第38話-頑張りが報われるとは限らない-

「お、MZD!」

少年が触れると、ぽひゅんと、音を立てMZDの姿が風船のように割れる。
少年の手には「ハズレ」と書かれた掌大の大きさの紙が一枚。

「あーもう、これもハズレかよ。今日二個目じゃんかよ!次だ!次だ!」

少年だけではない。
周囲では同じような場面がいくつも見られる。
木の上、ポリバケツの中、靴の中、屋根の上、レジの中。

この現象は世界中で起こっていた。











「……ただいまー」

!」
「おかえり」
お疲れー」
「おかえりなさい」
ちゃんおっつー」

サイバーの部屋に突如現れたを、五人が迎えた。

「首尾はどうだ?」

と、ジャックは尋ねるとの隣を素早く陣取った。

「問題ないよ。ダミーMZDが勝手に生成されるように出来た」

気だるげに答えるはジャックの肩に頭を乗せて目を閉じた。

「じゃあ、後は自動だからも楽になるな。……お前もう少しあっちいけよ」
「学校でも話題になってっから、成功じゃねーの?……邪魔くせぇな」

ジャックの反対側。
空いたの隣をニッキーとサイバーが自分がと、取り合っている。

「長くはもたないだろうけど、しばらくはこれでなんとかなるといいな」
「今の内に次の手を考えないとね」

醜い争いをする二人を、リュータとサユリが苦笑しつつ見ていた。
争いの原因であるは疲労困憊であるために、気にも留めていない。
体重をかけようと安定して支えてくれるジャックに完全に身を任せている。

「えーと、情報交換出来るようにしただろ、ネットにも作った」
「……メルヘン王国、魔界もホワイトランドも完了。……って、連絡きたよ。
 他の国の主要なところにも設置かんりょー……です」
「お疲れ。

目を瞑ったまま、だらだらと答える

「少し寝るか?ベッド貸すぞ」
「…………かりる」

そうは言うものの、なかなか動きを見せないに、ニッキーが手を伸ばした。
しかし、それはジャックによって即座に阻まれる。

に何するつもりだ」
「別に襲ったりしねぇっつの。ちゃんもう無理だろ。だったら抱き上げるしかねぇじゃんよ」
「成程」

ジャックは軽々とを抱き上げ、ベッドに横たえさせた。
乱れたスカートも丁寧に整えるという、配慮も見せる。

「……っ、むかつく」

人一人、それも意識がろくに無い人間は相当重いはずである。
それなのに、何の苦労も無く持ち上げるジャックに、ニッキーは毒づいた。
言われた本人は全く気にも留めず、の頬にかかる髪を丁寧に除けている。

「それじゃ、さんが休んでる間、また案を考えないとね」

サユリはルーズリーフを取り出し、ペンを握った。







「まとめてみると、こんな感じかな」

がぐっすりと寝入っている間、五人はイベントの案を出し合い、現状の問題を話し合った。

まず、モチベーション低下を防ぐためのダミーのMZDについて。
しばらくはこれで凌げるが、ハズレばかりが続けばモチベーションは下がっていく。
そのため、ハズレの入手枚数でも何か特典をということを考えた。

他には、住民が多いころは隈なく捜索されているが、自然が多くあまり住民がいないところをどうカバーするか。
これはまだ案があまり出ていない。
実際の現地ではいったどういう状況なのか想像が出来ないため、に一度見てもらう必要があるということになった。

ちゃんの負担重いな……。どうにか減らせねぇか?」
「これでも結構減らしたって。出来るだけ人に頼むようにしたしさ」

は疲れているのか寝返りさえうたない。

他に出た話題は、チームが作れるようにしようということ。
加入希望者が連絡出来る様チームの責任者の連絡先を管理するべきだという意見もあれば、
管理しなくとも、自由でいいのではないかという意見もある。
こちらもまだまとまってはいない。

