トリックアドベンチャー5

Side リュータ・サイバー[過去]

「多くね?」
「増えたよな。確実に」

一歩毎に不浄に遭遇する。
それくらい、二人(+影)はこの学校で死んだと思われる者達と遭遇した。
何の変哲もなかった教室に突然血痕が現れたり、死体が山になっていたり、白骨が積み上げられていたり。
鋏を持った生徒に襲われ、影と合流してから、不気味だった学校は地獄へと様変わりした。

「でも、いてくれるお陰で安心するよ。ありがとな」
「私は成すべき事をしているまでデス」

得体のしれない者に襲われる率が格段に上がったが、影の護衛により彼らは一度たりとも怪我をしていない。
影の力はこの空間でも有効なようだ。

「影のお陰でガンガン探せるってのに、全然見つからねぇな、五人目」
「それとも宣告がないから気づかなかっただけ?」
「よく判んない奴等が一気に増えたからスルーしたかも。
 目印があるわけじゃねぇから正直判んねぇんだよな」

と、話している間にも、輪郭のない煙が二人に襲い掛かろうとし、影に返り討ちにされていた。
この煙のような存在はこの学校で死んだ者である、というのが影の推測である。
今まで出会った、煙や死体、白骨を合わせると、五十人は死んでいるだろう。

「よし、聞きに行こう!」
「聞きに行くって何処へ?誰に?」
「生首」

気が進まないリュータを連れ、サイバーは穴の中にいる首だけの子供の所へと向かった。
そろそろ着く、という頃、粘着質な水音が聞こえた。
リュータを制し、サイバーと影が、そっと奥を覗き込んだ。

すると、犬が子供の頭部をガジガジと噛んでいた。
くちゃくちゃとした音から、甘噛み程度であると思われたが、あまり気持ちの良い光景ではなかった。
リュータには見ないようにと注意し、それが終わるのを暫く待っていた。
音が鳴り止み、ずっと様子を見ていた影が頷くので、全員で首の元へ行った。

「よ、よう」

なんと声をかけていいのか判らなかったが、サイバーは戸惑いながらも挨拶してみた。

「来ない方が良かったでしょ?」

頭部は苦笑した。

「それより噛まれてたけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ちょっとねちょねちょしてるけど。
 それで、今度はどうしたの?お友達とも会えたのに」
「聞きたい事があってさ。この学校の事だけど、ここで何が起きたんだ」
「渡した記事の通りのほんの些細な事だよ。生徒が続けざまに死んで、教師が死んで。
 薄気味悪いからって学校を壊そうとしたら工事関係者も死んだの」
「なんで連続して死ぬんだ?偶然にしては出来過ぎっていうか」
「殺されたからね。偶然でもなんでもない」

あまりにからっと言うので、リュータは眉間に皺を寄せた。
気にする様子のないサイバーは続けて質問した。

「まずその生徒を殺したのは誰なんだ?」
「大人だよ。外から来た大人が殺していったんだ」
「じゃあオレが殴られたり、鋏で襲われたのは、殺された事を恨んでってこと?」
「そうだね」

頭部はサイバーとリュータの間にいる影を、ちらっと見た。
ほんの短い間であった為、二人は気づかなかったようだ。
特に、真剣に話を聞いて現状理解に努めていたサイバーには。

「オレ達はここから出たいんだ。
 その為には多分不幸な死を遂げた奴らを助けてやらないと駄目だと思ってる。
 今まで誰かのその……死んだ姿、を見る度にカウントを取られていた。
 五人から始まった。それって、死んだ生徒は五人だけって事で良いのか?」
「そうだよ」

五人どころじゃない数の死者を見たが、生徒の被害者は五人。
ここに来るまでに影が追い払った者たちとは、なんなのか。

「じゃあ、その五人ってどこにいるんだ?
お前含めて四人は見つけたんだけど、最後が見つからなくてさ」
「なら、聞いてみれば良いんじゃない?その、見つけた四人と」
「え?話す?」
「頭だけの僕と話せるんだから、他の人も大丈夫じゃない?」

