第20話-MY-

三週間────。
それほど長い間、俺はと満足に関われていない。
学校のある平日はある程度仕方がないにしろ、週末でさえも叶わない。
は夕食までに戻るとだけ伝え、俺を置いて早々に外出する。
宣言どおり夕刻に帰宅し、ようやく自分の番が回ってきたと思えば、宿題、風呂、飯、寝るのコンボが炸裂。

これの繰り返し。こんな生活、苦痛でしょうがない。
以前ならば、就寝前や休日にはと触れ合い会話することが出来た。
それなのにどうして、今はこんなにも遠い────。


俺は普段、世界と切り離された別次元に篭っている。
与えられた仕事をこなし、に思いをはせる一日。
つまり、一日中忙しいわけではなく、暇と言えば暇で楽な生活だ。
だからといって俺は、この場にいないを探ることは、出来るだけしないように心がけている。

理由は至極簡単。
楽しそうにしているを見るのが辛いからだ。
上機嫌なを生み出したのは俺じゃない、別の誰か。
その事実を思い知らされる度に胸が痛むので、俺はを探らない。
必ず夕食前には俺の元に帰ってくる。だからそれで満足しようとしていた。

でも、もう無理だ。
無事に帰宅しようと、どうせは俺と殆ど交流してくれない。
どうしてだろう。何が悪かったのだろう。怒っているのだろうか。
が何を考えているのか俺にはわからない。
聞けばなんでも答えてくれる子だったのに、最近は曖昧に誤魔化すばかり。
もう本人から情報を得ることは不可能だ。
真実を知ることは怖かったが、勝手に詮索することにした。

俺とMZDとは同じ力を有している。
そのため、内誰かが力を行使すれば発動場所や力の規模をこの身に感じる。
だがこれは意図的に隠すことが可能だ。
特には俺達の下位能力に当たるため、そう苦労を要しない。
俺はに絶対バレないように存在と力を潜め、普段のを見に行った。



「怖いって言ってるでしょ!突然飛びついてこないで」
「いいじゃん、けち。減るもんじゃねぇのに」
「やめてやれよ……今危なかったろ」


、駅前のギャンブラーガチャなくなってたぜ」
「嘘ぉ!?まーたー……。酷い、酷すぎる」
「やっぱり、ギャンブラーの人気はすさまじいんだな!」
「嬉しいけど、嬉しくない……」


「こらこら、そんな一度に持つなって。半分持ってやるから」
「で、でもそれだとリュータが半分以上で」
「いいんだって俺バイトで慣れてるし」
「……ありがと。ごめんね」


「……わかんないの。教えて」
「いいよ。ここはね……」
「うん…………あ、わかった!サユリありがと!」
「どういたしまして」




最初の頃は学校で色々あったが、もうすっかり溶け込んでいるようだ。
確かに一部以外の人間とは全く関わらないが、その分あの数人には心を許せているように見える。

あのが……。
俺しかいなかった、俺にだけ縋り、甘えて、何もかも曝け出していたが。
もうには俺だけじゃない。
もしかして、俺なんて、いらないのかもしれない……。
いや、こんなことを考えるのはやめよう。悲観的過ぎる。落ち着け。

放課後になり、は友人たちに別れを告げると、人目を阻む物陰で転移した。
それを追いかけると、やっぱり。
──あのイカれ魔族の城。



「そろそろ新しい茶葉に挑戦してみようと思うんだけど、どう?」
「好きにしろ」
「後、お茶菓子もなんとかしたいよねー」
「特に必要ない」
「えー!ある方がいいよ!全然違うんだよ!次の休日作ってくるよ」
「貴様が?笑わせる」
「酷い……こっちだって褒めてもらうからね!」



嘔吐に似た不快感が襲う。奴へ向かって湧き上がる力の放出を抑えきれない。
俺はぎしぎしと痛む胸を抱えながら、自室に転移した。
宙に浮いたベッドの上で俺は膝を抱えて丸くなる。
頬に触れるシーツは冷たく、俺の指先と似ていた。