他にも、情報の金銭トレードや、それによる恫喝であったり、
ハズレ券に価値が出ることになれば、ハズレ券を奪う人もいるということに関しての処置について。
ペナルティの内容は?安心して生活が出来るようにするには、どうすればいいかなど、
話し合えば話し合うほど、課題が増えていくばかりで、一向に解決していかない。

「改めて思ったけど、やっぱMZDってすげーな」

ジャック以外の者たちは同意した。
普段参加者側であったために、裏でどのような苦労があるかは知らなかった。
ある程度想像は出来ていたが、実際に裏方に回ると想像を遥かに上回る作業があり、頭を悩ませる。

それらの苦労をMZDはいつも参加者に見せなかった。
楽しいことだけを人々に提供していた。

そしてMZD不在の今、実際に行動を起こしているのはである。
まだまだ世間知らずであるは他人との交流に苦労をする。
度重なる疲労により、会う度に欠伸をし、一度外へ出かければ、座っていられない程だ。

周囲が出来ることは、が少しでも休めるように仕組みを考えること。
すぐに行動を起こせるように、方向を示すこと。
疲れ果てたを迎えてやること。

「でも、俺たちでも少しは手伝えるもんだな」
さんの力が凄いっていうのは大きいね。
 私達が言ったことを全部実現できるんだもん」
「だよな。これもさ、俺が軽い気持ちで言っただけだったのにさ」

リュータは自分の携帯の画面を周囲に見せた。
個人ページだと思われるページに、目撃情報が一覧となって並んでおり、
捜索に勤しむ者たちのコメントが流れている。

「思った通りになるって凄いな」

勿論能力だけでこうなったわけではない。
実現できたのは、詳しい誰かの手を借りるために、が頭を下げ、交渉したからだ。

「ジャックさんもありがと。私達知らないことが多くて」
「別に。俺はが望んだからやっているだけだ」

武器や背中にいつも背負っているガスタンクも今はない。
が頼んだのだ。周囲が怖がってしまうからと。
身一つのジャックは暗殺者としては致命的である。
それを許すのは、という人間がジャックの中で大きすぎる存在であることの証だ。

「異世界経験者はスゲーな!オレ聞いてるだけで楽しかったぜ」

人の心や常識に疎いジャックはイベントの運営について口を出すことは出来ない。
ただ、暗殺や趣味と化している赤ヘル捜索で様々な国や世界へ飛ぶため、
人間が知り得ないような世界の姿を知っている。
今の暮らししか知らない四人へ助言することが出来た。

「……で、なんでお前はさっきから、さらっとちゃんと手繋いでるわけ?」
に嫌がられていないのだから問題ない」
「黒神と似た感じが、うぜぇし」

太刀打ち出来ない苛立ちを口にするニッキーに対し、ジャックはかぶりを振った。

「俺は黒神とは違う。黒神の許可無くに触れることは出来ない」

一同がきょとんとする中、ジャックが続ける。

「黒神の命令は絶対。逆らえば、といられなくなる」
「ふうん、お前でもそんな感じなのか……」

これにより、ニッキーは今までのジャックとの密接な関係に合点がいった。
ジャックはへの交流を黒神により管理されている。
そのため、ジャックはとの接触を黒神の前であろうとも許されているのだと。
一見、己の望むままにに近づいているようで、実際は手綱をしっかりとられている。

「じゃあ、黒神との意見が違ったらどっちにつくんだ?」


あまりにもきっぱりと答えるもので、サユリは小さく笑った。

は黒神が好き、黒神もが好き。俺はそんな二人が好きだ。
 でも、どちらも嫌な気分になる時は困る。俺はの方が好きだから、につく」
「……それだったら」

はっと、サユリは何かに気付いて言った。

「黒神さんは、誰に庇ってもらうんだろう」

サユリは更に続ける。

「普段はさんとMZDだと思うの。でも、三人が喧嘩したら?
 そんな時、捌け口が無くて苦しいんじゃないかな。
 そのせいで行き過ぎることがあるのかも……」

考え込むサユリに、ニッキーは鼻で笑った。

「ンなの、自分でなんとかするしかねぇじゃん。
 アイツの力って凄いんだろ。だったら周囲はどうにもできねぇって」
「……黒神さんは、さんがいない時、ずっと一人なのかな」
「いつ俺が行っても机に向かっている。いつも一人だ」

