風になびくもの

黒ちゃん、ズボン貸してー」
「今!?これ!?」

黒神は顔を赤らめながらも、自分の半ズボンに手をかけた。
フックが外れる音が鳴る。

「そ、そっちじゃないよ!他の、クローゼットのだよ!」
「へ!?…あ、そうか」

チャックをじじじっと上げ、フックをかけた。
黒神は自室に戻り、その手にズボンを持って戻ってきた。

「…で。これどうすんだ?」

黒神は先ほどの失態に顔を赤らめながら、ズボンをに手渡した。

「私ってスカートしか履かないから、試しに着てみたかったの。
 一応ズボンあるけど、可愛いものばっかりだしね」
「ふうん」

手渡されたズボンを、はスカートを身に着けたまま器用に穿いていく。
それを複雑な表情で黒神は眺めた。
はスカートだけを下ろし、ズボンを穿き終えた。
黒神が普段着る半ズボンはには少しサイズが大きい。
そのため細い足が目立つ。

「なんだか、とっても楽だね」
「ああ。動きやすいだろ。だが、突然どうした?」
「さっきね、ジャックの着させてもらったの」
「ふうん…ん?ジャック?」

黒神の目がゆっくりと細まる。

「うん。でも服は全然持ってないからって、着てるもの貸してくれたの」
「はぁああああ!!!?」

は黒神のあまりの剣幕に身体をびくつかせて驚く。
必死の形相を浮かべ、黒神はの肩を掴んだ。
は後ずさる。

「く、黒ちゃん…?」
「お、おま、ひ、人の取っちゃ駄目だろ!?!」
「そ、それは私も言ったよ。でも、大丈夫だって…。下にもはいてるからって、なんかズボンみたいなの」
「それ確実にトランクスだろ!パンツだろ!!」
「え?ぱん?つ?」


の頬が急激に赤まる。

「今まで俺のもん洗濯してて気づかなかったのか?」
「確かに着てるの見たことないズボンだなって思ってた。でも全然気にしてなかったもん!」
「あのなぁ」
「じゃあ私、黒ちゃんのパンツ見てたの!?恥ずかしい!ごめんなさい!」
「洗濯してくれてるんだから、別に悪くねぇって。そうじゃなくて、他の男のパンツをだな」
「やだやだやだ!!
 だって、パンツだなんて誰も教えてくれなかったじゃん!知らないもん!
 黒ちゃんMZD呼んで!」
「はーい。まだ呼ばれてねぇけどきたぞ」

は突如現れたMZDに驚くことなく、その両手を掴んだ。

「今ここでズボン脱いで」
「なんでだよ!?のえっち!セクハラ!」
「だって、黒ちゃんがズボンじゃなくてパンツだっていうんだもん!
 だったらMZDのパンツ見せてよ!確かめさせて!」

はMZDのズボンに手をかけた。
だがが必死に力を込めようと、小さい子供の力などたかが知れている。
とはいえ、MZDの抵抗に全く怯まず力を込め続けているのは、MZDにとって少々やっかいだ。

「意味わかんねぇよ!黒神助けて!」
「俺のだけでいいんだよ。コイツのパンツなんて見てんじゃねぇ!」

全く見当違いのことを言いながら、黒神はを引き剥がそうと、小さな手を押さえた。

「知らなかったんだもん!本当に知らなかったんだもん!!」
「なっ!?チャック下げんなよ!?出る!中身出るから!!」

騒ぎ立てる三人の声に紛れ、じじじとチャックの音が零れていた。



……





影二人に押さえつけられた三人。
ソファーに座り各自気まずい雰囲気を出している。
そんな中MZDが口火を切った。

「……まぁ、もわかったことだし、もういいよな」
「……」

は全く二人を見ない。
MZDは息を吐き、黒神の方へ話しかける。

「お前トランクスしかねぇの?」
「一番解放感があって楽だろ。つか、俺のパンツ事情にあんま干渉してくんな」
「いや、お前がトランクス派じゃなければ、もこんなことには」
「ここで俺がボクサーにかえても、逆にが戸惑うだろうが」
「……もうパンツの話はいい」


はとぼとぼと部屋に帰った。
扉が閉まった途端、黒神がMZDに食って掛かる。

「テメェのせいだぞ!!!」
「オレ被害者だろ!!いいの?オレの貞操がちゃんに奪われても」
「はぁ?何の冗談だ。死ねよ」
「お前勝手すぎるだろ!流石のオレ様も困るから!」

言い合いを重ねることで、ヒートアップした二人が取っ組み合いを始めた。

「もうちょっとオレのこと大事にしてくれたっていいじゃねぇかよ!」
が一番。二番以下なんて存在しねぇ!」
「五番くらいにはランクインさせろよ!」
「馬鹿か」
「寂しいだろうが!」
「男が擦り寄るな。虫唾が走る」
「じゃあオレ今からボインの姉ちゃんに変わる」
「身体作り変えてんじゃねぇ!無駄脂肪押し付けんな。気色の悪い」
「ンだよ!だったら嬉しがるくせに!」
「……」
「想像でにやけてんじゃねぇよ!!!」
「っせぇな!ならなんでも可愛いんだよ!」

兄弟喧嘩に見かねた二人の影が神達を諌める。

「オ二人トモ落チ着いて下サイ」
「そうですヨ。このままでは埒があきまセン」

腕や頬を引っつかんだ状態で、二人は言い返す。

「うっせ」
「取り込み中!」

その様子に黒神の影がため息をつき、言った。

「……ソンナコトしてますとサン、部屋から出なくなりマスヨ」
「……チッ」

黒神がMZDを振り払う。
一旦取っ組み合いが終わったことに、二人の影は胸を撫で下ろした。
MZDの影が二人の間に入る。

「……このことは、全員なかったことにしましょウ。そうしないと
 さんがかわいそうデス」

二人の神が顔を見合わせる。

「とりあえず、オレ帰るわ。頭冷やしとく」
「ああ。俺はが落ち着くまで寝よう」

その後、しばらくしてはひょっこりと現れた。
黒神は何事もなかったかのようにと接し影はお菓子を出して、お茶で濁した。
今後、三人の中でパンツ騒動は無かったことになった。





───後日


「マスター?」
「な、なんだよ!」

自身の影に話しかけられた瞬間、黒神は後ろ手に何かを隠した。

「洗濯物でしタラ、お渡し下さレバ」
「だ、駄目だ!」
「申し訳御座いまセン」

影は疑問を感じながらも謝罪し、大人しく黒神の部屋から退出した。
しばらくして、黒神は後ろ手に隠した自分のズボンを目の前に広げた。

「…」

それを見ながら顔を赤らめ、とろける様なにやけ顔になる。

が着たズボンじゃん」
「ええ、ええむ、えむぜっ!?」

黒神の心臓は異次元の彼方まで飛び上がってしまう程はねた。
MZDが何の予告もなく自室に現れたからである。

「まさか、が着たから着れないとか?」
「な、なん、なんで」
「お前の思考が強力すぎて、オレにまで漏れてんだよ……」

MZDは気まずそうに頬をかいた。

「っな……」

それを見て、魚の様に口をぱくぱくと開ける黒神。

「そりゃの素肌とパンツが触れたのは確かだけどよ、そこまで考えなくてもいいんじゃ、」

黒神が泣きそうな程の赤ら顔をしながら、己の手をMZDに向けた。

「お、おま、世界が壊れるレベルの力を」
「テメェなんざ、ブッ殺してやる!!!」

黒神宅で大きな地鳴りが響いた。




ベランダでは、そんなこととは無関係に洗濯物が優雅になびいていた。


fin.(12/07/23)