第14話-神+-

「トイレに行くだけだって」
「やだ」
「すぐだから。一人で行かせて」
「やだ」
「……じゃあ、途中まで付いてきていいから」

は小さく溜息をついた。
何度繰り返しても慣れない、一連のやり取り。

「困ったなぁ」

小さな呟きが流水音に紛れた。







は、あの日、黒神によって自宅へ転移させられたあの時。
何とかしてやると言ったMZDを信じ、リビングのソファーでジッと待っていた。
静寂が満ちる空間で、一点を焦がすほどに見つめ続ける。
十五分程でリビングに黒神が現れた。

「黒ちゃ、」

の言葉を遮って、黒神は身近にあったソファーへと小さな身体を押し倒した。
動揺するに、黒神は眼光の鋭い鈍色の瞳で刺す。

「お前、あの魔族に何をされた」
「さ、されたって……、その、何かに失敗した時に右手を叩かれたとか」

すっと黒神は傷痕で腫れた右手を掴む。
それをじっくりと見つめると、瞬時に傷の処置がされた。

「他」
「痛いことはそれくらい……。後は別に」
「制服は」

は言い淀む。
自分が着ているのはエプロンドレスであり、言い訳は出来ない。
何といえば、制服の破損を怒られずに済むかと思いあぐねた。
しかし。

「俺に言えない様なことをされたのか」
「べ、別に……。そんなことは、ないよ」
「嘘だろ」
「本当だもん。ただ、少し身体を触られたくらいで」
「なら、俺を使って再現してみろ。俺をあの魔族と見立てて」

誰も触れていないというのにの背中のジッパーが勝手に滑り降りる。
黒神は肩口のエプロンドレスを掴んで勢いよく下ろす。
腹部辺りまでの裸体が全て露になった。

「これくらい、出来るよな」

そう言って、自分の腕を掴ませた。
は何か言いたげであったが、恐る恐る自身の身体に黒神の手を押し付けた。
柔肌を滑る手は全て、自身が操ってのこと。
顔を赤らめ、困惑するを、黒神は無表情に観察する。

「こ、これだけ。だよ。ぺたぺたって、だけだよ。痛いことないよ」
「……あの野郎俺を騙しやがったな」

手早く胸の辺りまで服を引き上げるを、黒神は制した。

「怖がらせてすまなかった。丁度いいから風呂でも入ろう」

次の瞬間には、二人ともバスタブの中にいた。
ヴィルヘルムの城で着ていたエプロンドレスを乱暴に剥ぎ取り、
また自身も服を外へ脱ぎ捨てた黒神は、不安げに顔を伺うに抱きつく。
同時に、温かいシャワーが二人を濡らす。

「……が無事で、良かった。本当に、良かった」

二人の身体を、絡み合ったお湯が密着度を高める。
頬も胸も腹部も脚部も全てが触れ合うが、お互いに個を主張し溶け合うことはない。

「ごめんなさい」

滑り落ちた言葉よりも高い位置から、熱いお湯に混じって液体が紛れる。

「ずっと怖かったんだ。お前がいなくなったらどうしようって」

ぼろぼろと零れる、シャワーの湯とは違う温かいもの。

「もう会えないのかと思うと、俺、どう、し、ていい、かっ」
「黒ちゃ……」
、いな、い、と、俺、おれは、だ、っく、だめなんだよ」

を抱く腕の力が増す。
艶っぽい息を漏らすが、ゆっくりと黒神の背を撫でる。

っ、は、いて、おれ、そばに、ずっ、ずっと、いてくっ」
「いるよ。私は、黒ちゃんとずーっと一緒だよ」

幼子の姿をした神は瞳から溢れるものを延々と垂れ流した。
噛みあっているようで噛みあっていない二人の真意や、嗚咽を、流水がぼかしていく。
透明に透明を重ねた交じり合うものを知る術はない。