ジャックが答えると、一同は黙った。

黒神についてはまだまだ謎が多い。
から多くの黒神像を聞かされているが、実際に会うとその差異に首を傾げてしまう。

「そういうならさ、と会っていない頃の黒神ってどうしてたんだろうな。
 MZDも嫌いだからって、会わないんだろ」
「永い間ずっと一人って、どんな気分なんだろうね」
ってすげーな。そんな黒神とよく会えたよ」

サイバーとリュータが賞賛する中、ニッキーは不満げに呟いた。

「……黒神がちゃんに依存するのは勝手だけど、
 それに振り回されてちゃちゃんかわいそうじゃん」
「まぁまぁ、そう言わなくても」

リュータは窘める中、振り回されるに肩入れするニッキー。
だからアイツは嫌いなんだと文句を言ながら、ふと気がついた。

「……あ。そっか。じゃあそっちから進めばいけんじゃね?」

誰に聞かせるわけでもなく、ニッキーは小さな声で一人で納得した。





「……っ、んぅ」

小さな呻き声をあげ、は身を捩った。



ジャックが顔を覗き込むと、は薄目を開けた。

「……。今、なんじ?」
「十八時半」
「だめ、もう帰んなきゃ。迷惑かけちゃう」

重い頭を抱えながら起き上がると、サユリから本日の話し合いをまとめた紙を受け取る。

「今日も色々ごめんね。有難う」

とジャックの二人は、サイバーの部屋を後にした。











寂しいの。

誰もいない闇の中で、は呟いた。
すると、ひんやりと冷たいものがの頬に触れる。
氷のように冷たいというのに、何故か熱く感じた。
その感触は初めてではない。覚えがある。

「ヴィル……」

は闇の中手を伸ばした。すると、その手を優しく包んでくれる。
それがとてつもなく嬉しくて。嬉しくて。
は目を覚ました。

「……上司じゃない」

むすりと不満げにジャックは言った。
の手を握っている。

「ごめんなさい……」
「どうした。何かあったのか」

は首を振った。

「……そういえば、だけど……最近、ヴィルの顔、見てない」
「上司はずっと城にいるわけじゃない。俺が帰還してもいないことが多い」
「そっか……」

は小さく呟いた。

「……なんだか、殆どずっといたような気がしたのに」
「気のせいだ。それか偶々」
「そっか。偶々、か」

は納得したように頷いた。
それを確認したジャックは、一度の手を離し、ベッド脇に置いておいた一枚の紙をに差し出した

「これ、調べてみないか」

MZDが消えた頃に世界で起きた不審な現象が様々な場所から報告されている。
そのうちの一つについて書かれている紙だ。
場所は、海の中。

「地上以外を確かめることは必要だ。しかし俺は海の中には入れないから確かめようが無い」
「そうだね。一度私が見たほうが良いかも」
「すまない。本当は俺が斥候として行くべきなんだろうが」
「気にしないで。ジャックは十分、私のために沢山してくれてるもん」

早速と、は寝巻きを何の躊躇いも無く脱ぎ始める。
その光景に慣れたジャックは、が次に必要とするだろうと、ワンピースを手渡した。

「ありがと。よく判ったね」

ワンピースの後ろにあるファスナーに苦戦するを見て、ジャックが代わりに上まで引き上げていく。

「ありがと」

ファスナーが上がりきったというのに、ジャックはそれから手を離さない。

「……
「なに?」

そっとの腰に両腕を回した。

「俺、の役に立てているか」
「うん。とても。私のことを考えてくれているの、ちゃんとわかってるよ」

はジャックの手を撫でた。

「……上司、よりも?」
「どうして、そこでヴィル?」
「……さっき、俺を間違えた」

悲しそうにジャックが言い、は慌てて謝った。

「そ、それはごめん……。でも、ジャックは色々してくれてて感謝してるよ。ありがと」
「……本当に?」
「本当だよ!嘘じゃないって」
「……判った。それならいいんだ」

