美しいものは

「ふふっ、やぁ、くすぐったい」
がするのが悪い」
「ごめ、ごめんって、あはは。やめ、あっはは」

今日は朝からジャックがこの家に遊びに来ている。
唯一の友人の訪れに、の機嫌は急上昇中。
子猫の如くじゃれ合うのはいつもと同じだが、今日は普段より密着度が高いように見える。
三人がけのソファーの上でのことだ。
二人が密着してしまうのも至極当たり前のことである。
しかしやっかいなことにそれでも俺は、やましい思いを抱いていないジャックに嫉妬心がちりちりと燃やしてしまう。
馬鹿らしい。俺は溜息をして自分を落ち着けた。

「ソファーは狭いんだから危ないだろ。また作ってやるから"他所"で遊んできな」
「はーい。黒ちゃんお願い」

俺は瞼の裏にふと思い浮かんだある風景を具現化し、新たな空間を作り出した。
そして今いるこの空間とそれを繋ぐ道のイメージを、手のひら大の大きさの鍵の形に凝縮する。
にこにこと駆け寄ってきたにそれを譲渡した。

「今日はどんな空間?」
「砂浜と少し海。潮の香りは再現しているが、潮風での髪が痛むのを考慮して、香りだけにしてある」
「そうなんだ。わざわざありがと」
「一応雰囲気のために海は作ってるが、中に入るなよ。作りこんでないんだ」
「えー。折角なのに?」

作りこまなかったことにはちゃんと理由がある。
着衣したままが入水した場合、濡れて肌が透けることを防ぐため。
次に、律儀に服を脱いだ場合、その肢体をジャックの前で露にすることを防ぐためだ。
はジャックに対して警戒心がゼロに近い薄さであるが故に、俺が先回りしておかなければならない。

「でもま、しょうがないね。行ってきます」

素直に俺の言葉を受け入れたはジャックの手を引いて、もう片方の手には大きな鍵を握り、玄関の向こうの異次元へと走っていった。
いちいち手を握るのを見るのは癪だが、これだけのことで腹を立てていればきりがない。
ジャックは男と数えてはいけないと自分に何度か言い聞かせ、目の前の書類────死者のリストに目を通した。
一日に膨大な数の生命が消え失せる中、全てを把握するのは黒神の俺でも骨が折れる。
だが、それでも俺はやらねばならないのだ。
影が俺の邪魔にならぬように置いたコーヒーを手に取りながら、新聞でも読むかのようにざっと目を通していった。






「ただいまー!」

三十分ほど経って元気よく玄関が開け放たれた。いつもよりも早い帰宅だ。
俺は目の前に散らばっていた書類の文字を、俺以外の誰も読むことが出来ないように細工する。
これで、が俺の日々の行いを知ることはなくなった。
『黒神』について、には一切情報を与えるつもりはない。
拒否反応を起こすのが目に見えている。俺はには嫌われたくない。
頭を切り替え、を出迎える。

「おかえり」
「いけまセン!お二人とも足!」

見れば細やかな白砂が二人の足に付着している。
それを見るだけで磯の香りが鼻腔をくすぐるような錯覚を起こす。

「違うの。まだなの。黒ちゃんにお願いしに戻ってきたの」

どうしたのだろう。
席を立ち、俺を見上げるへ近づいた。

「黒ちゃんって、水の中でも息が出来るようにって出来る?」
「出来るが……」
「海のとこって穴みたいになっててね、深くてね、下まで見えるくらいだったの。
 それでね、私ね、海の中に入ってみたいなって思ったの」
と話したんだ。底が歩ければいいのにと」

なるほど。望みは分かったが、これだと二人だけにするのは危ない。
俺の作業もある程度は出来たことだし、二人の遊びに付き合ってやるか。

「分かった。ならまずはそこまで行こう」
「え。黒ちゃん来てくれるの?」
「嫌か?」
「ううん。安心する。水の中って初めてだし怖いんだもん」

異次元生活の長いは本物の海を知らない。
女児向け水着を男の俺が買う勇気がないという、俺個人の勝手な事情であまり水辺というシチュエーションで空間を作ってやらないこともあって、は泳ぐことが出来ない。
水に関して安心感を持っていないのも仕方のないことだ。