「髪乾いたよ」
「すまない」

二人はの部屋で普段通り互いに髪を乾かしあった。
先程とは一転し非常に穏やかなコミュニケーションを行っている。

「ずっと探してくれたんだよね…ご飯、ちゃんと食べてた?」
「それはいい。それよりも、身体を休めていたい」
「そっか。じゃあ、もうおやすみだね」

ベッドから降りようとするのネグリジェを、黒神は掴んだ。

「隣にいてくれ」

それをは笑顔で了承した。
寝るための準備を終えると、二人は黒神の部屋へ足を踏み入れた。
異空間という言葉がよく似合う、不思議な空間。
物が宙を浮き、空間の底も奥も人間の目では分からない。



黒神から差し伸ばされた手を取ると、軽々と身体を引き上げられベッドの上に着地する。
セミダブルのベッドで二人は静かに横になった。
途端、明るい部屋が月も星もない夜へと変わる。

「一つだけ、もう一度聞かせて欲しい」
「なに?」
「本当に、は、あの魔族に何もされていないんだな」
「手を叩かれてばっかりだったよ。後はさっきの通り」
「何度も疑ってすまない。ごめんな」

の頭を撫でると「おやすみ」と呟いた。
返事をしたは、一分も経たぬうちに寝息をたてる。
黒神が頬に触れても、何の反応も見せない。
抱きつこうと、呼吸は乱れることなく、健やかな寝顔を見せ続ける。
完全に眠りに落ちていることは明らかだ。

黒神は瞳を閉じ、何度も寝返りをうつ。
無防備なを見つめながら、ネグリジェの裾をゆっくりと上へとたくし上げる。
が動いては止め、呼吸の乱れを感じれば寝たふりを行う。
慎重に着実に行い、とうとう布団の下ではの胸から下が完全に露出する状態になった。
小さな寝息のままのに対し、黒神の息は荒い。
そして、細心の注意を払ってに跨った。
眼下では、シーツ上で髪が自由に遊び、穢れを知らない無垢な身体が贄のように差し出されている。

黒神はそれを見ながら、じっと思案していた。
何をやっているのかと。馬鹿じゃないかと。これは強姦だと。
嫉妬にしてもやりすぎだ。が戻ってきても、嫌われてしまえば意味がない。

だが、そこから全く動けない。歪んだ独占欲が、嫉妬と合わさり、自分の理性を削っていく。
呼吸のたび上下するの胸を見ては、自分が熱くなっているのが分かる。
見てはいけない。止まれない。そう分かっているのに目が離せない。
世間がを無知な子供と称していようと、黒神には自分を扇情する女性でしかない。
一般の考えとは違えている、自分の考えは間違っていると知識としては分かっているが、自分の見方を変える術は生憎持ち合わせていない。

……」

黒神はそっと、薄い胸に手を伸ばした。
魔族がなぞった事実をかき消すために。

「黒ちゃん?」
「っな!?」

咄嗟にから飛び降りたが、はそんな黒神をじっと見ている。

「こ、これは、その、すまない。俺、いや、本当に、すまない」

淀んだ目をしたは、黒神の頬に手を伸ばした。
叩かれることを予想した黒神は目を固く瞑る。

「……直そうとしてくれてたんだね。ありがと」

黒神が驚いている間に、はネグリジェを下へ下ろす。
固まって動けないでいる黒神を引き寄せ、横にさせた。

「色々ごめんね。大丈夫だよ。今は私ちゃんといるよ。
 だから、黒ちゃんは安心して寝ていいんだよ」

ぽんぽんと身体を叩き、黒神の腕に抱きついた。
そのまますぐに眠りに入ってしまう
一連のの行動で我に返った黒神は完全に自己嫌悪に陥り、自分の五感全ての機能を停止させた。
そのまま、隣のの温もりも感触も寝息も感じることなく、眠りへの扉を開く。

