通り目を通したが、何も起きない。

「……全部見たのに何もねぇな」
「うん。……もう一回一階に行こうか。見落としがあるのかもしれない」

踏めば軋む心許ない階段を下りて、また教室を回った。
変わった様子は無く、肝試しの要素もなく、うんざりし始めた頃。

「なんだコレ……なんで黒板の日直のとこにちゃんの名前が」
「誰かが先にこの部屋を調べたのかも」
「そういや、誰とも会わないな。声も聞かねぇし」
「そう、だね。そんなに広くない校舎だし、会ってもおかしくないんだけど……」

その時だった。


「っいやああああああああああああああああああああああ」
「ぎぃやあああああああああぁああああああああああああ」

二人の叫び声が聞こえた。

「……い、今のって」
さんの声。じゃあもう一つは先生?」
「行くぞ!あの声じゃちゃんもう再起不能だろ!」
「判った。急ごう!」

心が一つになった二人は声の方へと走った。





to be continued




(14/08/07)