の手を握り、余った手でジャックの腕を持つとの言う海へと転移した。
幼児か児童を引率する教師の気分に陥る。
俺は自分を含めた各自を大きく薄い球体で覆った。
薄くとも強度は人間の核兵器でも壊れないほどはある。
更にある程度個人の意思が通じるような作りにし、本来人間は水に浮いてしまうところを、下に沈むことが出来るようにした。

「これで二人とも水に濡れることもなく底に潜ることが可能だ。
 息は出来るし水圧もない。何か質問はあるか」
「例えば物をこの手で触れることは可能か?それともこの球体は拒むか?」
「問題ない。例えば足の感覚だってちゃんとある。水だけを弾いていると思ってくれ」
「火は」
「止めろ。に何かあったらどうするつもりだ」
「分かった。やめる」

ジャックが質問する間、がずっと俺の服の裾を引いて急かしてくる。
つぶらな目の輝きを見る限り、早く入りたくてしょうがないんだろう。
逆にジャックはやはり生命に関わる可能性があるために慎重だ。
俺の力が疑われているような気分にもなるが、奴の職業柄致し方あるまい。

「もういいな。ほら飛び込んでみな」
「え!?すっごい高いのに!!??」
「落下速度は遅い。怖いなら抱っこしてやるから」

素直に両手を突き上げて来るに愛らしさを感じながら、その身体を抱き上げた。

「行くぞ」

俺とジャックは同時に飛び込んだ。
俺の胸に顔を押し当てたは力いっぱい抱きしめてくる。
怖がることなんて何一つないのに。
頭を撫でてやりながら、俺はきらきらと輝く水面を見ながら無抵抗に下へ落ちていく。

、俺を信じて。自分の作った空間でを危険な目に合わせるわけないだろ」
「で、でも」
、凄いぞ!中がこんなにきらきらしているものとは思わなかった。
 それに、魚が大きい!何日も食べられそうなくらいだ!」

珍しく興奮気味に話すジャックに、もようやく顔を上げて辺りを見回した。

「……綺麗」
「そうだな」

不自然なほど綺麗な円柱状の海。側面には人が通れるくらいの穴がいくつもある。
あれらの先はどこに繋がっているのだろう。
海の中央には朽ちた大木が絡み合い、うねっている。
まるで森のようだ。海なのに。
水中の透明度は高く、本来海というものは水底までは光が届かないため暗いはずだが、何故か明るい。
それが余計に、この空間を幻想的に映していた。
不思議な場所だ。きっと俺が適当に作った即席空間であるため、ところどころ現実味を帯びていないのだろう。
まぁ、そんなものだ。俺は破壊の神であって、創造の神ではないのだから。

「あれうなぎみたいだね」
「あっちの魚は色とりどりの鱗が付いているぞ」
「小さな魚もいるよ!仲間でいっぱいなの」
「こんなに大きい奴と戦うなら、どうすればいいんだろう」
「水中じゃジャック負けちゃうんじゃないの?」
「だが奴等だって陸上では死を待つだけだ」
「戦えないってことは、戦うなってことなんだよ。だって傷つけちゃかわいそうだもん」
「そうか……そういうことなのか。……うーん?」

出来の悪い空間でも二人が楽しめているようなら十分だろう。
特にが喜んでいるようなら、それだけでおつりがくる。

俺達は長い間水の中を落ちていき、ようやく底へたどり着いた。
裸足にサラサラとした砂が絡む。あまりに細かすぎてこのまま身体が下へ飲み込まれてしまいそうだ。

「黒ちゃん凄いよ!」

がしゃがんで小さな手で底の砂を掬うと、指の先から零れ落ちていく。
白いの肌よりも更に白い白銀の砂は、まるで雪のように見える。
それを見たジャックもを真似て行う。
二人の手元には綺麗な雪山が出来ていた。