!?」

だが、何度も何度も、黒神は目を覚ます。
その度に隣にいるの存在を、そして生死を確認する。
何度確かめようと同じ結果しかなかったが、黒神は夢に落ちる毎に確かめずにはいられない。





そうして一週間、二人はずっと隣同士寄り添っている。
何をする時も必ず傍にいた。
が少しでも自分の手の届く範囲外に行くと、黒神はひどく嫌がり子供のような我侭を言う。
は困った顔を浮かべるものの、出来るだけその要求に答えていった。
それでも黒神の不安は晴れない。

まだ一度も、ぐっすりと夜寝れたことがなかった。
繰り返し起きては、寝不足のため眠りに入り、またすぐに起きる。
そのため昼間も寝ていることが増えた。
その間は膝枕をするが、ずっと黒神の手を握りしめる。
そのお陰か、昼寝の時は若干長い時間寝ることができた。

このような状態であるため、勿論黒神としての責務は全く行っていなかった。
はそれについて心配をし、隣にいるからした方がいいと提言したが、黒神は大丈夫とだけ言い、との触れ合いを優先する。

この状況はよくないと、の頭でもそれは分かる。
だが不安に駆られた黒神を救う術を知らないは、黒神の要求をただ飲むことしか出来ない。

二人の停滞する時間にメスを入れたのは、もう一人の神であるMZDであった。

「……来んなつったろ」
「一週間って条件だったろ。、調子はどうだ?」

舌打つ黒神を尻目に、MZDは隣のに話しかける。

「元々大丈夫だったから」
「言っておくが、を外に出す気はねぇよ」

を引き寄せた黒神が鋭い眼光で威嚇する。
黒神の腕に拘束されたに、MZDはすっと頭を下げた。

。今回のことも、本当に悪かった。
 をなんで狙ったかは知らないが、
 少なくともオレと関わりがなければ、防げたんじゃないかと思う」
「違うよ。だって、言ってた。私の魂が凄いって。
 それでジャックのついでに連れて行ったみたいだったよ」

瓜二つの顔を持つ神が互いに見合わせた。

「でもね、その後私が魔術を使えるとかなんとか言って、
 だから今回のことは二人とは全然関係ないと思うな」
「いや、に魔力なんて全く流れてないぞ」

MZDは首を傾げる。

「魔力はないってごしゅ、ヴィルヘルムさん言ってた。
 でも、なんか力あるよって言ってた。実際なんか出来たし」

表情を歪めた黒神の一方で、MZDは静かに尋ねた。

は何が出来たんだ?その辺のこと、詳しく教えてくれ」

静かだというのに威圧感を放つ様子に驚きながらも、は丁寧に説明した。
魂の炎の件、魔族の強化の件を話し終えると、静かに聞いていたMZDが慎重に尋ねる。

「お前は、それが出来た時、怖かったか」

は満面の笑みで言った。

「楽しかった。よくわかんなかったけど。
 だって、ごしゅ、ヴィルヘルムさんは褒めてくれたから。
 それに、黒ちゃんやMZDと少し近づけた気がして嬉しい!」
「そっか……全く、は怖いもの知らずだな。黒神、あの指輪持ってきてくれないか」

まるで手品のように、黒神の手の中には黒ずんだ指輪が。
MZDも同様に手の上に黒い指輪を出現させる。
互いがの方へ指輪を差し出した。

「正直、オレ達にも何が起こるかはわからない。
 オレの推測が正しければ、黒神の心配も減ることになる」
にもしものことと考えれば反対すべきなんだろうな。
 だが、俺もMZDと同じ推測だ。多分、大丈夫だ」

は首を傾げながらも、二つの指輪に手を伸ばした。
指先が触れた直後。
指輪から放たれた眩い白光が辺りを包む。



────また あったね



がはっと気付いた時には、全ての光が指輪に急速に収束し続け、の身体からは謎の文字列の輪が二つ、十字に交差したものが現れる。
その状況に驚いたが自分の周りで廻る文字や輝く指輪を交互に見ていると、文字列はまたの体内へと戻り、二つの指輪は一つとなり、磨き抜かれた銀色へと変わっていた。