一人はロッカーの中で捻じ曲がっていて、一人は頭がなく、一人は目玉のみ。
それなら、今こうして話してくれるついでに話してくれてもいいのに。
と、リュータは思うのだが、切断面の血が光る頭部が流暢に話しているという現実を未だ受け入れられずにいるので黙っている。

「じゃあ試してみっか。色々と教えてくれてありがとな」
「ううん。がんばって。やさしいおにいちゃん」

二人は元来た道を戻り、まずは職員室へ向かった。
ここのロッカーに一人目の犠牲者がいる。
身体が複雑に折られた血まみれの子供だ。
さっきの頭部も十分に恐ろしい姿であったが、こちらはどう見てもただの死体だ。
死体とのコミュニケーションに挑戦するサイバーを、リュータは遠くから見守った。

「あのーもしもーし」

耳をすませど何も聞こえず。

「駄目?」

反応を見逃しているのかもしれない。
そう思ったサイバーは手を伸ばせば触れられるまでに死体に近づいた。
鼻腔を突き刺す悪臭に耐え、もう少し近づくと、何者かがサイバーを後ろへと引いた。
振り返れば、顔を引きつらせたリュータが手招いており、視線を戻せば影が三叉矛で死体を抑えていた。

「諦めまショウ。彼らは理性がない。
 正常な判断力を失い、負に犯されています。心が闇に堕ちているのデス」
「早く離れろって!」
「ちょっと待って」

サイバーはいい人光線銃を取り出した。

「それって幽霊に効くのかよ。いいから早くこっち来いって!」
「死体だろうが幽霊だろうが人間だ、ぜ!!」

死体と競り合う影の身体の隙間を縫って、光線が死体を包んだ。

「痛い……痛いよ」

死体が、苦しそうに声を漏らした。
目論見通りと、サイバーは指を鳴らす。

「ほら!!流石オレ!影、そいつを離してやってくれ」

影は命令通り矛をしまった。

「身体が、痛い……。痛いよ……」
「がっつり捻じれてるもんな」

捻じれた身体を正常な位置に戻そうと、サイバーは血濡れた子供に手を伸ばすが、
影に「お止めなサイ」と止められた。

「下手をすれば身体が崩れてしまいマス。こういう事は、私をお使い下サイ」

汚れ仕事をするなという意味であったが、サイバーが影の真意を正しく読み取ったかは定かではない。
二人が見守る中、影はてきぱきと体のねじれを戻していった。
欠損する部位がなかった為、死体は元の少年の姿へと戻った。腹部以外。

「出てくる……」

五センチほど裂けた腹部から、どろりと内臓が出ようとしていた。
死体であるというのに、それは綺麗な赤っぽい色をしていた。
普段食べている牛や豚とそう変わりない色なので見慣れているはずだが、
それが人の物と思うと気持ち悪い色に見えてくる。
ちなみにリュータは危険を察して、少年に背を向けたので、
飛び出した内臓はちょびっとしか見ていない。

「……保健室に色々余ってたよな。
 リュータは影と一緒に行って取って来て。オレはここにいるから」
「馬鹿!あぶねぇだろ!さっきの鋏の奴に襲われたのもう忘れたのか」
「けど、こいつを一人で置いていけねぇし……」
「なら、彼は私がお持ちしまショウ。それなら心配せずに済みまスネ」

影が少年を持ち上げ、全員で保健室へ行った。
学校の保健室であるため、最低限の物しかないが、影はそれらを使って少年の腹部をとじた。
ついでにリュータが怖がらないように、傷口を全て包帯で隠した。

「お腹がすっきりする。ありがとう」
「あのさ、こんなこと聞くのも悪いんだけど……」

どうして死んだのか。何があったのか尋ねた。
少年は、目を見開き、語るのを躊躇ったが、少しずつ語りだした。



ある日の夏休みの事。
夏休みの宿題のために、五人の子供が学校に集まった。
小さな村なので小学生は五人だけ。

「この学校は戦前からある建物なんだって。
 だから、全員でこの学校の歴史を調べようって事になったんだ」

学校の事なので、図書室に資料が保存されている。
その日は図書館で調べた。
話の流れで資料からだけでなく、先生にも話を聞こうとなった。
しかし、その日は先生がいなかったので、解散することになった。