が奴と会っているのは知っていた。
帰宅する度の身体から香る魔力が、大嫌いなあの野郎のものだから。
加えて奴以外の魔力が複数付着していた。
奴に脅され何かさせられているのではと危惧した俺は、から無理やり暴こうとした。
だがそれは、スナイパーのところに逃げ込まれるという散々な結果に終わる。
少しでもが奴からの被害を訴えてきたら、容赦なく締め上げてやろうと思っていた。
それなのに、今日見た二人の光景は実に和やかで楽しげで。
脱力と同時に、羨ましく妬ましく殺意が沸いた。

と奴はいつの間にそんな関係になったのか。
しかも、次の週末にの手作りを持っていくという約束までして。
そんなの、俺はいつから食べてないんだ。
相当長い間ご無沙汰だ。それなのに、なんでアイツが。魔族の癖に。に酷いことしやがった癖に。
もどうして、奴とティータイムを過ごすのか。
俺とはここ暫くずっとしてくれない癖に。

はどうして、他の奴とは仲良く過ごすのだろう。
俺が一番の傍にいるはずなのに、全然一緒にいてくれない。
今までは学校があろうともこんな気持ちにはならなかった。
確かに一日中一緒に居た時と比べて過ごす時間が減り寂しい思いはしたが、
学校へ通うことが当たり前になってから、俺も段々その生活に慣れてきた。
日中会えない分、帰宅後は埋め合わせるために沢山触れあい、金曜日だからと少し夜更かしをし、影が作ったものを食べながら談笑し、俺が買い与えた服を着て見せてくれたり。

そういえば、の私服。最近あまり見ていない。
学校が終わっても一旦家に寄ることをしないため、最近夕食前に風呂に入るは私服に着替える時間がない。
だから平日はずっと制服ばかりだ。
に似合うと思って、わざわざ女物の雑誌やなんやで調べて買い漁っているのに。
が俺の見立て通りの姿になるのは至福で、支配欲が満たされた。
そんな機会も失われていく。

少しずつ、との接点が消える。
これはやはり、もう俺なんてにとって必要のない存在ということなのだろうか。
確かに俺は暗いし、嫉妬深いし、残酷だし、つまらないし、冷酷だし、に好まれるような神じゃない。
それに、黒神の責務は人間のが受け入れられなくて当然。
あの時は怖くないと言ってくれただが、本当は心の中で俺を拒絶したのかもしれない。
だから最近俺を相手にしてくれなくなって……。
俺と離れようとしていて……。

それとも、もしかして、まさか、に恋愛感情が芽生えたとか。
有り得る。それなら俺を遠ざけ、他の男共と親密になったことに説明がつく。
そんなの。
そんなの……。


────絶対に許さない。










。ちょっといいか」

今日は金曜日。明日は休日。
何があろうとの生活に支障は無い。

「え。あ。えと、眠いから。明日にしよ?」
「大事な話だ」
「……わかった」

警戒するを俺の自室に引き入れることに成功した。
ベッドの真ん中でちょこんとは座っている。

「あの、話って?」
「最近何をこそこそしている」

前に奴とを覗き見した時は問題なかったが、普段はあの魔族と何か行っているはず。
でなけば奴以外の魔力がに付着する筈がない。

「それは……今は言えない」

案の定は拒否をした。けれど。

「そうはさせない」

胸元で無防備に揺れる指輪を取り上げ、その全部の力を封じる。
こうなってしまえば、はただの小さな子供だ。
虚をつかれ動きを止めたに俺は一気に畳み掛ける。
手首同士、足首同士を柔らかい布での皮膚に食い込む程度に結んだ。
力を用いたためにとっては一瞬の出来事。
ここまですれば、一切抵抗なんてできないだろう。

「これで逃げられないだろう。早く言うんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、こ、これ」
「早く」