「どどどど、どーいうこと!?
 これくっついちゃったよ!?
 それに、なんか私から文字とか出てたよ!?
 どうして、なんでなんで?!!」

その場でくるくると回るとは対照的に、二人は落ち着いていた。

「「やっぱりな」」

むっとした黒神がMZDに言う。

「真似すんなよ」
「同時じゃねぇかよ。オレのせいじゃなくね?」
「もっと違う言い方すりゃいいじゃねぇかよ」
「黒神がしろよ」
「もう!!そんなことどうでもいいじゃん!!!」

指輪を両手で持って慌ててるを、MZDは手を引いて座らせた。

ちゃん、オレがさ、今何を考えてるかわかる?」
「そんなの、教えてくれなきゃわかんないよ」
「わかるさ。がオレの考えを知りたいって強く思えば」
「……本当?」

疑わしく思いながらも、はじっとMZDを見つめる。
MZDが何度目か瞬きをしたところで、言った。

「……今日のご飯はカレーがいいな」
「超正解!大正解!!」
「えー。絶対嘘だよ。私もなんとなくそう聞こえた気がしただけで」
「合ってるよ。じゃなきゃ、こんな時にそんな言葉出ねぇしな」

合わせ鏡のように二人は、互いを見やり、そして小さく息をついた。
呆れたような、嬉しいような、諦めたような。
そんな中、間でぽつんと座るは恨めしく睨む。
すると突如、二人が頭を抑える。MZDがの肩を掴む。

!ストップ!ストーップ!!」
「な、何?何もしてないよ?」
「『いつも二人だけ知っててずるい。いっつも私だけ除け者にする』」
「な……。黒ちゃん、どうして分かったの?やっぱり私顔に出てる?」
はさっき、オレの考えてることが分かったろ?
 それと同じ。の考えがオレと黒神に流れてきてんだよ」
「さっきから全然よくわかんないよ……」

下を向いてしょげかえるに、黒神は淡々と言った。

「俺とコイツと同じ、神しか持たない力が、お前の中に流れてる」
「え……?」

深刻そうに話す黒神とは逆に、は口角を吊り上げた。

「今までは力の蓋が閉じていた。だから俺たちも分からなかった。
 それが多分、あの糞魔族のせいで少し開いたんだろう。
 が言う不思議なことが出来たというのはそれが理由だ」

ヴィルヘルムの部分を吐き捨てるように言うため、は気まずそうに目を泳がせた。

の力は本来その指輪自体が持っていたものだ。
 何故の中にその力が入ってしまったのかは不明だ」
「この指輪って何?」
「俺たちが生み出された当初から持っていたものだ。
 指輪の効果や意味についてはわからない」
「そうなんだ」

は指輪に指を通す。
サイズは少し大きかったが、指を通した途端に丁度いいサイズへと変わった。

「なら、これからは私も黒ちゃんと同じこと出来るようになる?」
「ああ。大体は出来るぞ」
「すっごーい!!!」

はしゃぐをMZDは諌めた。

「練習しないと難しいぞ。それと、さっきみたいに思ったことが
 オレたちに筒抜けにならないようにするためにも制御出来ねぇとな」
「頑張る!」

楽しそうに笑う
MZDはそんなから黒神へと視線を移動した。

「話は戻るが、これでが最低限自衛の術を身につければ、
 お前も今みたいにに付きっきりにならずに済むよな」
「嫌だね。それとこれとは話が別だ」
はどうしたい?」
「え。うーん……」

は眉尻を下げて、唸る。

「(前と同じ生活に戻りたいけど、今の黒ちゃんじゃ無理かな。
 心配させすぎたせいで不安になってるもんね。
 これも私が御主人様にさらわれちゃったのが悪いんだし、
 黒ちゃんが怖がらなくなるまでずっと一緒にいようかな。