「そしたら、大人が来て……僕はこんなことに」

少年は自分の腹を撫でた。
影の技術が高いお陰で包帯は血が滲むことなく、白のまま保たれている。
それでも血塗れだった時と同じくらい、痛々しかった。

「そうだ賢三は。あの日自由研究に使いたいからって、理科室に行ったんだ」

理科室では誰も見つけていない。五人目はそこにいるのだろう。
共に理科室に行くことを提案したが、少年は保健室に残ると言った。

「歩くのは出来そうにないから。それに、なんだか疲れちゃった」

さっきまで少年がどんな姿でいたかを考えると、疲れたというのも納得がいく。
二人は少年を置いて理科室へ行った。

「ここにいる、のか?」
「さっきも見たけどな」

二人は引き出しを一つずつ開け、戸棚を一つずつ開き、箱を一つ一つ開いた。
身体の一部だけかもしれない事を考え、徹底的に調べていった。
鳥肌と戦いながら、ホルマリン漬けまで見たというのに、全然見つからない。

「……本当にここにいるのか?
その日は確かにここに来たかもしれないけど、殺されたのは別の場所とか?」

実りのなさに、リュータは音を上げた。

「いるって。きっと。影もそう思うよな?」
「……私は……、影の分際で意見するのはどうかと思いますが、
そもそも、あの者を信じていいのか、疑問デス」
「信じていいって!この銃に当てられた奴って良い奴になっちゃうんだぜ。だから大丈夫だよ」
「それは、凄い銃なのデスね」

それから影はまた意見しなくなった。
だが、影の疑問はリュータも抱いていたことだ。
サイバーの勢いに飲まれて、あまり考えない様にしていた。
意見に反対するとしても、自分にはこの状況を打破するエネルギーも勇気もないので、
サイバーのやることなすことについていっている。

「(俺はサイバーを信じるだけだ。何かあってもその時は、その時だ)」
「ここか!」

サイバーは大人サイズの人体模型の内臓を外していくと、中には別の少年の死体があった。
襲われる前に手早く良い人光線を浴びせると、彼もまた動き出す。

「────そう。
雄一郎がそう言ったんだ……。
他の皆は?仁香、四志子、慎吾は?
仁香は教室に忘れ物を取りに行ったはずだ」

教室と聞いて、二人は机に向かう首のない生徒を思い出す。
二人目の犠牲者の事だ。

一人にしてくれと言うので賢三という名の少年を置いて、彼らは教室へ行った。
机に向かう死体は変わらずそこにあった。
光線を浴びせて話しかけると彼女は鉛筆でさらさらと文字を書いた。

「しんごはおんがくしつ。ぴあのをひく」

次は音楽室に向かう一行。今回は判りやすかった。
グランドピアノの中を見ると、別の少年が琴糸でぐるぐる巻きにされていた。
光線を当ててから、二人で丁寧に解いてやる。
首に念入りに巻かれていたので、発話に問題があると思われたが、杞憂であった。

「四志子は知らない。外かも」
「外ってことはさっきの穴にいた、あの首の」
「だな!僕って言ってたから気づかなかったけど女の子だったのな。
これで五人全員見つけたぞ!」

達成感包まれるサイバーであるが、リュータは疑問に思う。

「じゃあ、あの鋏の奴、誰?」
「学校なんだから他の生徒もいるじゃん。
呪いで死んだのは六人以上って事じゃね?」
「この小学校は五人だけって言ってたろ」
「……そうだっけ?」

鋏を持っていたのは、背丈を見るに子供である。
中学生と考えるには小さすぎるので、二人とも小学生だと思っている。
身近に年齢不詳の高校生という例があるので、ずっと年上である可能性もあるが。