そう言って、ジャックはから離れた。

「俺は行ける範囲のところを探してくる」
「お願いね」

ジャックは装備を整えて退室した。
も着替え終わったところで、目的の場所へ転移した。





そこは真昼間の海岸。
周囲には人間は一人もいない、人以外の生き物も見当たらない。
小波の音がの髪を揺らした。
は自身の周囲に空気の膜をつくると、そのまま躊躇いも無く海の中へ歩を進めた。
爪先、膝、腹、胸、頭。
全身が海に飲まれようとも一切動揺しない。

カラフルな魚が自由に泳ぎまわる中、はざくざくと歩いていく。
水面が太陽に照らされ、水中で光の帯が幾重にも重なって輝いている。
幻想的な世界を楽しみながら、目的地に向かって歩き続ける。

しばらく歩き続けると、美しい景観が消え失せ、深いところへと一気に下っていく。
光が届かず、自分が前進しているのか後退しているのかも判らなくなる。
は掌に光球をつくり、その明かりを頼りに目的地に向かう。
情報提供者が住むという地帯へ。
辺りは何も無い。廃墟のような景観が続く。

「そろそろなはずなんだけど……」

は大きく息を吸い込むと、腹から声を出した。

「もしもーし!MZDのことを聞きにきました!と申します!
 誰かいらっしゃいますかー!」

しばらく待つが、返事は無い。
先へ進むことを決める。

底無しの暗く静かな世界が続く。
の気分も段々と落ちていく。
黒神のこと、MZDのことが頭を駆け巡る。
を形成する生活の大部分を占める二人。
一日と始まりの終わりに必ずいる二人。
そんな二人が、このまま、一生見つからなかったら────。

恐怖が増大する、光の無い海の底。
の肩にちょんちょんと触れる何か。
肩を大きく震わせたは、後ろを振り返る。

目に飛び込んできた白いワンピースが、暗い海の中で光って見えた。

「……あなた?教えてくれたのは……」

こくりと、人に近い海の生物は頷いた。

「私の言葉、わかる?」

またこくりと、頷く。
は胸を撫で下ろした。

「私、といいます。あなたのお名前は?」

それは首を振り、途端に慌てふためいた。
なにかまずいことを言ったのだろうかと、も感化されてパニックになりかけると、
アリが話しているのかと思ってしまうような小声が聞こえた。

「……っ、て、と……ら」
「テトラ?」

聞き返すと、それは頷いた。

「そっか、よろしく。テトラちゃん、で良いのかな?」

うんうんと、テトラは頷いた。

テトラは泳いでを先導する。
は水底を走ってそれについていく。

「ねぇ、テトラちゃんはこの辺に住んでいるの?」

テトラは頷く。

「私、地上に済んでいるから判らないんだけれど、ここってふだんからあまり生物がいないの?」

テトラは頷く。

「そっか。海に住む生き物って何処に住んでいるの?
 地上だったら、同じ箇所に集まって住んでるもんなんだけど」

首振りで対応できる質問ではなくなったことで、テトラは慌てふためいた。
は黙って返事を待つ。
すると、蚊のなくような声が返ってくる。

「わ、っ、わた……にが、て。だ、から。……ここ、ひとり」

苦手。一人。
は頭の中で単語を反芻し、見当をつけた。

「……そっか。……私のこと、怖い?」
「……」

言葉を選んでいるのか、それともの言い方に怖がってしまったのか。
には判らなかったが、テトラが困っているのだけは伝わった。

「ごめんね。出来るだけ怖がらせないようにするから」

は話しかけることをやめた。
人見知りなのかと思ったが故に、は気を使って会話を行ったが、
それはテトラにとっては負担になることが判ったからだ。
相手を怖がらせることしか出来ないなんてと、自己嫌悪に陥る。