の要望に答える気はない。

「や、やだ。怖いよ、ねぇ、どうして」
「早くしろ。言わなければもっと酷くなるぞ」

これ以上酷くするとなると、性的なことしか考えられない。
できれば、ここで観念して欲しい。

「マスター!」

部屋に現れた影の動きを止める。
折角と二人きりなんだ。勝手に入ってきて邪魔してんじゃねぇっつの。

「庇えばに不利なことが起きるだけだぞ」

俺に見られびくりと震えたの頭をやんわりと撫でた。

「ちゃんと言えるな?全部。最近の行動を余すことなく」

怯えるもとびきり可愛い。
今日のネグリジェは純白の薄手の布を重ねたもので、微かに服の下の身体を映す。
デコルテが大きく開いているため何もしなくとも、鎖骨や浅すぎる谷間がちらつく。
この服は幼いには扇情的過ぎて失敗だと思っていたが、この状況で見ると成功だとしか思えない。
裾は膝丈のものだが、肌蹴て綺麗な太ももを俺に見せ付けている。
手足の拘束でが動けない今、理性が崩壊しそうだ。

「わかった……。わかったから、影ちゃんを放してあげて」

こんな時に影の心配かよ。俺は渋々ながら影を自由にした。

は駄目だ。逃げられるわけにはいかないからな」
「……はい」

邪魔な影には退室を命じた。
素直に命令を聞く様子はなかったが、がお願いすると不承不承従った。
さて、これでようやくと二人きりだ。

「話してくれるな?」

は観念したように、力なくこくんと頷いた。

「でも、何から話せばいいの……?」
「ではまず、あの魔族と日々行っていたことを話せ」
「ヴィルには力の練習を手伝ってもらってた。
 ヴィルが魔界で私を餌に色々な魔族を集めて、それで私と勝負してもらってたの」
「なるほど」

真実だろう。複数の魔力の付着もこれならば納得だ。

「では、何故そのようなことを?
 確かには力の練習に明け暮れていたが、わざわざあんな奴の手を借りなくとも、
 同じ力を持つ俺かMZDで良かったはずだ」
「……でもそれだと、酷いことは出来ないよね?」
「例えば?」
「……相手を傷つけること、とか」
「お前は何を言っている?」

嫌な予感がした。
の口から他者を傷つけるなんて言葉が出るなんて。

「……実は、私、一人、殺しちゃったの」

衝撃的な告白に俺は絶句した。
だって、あのが、俺と違って心の綺麗なが──。
今まで一緒に居ても残虐性が見られたことなど一度もない。
フィクション映像の血や暴力的シーンですら嫌っていたくらいだ。
それなのに、殺した、だと。

いや、落ち着くんだ。動揺してはいけない。
俺だって同じようなことをしているじゃないか。
ここでを嫌がることはおかしい。
それにだって俺の反応を予想していたからこそ、黙っていたんだ。

「相手は人間か?」
「ううん。魔族」

相手は魔族か。少しだけほっとした。
あいつらならそう困ることは無い。

「黒ちゃんたちと同じ素敵な力なのに、私はそれで殺してしまったの。
 こんな簡単に殺めてしまった自分が凄く怖かった。
 だから、もう二度とこんなことがないようにって力の加減の練習をしてたの」

は拘束されたまま膝を抱えた。
にしても、まさかの口からこんなことが飛び出してくるとは思わなかった。
俺はてっきり、魔族との交流が楽しい、といった類のものだと思っていた。
それがまさか、今まで殺害の罪悪感を隠していただなんて。
それを俺は、勝手に勘違いして嫉妬して、の傷を抉ってしまった。

「いい子じゃなくてごめんね。嫌われて当然だよね」

いい子、か。
確かに俺はに、心が綺麗なままでいて欲しいと思っている。
世間や物事の理なんていう汚い現実を知らず、ただ清らかでいて欲しかった。
でも、それはもう叶わない。
外の世界へ行ったは人の悪意や自身に眠る悪い感情を知ってしまった。
だから今はもう無垢を求めていない。
どうが変わろうと、根幹は綺麗なのままなのだから。

