「練習に付き合って!」
「いいぜ。何の?」
「き、す」
「は?」
MZDは笑っちゃうくらい間抜けな顔をした。
「お嬢さん……なんつーこと言ってんの?」
「で、どうなの?駄目なの?いいの?どっち!!」
びしっと指差すが、やはりMZDはうーんと唸り迷っているようだった。
そりゃそうだ。私だったら頭おかしいんじゃないのって言ってるだろう。
「……なんでオレ?」
「練習に手を抜きたくないし」
「説明になってねぇ……」
「MZDは格好いいし、キス上手そうだし、優しいし、強いし、男としては最高じゃん!」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけどな……。練習相手ねぇ……。オレ噛ませだろ?」
「そこをなんとか!」
「えー、オレが駄目なら次誰にすんの?」
「他の人は嫌。MZDじゃないと駄目」
そう、この練習は"MZD"じゃないといけない理由がある。
「……判ったけど……」
「本当!ありがと!!!」
「で、練習つってどーすんだー」
「だ、だから、き、キスしてよ……」
「へー、どんなー?」
「いっぱい……わ、私が慣れるまで」
「ふうん。結構アバウトなのな」
だるそうに、MZDは髪をかきあげた。
「なんかシチュエーションの希望は?オレの家でいいわけ?」
「いい。で、でも、他の人の見えないところで」
「りょーかい。じゃ、オレの部屋でいっか」
MZDの自室まで手を引かれる。
私よりちょーっとお兄さんなMZDの手は少し大きい。
緊張してるせいで、私の手、汗ばんでるかもしれない。
それにしても、MZDが私の願いを聞き入れるとは予想外だった。
てっきり、駄目と言われると思ってたのに。
頼んでてこんな評価をするのはMZDに悪いが、頼まれればキスくらいしてしまう人なんだろうか。
悶々と考えていると、MZDの自室に着いた。
「はい、鍵も閉めといた。影もちょっと離れてもらった。これで文句ねぇな?」
「ないよ。何から何までありがとー!」
「はぁ……。元気なことで」
MZDは私の無理やり搾り出した元気さに呆れつつ、ベッドに腰掛けた。
促され、私も隣に腰を下ろす。
「で、いーの?練習にオレで。そんなことしなくてもさ、普通に好きな奴相手にすりゃいいじゃん」
「それじゃ駄目なの!だって、失敗なんてしたら幻滅されるじゃん」
「そんなんで幻滅する男なんて止めとけば?
……まぁ、お前の好きな奴を悪く言うのはお前に悪いけど」
「これは私が望んでることだから。……でもごめんね」
「ホントだよ。そこもうちょっと反省しろよ」
「判った。だから、お願い、早く…………して」
無駄な会話なんてしている場合ではない。
MZDに考える時間を与えてはいけないのだ。
でないと、きっと、やめようって言うだろうから。
「……判ったよ!」
そう吐き捨てると、MZDは私の後頭部をぐっと自分に引き寄せた。
ドキッとする。MZDが近い。今までで一番。
そして、力強さとは裏腹にとても優しく私の唇を奪った。ファーストキスを。
「っはぁ……」
触れた瞬間、びりびりと身体全体に流れる甘い刺激。
心臓が壊れてしまいそうなくらいドキドキする。
吐息を漏らすつもりはなかったのに、自然と零れ落ちた。
「初々しい反応だな……」
「そ、そりゃ初めてだから……?」
「そっか。じゃあ、もう満足したろ」
「駄目に決まってるでしょ!もう一回」
「つっても……」
「お願い!」
やっぱりMZDだ。何も考えず流されてくれない。
きっとさっきのは、一回すれば諦めるだろうと考えてしたのだろう。
だが、私がそんなので諦めるはずがない。
「……気が進まねぇ」
「お願い!MZDだけが頼りなの。MZDじゃなきゃ駄目なの!」
「所詮練習じゃん」
「そうだけど!!」
お願いだから何も考えないで。
ただキスさえしてくれればいいの。それだけなの。
変な道徳観なんて捨て去って。
「早く諦めてくれよ」
顎を掬い、噛み付くようなキスをされる。
最初みたいに優しいのもいいけれど、今みたいに乱暴なものも気持ちがいい。
普段と違うMZDが見られて、今は嬉しくてしょうがない。
「……して。もっと。して?」
胸がきゅうっとつかまれるような切ない感覚が私の息を荒立たせる。