テトラはテトラで、が黙ってしまったことを自分がせいだと悶々と悩んでいた。

気まずい空気のまま、二人はふよふよてくてくと進んでいく。





「こ……こ」

テトラが指差すのは巨大な岩。

「すっごい大きいね」
「これ、まえまでなかった……」

首が痛くなるほど見上げなければならないくらい高い岩が聳え立つ。
横の大きさも、三百メートル以上ある。

「突然こんなものが出現なんて普通有り得ない。けど……だからこそ」

の表情に希望が満ちた。

「テトラちゃん、ここまで案内してくれて有難う!行ってくるよ」

が礼を言うと、テトラがのスカートを引っ張った。
躊躇いがちに口を開く。

「……かみさま、ここにいる?」
「わかんない……いる可能性は高いと思うんだけど……どうかした?」

テトラは目を逸らし、あたふたしだした。
はしまったと自分の行いに後悔し、テトラが言葉を発するまで辛抱強く待つ。

「……あの、かみさま、あいたいの」
「以前MZDに会ったことがあるのかな?」

テトラはこくんと頷いた。

「そっか。じゃ、一緒に行こっか」

岩には一箇所だけ子供が一人通れるくらいの隙間があった。
小中学生サイズのと、同じサイズのテトラは難なくその隙間に入ることが出来た。

「……テトラちゃん、怖いだろうけど私の傍に来て。何かあったら大変だから」

躊躇うテトラの手を、は握った。
華奢な手と少し逞しい手で遠慮がちに握り合う二人。

「かみさま、どうしてかくれちゃったの?」
「……私が悪いの」
「……けんか?」
「……とは、ちょっと違うんだけど」

事情を全く知らない者には説明しづらかった。
黒神のこと、MZDのこと、神と自分の関係はそう簡単には言えない。
は迷った挙句、出来るだけ簡単に教えることにした。

「多分、私とMZDの弟のためなの。
 それで、身体が疲れちゃって、いなくなっちゃったんだと思うんだ」
「きゅうけい?」
「そうだね。……そうだと、いいな」

ただの休憩ならどれだけいいかと、の気分は沈んでいく。
救いを得るために、足だけはしっかりと動かし続ける。
すると一本道であった道の行き止まりに達した。

「いない……」

テトラが小さく呟くと、はその場に座りこんだ。

「二人ともそんなに会いたくないの。やっぱり私たち、もう駄目なの?」

には二人の心が判らない。
MZDが消えた理由も、黒神が消えた理由も不明だ。
ただなんとなく判っているのは、自分が原因であるということ。

「一人……。これからはずっと一人なんだ……」

後悔先に立たず。
今更何を嘆いたところで、二人には届かない。
血縁者には疎まれ、人間に煙たがられるを受け入れてくれるのは、唯一神たちだけだったのに。
は幸せに胡坐をかいて、自由を満喫し続けた。
その結果、が帰ってもいい場所を失った。

「……ごめん、黒ちゃん、MZD……」

いつも二人は、を受け入れてくれたのに。
は彼らの愛情が無限にあると勘違いして、湯水のように浴び続けた。
優しさや愛には限りがある。なくなる前に返さなければならなかったのに、は怠った。