「いい子じゃなくていい。例え悪い子になったって俺はが好きだよ」

ある一点さえ満たしているならば、どうなったって構わない。

「……良かった」

は大きく息を吐いて膝に顔を埋めた。
今までずっと辛かったのだろう。

「そんなに気にしなくとも、大丈夫だ」

俺の傍にいてさえくれるのなら、なんだって許すさ。

「あと、一つ。聞いてもいい」
「なんだ」

思わず身構える。
今度こそ俺にとって不利益なことを言われるのだろうか。

「私、誰かを殺すのは怖いって思うの。それって、駄目なこと?」
「いや。普通だろ」

また少しほっとした。

「で、でも、黒ちゃんは沢山……してるよね?」
「俺はそういう運命だからな。
 だが、は違うだろ。怖くていいじゃないか」
「けど、黒ちゃんはそんな責務を与えられたせいで、怖くても嫌でも殺さなきゃならなくて。
 それなのに、黒ちゃんの近くにいる私は怖いからしないっていうのは、不公平じゃないの?」

なんとなくの言わんとすることが分かった。
俺は自分の感情、意思に関係なく他を殺める必要がある。
それなのにが感情のまま他を殺めずにいていいのかと。
そういうことだろう。
今まで誰もしてくれなかった気遣いをしてくれることが素直に嬉しい。
やっぱりは優しくていい子だ。

は神じゃないんだから、好きにすればいいんだ」
「私……誰も殺したくないの。二度と力の加減を間違えたくない。
 だからもっと練習して力を制御できるようになりたいの。
 そう思ってても、いい?」
「いいんじゃないか」

俺たちの持つ力はには分相応な強大な力だ。
全てを思いのままにすることの出来る力。
はこれを綺麗なものとしか見ていなかったが、ようやくこの力の危険性に気付けたのだろう。
この事実はの心に大きな傷を作ったに違いない。
だがこのことは知る必要のあったことだ。この傷は当然の代償だ。

から真実を聞けば聞くほど、自分の屑さに嫌気がさす。
繊細で重要なの心の問題を、俺は無理やり暴いてしまったんだ。
身勝手な嫉妬で。

「色々言ってもらったけど、まだね、私の中で全然整理出来てないの。
 何を考えてもしっくりこなくて……。
 だから、まだ黒ちゃんには言いたくなかった。
 下手に言って傷つけちゃうの嫌だったから」
「すまない……」

まだ他人が踏み込んでいい段階ではなかった。
しかも、は俺を気遣ってくれていたというのに。

「どうして待ってくれなかったの?
 言ったよね。言いたくないって。今度言うって言ったよね。
 それなのにどうしてこんな無理やり暴いたの?」

冷たい目で非難するにどきりとした俺は急いで手足の拘束を解いた。
俺は言い訳をするために、自身の気持ちを吐露する。

が、俺に何も言ってくれなくて、ろくに相手にもしてくれなくて。
 それなのに、他の奴等と楽しそうにしているから……。
 その、俺のこと、嫌になったのかと……思って」
「そんなわけないよ!!」

声を張り上げ俺を怒鳴りつけた。

「私が黒ちゃんのことを嫌いになるはずないよ!
 避けてたのは黒ちゃんが妙に詮索してくるからで……。
 それに、家族なら少々距離を取っても大丈夫だって聞いたから……」

そうか……。
少々距離を取っても、関係が崩れることはないと。
は、そう思ったのか。
大丈夫だと────。

「それなのに、こんな……縛り上げるなんて酷いよ。
 そんなに私信用ないの?」
「違う……ただ、こうでもしないと聞き出せないと思って」
「それで拘束?そんなことするなんて全然私を信用してないって事だよ」

その通りだ。
俺はとは違う。
を一切信用していない。
だって、まだ、は俺のものじゃない。
完全に支配下に置いてからでないと、信用なんて出来ない。
今のはあまりに自由すぎて、簡単に俺を置いていってしまう。

「私は黒ちゃんのお陰で普通の生活を送ることが出来てるんだよ。
 身寄りもないのに、帰るお家はあるし、ご飯は食べられるし、大切にしてもらってる。
 毎日私に優しくしてくれる黒ちゃんを、どうして嫌いになれるの?」
「ごめん、なさい……」

嬉しいという気持ちではなく、申し訳ない気持ちしか沸かない。
が俺を必要としてくれるのは嬉しいが、何か違う。
そういう必要のされ方ではない。
そんなことを思ってしまうことが、申し訳ないのだ。