「こんなに綺麗な空間なんて黒ちゃん凄いね!ここって、世界のどこかにある場所なの?」

確かに空間を作る際、実際にある場所を参考にすることは多い。
だが、ここはどうなのだろう。俺もぱっと思いついて作っただけだ。
こんな美しい場所、あの汚い世界の何処かにあったのだろうか。
それとも、俺の理想、願望を映し出しただけだろうか。

「おーい!三人ともここにいたのかよ」
「MZD!どうしたの?」

思い出した。そういえば今日はコイツが来ると言っていた。
MZDのことなんてどうでもいいと普段から思っているため、すっかり忘れていた。

「黒神と約束してたのに、家にいねぇで二人と遊んでやんの。酷くね?」
「で、でも、お願いしたの私だから……。黒ちゃんを怒らないで」
「怒りはしないって。その代わりオレも混ぜてもらうけど!」

思わず舌を打つ。用を失ったならさっさとあっちの世界に戻ってろ。

「それにしても……」

MZDは辺りを見回すと、少しだけ口端を上げた。

「よく覚えてたな。忘れたのかと思ってた」

覚えていた?いや、俺は覚えてなんていない。何の話だ。

「やっぱりここ、下界にもあるんだね!すっごい!」
「ああ。黒神の再現率すげぇよ……オレでもここまで出来るか正直わかんねぇ」

何を言う。創造の神のくせして。
でも、どうして。俺は何も覚えていない。
それなのにアイツを唸らせるほど再現できてるなんて。

「よく黒神と遊んでた。ここって秘境でさ、だからオレ達の秘密基地みたいな感じで、
 生物と戯れたり、砂遊びしたり、そうやって一日中遊んでたんだ」

奴の語り口で少しずつ思い出してきた。
そうだ。俺がまだ異次元に篭るずっと昔の話だ。
まだアイツのことが憎くなくて、似ている容姿や黒神であることに誇りと喜びを抱いていたあの頃。
俺達が楽しく遊べるように、世界を創って直して改良していて一日中遊びまわった大昔の話。

「この再現率なら多分あるはず。付いてきな」

はしゃいでMZDに付いて行く二人とは距離を取って、俺も後を付けた。
奴はやジャックと同じく子供のようにザクザクと駆けて、洞穴に入っていく。
しばらくは真っ暗闇が身体を包む。が怖がるかと思ったが会話を聞くと、どうやら奴が手を引いているようだった。
腹が立つ────ことはなかった。
普段なら心の中で舌を打つが、今日はそんな気分にはなれなかった。
これも奴が変なことを言うからだ。

大昔の話をされ、俺もその当時の記憶と今視界の中に入り込む景色が重なっていく。
今と変わらぬ姿の俺とアイツが、そこら中を駆け回って、じゃれついて、笑っていた。
そんなの、もう二度と訪れやしない。
俺は下界なんて大嫌いだし、アイツを殺してやりたいほど憎んでいる。
と関わり以前ほど嫌悪しなくなったが、もう昔のように兄弟として接することはないだろう。
今はただの破壊を担当する黒神と、対となる創造を担当するMZDという関係のみだ。

「すっごーい!!!」

暗闇から抜けると、そこには更に幻想的な世界が広がっていた。
自然に出来た小さな小部屋。頭上から大量の光が降り注いでいて、足元には感覚が分からないほど細かな砂が広がっている。どういう原理か不明だが、その足元からこぽこぽと小さな気泡が絶えず噴出している。
周りを囲む壁は岩のようだが、淡い灰色や赤色、青色がついている。様々な岩が年月が経つにつれて一つになっていたのだと思われる。

「綺麗……。それに凄く気持ちいい」
「ここは水温が高いからな。それに上、綺麗だろ。太陽光を浴びた水面が煌いていて」
「うん。綺麗……」

首を痛めそうなほど上を見上げる三人を真似ることなく、俺は足元を見た。
足に絡みつく砂の感触が気持ちいい。そういえば、この下はどうなっているのかと、二人で掘ってみたこともあった。当時は残念ながら底に辿り付く事は叶わなかった。