は過去の自分を叱咤する。
それで今が変わるわけではないが、そうするより他に方法が判らなかった。
そんな時、ふわりとスカートを揺らしたテトラがの前に座った。

「……わたし、ひとりだよ」

は潤む瞳で彼女を見た。
彼女の澄んだ瞳は、嘘をついているようには見えない。

「……同じ、種族の人は?」
「わからない」

テトラは首を振った。

「わたし、くらいこのうみにひとりでいるの。
 だれもいなくてさみしい。だれかにわたしのこと、みつけてほしかった。ずっと」

は目を見開いた。
テトラが初めて浮かべた笑顔に。

「かみさまは、ひとりのわたし、みつけてくれた」

見ているだけで強烈に伝わってくる。
テトラのMZDへの想いが。

「……っ、さっすが、MZD、だなぁ……」

MZDは優しい。弟の黒神だけでなく、赤の他人のにも。
それ以外の世界の住民達全てに愛を与えている。

「うじうじしてる場合じゃないね。私が積極的に探さなきゃだね」

迷いが断ち切れたことによりの持つ力が強まっていく。
微細な力の痕跡を探って、分析して。

「……これ、つくったのMZDじゃなくて黒ちゃんだ」
「くろちゃん?」
「うん。MZDの弟。実はその人もいなくなっちゃったんだよ」

テトラの疑問に答えながらも探知を続けるが、肝心なところが探れない。
今の集中力ならば、居場所を知ることが出来るだろうと、は思った。

「テトラちゃんはMZDを探しているんだよね。だったらここにはいないよ。
 残念だけど、別の場所を探すのがいいと思う」

気を使いながらでは、集中できないため、そう言った。

「……あなたは?」
「私はここで、黒ちゃんに干渉してみる。上手くいけば居場所がわかるから」
「わたし、ここにいる」
「え、っと、干渉って言っても、独り言にしか見えないよ?
 ……変な人にしか見えないよ……?」

出来れば一人になりたいところ。
それに、テトラはが苦手なはずだ。残るメリットはない。

「……ここにひとりだと、あなたがさみしくなる」

の傍にテトラはちょこんと座った。
は目を見開いたが、やがて笑みを浮かべた。

「……ありがとう」










は自分の力を解放して、黒神を辿る。
肝心なところに達しそうになると、霞を掴まされてしまう。
だったらと、は交信する。届くかどうか判らない言葉を発信する。
その間、テトラはただ静かに座っていた。





「黒ちゃん。もしもし。聞こえますか。です」 





「ここにはいつまでいたのかな。最近までいたっていうのは判るんだけど、詳しいことは判らないや」





「あの……黒ちゃんが怒ってたチョーカーのことだけど。取れたよ。
 ……結局自分で壊しちゃった。もうヴィルと命は繋がってないよ。心配かけてごめんね」





「でもきっと、これだけじゃないんだよね。黒ちゃんが怒ってるのは……」





「……黒ちゃん。何が悪かったのか、まだよくわからないの。……ごめんね」





「心配かけないように、約束をちゃんと守れば良いのかな……。
 でも……黒ちゃんは満足……しないよね……違うよね。
 きっと黒ちゃんは言わないけれど、あるんだよね、何か。大事なことが……」





「……ごめん。気付かなきゃいけないんだよね。教えてもらうんじゃなくて……」





「……ごめんなさい」





「……これじゃ、私、黒ちゃんといる資格ないよね」





「私は誰といる資格もないのかな。……最近、会ったの。私の本当の家族。
 黒ちゃんは知らない、判らないって言って隠してたね。会って判ったよ。
 意地悪じゃなくて、私のこと、考えてくれていたんだね。ありがと」





「……私、黒ちゃんとMZDといたいよ。
 血は繋がってないし、人間だけど……一緒がいい」





「……ねぇ、黒ちゃん。一緒に帰ろうよ。……一緒に帰りたいよ」





「我侭だって判ってるけど、私は三人で過ごしたいよ……」





「黒ちゃん。……黒ちゃん……」





「……そういえば、前、黒ちゃんとお出かけもしたね。
 あの時は楽しかったなぁ。黒ちゃんがサイバーにまで聞いてくれて。
 パフェも大きかったけど美味しかった。黒ちゃんと一緒に食べられて良かったよ。
 一緒の傘にも入ったよね。あれね、悪いなって思ったの。黒ちゃんが濡れちゃって。
 改めて思ったよ。黒ちゃんって優しいなぁって」





「お洋服も沢山買ってくれたね。人に聞いてびっくりしたよ。
 普通はそんなに買わないんだね。お洋服って高いから。
 それなのに私は上から下までいっぱい買ってもらってて……。
 他の人に申し訳なかったの。黒ちゃんにも言ったよね。
 そしたら、気にしなくて良いって。俺の気持ちだからって。
 私、贅沢な生活をさせてもらって……本当に、ごめんなさい」