「お願い。そんなに不安にならないで。
 私、黒ちゃんにはすっごく感謝してる。
 本当に大事な大好きな人なの。
 だから、嫌われたかもなんてこと、思わないでよ……」

ごめん。
俺は感謝で好きになられるんじゃ、全然足りないんだ。
それだと怖いんだよ。
だって、それだと、いつか、俺を必要としなくなる。

「……俺は自分に自信がないんだ。
 俺のことを嫌う奴はいても、役目まで知って好きと言ってくれたのは、が初めてだ。
 俺は他人との交流が苦手で、一緒にいても楽しくないとに思わせているのではと、
 すぐに不安になる」

すると、が俺の首に手を回し、俺の身体を引き寄せた。

「だから。嫌いにならないって言ってるでしょ」
「でも」
「嫌いな相手に抱きつかないよ。ねぇ、私たちこんなにずっと一緒にいるんだよ?
 簡単に嫌えるほど、浅い関係じゃないよ?」

確かに浅い関係ではない。
もう長い間二人で過ごした。
でも記憶の無いの語る俺たちと、俺の思う俺たちは、中身が全然違う。
俺はその消えた記憶分、から失われた分の思い出分、不安なんだ。
必死に二人三脚し続けたと思っているのは俺だけだっていうのが。

「黒ちゃんって凄く心配性だよね。そんなに毎日不安だった?」
「……があの魔族と関わるのが凄く嫌だ」

魔族は危ない。残虐で快楽だけを追い求める奴等だ。
そんなのと、が交流するなんて悪影響でしかない。
それにもしも、が、殺されてしまったら……。
記憶だけでなく、身体と心まで失ってしまったらと思うと。

「ヴィルは大丈夫だよ」
「魔族なんて信用できない。
 奴等は自分中心の損得勘定でしか物を考えられない。
「私には力もあるし、大丈夫」
「もし不意をつかれたらどうする。楽観視はできない。
 人間と魔族はその力の差故に対等な関係にはなれない。
 いつも相手に喉笛を押さえつけられているようなものだ」

すっと、が俺から離れた。
俺を無表情で見上げる。
滅多に現れることのないそれに、黒神であるというのに思わず、ぞくりと背筋が冷たくなった。

「……そんなこと言ったら、黒ちゃんと私だって変わらないよ」

同じ?何で俺をアイツと同類とするんだよ。

「さっきも私の気持ちなんて無視で、手足を縛って……。
 弱い私は抵抗出来なくて、ただ従うしかなくて」
「それについては、本当に悪いと思っている。
 でも、俺をあんな奴と一緒にしないでくれ。
 俺はを怪我させたりしないし、利用なんてしてない。
 俺はがどうなろうと好きだし、大事だと思っている」

やばいやばいやばい。
が俺から離れてしまう。このままじゃ逃げられる。

「手足を縛った後も私が黙ってたら、酷いことするつもりだったんでしょ?
 さっき言ってたよね」

なんでわざわざ意地悪く言うんだ。
俺とずっと一緒にいた時のなら絶対こんなこと言わなかった。

「それについては先ほどから謝罪している。
 お前、やっぱり本当は俺のこと嫌なんだろ!」
「違うって!黒ちゃんが魔族魔族って悪く言うからでしょ」
「なんで庇うんだよ!」
「気にいってるんだもん!そりゃ庇うよ!」
「相手は魔族だぞ」
「種族なんて関係ない!好きな人は好きだもん!」

好きって、お前の言う好きって、どういう意味だよ!
何で俺じゃなくて、他の奴を庇うんだよ。そんなに他の奴が大切かよ!