おねがいおねがい。
もっといっぱい、MZDにキスされたいの。
恋人でもなんでもないけれど、今だけ。今だけでいいから。
「……馬鹿」
ごめんね。と、苦しそうなMZDに心の中で謝った。
そして近づく唇に身を委ねる。
ちゅっと啄ばまれ、きゅっと目を瞑って、ぎゅっと手を握られ、ふっと息を吐く。
「もう、満足か?」
あのMZDとキスをした。
もう、三回も。
「まだ」
私は首を振る。
今のように数が容易く数えられる間は足りない。
満足できるのは、私が持つ指という指が足りなくなってからだ。
「……判った。そこまで言うなら、もう容赦しねぇぞ」
私の身体を引き寄せて、MZDはまたもや唇を奪った。
今度は少し強く唇を噛まれる。出血はないが柔らかな唇に歯を立てられると、痛い。
でも、それでいい。
優しく無くていいのだ。乱雑でいいのだ。私の扱いなんてそれで十分。
……ごめんね。MZD。
馬鹿な私のせいで、こんなことさせて、ごめんね。
「っふあ!」
「これで終わりじゃねぇぞ」
間髪いれず、ぬるりと舌が口内に入り込む。
びくりと震え、反射的に身を引こうとするが、MZDは私の後頭部をしっかりと固定していた。
他人の舌が、ぬるりと乱暴に口内を荒らす。
舌先が、敏感になった私の舌の上を這い、唾液に構わず絡めていく。
「っ、ふ、っん、ん」
背筋がぞくぞくするのが止まない。
絡められた指に思わず力がこもる。すると、MZDは同調するように握る指に力を入れた。
「っはぁ!え、……MZD、ちょ、……と、ま、って」
「今更遅い」
ただ舌で触れ合っただけだというのに、座っているのが辛くなるほど身体に力が入らない。
キスという行為はこんなにも力が抜けてしまうのか。
縋るようにMZDを見ると、とんと身体を押しやりベッドに押し倒された。
「折角楽にしてやったんだし、もっと出来るよな」
返事をする間もなく、MZDはまたもや私の中に舌を差し込んだ。
この頃には少しずつどう息をすればいいのかわかってきて、
更にMZDの舌使いに翻弄されるばかりでなく、自分からも絡めるように努力した。
とは言え、なかなかそれは難しく、毎度ねじ伏せられてしまう。
MZDの口内へと舌を伸ばしても、私の口内の弱いところを執拗に舐められれば、私はされるがまま。
合間合間にMZDから流れ込んだ唾液を飲み干す。
他人のなんて汚い感じがして飲み込めるわけがないと思っていたのに、
不思議とキスの最中にMZDに与えられたものは自然と飲みこんでしまっている。
というのも、そんなことに気が回せるほどの余裕がないからだ。
MZDから与えられた快楽に耐えるのに必死で、それを得られるなら他のことなんてどうでもいいと思う。
「っはぁ……ふぁ……んっ……はぁ」
「はぁ……。そろそろ、違う事するか」
起き上がるように促される。
だるい身体に鞭を打つと、MZDが私と向かい合う。
「練習だ。からしてくれよ」
意地悪く言い放つMZDは、普段の優しさが見えない。
ちくりと傷つく。けれど、私は言われたとおりに唇を寄せた。
「……まさか一回で終わりとは思ってねぇよな?」
そうは言われても、あれだけキスしていても、自分からする、というだけで少し恥ずかしい。
私は羞恥心に蓋をし、熱に浮かされた身体に従ってMZDの首に腕を回すと口付けた。
音を立てて、唇を舐めて、はむりと優しく唇を噛んでいく。
私の口付けはMZDよりも明らかに拙いだろう。
それなのにMZDは嫌がる様子を見せず、私の行為の間中ずっと背を撫でてくれた。
そのお陰で、下手なりにも頑張ろう。そう思えた。
「……頑張ったな」
何度目かのキスを終えると、そう言って私を自分の胸に抱き寄せた。
よしよしと私の頭を撫でててくれる。
さっきまでの冷たさはどこかに消えていて、いつもの優しいMZDがいた。
その温かい体温に包まれると、幸せが溢れ出していく。
「、どうしたんだ?お前はこういう子じゃないだろ」
心地よい声が耳を撫でる。そんなことしないで欲しい。
せっかく抱き締めてもらっているのに、苦しいよ。
「私はこういう人だよー。MZDは良い風に言いすぎ」
「んー。そうとは思わねぇけどなぁ」
見抜いちゃ駄目。考えちゃ駄目。
