まるで終わりのない回廊のようで 一年生-秋-

秋の雲。
浮かんでは流れていく。
私の時間も、早々に流れていく。


半年経った。
大学に進学して。一人暮らしを始めて。
私は長い夏休みの間、実家には帰らなかった。
帰ったところで何がある。
旧友と顔を合わせるとか、家人と交流するとかか。

全くもって馬鹿らしい。

私にそんな行いは必要ない。私はもう一人になったんだ。
自立を目指している身だ。故郷なんかに甘えてたまるか。
そんなものただの土地ではないか、記憶ではないか。執着するに値しない。
私に必要なのは、良い成績と卒業証書と、大学後の安定した進路。
それだけだ。

そのためにも、私は大学では好成績を修める必要がある。
春期は意味のわからない男によって阻まれかけたが、もう安心だ。
来期もなんてぬかしていたが、きっとあれはハッタリ。
私を惑わすための言の葉。

「やあ、久しぶりだね」
「いやぁあああああ!!!!」

私は思わず教室の椅子に身を隠した。
悪戯にしては手が込んでいる。上級生は暇なのか。

「隣に座ってくれるなんて嬉しいな」

さっと見回すと、椅子の上に荷物が。これ、あの男のものか。

「いいえ!!これは間違えです。か、勘違いしないでよね!」
「つんつんしなくても、教授がお見えになってるよ」

教室の前方を見れば教授が立っていて、私を手招いていた。

「行っておいで。悪い知らせじゃないといいけどね」

不吉なことを言う男は放置し、私は招きに応じた。
教授が私に用だなんて。成績のつけ間違えだろうか。
この講義の成績は最高成績であった。
ということは、下がるしかないじゃないか。
ああ、胃が痛い。

「……前回は許したが、今回は必ず彼と協力して行うように」
「え、いや、彼とって、もうあの人と組む気は」
「秋期は春期のグループで行う」

なんと。

「以前も言ったが、これは周囲とどれだけ協力することが出来たのかを重視する。
 春期は大目に見たが、また君一人で行った場合減点する」

慈悲だったらしい。あの成績は。
私の資料や発表原稿が優れていたわけではなくて。

そんなの納得いかない。
協力がなんだ。最終的に大切なのはその出来であろう。
一人で行ったら減点って、そんな小学生みたいなこと言うなんて馬鹿らしい。

だが、大学では教授が法律だ。不本意だが、やるしかあるまい。
私は席に戻り、にこにこ顔で「おかえりなさい」という男に近づいた。

「……秋期はちゃんと来ますか?」
「うーん、風のふくままに」

来る気無いだろ。

「じゃあ、どうしたら来ますか?」
「そうだなぁ……」

なんで、私がこんな目にあわなきゃいけないんだ。
他の奴等は楽しそうに笑ってるし。腹が立つ。
私よりへったくそな資料を作るくせに、私より成績が良かったりなんかしたら自殺してやる。

「ご飯」
「は?」
「朝食、毎回くれるなら来てもいいよ」
「……それで、絶対来るんですか?」
「さすがに約束は守るよ」

面倒な条件だ。毎週この曜日に二人分の朝食代がかかるなんて。
本当気に入らない。年下から金取るなよ。私カツカツなんだぞ。
だが、背に腹は代えられない。

「わかりました。じゃあ、早めに学校に来て下さい。その時にあげますから」
「え!?お腹が減っているのに、学校まで来いていうのかい!?」
「……じゃあ、どうしろと」
「確実な方法があるよ。僕を絶対に学校に連れてくることも出来る方法が」

確実な方法があるなら、それが一番良い。
この男の案、というのは好かないが私は納得した。





しかし。





「なんで、私が貴方の家に来ないといけないんですか!!!」
「確実だろう?僕を起こしてご飯を食べさせて、学校に行く」
「私、アンタの母親じゃないから!!」
「じゃあ、成績が下がってもいいの?」
「う」

それは困る。

「って、貴方はいいんですか!あれ一年の必修でしょ、三年生でしょアンタ!」
「うーん。別に困ってないからなぁ」
「親泣きますよ!」
「泣いてるかもねぇ」

年上の癖にどうしてしっかりしていないんだろう。
理解に苦しむ。

結局次週から、私はこの人の家に通うことになった。





ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン





「……煩いよ」
「早く出ないのが悪い」

この人は朝が弱く、なかなか起きない。

だがこの人、朝は少食であることは、幸いだった。私の財布がさほど傷まない。
毎回コンビニで、一個おにぎりを買えば良いのだ。それで満足する。

ただ、いいところはそれだけで、
朝食を取ったら寝ようとするし、時計を見て行動しないし、ダラダラするばっかりで。

ただ一応約束だからなのか、私が無理やり引っ張っているからなのか、
私もこの人も毎週出席を取れている。
作業自体は9:1で私が行っているけれど、それについて教授は何も言う様子はない。
寧ろちゃんとこの人を連れてきていることに感心しているようだった。

「この調子ならば今期も最高点をあげられそうだ」

なーんて、とっても嬉しいことを言ってくれた。幸せ。教授大好き。
この調子ならば、この面倒な男の世話も冬まで続けられそう。
だって、冬まででいいんだもの!!




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(13/03/07)