「よく考えると、俺が見た目玉って誰のだ?指みたいに不特定多数のもの?」
「犠牲者が多すぎて、よく判んなくなってきた。ここで何が起きたんだっけ?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。だからな、────」



夏のある日、五人の生徒が学校に集まる。
夏休みの宿題の話し合いをし、解散。

雄一郎は職員室。
仁香は教室。
賢三は理科室。
四志子は外。
慎吾は音楽室。

へと行き、そして何者かによって全員殺される。
後日、教師も死ぬ。
この連続死から小学校の呪いと評される。
不気味な小学校の解体を試みるが、作業員が何人も死亡し、工事は中止となった。

「ってことだろ」
「さっすがリュータ。まとめお疲れ」
「でもさ、それにしては悪霊?とか、骨とか、さっき言った指とか目とか数が多い気がする。
だって聞く感じ、ここって人が少ないんだろ。小学生が全学年で五人っていうくらいなんだから。
教師の数だってそういないはず。小学校だって大きくないのに、沢山の作業員が死んだっていうのもしっくりこない。

それに、なんでそういうのが途中から出てくるんだよ。
最初ここに来た時は全然いなかったんだぞ。廊下をパタパタ走る誰かがいるくらいで。
ここで死んだっていうなら、最初からいても良くないか。
さっき影も言ってたけどさ、なんか色々とおかしくないか?」

抱えていた疑問をサイバーにぶつけた。
サイバーの返答はこうだ。

「オレは誰も疑わない」

彼はどこまでもお人よしであった。

「でも確かにさ、判らない事いっぱいあるよな。
それも全部聞いてみようぜ。それから考えりゃ良いじゃん」

自分の意見は曲げないが、リュータの不安が軽くなるようにと提案し、リュータもそれで納得した。
まずは保健室にいる雄一郎に話を聞こうと、保健室に行くと、床には細かい肉片が飛び散っていた。

「っ」

リュータは口元を抑えた。サイバーも吐き気を催したが耐えた。
だが、影に強く促され二人とも背を向けさせられた。
さっき入ってきた扉が見えるが、瞳に焼き付いた引き裂かれた包帯の下の肉の塊が離れない。

「……彼はもう無理デスね。粉砕されていて話すことは出来まセン。
それに、変な事を言いますが、亡くなってしまったようデス」
「……なんで。誰がこんな酷い事を」
「クケケケ」

保健室の引き戸を開けて、鋏を持った子供が現れた。
あまりに突然すぎて、目をパチクリとする二人を鋏が襲う。
しかし、すぐさま影が間に入り矛で鋏を受ける。

「この方がここでは一番力があるように思いマス」
「じゃあ、そいつをなんとかすれば!」
「ではすっかり滅ぼすということで宜しいデスか?」

「それで良い」とリュータは言おうとしたが、サイバーは否定した。

「それは駄目だ!そういう事じゃない」
「では、拘束にしておきまショウ」

影は蛇のように自分の身体を使って縛り付けた。

「終わりまシタ」

こんなに早いのかと呆気に取られている時間は無い。
すぐさまいい人光線銃を取り出して撃つが、鋏少女は奇声をあげているだけ。
以前 に使用した時のように、心の浄化に時間がかかるという訳ではなく、一切効果がないようだ。

「お前は誰なんだ?」
「グググ」

勇気をもって話しかけるが、唸り声をあげられる。

「……お前が四志子?」
「ガウウウウ」

二人は顔を見合わせた。
唸り声の種類が違うと言う事は、言葉は判るのかもしれない。

「お前が雄一郎や賢三をやったのか?」
「ウググググ」
「あとは仁香とし」
「グアアアグアアググ」

強い反応を示した。

「何かトラブルでもあったのか」
「影、四志子を連れて行くことは出来るか?」
「ええ」

鋏少女は歩くことが可能であったので、引っ張っていけば何処へでも連れて歩けた。

「これだと動物の散歩みたいだな」
「ちょっとでもそんなこと言えるお前は凄いよ……。俺は倒れそう。気絶したい」
「テレビではよくあるけど、意外とならないよな」

鋏少女を連れて行ったのは、教室。
首をなくした少女の元へ。
しかし、彼女もまた肉片と化していた。

「うぷっ」
「もしかして全員やられたのか……?」

薄気味悪かった。
事切れていたとはいえ、さっきまでは人間だと判る程度に身体があり、コミュニケーションをとることが出来ていた。
まだ幼い子供だというのに、惨たらしい死を二度も与えられる。
あまりにも酷い。惨過ぎる。