「お前が気に入るのはどうして危険な奴等ばかり。
 まともな奴を気に入るなら、俺だってこんな心配せずに済んだんだよ!」

空を切る音がした。
見るとが涙目で睨みつけていて。

「好きな人たちを悪く言わないで。馬鹿」

はベッドから飛び降りると、疾風の如き速さで消えていった。
玄関が閉まる音がする。
そっと頬に触れると、そこだけいやに熱っぽくて、ひりひりしていて。

「…………が……たたいた」

最後に俺を睨みつけていた。
しかも、俺を置いてどっかいった。

「……俺なんかより、他の奴を……他の奴の方が……いいんだ」





やっぱり、俺のこと、いらないんだ。


















「MZD助けて!!」
「どうした!?」

MZDは部屋に飛び込んできたを受け止める。
腕の中の少女はぎゃんぎゃん泣き喚いていて、MZDは突然の状況に目を丸くした。

「くろちゃおこった、おこ、っおこてるの、も、もしかした、ないてるの」

必死に頭を撫でて宥めてやるが、泣き止む様子はない。

「どしよ、っっき、きらわれ、くちゃ、きらわれたの、もう、わた、いら、い、いらない、かも」

嗚咽まみれで、途切れ途切れになる言葉をMZDは必死に拾い上げ、
なんとかと黒神がトラブルを起こしていることを読み取った。

「たす、けて、くちゃ、ひとりにした、きと、ないて、っ、るの、」
「分かった。すぐ戻ってきてやるから、も気をしっかり持てよ。いいな!」

そう言って不安ながらも、を自室に置き、自分は黒神の元へと飛んだ。
こちらも酷い状況で、黒神はベッドの上でうずくまっている。
ぼそぼそと小声で呟いているのが聞こえ、MZDは必死に耳を傾けた。

「おわった……もう……おれなんて」
「おい、しっかりしろ」

揺り動かすが、全く動こうとはしない。

「たたかれた……に……あのに……おわった……もうおれなんて」
「落ち着けって。も泣いてるしお前も放心状態なんて」
「……お前はのとこ行ってやってくれ。
 は俺と違って、孤独に慣れてない。それに、俺を叩いた罪悪感で苦しんでる筈だ。
 ……俺はいいから、を慰めてやってくれ」
「二人とも同じことを言うんだな。オレはに言われてお前のとこに来たんだよ。
 泣いてるかもしれないからって」

それを聞いた黒神は、ぎこちなく笑い声をあげた。

「……は、優しいな。だからこそ、は誰かに優しくされるべきだ」
「優しいのはお前もだ。自分だって辛いくせに、本当は嫌なくせにオレにを任せるんだから」
に叩かれた俺なんて、優しくもなんともない。だけだ。優しいのは」

二人は傷つきつつもお互いを気遣う。
先ほどまで傷つけあっていたというのに。

「……全くお前らは変なすれ違い方をする。をここにつれてくるからな」
「ま、待て!そんなのが可哀想、」

MZDは黒神の制止を聞かず、を転移させた。
黒神の膝の上に横向きに。
顔をぐしゃぐしゃにしたがちょこんと乗っている。
目が合った二人はお互いを呼び、そのまま目を逸らした。

「ここにいてやっから、二人でちゃんと話せ」

二人は黙りこくっている。
MZDも呼びかけることはせず、二人の様子を見守っていた。
先に口を開いたのは黒神だ。

「さっきは、いや、今日は本当にすまない」

ぴくりと反応したが、うかがう様に上目遣いで黒神を見上げた。

「わ、私も手を出してごめんなさい。
 口じゃ勝てないと思って、つい手を出してしまって、その、ごめんなさい」

再度沈黙が訪れる。仕方がないと、MZDが口を開いた。

が叩くほど、何に怒ったんだ?」
「黒ちゃんが、私の気に入ってる人をまともじゃないって悪く言ったから」
「……それはでも怒るぞ。黒神はヴィルヘルムを特に言っているんだろうけど」

黒神は何も答えないが、MZDは続ける。

「黒神の心配は分かるよ。
 に少しでも危険が迫りそうものなら、いてもたってもいられないって。
 それに、お前が他人を信用できないからこそ、余計に心配しちまうってことも。
 でも、自身が信じた相手をお前が非難するのは、ちょっとどうかと思う。
 裏切られればだって学習する。
 そういう経験を得られる機会を奪うのは良くないんじゃねぇの」
「しかし、この場合裏切りは死と直結しているんだぞ!」

