まるで終わりのない回廊のようで 二年生-冬休み-

「は……なんで私が?」
「少しくらい、駄目……?それともちゃん予定ある?」
「勿論!一月の英検に申し込んだの」

講義がある間はどうしてもそちらの方に力を入れがちである。
だから一カ月以上休みとなる長期休みは別の勉強をするには丁度良い。

ちゃんなら何もしなくても絶対に合格だよ」
「当然。試験なんて合格が当たり前で、満点を目指す為に勉強するんでしょ」
「うーん、みんながみんなそうではない、……かな」

こんな会話に至ったのはケンジの部屋のTVのせいだ。
番組の合間に、今休日にやっている戦隊ものや少女アニメの玩具を紹介するCMが流れていた。
それを見て、世の中の父母たちは大変だなと思っていると、ケンジがいつもの調子で言ったのだ

「クリスマス、一緒に過ごそうよ」

勿論私は拒否した。
あんなもの、夢に溢れた子供がする事だと。
クリスマスの楽しい思い出なんてない私には縁の無い話。

「はは……、ちゃんらしいね。
でもお願い。少しだけ、一日だけで良いから僕に付き合ってよ」

この男はいつもくだらないことに興味を持つ。
一人ですれば良いのに、わざわざ私を巻き込む。

「勉強の気分転換がてらにさ」
「……一日しか付き合いませんから」

駄々をこねられるよりは、さっさと承諾してしまった方が良い。
と、私は大人の対応をする。(私の方が年下である)

「やった。ちゃん有難う!」

ケンジは飛び跳ねて喜んだ。
そんなにはしゃぐ事でも無いだろうに。
たかがクリスマス。
それも古来より行われた日本の行事で無く、外国から入ってきた最近の習慣だ。
そんなものに振り回されるなんて馬鹿馬鹿しいとしか思えない。

ちゃんとのクリスマス楽しみだな」
「ただの平日じゃないですか」

でも、本当は少し、わくわくしてた。
誰かと過ごす、クリスマスというものに。





それから私たちは、数回スーパー以外の店に足を運んだ。
クリスマス当日の一日だけ時間を割くという話であったのに、
結局それ以上に付き合わされている。

「ケーキって……買うの?わ、私は別に無くていいけど、面倒だし」
「うーん。折角だから僕は買いたいと思うよ」
「……そうですか。じゃあ、スーパーとかコンビ、」
「確か学校の近くにケーキ屋さんあったよね。そこで小さいのを買おう」

ケンジに追い立てられて向かったケーキ屋。
私とケンジが入るにはあまりに場違いの、おしゃれで綺麗なお店。
学校に近いということで多くの学生が利用しており、店内には見知った顔の者が数人いた。

後ろめたいことは一切していないというのに、私は居づらさに身を硬くした。
入口付近でまごついていると、一人でショーケースに張り付くように見ていたケンジが私のところにやってきて言った。

「嫌いなものある?」

「ない」と言えなかった私は首を振ることで意思を示した。
すると彼は微笑み、レジへ行く。
居心地が悪すぎて店の外ばかりを見てると、ふいに腕を掴まれ外に連れ出される。
見上げれば楽しそうに笑うケンジがいて。

「予約しておいたよ。小さいけどちゃんと丸いやつ」

そう言って、クリスマスケーキのチラシを渡し、その中の一つを指差した。
言っていた通りの白いケーキ。

「小さいって言うけど、二人で食べるには大きくない?
 二切れ買う方が得だし量も丁度いいじゃん」
「大丈夫。僕なら絶対食べ切れるよ!」

私が吐く、とげつきの言葉にケンジは怒りも悲しみもしない。
全て人にさせておきながらも文句を言う私のことを、不快に思えば良いのに。
眉を顰め、顔を歪めればいい。

それなのに、いつも笑うばかりだから。私は……。

「普段お金無いって言ってるくせに。
 ここで使ったら年末年始塩とキャベツですよ」

わざと毒づき、彼の顔を盗み見る。

「いいよ。それでちゃんとクリスマスを楽しく過ごせるなら」

ほらまた。彼は笑った。










ケーキだけでなく、チキンであったり、シャンパンだったり、ツリーだったり。
クリスマスに関連する様々なものを用意した。二人で。

そんな事をしているせいで、英検の勉強時間が予定よりも大幅に減っていく。
帰宅後は寝る間を惜しんで勉強をしているが、試験で満点を取る事が出来るかどうか酷く不安だ。
ケンジと買い物をしている最中、本当にこんなことをしていいのか、何故誘いを断らないのかと自分を自問し続ける。
結論は出ている。誘いを断り家に帰って勉強すべきだと。
それなのに、私はその答えに蓋をする。

「僕はね、ちゃんとのクリスマス、すっごく楽しみなんだ!」

無邪気に笑うケンジを鼻で笑いながらもついていく私は、自分から見ても大馬鹿者だった。
状況に流されている。いけない。自制心を失った人間の末路は破滅だと決まっている。