 でもこれで私が今のままで良いって言ったら、
 MZDが気を回して、最終的に二人が喧嘩しちゃうんだろうな。
 それも嫌だな。なんかMZD来てから黒ちゃん機嫌悪いし。
 どう言えば、二人が喧嘩なく平和に話がまとまるかな。

 今は早くこの力の練習したいな。
 色々出来るようになったらご主人様褒めてくれそうだなぁ。
 あ、でももう会えないかも。黒ちゃん絶対に怒るもん。 
 はっ!ジャック!私のために早く帰ってくれるって言ってたのに、
 肝心な私はこっちじゃん!どうやって連絡すればいいんだろ。
 どーしよ。ジャック心配してるかも。困ったなぁ)」

「おーい、ちゃん」
「うん?まだ考えてる最中だよ」
「その考えてる内容が、オレらにモロバレ」
「……え」

我に返ったが両隣の二人を見ると、苦笑するMZD、むすっとする黒神。

「途中から、俺じゃなくてジャックのことになってんじゃねぇか」
「そ、そんなことないよ……?」
「ジャックはオレんとこ来たよ。ちゃんとの無事伝えといた」
「良かった……」

が引きつった笑いを浮かべるのは、黒神の不機嫌オーラのせいである。

「お前をあの魔族野郎の所へは行かせない。
 自分が何されたかわかってんのか?
 普通の人間が食らったらアレは死ぬぞ!
 右手だって、傷の上に傷作られたせいで酷い有様だ。
 そんな危険な魔族に対して、なんでそんな暢気なんだよ!」
「ご、ごめんなさい」
「俺は今、お前にその理由を聞いているんだ!」
「……意地悪な人だけど、面白かったから」
「その考えは止めろ。好奇心は寿命を縮めるぞ」

「(確かに、あそこにいたって命令されるばっかりだけど。
 でも、御主人様は私を馬鹿にはしても、怖がらなかった。
 私が普通の人と違っても、そこを褒めてくれた。
 それに黒ちゃんやMZDの何を話しても全然怖がらないし。
 そう言う所は、あの人のいい所だと思うな)

「お前の本音はそれか」
「ま、またなの?それ嫌。ずるい。恥ずかしい」
「早く制御を身につけないと、ずっとこうだぞ」
「意地の悪いことすんなって」

をMZDの隣へと転移させ、と黒神を離した。

の本音は十分分かったろ。で、お前はどうするよ」
「……」
「オレものこの危機感のなさは正直かなり呆れてる。
 自衛は相当厳しく教え込んどかないと、今後困るだろうな」
「MZDも呆れるくらいなの?」
「言葉が悪くてすまねぇけど、正直大馬鹿だと思うぜ」
「(大までついた……)」
「一個で済んだからマシだろ。黒神はそれじゃすまねぇよ」
「(また、筒抜けだ)」

小さく溜息をつく。黒神が少し悩んでからMZDに提案した。

「一つ実験がしたい。
 MZDはどこかにを配置してくれ。その際、お前も近くにいろよ。
 を探知することが可能かどうか、それを試したい」
「ああ、成程な。いいぜ、二分後な」

頷いた黒神はその場から姿を消す。

「なぁ、は黒神に場所が知られるのは嫌?」
「ううん。お迎えの時困るもん」
「よし。じゃあ、お前をどこに隠すかな……。オレん家の物置にでも突っ込むか」

スッと二人はMZDの家の物置に転移する。
いつぞやのパーティで使ったのであろう物が所狭しと詰め込まれている中、二人は隙間に密着して入り込んでいた。

「っふ……きつい」
「オレも。早く黒神見つけてくんねぇかな」
「もうちょっと広いとこ、いこ」
「二人が近くにいるつったら、この隙間くらいしかねぇんだって」
「そもそも、私を探すなら私だけが隠れればいいんじゃないの?」
「アイツはまだお前を一人にすることが怖いんだよ。
 本当なら自分がの傍にいたいところを、譲歩してオレに託した。
 二分でもお前と離れられたなんて、すげー進歩じゃん」