「……サイバー。お前には悪いけど、俺はあの外にいる奴を信じられない。
影はどう思う。サイバーに気を使わないで、考えを言ってくれないか」

「それがご命令とあらバ」と、おいて、影は言う。

「私は貴方がた以外は信用しまセンし、他の方がどうなろうと構いまセン。
ですから、話に筋が通っているかどうかだけで判断しまシタ。
その結果、あの首だけの方の発言のおかしさに気付きマス。
アノ方を含めて五人であるとおっしゃってましたが、実際は違いマス。 
何故嘘をツクのでしょう。考えらえるのは、我々を惑わす為……かと」
「……つまり、二人は同じ意見、か」

サイバーは未だにどの死体も白骨も煙も不幸な犠牲者として見ている。
ヒーローへの憧れと元々の性根の良さもあり、自分たちを陥れようとしているなんて疑おうとしない。
それに、あの首だけの者は自分を助けてくれた恩もある。
だが、リュータも影も穴の奥で佇む頭部を疑っている。
このまま自分の意見だけを通すわけにはいかない。争いの元だ。

「判った。ならあと一回だけ、オレの我儘に付き合ってくれねぇかな?」
「一回だけな」
「私は貴方がたに従うだけデス」

もう一回あの子供と話させてほしいというサイバー。
棚をずらして、もう一度穴の奥へと進んでいくと、誰かが仁王立ちしていた。

「やあ。こんにちは、おにいちゃんたち。そして、裏切り者」

「今度は誰だ」と言う間もなく、影は硬直した。
それと同時に身体で拘束していた鋏少女が解き放たれる。

「いけない!お二人とも、お逃げ下サイ!」
「大丈夫だよ。彼女、動かないから」

言う通り、鋏少女は動かない。
突如現れた人物を恐れているように、俯いて小刻みに震えている。

「お前……オレとさっき会った……」

リュータが後退ると、その人物は「そうだっけ?」と首を傾げた。
その姿に、サイバーも見覚えがあった。
顔はよく見えないが、雰囲気が誰かに似ている。

「それよりさ!君ちょっと面倒なんだけど」

それは影を指さし、口を尖らせた。

「あなた、誰デス……」
「どうしたの?マスターの顔も忘れちゃった?」

その言葉でサイバーもようやく気付いた。
MZDと黒神に似ているのだ。この者は。
二人と同じく少年のようにも思えるが、声変わりをしていないとも考えられるので、性別の判別がつかない。

「貴方は私のマスターではありまセン!」
「え、記憶を失っちゃった?誰かさんみたいに」

影は黙りこくった。

「そうそう君たちがモタモタしてるから」

この年代に似つかわしくない、機械で映したような鮮明な映像が宙に現れた。
薄暗い中で、小柄な女の子が犬に引きずられる。

「あらあらだよね」
!?」

姿形や髪の色で判る。
過去でDTOと立ち向かっているはずの級友は犬に首を噛まれて引きずられている。
抵抗する様子はなく、最悪の事態が頭に過る。

「頑張っても無駄だよ。流石の君でももう時間軸は飛べない。
大切なマスターの元にも、大好きなおねえちゃんの元にもいけないよ」
「そのよウデすね」
「ねぇ、君みたいな無の存在が感情を抑えるってどんな感じ?」
「ゴ自身でおっしゃった通りです。
影の私に感情はありません。マスターの感情が映るノミ」
「強がるね。それとも何か不都合があるのかな。
その感情が自分のものであると困る理由が」