声を張り上げ、MZDを睨みつけた。だが、MZDはふっと顔を緩ませた。

「……黒神が思うほど、もうは弱くねぇよ。
 にバレねぇように影から見てたけど、力の行使が随分上達してた。
 ヴィルヘルムに不意打ちされようと、しっかりと防御出来てたぜ」
「え?!見てたの!?」
「やっぱ心配だしな。念のため、な」

は大きく溜息をついている。

「あのヴィルヘルム相手に勝ちも負けもしない。ほぼ対等だよ」
「本当!?」

はくるりと姿勢を変え、MZDにきらきらとした目を向ける。
それを見て、黒神は声を出さずに毒づいていた。

「毎日よく頑張ってるよ。練習の成果は出てる」
「やったぁ!!」
「黒神、だから大丈夫。
 はもうオレたちが思うほどか弱い子じゃない」
「だが……」

何かを言い淀む黒神を見て、ぱちんとMZDは指を鳴らす。

の聴覚は封じた。好きに話して大丈夫だ」

黒神は口を一文字に結んで黙りこくっていたが、やがて恐る恐る語った。

「……最近、が他の奴と仲良くしているだろう。しかも男ばっか。
 がそいつらの誰かを好きになる可能性もあるが、逆もある。
 俺はジャック以外はろくに知らない。他の奴の心の動きはわからない。
 にもし手を出されでもしたら」
「おいおい、ちょっと待ってくれ」

MZDは黒神の語りを制止し、黒神を窘めた。

はお前の物じゃない。恋愛だって自由なはずだ。
 も、他の奴も。勿論お前も。
 だからさお前はもっと、に何をしてやれるか、どこまで理解してやれるか、とかそっちに努力を向けようぜ。
 は現時点で、お前のことが好きだ。誰よりも、一番。
 お前の課題は、今の家族的親愛からどう恋愛へと変化させるかだろ。
 他人やの妨害ばっか考えてると、足元掬われるぞ」
「……それくらい、俺も分かってる」

二人の言うことが聞こえないは、眉をひそめる黒神を見て首をかしげている。
そんなを見て、黒神はぽんぽんと頭を撫でてやった。
すると、も黒神の頬を撫で、心配そうに顔を覗き込む。

「あ。そうだ。と今度デート行ってくりゃいいじゃん」
「なっ!?」

何度も瞬きをしてMZDを見やる。
黒神の突然の行動にも同じく目をぱちぱちとしていている。
MZDは楽しそうに話す。

「やっぱ恋を沸き立たせるには刺激だろ。家ん中引きこもってないで外出ろよ。
 そりゃ、お前は外嫌いだけどさ、と一緒ならきっと、いや絶対楽しいって」
「……考えておく」

黒神は再度口をへの字に曲げたが、今度は頬が少し赤い。
その様子にMZDは安心したようににこりと笑った。

「じゃ、もうにも聞こえるようにするぞ」

指を鳴らすと、が周囲を警戒する動物のように、黒神とMZDを素早く交互に見た。

「さっき、何話してたの?私だけ聞こえなかった」
「内容はのことだ。ちょっと恥ずかしくて言えねぇが、悪いことなんざ一つも言ってないぞ。
 それに何を話してたかは、すぐに分かることだからな」
「……除け者扱い、酷い、ずるい」
「ごめんごめん。でも、にとって良い事だから。楽しみにしとけ。な?」
「……わかった」

MZDの言葉に納得したのか元通りの顔に戻る。

「で、問題はそれだけ?他には何かあるか?」

MZDの言葉に、おずおずとは黒神に尋ねた。

「……ヴィルといること、許してくれる?」
「……本音を言うと、やはり危ない奴とは関わって欲しくない。
 でも、どうしても、がどうしてもと言うのなら、関わることを許そう。
 ただし、危険は早めに察知して、何かあればすぐにここに転移してこい。
 なりふり構わなくていい。とにかくは自分を大事にすること」
「わかった」