は目を伏せ、きゅっと拳を作った。
MZDは言葉を続ける。

「オレも黒神も、お前がいなくなって心配でしょうがなかった。
 なのに、お前は本当暢気でさ、危ない状況だったつーのに、
 何故か相手を怖がり憎みもせず、寧ろ楽しんでるなんて。
 オレたちの気持ちはなーんにもわかってねぇのな」
「し、心配かけて悪いなって思ってたよ!
 どうしたら家に帰れるのかって頑張って探してたもん!
 でも三日経ったら、二人に怒られることの方が怖くて……」
「……は子供だな。しょうがねぇか。オレたちがそう扱ってんだもんな」
「子供じゃない方がいい?」

MZDは少し考えてから、の問いに答えた。

「子供のままなら、子供でいい。大人になったら、大人でいい。
 どうなろうと、オレにとって大事なであることは変わんねぇよ」

はそれに対して何の返事も返さず、沈黙が辺りを包む。
とくんとくんと互いの胸の鼓動が時を刻んでいると、ふいに声がした。

「見つけたぞ」

すし詰めに収納された物の間に、黒神が現れた。
姿勢は斜めになっており、足もついていないため宙ぶらりん状態である。

「上手くいったみたいだな」
「ああ。以前と違ってすぐに分かった。
 これでもうが迷子になろうとすぐに見つけてやれる」
「そうか。力を完全に解放して良かったぜ」

「(もし、怒られるのが怖いから見つけて欲しくないって思ったら、
 見つからなくなるのかな)」

「……、頼むから、そんなこと思わないでくれよ。
 今まで見つからなかったのも、まさかそれが原因かよ」
「もう!お願いだから早く、心の声が流れないやり方教えてよ」





そこから四日────

黒神の指導の下、みっちりと神の力の行使について特訓をした
ヴィルヘルムと違い、黒神は叩いたり馬鹿にしたりはしない。
始終褒める、アメの部分の強い指導であった。
しかし「凄く上手くなったな。けどもっと上手くなるためにもう一度やってみるか」と、
決して合格とは言わない判定の厳しいものであった。

今回の場合、ヴィルヘルムの下で魔力の場合の、力の循環や、練り方、引き出し方についての知識を植えつけられていたこともあり、の吸収は早く飛躍的に伸びていった。
更には、が常識を知らぬ子供であり、柔らかい頭を持つことも幸いした。
苦手な分野は存在するが、基本的なことは出来るようになる。

「自衛の術に関しては、合格だ」
「はい、先生」

黒神の作り出した空間内。
は四日目にしてようやく合格点をもらった。

「だが、最初に言ったとおり、人の心を読んだり、他人を攻撃したり、怪我を治したり、生物を作ったりすることは絶対にするなよ」
「はーい」
「力は自分を守るためだけに使え。他人は絶対に助けるな。道徳とかいう問題ではなく、そういうルールなんだ」
「分かってます。もうそれ何回も聞いたもん」
「それだけ大事なことなんだ。で、この指輪に関してだが」

指輪はネックレスチェーンが通されている。

の力を安定させもし、増幅もさせるという厄介なもんだが、
 俺とアイツの力の干渉を受けてくれるからいつも持っているといい。
 それと一定以上の力は使えないよう細工しておく」
「これで安心だね」

黒神はチェーンを外すと、向き合っている状態での首に回してやる。
黒神がから離れると、胸元にはシルバーリングが輝く。

「この力はイメージが上手くなれば、無限大の力を発揮する。
 けど、誤った使い方をすれば世間一般で言う犯罪行為に繋がる」
「そういうことはしちゃ駄目。思っちゃ駄目……でしょ?」
「自制心をしっかりと持つんだ。とは言え、が犯罪行為に走るとは到底思えないがな」
「そうだね。犯罪する程困ってないもん」
「……は、そうだな」