「最近ね、自分でご飯作って食べてるの。一人。あ、でも今はジャックがいるから二人。
 なんだかね、寂しいんだ。ジャックといる時はいいんだけど……。
 いつもみたいに今日あったことを黒ちゃんと影ちゃんに話しながら食べるのがいいな。
 いつも私の話を聞いてくれたよね。嬉しかったよ。
 良かったねって二人に言ってもらえるの、好きなの。大好きなの」





「……黒ちゃん。こんな時になって思うの。もっと一緒にいれば良かったって。
 ……私が死んだとき、黒ちゃんは同じこと、思ったかな?」





「……黒ちゃんごめんね。私、気付かなかったの。
 私達ずっと一緒にいられないって、人間と神様だから、私が死んじゃうから。
 それなのに私、ずっと一緒にいられるって言ってて、信じてて。
 黒ちゃん苦しかったよね、
 だって、一度私いなくなってたんだもんね。
 それなのに私、無神経なことを言ってごめんなさい……」





「ねぇ……私が死んだ時、……悲しんでくれた?必要としてくれた?
 ……今でも、私のこと……」





「ねぇ、黒ちゃん、抱っこして欲しいの。いつもみたいに撫でて欲しい。
 ぎゅっとして欲しいよ。好きって言って。私のこと、必要だって言って」





「私、黒ちゃんがいない世界なんて、いらない……」





「やだよ……黒ちゃんとMZDがいなきゃ、私、……いや」





「お願い黒ちゃん。このまま消えるなんて言わないで」





「……一人にしないで」











神とは。
人間達が思い描く通り、世界の創造主である。
そして人々の言葉に耳を傾け、願いを叶える存在。

なーんて、そんなの無理に決まってんだろ。
自分たちの都合よく考えすぎ。神と崇めながらも道具としか考えてねぇじゃねぇか。

でも、面倒くさいことにこの神という身体は、人に限らず生物の強い思念をキャッチする機能がついている。
取り外しは不可。
思念の種類は問わない。良かろうが、悪かろうが、強ければなんだって。
ただ、それほど強い思念なんて一年に一回あるかないかくらいしかない。

よく、教会や神社や祭壇とか、神に祈る場所が点在しているが、あれはあながちインチキではない。
あそこで発した言葉は一応、こちらにぽんぽん届いてきている。
ただ日々の生活を送る中で、それらの声はとても小さく、雑音として処理されるばかりだ。

だから、基本的には神の元に世界の住民の言葉は届かない。

それなのに、胸を打たれた。誰かの願いによって。
言葉までは聞き取ることは出来なかったのだが、その者の感情や思いの強さが訴えてきた。
温かくて、懐かしくて、優しくて……心地よい感情。
それは、傷ついた心と身体に染みこんでいく。癒される。

会いたい。その願いの元に行きたい。
この懐かしい感じは。きっと。いや。絶対。







────黒神、お前なのか?










「様子はどうだ?」
「もうそろそろおきそう」
「……ありがとな、テトラ」

ぽんぽんと撫でると、テトラは恥ずかしそうに顔を隠した。
可愛らしい仕草に、笑みが零れる。
オレはベッドで寝る少女へ目をうつした。

テトラには感謝している。
あの時、の危険を訴え、神に助けを乞わなければ、酸素不足と水圧で死んでいただろう。

だが、この手の願いは世界に無数に転がっている。
本来なら雑音として処理される筈なのに、何故オレの心に直接届いたのか。
それは、とテトラがいた空間に降り立った時に判った。

黒神の力によって作られた空間、そこから気を失うほど力を注ぎこんでいた
あそこは神の力があまりにも濃く、パワースポットと化していた。
懐かしさや温かさを感じたのはそのせいだ。