私は教えられたばかりのキスでMZDの口を塞ぐ。
音を立てて離れたところで、惜しまれるがその身体からも離れることにした。
ベッドを降りて、MZDに言う。
「今日はありがとね!じゃ!」
「……ああ。さっきのオレとのキスは練習になったか?」
「うん。良い本番だったよ」
そう言ってダッシュで部屋を飛び出した。MZDが出られないように扉のノブを握る。
後ろからドンドンと音が聞こえるけど知らない。
これでいいんだ。
「お前さっきのどういうことだ!」
「なんで!?」
扉のノブにあった圧力は消え、目の前に突如現れたMZDが私の肩を掴んだ。
「本番ってどういうことだよ!!」
もういいだろう。睨みつけてくるMZDに折れ私は白状した。
「……こうでもしないと、MZDとキスできないと思ったの」
「はぁ!?なんで!」
「だって、神様だし……人間の私じゃ好きとか付き合うとか……無理じゃん」
MZDは種族関係なく誰とでも仲がいい。
でも、誰かと深い仲になったと言うのは聞いたことがない。
神様であることを考えれば、頭がよくない私でもなんとなく理解は出来る。
だから、私は強硬手段に出た。
「だからせめて、ファーストキスの相手はMZDがいいなって……」
キスの練習と称して、MZDに近づいて。
叶わない恋は叶わないなりに、思い出を欲した。
一回で無く、たくさんと強請ったのも、この日を忘れないようにと。
「……お前ってやつは」
MZDは扉に私を押し付けると、動物が獲物を食らうかのように唇を押し付けた。
歯列をなぞり、舌を吸って、最後にもう一度唇を押し当てて離れる。
「神を弄ぶとは良い度胸じゃねぇか」
「ご、ごめん。……でも、こうでもしないと、MZDとは何も出来ないと思って」
「で、オレの気持ちなんてほっぽいたのか?」
「……ごめんなさい」
無理やり奪ったわけではないが、不快な思いをさせただろう。
嘘をついていたことは、素直に謝った。
「許してやんない」
MZDは意地悪く笑うと、私の頬に手をやり自分の方に向かせた。
「べーってして」
よく判らないが、私は言われたとおりに舌を出した。
MZDも同様に舌を出し、私のものに絡めていく。
舌を引っ込めようとすると、そのまま舌が口内にまでついてくる。
「っふ、あっ…ん……」
「っ……。どーよ。練習のせいかは出てるか?」
わははと、得意気に笑うMZDに私は目を白黒とさせてしまう。
「なんで!怒らないの!」
「怒って欲しいのか?ってばその気があったのか……?」
「そういう意味じゃない!」
MZDは声をあげる私の頭をぽんぽんと撫でて言った。
「オレさ、さっきまで嫉妬してた。お前が誰を好きなんだろう。
そいつの為にオレは使われるのかって」
私の頬を挟み、柔らかな笑みを浮かべて私を見る。
「……好きだぞ、」
目を見開いている間に、MZDが今日何度も触れた唇で触れる。
思わず、涙が零れた。
「で、も、MZDは……」
「そうだな。でも、種族なんてさ、今は忘れようぜ」
折角、好きな子がオレを好きだと判明したんだから。
そう言って、MZDは額に口付けた。
「口にはいっぱいしたからな。他のとこにもしちゃおうぜ」
そう言って唇以外の部分に沢山の小さな口付けを落とす。
私が声をあげるのも一切構わず、ちゅっ、ちゅっと、していく。
「え、えむぜ」
「他の奴に練習させてもらってねぇよな」
「してないよ!」
「絶対するなよ。もうはオレだけの女の子なんだから」
MZDは小さく笑うと、ふいに首筋に触れた。
くすぐったいその指使いが、だんだんと下に下りてくる。
鎖骨の下へ。
「ちょっと!」
「いいだろ?神の純情弄んだ罰だ。それに、もうはオレのなんだからさ」
手は鎖骨から飛んで、私の両手を握った。
そのまま身体を触れられると思った私は、突然のことに驚く。
「どーした?期待させちゃった?」
にししと笑うMZD。
あーもう、そうだよ変な想像しちゃったよ。本当、完敗です。
「これからももっともっと、キスしような」
「……うん」
私は深く頷いた。
これからどうなるかは判らない。
だけど、今はMZDの言うとおり忘れよう。
今は、MZDと思いを遂げたことだけを考え、喜べばいいのだ。
fin.(12/08/30)