まるで終わりのない回廊のようで 一年生-夏-

「ねぇ、あの資料だけど」
「一緒にお昼食べない?」
「ごめーん、その日バイトなの」
「USB渡しとくね」
「折角だし、みんなで遊ばない?」
「二日酔い……。ごめ、寝かせて」
「だいたい終わったよな。後はパワポで発表すればいいし」




────っっっっっっっふっざ、けんなーーーーーーー











桜は散りました。
日差しが強くなり、暑い時には長い袖をまくる事もあります。
新入生と呼ばれる、一年生達もすっかりと新生活に慣れたよう見受けられます。
かくいう私も、最初は困難を極めていた自炊にも慣れ、人間が食べるに相応しいものを日々食しております。
友人のいない私は絶対に講義に抜けを作らないよう、毎日必死にノートを取り、毎日八時間睡眠を心がけております。
健康第一で御座います。
夏には試験が行われるということですが、この調子であればなかなか良い成績を収められる気が致します。
……ただし、ある講義を除いて。ですが。

一年必修のアレ。あの、グループの、アレ……。



私とペアになった男は、出会ったあの日を境に姿を消した。
一度も講義に参加してこないため、私は一人黙々と作業をし、全て終えた。
発表に人数はいらない。資料作成も自分のペースですることが出来てとても楽であった。

しかし。

「悪いけれど、この講義の評価にはいかに協力して行ったかという点も見る。
 例え君の資料がとても良く、発表が素晴らしかったとしても、満点を与えることは出来ない」

そう言われて私はとても酷い顔をしていたのだろう。教授が言葉を足した。

「せめて、発表の際には二人いるように。連絡先は知ってるでしょ?
 グループ活動なんだから、勿論初日に交換しているよね」

教授はにこやかに笑んでいた。

「はい、勿論です」

私は嘘を吐いた。
まさか連絡先の交換を思いつきもしなかったなんて、プライドが許さない。











そこから、私の苦労が始まったのだ。

あの男を捜すしかなかった。連絡先は知らない。顔と学年しか確かなものは無い。
後はもう推理するしか方法がなかった。

彼のだらしない服装を見る限り、多分一人暮らし。
一人暮らしをする人間の多くは大学周辺を選ぶ。
ならば、周辺のスーパーでいつかは顔を合わせるはず。

同じく大学周辺に住む私は出来るだけスーパーに長く滞在した。
レジ付近でずっとあの背が高くてひょろくて、今にも死にそうな男を目を皿のようにして捜し続けた。

一日、二日、一週間、と時が経ち、私は焦りだした。
もう発表まで日にちが無いというのに、一度も男を見かけることはなかった。
私の目論見は外れたということだろう。
だが、次の方法が思いつかない!!

学生課に尋ねてもみたが、「個人情報ですので」なんてことをのたまい、一切の交渉の余地なし。
こっちは成績がかかってるというのに。
GPA(Grade Point Average:成績平均)が下がるじゃないか。




「はぁ…………」


脱力。
最初からこんなことになるなんて、最悪だ。運がない。
なにが協調性だ。相手にしか過失がない場合のことも考えてくれればいいのに。

大学って、……面倒だ。
高校までは個人が頑張ればそれで良かったのに(但し、贔屓は存在していた。確実に)

もう講義出るの止めようかな……。

どんなに頑張っても最高点が出せないなんて、やる気が出ない。
一つでも悪い成績を取れば、取り返しのつかないことになる。
そのせいで奨学金を逃し、進級しようと成績平均の低さで借りることはかなわない。

陰鬱な気持ちのまま、私は大学からアパートへ向かっていく。
土手から見える夕日がとても綺麗で、腹が立つ。
空の写真を撮っている者も腹が立つ。
なんで「写真が趣味なの」って言いつつ空ばっかりしか撮らないんだ。
技術も何もない。勉強する気もない写真。趣味って言うくせに薄っぺらい。
いやいや怒りが明後日の方向へ進んでいる。
今日は駄目みたいだ。早く寝た方がいいかもしれない。

今の気持ちじゃ、何を見たって悪いことしか考えられない。
猫とじゃれあっている男を見たって、変質者としか思えない。






…………は?


私はもう一度男と猫を見た。
男はよれたYシャツを着て、頭もぼさぼさ、
猫とじゃれあってるというより、猫に攻撃されているようにも見える。
そして特徴的な、あの目の死んでる感。

「貴方!!!!!」

猫と男はびくりと震え、猫は一目散に走って逃げた。
男は固まって、ゆっくりと私の方へ振り返る。

「……なんだい、大声出して」

なんだいじゃないでしょうが。
こっちはどれだけ苦労したと思っているのか。猫と戯れている場合じゃない。

「……○×教授の講義の件です。
 率直に言います。来週は講義に出席してください。必ずです。
 例え身内の冠婚葬祭があろうと、他国から核が撃たれようと」
「おだやかじゃないね」
「っ、こっちはあんたが来ないせいで成績が下がるってので困ってんだよ!!」
「そう言われてもねぇ」

つい本音が出てしまった。
なんでこの人はこんなにのんびりとしているんだ。
成績がつかなくて困るはずだ。三年生なんだから。

「……何が問題なんです。どうすれば来るんです」

こっちはほとほと困っているのだ。
別に何もしなくていい。来てくれるだけでいいのに。

「……お願いします」

頭だって下げてやる。プライドなんてない。
とにかく来てくれないと、私の未来が暗雲に満ちてしまう。

「あの、少しいいかな」
「何ですか」

条件を突きつけられるのだろうか。
まぁ、犯罪以外は手を貸そう。

「しばらく何も食べてなくてさ、何かないかな?」
「はぁ……何も食べてないって、いつからです」
「一昨日くらいかなぁ」
「はぁ!?」

情けない……三年生なのに。自分の身体や金銭の管理も出来ないのか。
仕方ないからコンビニで奢ってあげた。
好きな物をどうぞと言ったら千円も使われた。
遠慮しろ。遠慮を。私が普段どれだけケチってると思ってんだ。


だが、その次の週、あの人は来た。
あっさりと。

「やあ」
「……ふん」

椅子の上に荷物を置いて、あの男が私の隣に座れないようにして。
長い机に私と、離れて、三年生。

その次の週も三年生は来た。

そのお陰で、発表は卒なく終わった。
教授からも絶賛された。まぁ事前に作成した私の発表内容が良かったのだろう。
決して、あの三年生がいたから、ではなくて。

「一応。有難う御座いました。来てくれて」
「講義参加は大学生の義務だからねぇ」

義務なら来るべきではないのだろうか。
サボってた人間に言われても。

まぁいい。これでこの人とも縁が切れる。
来期は人と関わらずに済む授業を選ぼう。今回はいい勉強になった。

「来期もよろしくね」
「……は?」

何を、言っているのだろう。

「この講義は通年。知らなかった?」

秋期もこの男と一緒なわけ?

「こんなに出席しない人間と組む人間は誰もいないだろうなあ。
 ま、きっと君が僕と組んでくれるよね」
「こ、断る。ます。他の人と」
「君、友達いないでしょ。それに人付き合いも苦手な方だね」


さ、最悪だ……。




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(13/02/19)