二人には神に似た子供と影のやり取りは判らなかったが、影が気持ちの上で追い詰められているのは察した。

「ふふ。一先ずこれくらいでいいや。じゃあね」

そう言って子供は消えた。
鋏少女もそれにより元気を取り戻し、二人を襲おうとするが、影が素早く拘束した。
あの映像を見て大丈夫かと声をかけたいが、聞けるような雰囲気ではなかった。

「再開しましょう。頭の彼はスグそこデス」

なんでもないように言うので、二人も気を使って、 の事は口に出さなかった。







Side DTO[大過去]



「先生ってね、いろんなことをたっくさん知ってて、世の中の正解を見つけるのが上手なんだよ」

俺の呼びかけ反応して現れた少年は、突然そう言った。

「でも、今回は不正解。僕を呼ぶなら、あのおねえちゃんの方が良かったね」
「それは、教師が憎いからか」

にやりと笑う。少年。

「だったら、 だけを襲うってのはおかしい話だな。そこは俺だろ」
「おかしいね。でも、ここに来たからには全員死んでもらうから関係ないよ」

この小学校に来て危ない目に数度遭遇したが、その悪意の全てが に集中していた。
理由があって を狙っているとも考えられるが、一つ気になる事があった。
が死の文字に襲われた時、" が"倒れた事に予想外という反応を示した事だ。
だが、このように返すと言う事は、特に気にしなくても良かったのか。

「そんな物騒な事言って、"ゆう"はそういうの、嫌いなんじゃないのか?」
「……僕だって変わるよ。それもこれもみんな、先生のせいじゃないか!!」

平均的な小学生の背丈しかないゆうは俺に飛びかかって馬乗りになると、首を絞めてきた。

「あの時、連れて行ったせいで、僕は!」

子供の力とは思えない。
小さな指が成人男性である俺の首にめりめりと食い込んでくる。
意識が一瞬飛んだ後、ゆうは俺から離れた。

「ごほっ」
「いけない。僕はね、先生をそう簡単に殺したくはないんだ。
もっとちゃんと苦しんでちょうだい」

残虐な言葉ではあるがこちらとしては好都合だ。
対抗手段を持たない俺には時間を必要とする。
子供を教育しなおすまでの、時間が。

「俺が死ねば、お前の望みは叶うのか」
「何で上から目線なんだよ。僕たちを馬鹿にして、自分の都合よく僕たちを使って。
あの時だってそうだ。僕を利用したんだろ!!」

軽く涙を浮かべている。
やばい存在に違いないんだろうが、感情的な所をみると心の年齢はそのままのようだ。

「お前をどう利用したって言うんだよ」
「あの日僕を使って呼び出した!それで殺したんだ!
先生が飼ってたあの犬を使って!」

あの犬達はそうだったのか。
でもどうして教師はゆうを殺したのだろう。

「でも、殺したくて殺したわけじゃ」
「殺したいに決まってる!
だって、ゆうたちは邪魔だった。余所者だっていつも言ってた!
他の皆だってゆうを苛めてた!!」

生徒たちからの苛めはあのノートからも判った。
それに、他の生徒のノートで次はどんな事をして苛めるかというメモも残っていた。
いじめのきっかけや理由は判らなかったが、外からの人間が理由だったのか。
この学校は生徒数が少なかったし、全体的に閉鎖的な考えをしているのかもしれない。

「……でも、お前は違ったよな」
「何変な事を言ってるの?」

まずい。切り込み過ぎた。
ゆうは明らかに不快感を示している。

「意味が判らない事を言う先生にはお仕置きだよ。
先生はね、これが好きだったよね」

教室内の机がふわりと浮くと、それらが俺目掛けて飛んできた。
元々大きい机がどんどんと大きくなり、俺の視界に入りきらなくなると────














「起きた?」
「おれ……なにして……」
「忘れちゃったの?僕と授業をしてたんだよ」

いつの間にか縛られ、椅子に括りつけられている。
教壇にはゆうが立っている。

「先生にしっつもーんです。
あのおねえちゃんですが、今はどうなってるでしょう!」
「やめろ!あいつに手を出すな!!」
「知らない。犬は勝手に動いてるだけだもん。
それに、先生は僕に命令できる立場じゃないよね」