「ねぇ、どうしてここの砂ってこんなに白いの?」
「それは骨なんだよ。ずっとずっと昔の話。その時代に生きていた生物の存在の証だ」
、MZD」

ジャックは縦穴に出来ている小さなくぼみを指差した。
中には綺麗に研磨された色とりどりの石がある。
俺はそれを見つけられてしまったことに思わずうろたえた。気恥ずかしい。

「綺麗だろ。オレと黒神が見つけて入れておいた」
「そうなんだ。あ、奥にもまだあるよ」
「そう。綺麗なものは全部ここに隠してた」
「なんだか宝箱みたいだね」
「そうだ。綺麗なこの場所に綺麗なものを集めてた。
 オレの好きな場所、だった」

だった?

「おい、それはどういうことだ」

奴の言いたい事は分かっていたが、問わずにはいられなかった。
奴は目を伏せて、小さな声で言った。

「なくなちまったよ。跡形もなく」
「嘘、だろ……」

この場所を見てもすぐに思い出せなかったというのに、俺は胸を締め付けられた。
コイツとの楽しい思い出なんて全部捨ててしまったはずだ。
それなのに、思わず目頭が熱くなってきたほど、悲しかった。

「ないの?」

見上げたをMZDが優しく撫でる。

「この世界は変化するのが当たり前なんだ。だから、しょうがない」
「何も残ってないの?」
「何もかも。……万物は最終的にはなくなるんだ」
「……もういいだろ。二人を任せたぞ」

俺はそれ以上聞いていられず、自室へと飛んだ。

思い出なんて消えていく。好きな場所、美しい場所は失われていく。
純粋な頃の俺はもう戻らないし、黒神を誇ることももう二度とない。
俺を一番分かってくれるとMZDを慕うことも、俺の好きなキラキラした場所で一緒に遊ぶことも二度とない。
唯一の兄弟であるMZDを大好きになることなんてもう永遠にない。

時間なんて、過ぎるから嫌だ。変化なんて嬉しくない、辛いばかりだ。
なのに俺は、黒神である故に、物事に変化を与える必要がある。

俺のせいなんだ。

あの場所がなくなったのも、MZDと上手くいかなくなったのも、
全部全部全部、黒神である俺のせいなんだ。










「ただいま」

の声が聞こえ、俺は自室を飛び出し玄関へと行く。
何故か二人と、オマケがずぶぬれになっていた。の服が透けて肌色が見えてしまっている。
これが嫌で俺は注意を払っていたというのに。

「二人とも風呂入れ。影、とりあえずバスタオルだ」
「オレは?」
「テメェは自分とこの風呂に入れ」
「けち」
「わーい、ジャックとお風呂ー!」
「こらこら。風呂場を増設するから二人は別々だ」

全く油断も隙もない。異性と風呂に入るものではないと口をすっぱくして言っているつもりだが、になかなか理解してもらえない。

「面倒だから、風呂場まで直接飛ばすぞ。後でタオルと着替え持っていってやるから」

二人の返事を待たず、俺は風呂場の隣に風呂場を新たに作り出し、一人ずつ飛ばした。

「影、後は任せた」
「承知しました」

一段落だ。後はびしょぬれの玄関をなんとかするか。

「お前いつまでいるつもりだ。早く帰れ。風邪ひくぞ」
「心配してくれんの?」
が罪悪感を覚えるからだ」

MZD如きことで、が責任を感じる必要はないが、はいい子だから。
俺は指を鳴らし塩が香る玄関とMZDを元の乾いた状態に戻した。

「帰れ。もう用はないはずだ」

踵を返し、俺は自分の椅子に座った。でもアイツは帰らない。
じっと俺を見つめる。

「なぁ、黒神」
「話すな。もう過去のことだ」

思い出したくない。またこの記憶も自分の奥底へと沈めてやる。
今の俺には必要のないものだ。

には悪いが、あの部屋はもう出さない」
「なんで……。だって、あれは」

ひどく狼狽した様子でMZDは言う。カッとなった俺は声を張り上げた。

「あれは贋物だ!!俺の記憶から出来たものであって、本物ではない!
 何もかも最期は訪れる。分かってるさ!手を下しているのは俺自身だ!!」
「でも、あれが壊れたのはお前のせいじゃ、」
「どうせ、間接的に俺が下したんだろ。あの辺で暴れた記憶はあるし、近くの町も壊したことがある」