ほっとしたような顔をするとは対照的に、黒神はきゅっと口を結んだ。

「あとね、……その、本当に、私誰かを殺すのが怖いって思っていいの?」
「へ?構わなくね?なぁ?」
「ああ。俺もさっきからそう言ってるんだがな」

二人はそう言うが、の顔は晴れない。

「で、でも、ずるくない?黒ちゃんは嫌でもしなきゃいけないのに」
「なんでがそんなことを悩んでるんだ?」
「その……魔族を一人、殺してしまって……」
「ああ、なるほどな」
「なんで、そんな軽いの!?」

あまりの驚きように、MZDがその反応に驚く。

「あ。あー……。うーん。いや、命は一つ一つ大切にして欲しいよ?
 オレは創る側だもん。ないがしろにされるのは、心が痛む。
 でも、はこんなに悩んでくれてるし、それで十分満足かな」

にこりとに微笑むと、はきょとんとする。

「命はさ、軽くて重いものなんだ。は悩んでる今の気持ちを大切にしてくれ。
 最終的にが命をどこに位置づけようと、オレは受け入れる」
「俺はいちいち命なんてもんを重く見るつもりはない。
 が世界の人口をゼロにしようと構わない」
「それはオレの仕事激務にさせすぎ。勘弁して……」
「知るか」

嘆くMZDに吐き捨てると、に向かって優しく諭す。

は俺やコイツに気負うことなく、好きにすればいい。
 は神じゃないんだ。何にも縛られる必要はない。
 ただ、自分の行いには責任を持つこと。それだけだ」
「うん……。私は神様じゃないもんね」

はこくりと頷くと、黒神の胸に身体を預ける。
はっとした顔をした黒神だが、すぐに柔和な笑みを浮かべ、難しい顔をするを抱きしめた。

「もう大丈夫みたいだな」

満面の笑みを浮かべたMZD。

「じゃ、オレ帰るぞ。パーティーの準備が大詰めでな。今夜徹夜だぜ」
「ごめんね、そんな時に」
「いいさ。オレのこと頼りにしてくれてるってことだろ」
「二人はパーティー、来る?」
「行きたいけど」

はちらりと、黒神を見やる。すると黒神は分かりやすく溜息をついて。

「いっておいで」
「でも、黒ちゃんは」
「俺は行かない。あまり人に認知されるわけにはいかないからな」

表情を暗くしたの頭を黒神はぽふりと叩いた。

「今日は随分酷いことをした、その詫びだと思ってくれ。
 何も文句は言わない。あの糞魔族が今回呼ばれてるつってもな」
「げ。やっぱ分かっちゃってた?」
「当たり前だろ!あの不快な魔力を忘れられっかよ」

笑って誤魔化すMZDに呆れながらも、小さく黒神は言った。

「……ま、お前主催なら危険は無い。だから許せる」
「黒ちゃん……ありがとう」
「その代わり、今後俺を避けたり、逃げたりなんてしないでくれ。
 あれはかなりこたえるんだ」
「ご、めんなさい」
「うっし、じゃあ、明後日開催だからな!絶対来いよ!」










パーティー当日


「ヴィル!」

は様々な者がいるパーティー会場でも、目立っているヴィルヘルムに駆け寄った。

「あの鬱陶しい死神はついていないのか」
「許可してもらったの。今後は堂々とヴィルのとこ遊びに行けるんだよ!」
「あの死神がよく許したものだな」
「色々あったの」

はヴィルヘルムを見ている際、視界の隅に映った姿を追った。

「私行くね。また後でね!」

が去った後、ヴィルヘルムは呟いた。

「……これは、楽しめるやもしれんな」





「ニッキー!」
「お、じゃん!」

ヴィルヘルムの下から走ってきたが、ニッキーに話しかけた。

「あのね、黒ちゃんと上手くいったの。喧嘩もしたけど仲直りしたの」
「そりゃ良かったな。てことは、また黒神とベッタリ生活か?
 折角最近はちゃんと一緒にいられたのによー」
「大丈夫。私みんなとももっと遊びたいもん」

にこにこと笑うにつられ、ニッキーも頬が緩む。

「今回、色々な人のお陰で、色んなこと考えられたの。
 だから今後ももっと色んな人に関わっていく。
 もっともっと外に出て、色んなこと知りたい。
 家にばかりいないで、もっと探索してみるよ!」





(12/06/26