どこから取り出したのか、ゆうは竹刀で俺の背を打った。

「よく叩いてくれたよね。僕が間違える度に何度も何度も」

担当教師がやっていたのだろう。
ゆうは何度も竹刀で叩きつけてくる。
一打、一打が重く、背骨が砕けるかと錯覚するくらいだ。

「あのおねえちゃんって、不思議だよね。
なんだか、とっても甘い香りがするんだ。
あんな人初めてだよ。食べたい、って思ったの」

まずい。
犬の相手だけでも苦戦しているだろうに、余計なものを増やすわけにはいかない。

「なーんて。そんな事しないよ。それだと先生たちの思う壺、だもんね」

何の話だ。
がゆうに襲われずに済むなら、それは好都合であるが。
これは何を意味しているんだ。
少しずつ情報は得られているというのに、全体が全く見えてこない。

「お前は、何が目的だ」

ストレートに尋ねた。危険度は増すが、時間短縮だ。
さっき、わざわざ の事を聞いてきたことが気になる。
犬を全頭引き受けたんだ。
俺はどうやら気絶をしていたようだし、そこそこの時間が経過しただろう。
もしかすると、かなり危険な状況なのかもしれない。

「死んで欲しいんだ。大人たちに。ゆうを殺した分、苦しんでもらいたいの」
「嘘だ」
「嘘なものか」

竹刀は頭部へと振り落された。目の前が一瞬白くなる。

「……大体、おかしいんだよ。どうして皆、ゆうを……僕を……」

もっと後で言うつもりだったが、致し方ない。
なるようになれ、だ。

「いつまで"ゆう"になりきるつもりだ」

子供は真顔になった。

「意味の判らないこと言わないでって、さっきも言ったよね」

子供は俺の正面に立つと、まず瞼を押した。
ずずずずずと力を入れられる。このまま目玉をくり抜かれるかも知れない。

「お前はゆうになりきって、誰かを殺せればそれで良いのか。
それともゆうでいる理由があるのか。
そもそも、ゆうはどこにいるんだ!!」

早口でまくし立てた。
そうでないと、間に合わないと思った。

「ゆうは……ゆうのばしょは
そんなの私が知りたいよ!!!」

金切声で叫ぶと同時に、圧力は上昇。
あまりの眼圧に俺も絶叫する。
だから空耳だと思った。

「GO」

触れていた手が途端に離れた。
すると複数匹の犬の吠える声が聞こえる。
ぼやけた視界では周囲の様子はよく判らないが、聞きなれた声が今度は耳にしっかりと届いた。

「場所。教えてあげるよ」
なのか!無事なのか!」

声には張りがある。どうやら一応は無事みたいだ。

「嘘だ!」
「じゃあこれを見なよ」

何かがどさっと置かれる音がし、更に足音がこちらに向かってきた。

「先生……ごめんなさい、遅くなったせいで」
「俺の方こそ。お前を助けに行けずにすまん」

が俺の拘束を取り外してくれている間、少しずつ視力が回復していった。
の手足と首には痛々しい牙の痕。
出血がないとはいえ、女の子の身体にはあまりにも物々しい。

次は子供の方を見た。
袋の中身を探っているようだ。

「足りない。どこへ隠した!!」
「知りたいなら協力してもらわないと」

ゆうを装った子供は の物言いに歯を食いしばっている。

「あれ、中は何だ?」
「亡骸ですよ。五つに裂かれた内の四つです」

ゆうだ────。

「良いから教えろ!」
「そんな態度で良いの?その死体、犬に食べさせてあげても良いんだよ?」

その言い方は、俺の知る ではなかった。
残虐性が滲み出ている。

「……本当なら、先生に手を出した時点で、君をただで済ますわけにはいかないんだよ。
 諸事情により、君をそのままにしてあげてるの。もっと感謝してほしいね」
「なにそれ!調子に乗るのもいい加減にしてよね。
僕はいつだって、おねえちゃんを食べちゃえるんだよ」
「やってみなよ。その間、この犬達に君を襲わせるよ。
 ……この犬達、子供のお肉が大好きみたいだからさ」