「っ……」

今まで呼吸による胸部の動きしか見せなかったが身を捩った。
そろそろ起きるのだろう。オレは意識を呼び覚ますために声をあげた。

、オレだ。聞こえるか、!!」
「……え、む……?」

糸のような目でオレを見ている。
それを急に開いて、オレの首へと抱きついた。

「え、え、M、ぜ、あ、えむ」
「……今まで一人にしてごめんな」

くしゃりと後頭部を撫でてやる。
震えているのが判って、心苦しい。

「ほ、本当に、え、む?」
「正真正銘、MZDだ」

堰を切ったように泣き出したを、オレは宥めてやった。
寂しい思いをさせてしまったこと、黒神を止められなかったふがいなさを、
ごめんなと繰り返し謝罪する。

はオレを責めることは無く、ただ泣き続ける。
本当に寂しかったんだなと、嗚咽が落ち着くまで撫で付けてやった。

泣き声が止んだ頃、オレはゆっくりとを放した。
はそれを嫌がった。離れたくないと、しっかりとオレの服を掴んでいて。

「ごめん。悪いけど、ちょっとだけだから。な?」

ぷるぷると首を振るであったが、ぱっとオレを離した。
その目はテトラを見ていた。

「テトラちゃん……?え?なんで、そういえばなんで私ここに?いつ家に戻ったの?」

は何も覚えていないらしい。

「お前が力を使い果たしたんだ。……というか、疲れが溜まってたんだろうな。
 そこでテトラがオレを呼んでくれたんだ。おかげで、オレもこっちの世界にこれた」
「そう、なんだ…………ありがとう、テトラちゃん」

にこりとが笑うと、テトラも柔らかな笑みを浮かべた。

「おかげで、ようや、く、あえ……」

はまた泣きだしてしまった。
暫くはしょうがないだろう。オレは背中を撫でてやり、落ち着くまで続けた。
話せる様になったのを確認してから、今後の話に入る。

「さて、どーっすかな?」
「あ。あのね、MZDを探すためにね、イベントを勝手に開催しちゃって……」
「マジ!?すっげーじゃん!」

あの、が。ろくに経験もないし、オレや黒神もいない状況で……。
愛娘がオレが判っていなかっただけで、大きく成長をしていたことが嬉しい。

「それでその、MZD見つかっちゃったから、収拾しないといけなくって……」

まずはどんなイベントなのかを聞かせてもらった。
ただオレを探し当てるだけの内容なようなので、これは簡単に収拾出来るだろう。
幸い、オレを見つけたというか、最初に会ったテトラがこの場にいるし。

「OK。後はオレに任せな。テトラ、ついてきてくれるか」

小さく頷いたテトラと転移しようとすると、服の袖をがっしりと掴まれた。

「待って、お願い、私も」
は、他にやらなきゃいけないことないか?
 がオレを心配してくれたように、誰かがを心配してやしないか?」

は一瞬泣きそうになった。
だが、苦々しい顔で止めて、頷いた。

「……判った。行ってくる」

即座に転移した。素早い行動だ。



の気持ちは痛いほどわかる。
消えたオレと片時も離れたくなったこと。

身内代わりの神が両方ともいない日々はにとって大きな負担であり、不安であったのだろう。
それを判っているからこそ、オレは突き放した。
もし、あのままと傍に居れば、はオレと離れられなくなるのが目に見えている。
一時期の黒神のように少しでも目を離せば、消えてしまうかもしれないという恐怖に苛まれ、
身動きが取れない子になるだろう。

オレだって本当は不安にさせた分、甘やかしてやりたい。
世界の恋人達が嫉妬してしまうくらいに、ベタベタしてやりたい。
が、駄目だ。
が今後自立するためには。苦しみをある程度は一人で受け止める必要がある。


それに、あんまりこの状況でと近づけば、黒神も出てきづらいだろう。
やっぱり俺がいない方が……なんてことをアイツが思うのは目に見えている。

だがしかし、ここまでが行っても出てこないとは、アイツはいったい何を考えているんだ。




(13/02/04)