「はいはい……。さっさと用事済ませますよ」
「そうだね!」

私は、どうしてしまったのだろうか。











勉強を犠牲にして迎えたクリスマス当日。

「あーははは!!ケンジ!もっともっと!!!」

私のテンションは最高潮に達していた。

ちゃん……」
「なによー。なんかもんくわるわけ?」
「ないよ」
「じゃあもんだいないじゃない!」

シャンパンを飲み終えた私は、ワインを開けて一気に飲み干していく。
身体の奥底から熱が湧きあがってくる。

「……ちゃんが、壊れた」

シャンパンというものを口にしたのは今日が初めてであったが、今までこの飲料を口にしなかった事を後悔した。
人生損していた。飲食物に対して、私は初めてそう思った。

ただの液体なのに、飲むと楽しくなってくる。
いつも以上に饒舌に語ってしまう。

「本当にアンタはさ、今回だってクリスマスだとか言って浮かれちゃってさ。
 こっちは全然勉強出来てないっての!」
「……ごめん」

しょんぼりと肩を落とすケンジを見ると、腹が立ってくる。
何故反抗する事も無く、謝るのだろう。
怒っている相手には無条件に謝罪して、その場をやり過ごすという方法を取っているのだろうか。
と言う事はつまり、私が今言った事なんてろくに考えてくれていないということか。
そう思うと、更に腹立たしくなり、追い打ちをかけた。

「だいたい。クリスマスなんて子供がやることじゃん。私、そういうの興味ないんだけど」
「ごめん……」

また謝った。なんなんだこの男は。
もういい。良い機会だ。今日はこのまま文句をぶつけてやる。

「ケンジっていっつもそう。子供と同レベルの事しか考えてなくてさ。
 しかも今日一日の為にどんだけお金使ったの?計算した?
 今月と来月どうすんの?また道で拾う生活すんの?
 絶対考えてないでしょ。これで年上とか冗談でしょ」

眉尻を下げるケンジが、どんどんぼやけていく。
背景と溶け込んでいくケンジに、私は尋ねた。

「……なんで、私なんかと、こんなことしてくれたの……?」

ずっと抱いていた疑問を口にして、私は鼻をすすった。
肩が震え、目頭が熱くなる。
呼吸の仕方を忘れた私はひーひーと声を上げて空気を取り込む。

認めたくはないが、私はケンジの前で泣きだしていた。
みっともない姿を晒す私に、ケンジはいつものように静かに言った。

ちゃん、前に言ってたでしょ。イベントをする家じゃなかったって。
 だから、今年のクリスマスはちゃんとしようって思ったんだ」

なんで覚えていたんだろう。
なんでしようと思ってくれたんだろう。

「ごめんね。本当は僕じゃ駄目なんだろうね。家族の代わりを務めるには」
「そんなことない」
「ちがう……ちがうの……」

家族と過ごす季節の行事と言うものにはずっと憧れていた。
しかし歳をある程度重ねてからは、憎悪の対象となっていた。
周囲は親と過ごし、または友人と過ごし、楽しい時間を共有している。
それなのに、私にはそれがない。
それが腹立たしかった。人よりも劣っていると思った。
だから私は勉強をした。
私が劣等種ではないことを示す為に。

成績で上位をキープ出来るようになってからは、小さなことに拘るのは止めて胸を張って生きていたというのに、この男はそれを揺るがした。

私の話相手になった。
猫を被らずに済むようになった。
家に出入りするようになった。
共にご飯を食べるようになった。
家以外の場所へ行くようになった。
行事を一緒に過ごした。

これではまるで友達だ。
私が憎んできたものが手の中にある。

「……いて。このまま、いて」

私が望んだものがすぐ隣にいてくれる

「もう……一人は嫌だ……」

自分が何を話しているか良く判らなくなってきた私は馬鹿みたいに泣きわめいた。
弱い子供のように、すんすん鼻を鳴らしながら。
そうしていると、頭に何かあたたかいものがふわりと乗って、それが何度も行ったり来たりする。
なんだろう。それはとても気持ちよくて。
私は目を閉じた。











目を見開くとそれは汚い木目の天井。
見慣れていないようで、見慣れている。
そして何故か頭痛がして、身体が軋んでいる。
寝違えたのかと思い、寝返りをうつと、隣にはケンジがいた。

驚きのあまり声が出ない。
しかも何故が手を握られている。一体どういうことだ。
昨日晩の事を必死に思いだそうとするが、全く思い出せない。

落ち着いて状況を整理する。
クリスマスの夜。男女二人。密室。握った手。痛む身体。そして朝。
導き出される答えは一つしかない。

私はそっとケンジの手を解き、その場から逃げだした。
そして、その日から、ケンジを徹底的に避けた。




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(13/08/19)