たちがまだ遊んでいる時に、無意識に壊した中に、あの場所と近い場所があったことも思い出していた。
自分の破壊衝動が憎たらしくてしょうがない。こんなものがなければいいのに。

「すぐ自分のせいに、」
「しょうがねぇだろうが!俺はお前とは違う!!壊すことしか出来ねぇ!!」
 創ることも護ることも、黒神の俺には出来ねぇんだよ!!」

言葉が止まらない。俺の中で肥大化したコンプレックスが吹き上げてくる。
すると、MZDは酷く傷ついた顔をした。
サングラスをかけようと、帽子を被ろうと、マフラーで口元を隠そうと、奴の感情の揺れは俺に伝わってくる。
奴のことなんてわからなければ、俺はもっと苦しまずに済んだのに。

「……すまない。でもあれは本当にお前のせいじゃないんだ。
 だってあれは、異種族での戦争で壊れたんだから」
「俺が手を下さなくとも、代わりに他の奴が壊していくってか。ご苦労なこった」
「全ての物には変化がある。だから、」
「変化なんて、綺麗に言っただけじゃねぇかよ。全ての物が終着するのは終焉だ。
 いつだって、どんなものだって、いつもいつも、みとるのは俺だよ!!」
「でも、」
「テメェの話なんざ聞きたくねぇ!!大嫌いだ!!!
 創り手であるテメェに、俺の気持ちなんてわかんねぇよ!!」

だいっきらい──。
泣きそうになるアイツの顔を見ながら、奴の心の痛みを感じながら、俺はMZDを容赦なく傷つける。
傷つけずにはいられない。憎らしい、憎らしい、憎らしい、憎らしい。
もっともっと苦しめばいいんだ。苦しめば苦しむほど、その感情は俺にまで流れ込む。
まるで俺が言われたかのように、心が苦しく痛い。
この苦しさは、俺が受けなければならない罰だ。

「黒ちゃん!!」

緩くバスタオルを身体に巻き水滴を振りまきながら、が俺に飛びついてきた。
先ほどの会話を聞かれていたのかもしれない。まずい。
にもし、『黒神』のことがバレたら。

「どうしたの!?大丈夫なの!?」
「なんでも、ない……」

滴る水が俺をも濡らし、じわりと染みてくる。
だがそれに気を払うことなく、俺は床に座り込みこの小さな女の子を抱きしめた。

「大丈夫だよ。大丈夫だからね」

小さな手が俺の後頭部を撫でる。タオル越しに胸を押し当てられ、優しく腕に抱かれる。
の鼓動が規則正しく鳴る。どくんどくんと。
一回、二回、三回、四回と、回数を重ねていく。時が刻まれている。

「…………ごめん。、黒神のこと頼んだ」

奴の気配が消える。もうそんなことはどうでもいい。

「……好きだ。。好きなんだ」

の身体を覆っていたタオルを緩めると、ぱさりとフローリングに落ちた。
露になったその柔肌に、俺は頬を寄せる。
纏う水は冷たくとも、の体温はとても温かい。

「私も好きだよ」

優しげな手つきで俺を撫でてくれる。俺は黒神なのに。
が綺麗だと言ってくれた場所を、壊すような奴なのに。

。お前だけは変わらないでくれ」

耳の奥に届くこの拍動が愛おしくも憎らしい。動いている。変化してしまう。
時を刻んだ人間は最期────。

「大丈夫。私は変わらないよ。黒ちゃんの傍にずっといるよ」

は何も判っていない。
俺たちは、ずっと一緒にはいられない。






このまま、もし、まで失ってしまったら、俺は、────。


fin. (12/07/19)