含んだ笑いをする黒神をはじっと見ている。

「こら。人の頭を覗き込まない」
「ちが、そんなつもりはないの。ただ、何を思ってるのかなって……」
「その辺の制御については落第点だ。
 そういう力は使えないように最初から封印させてもらう」
「はーい。私もその方がいいや。難しいんだもん」

黒神は指輪に手をかざす。
指輪は淡く光ると、またすぐ元の銀色に戻る。

「今でも不思議、夢みたい」

うっとりとした表情で言うだが、黒神は暗い。

は全然怖くないのか……」
「どうして?黒ちゃんとMZDと一緒なのに」
「想像してみろ。普通の人間がこんな力を持つということは、
 周囲には恐れられるし、有り余る程の強大な力にいつか自分が飲み込まれるかもしれないんだぞ」
「怖がられてるのは前からだもん。
 それに、何度も言ってるけど、二人と一緒の方がいい。
 一緒になれるなら人間じゃなくなったって、いいもん」
「何を馬鹿なことを」
「あの人、初めて魔族の方と会って関わって思ったの。
 別に人間にこだわる必要は全然ないんだって。
 寧ろ私が人間じゃない方が、黒ちゃんと近、」
「そんなこと、考えなくていい!」

黒神はの両肩を掴んだ。ゆっくりと言葉を紡ぎ目の前の子供に諭す。

「種族なんて関係ない。
 だって俺たちが神であることを、ろくに意識していないだろう」
「そうだけど」
「いいんだ。難しく考えなくていい。であることが大事なんだ」
「うん……」

はこくりと頷いた。



──「(俺だって出来得るものなら、と同じになりてぇよ!)」



「あ、黒ちゃん、もうお外行っても大丈夫?」

咄嗟に頭の中に聞こえた言葉をかき消すために、は適当な言葉を放った。

「……まあ、許そう。
 今のなら今度あの仮面野郎が来たって傷一つつけられねぇしな」

自身の指導の成果を得意がって言う黒神。
はまだ、頭に響いてきた言葉が引っかかりつつも、
そのことを知られぬため、必死に目の前の話題を意識する。

「あの人の攻撃凄い強そうだったのに?」
「この力が魔族如きに押されるものか。ハッ、いい気味だぜ」

ヴィルヘルムに関して毎度言葉が汚いということは、相当嫌っているのだなと、は思う。

「だがな。が拒否しなければ防御は発動はしない。
 あんな奴に好意なんて抱くなよ。寧ろもっと見下せばいい。
 魔族が神に勝てっかよ!」

と、悪役宜しく黒神は笑うのであった。











「お前まーた、長期休みかよ!二週間だぞ!!!」
「う、うん……」
「心配したんだからね!!」
「俺なんてと最後に会ってたから、滅茶苦茶辛かったんだぞ」
「ご、ごめんなさい……」

久しぶりに学校へ行くと、はいつもの人たちにあーだこーだと言われ、
またもやお説教を食らっていた。
これも、が予想外に元気でいたことが原因であろう。
ほっと安心したせいで、つい、文句が出てしまう。

「黒ちゃんにも散々言われたんだってば!もう許してよ!」
「いいや!しばらくはガンガン言わせて貰う」
「えー。私何処行っても怒られてばっかりなんだよ」

こうやって心配する者がいる一方、溜息をつき鬱陶しがる者がいる。
また神聖なる学び舎に現れたのかと残念に思う者がいる。

は思う。

もう自分は、純粋な人間でない。
周りが所望したように化け物であると。
だから、恐れる必要も、遠慮する必要もない。
自分は、ニンゲンよりも優位に立ったのだから。


自分は神に近い存在になれたのだ────


(12/05/09)