ふっと手を振るだけで、犬達はゆうを語る子供の周りを唸りながら回っている。
意のままに操っているようだ。

「私の命令ひとつで、犬達は動くよ。
ねぇ、君って犬苦手でしょ。苦手な犬に食われながら二度目の死を迎えるって、どんな気分だと思う」

立場がすっかり逆転してしまった。
ここでの強者は で、さっきまで俺を良いように嬲っていた子供は途端に小さくなってしまった。
大人しくなってくれるのは嬉しいが、そろそろ。

「折角だから、身体のパーツ、一つずつ食べられてみようか。
大丈夫だよ。ちゃんと先端から始めるし、頭は一番最後だから」
「ひ……。やめ……」
「聞こえないね。じゃあ、最初は右手かな」

怯えきっている子供に、 は無慈悲にも手を下す。

「そこまで」

下がりきる前に、俺はその手を掴んだ。

「やりすぎだ」
「そんな事ないです」

素直なにしては早い否定だった。

「力での制圧を行ったとあらば、同じことをされる覚悟があると見做すのは当然の事。
 私は所詮ただの人間でしかありませんので、徹底的に力を削がせて貰いますよ。
 甘さは身を滅ぼすんです」
「それでも駄目。とにかく駄目。頼むからちょっと待ってくれ。な?
だけじゃなく、"侑子"もだ。
 ゆうの残りの亡骸は俺も場所を知っている。隠す気は無い。
 だから停戦といこう」

に睨まれるゆうを装った子供──侑子はこくこくと頷いた。

「…… もだぞ」
「嫌です」
「こら。 の方が年上なんだから、ちょっとは譲れって」
「嫌です」
「でもこれじゃ進むものも進まないぞ」
「嫌です」
……」

駄目だ。すっかり意地になっている。
そりゃ、 の言いたい事が判らないわけがないが。

それに がこうなったのは俺のせいだ。
俺が襲われているのを見て、侑子を敵と断定した。
の事だ。俺を守る為なら、その身を何処までも堕とすだろう。
自分の身は一切顧みない。

でも俺は全くの逆で、俺自身がどうなろうと構わないが、 だけは無事に黒神の元に帰したい。
その為にも、ここで侑子を脅し過ぎると支障をきたすわけだが。
頼むからそこを判ってくれ。俺の為にしてくれるのは十分感謝しているから。

「……実力行使か」

その場から動こうとしない を俺は抱き上げた。
正直、さっきまで竹刀で叩かれたせいで、かなり骨が折れる行為である。
もそれを察したのか、元の柔らかい声色に戻って慌てだした。

「だ、駄目ですよ!今の私、小さい時ほど軽くないし、こんなことしちゃ先生が潰れちゃいます!」
「俺に運ばせられないなら、自分で歩くしかないよな」

狡い方法ではあるが、てこでも動かないはずの が自分から動いた。
不満そうではあったが。

「そこの君。命拾いしたね」
「いちいち、悪役みたいな事を言って脅さない。
 侑子も、そこで小さくなってないで立って。そして歩く。
 お前がいないと、最後の"ゆう"の場所には行けないんだからな」

同じく場所を知る と、その場所に行くためには必要な侑子を歩かせ、俺はその後ろをついていく。
見ていると、 は常に威嚇し、侑子は の迫力とぴったりと寄り添う犬達に委縮している。
まるで問題児の引率をしているようだと、こんな不気味な小学校で抱く感想ではない事を思いながら、
俺達はこの小学校で起きた、ある出来事を紐解き始めた。





to be continued





(14/08/29)