世界よりも大切な

今日は待ちに待った週末だ。
黒ちゃんが選んでくれた、フリルが沢山あしらわれた可愛い服を着て、今日は楽しく過ごそう。
宿題は日曜日にすればいいよね。
なかなか終わらなくて、寝たいのに寝られないっていう図が想像できるけど、気にしない。
最近は学校と宿題しかやっていなくて、つまんないから。

「黒ちゃん、ちょっとMZDのところに行ってくるね。すぐ戻るよ」
「ああ、いってらっしゃい。アイツんとこ今誰かいるようだから、気をつけるんだぞ」

来客がいるということなので、私は不思議な力を使うことはせず、正しく玄関を開けた。
そこはMZDの家の廊下に直接繋がっている。
ここで誰かと会ってしまうと相手を驚かせてしまうので、私は周りの様子をしっかりと探りながら廊下を歩く。

するとMZD以外の声が聞こえた。黒ちゃんの言うとおり誰かいるようだ。
私は声の方へ、足音を忍ばせて近づく。
MZDが普段いる部屋へ行くと、お客さんが二人居るようだ。
そっと影から覗いてみる。

「ツー!!ツー!」
「◇●&#☆!」

数字の2のような独特の形をした白鳥さんと、まあるいフクロウが話している。
……のか鳴きあっているというか。

「まあまあ。今回はしょうがねぇって。次もするつもりだし、その時よろしくな」

と、MZDが二人を宥めている。
どうやらMZDにはちゃんと鳥さんたちの言っていることがわかるみたい。

「どういう曲だったんだ?少し聞かせてくれよ」

MZDがそう言うと、順番に歌を歌い、曲を奏でる鳥さんたち。
ああ、ポップンパーティに出る人たちだったんだ。
一通り聞き終えると、MZDはにこりとする。

「いい音楽だな。次のパーティで聞けるの楽しみにしてるぜ」
「ツー!」
「<З●∵@□」

不思議な言葉を発する鳥さんたちは踵を返す。
ふくろうさんは飛べるけど、白鳥の方は飛べないようで、地を這うように玄関の方へ行った。

。隠れてないでこっちきな」

手招くMZDに従う。

「ねぇ、さっきの人たち誰?それによくお話できたね。私全然わからなかったよ」
「そりゃ神だし」
「ふうん」

随分適当な返事だけれど、きっと事実なのだろう。
私には言葉には思えないものでも、神であるMZDには言葉としてちゃんと胸に届くのかもしれない。

「ま、たまに判んねぇ時あるけど」
「神様なのに!?」
「そりゃオレ様は全知全能のスッゲー神様だけどさぁ、そう言う時もあるさ。
 言葉というツールには限界があるし、完璧に理解なんて出来ねぇよ」

そうなんだ……。なんか私には難しい話だ。

「その点音楽は違う。住む場所や環境が違っていようと、心が通じるんだぜ!」

すげーだろと、MZDはにっこりと笑って言った。


MZDは本当に音楽が大好きだ。
定期的にイベントを催したり、他の人の音楽制作にも手を貸したり、REMIXしたりしている。
単純にハデ好きのお祭り好きだと思われているが、それだけではない。
MZDはみんなが大好きで、種族や時代を超えて多くの人と交流するためにパーティを行っているのだ。

黒ちゃんとは真逆。
この世界が、住人が、大大大大好きなんだ。

「ところで、って何が得意なんだ」
「何のこと?」
「いや、歌とか、楽器とか……オレよくよく考えたら、の音楽知らないなって」

確かに私は楽器に触れないし、歌も歌わない。
黒ちゃんだってしない。

「私、何が出来るんだろう。したことないよ」
「そーだなぁ、なんか歌ってみ。なんでもいいぜ」

歌詞と音を覚えている歌と言えば、アニメしかない。
恥ずかしいからあまり歌いたくないなと思いながらも、ギャンブラーZを真剣に歌った。



「……」



そして絶句された。
サングラスで目を見ることが出来なくとも、雰囲気で唖然としているのがバレバレだ。
いたたまれないので、帰ろうとするとMZDが私の袖を引き「ごめん」と謝る。
しかし、それで気が晴れるほど今受けた傷は浅くない。

「今知ったけど、私歌駄目なんだよ。もう黒ちゃんとこ帰る」
「待てって。ほら、得意不得意って言葉があるだろ。きっとは違うものが得意なんだよ、うん」

焦った様子でMZDは部屋の中に様々な楽器を出現させた。
ピアノ、ラッパ、なんか大きい太鼓、金色でふーって吹くもの、タンバリン、カスタネット、シンバル、あとはよくわからない。
広い部屋だったのに、今ではろくに動けないほど楽器がひしめき合っている。

「一個ずつ試すぞ!」
「いいよ。私、駄目なんだよ、きっと。下手なの。だから帰る」
「いや、ここで何らかの才能が開花するかもしんねぇ。だから頑張ろう」
「嫌だ……。どうせ、さっきみたいになる」
「あれはオレが悪かった。お願いだから少しだけ頑張ってみよう、な?」

私はしたくないのに、MZDに無理やり手を引かれて様々な楽器を手に取らされる。
軽いもの、大きいもの、吹くもの、叩くもの、弾くもの……。
そして────






「MZDの馬鹿!!やっぱり駄目じゃんか!!!」
「待てって!落ち着いて!」

結局駄目だった。何一つ出来なかった。
その楽器を演奏するやり方を教えてもらったって、"曲"を演奏することなんて出来ない。
MZD曰く、音楽が頭に降ってくるはずらしいけど、そんなこと全然なかった。
こんな音が出るんだ、面白いなとは思うけれど、演奏なんて無理だ。
旋律なんて頭の中に浮かばない。脳内は真っ黒なまま。

MZDにしてみてよと言うと、MZDは口笛で即興で音楽を奏でた。
ただ指を鳴らすだけでも、音楽になっていたのだ。
私はそんなこと出来ない。
パン、と鳴ったらそれまで。ただの音。
何の意味も持たない、バラバラな音を鳴らすだけ。

他にも、MZDがまずお手本で何らかの楽器を演奏し、それを真似ることもしてみたが、何故か真似ることさえ出来なかった。
やり方は教えてもらっているし、どう吹くのか、どこを押さえるのかも一つ一つ教えてもらったのにだ。
それなのに、真似ることさえ出来ず、私は音を外し、リズムを外す。
MZDが作った音楽を、壊して、崩して、外して、そんなことしか、私は出来なかった。

少しだけ、黒ちゃんのことを思った。
破壊しか出来ないと嘆いてた黒ちゃんは、今の私と似たような気持ちでいるのだろうか。


「得意不得意があるんでしょ!私は音楽全般が不得意なの!きっとそうなの!!」
「で、でも、この世界の住人は先天的に音楽に愛されてるはずなんだ。
 だって、そういう世界をオレと黒神が望んだから。だからきっと何かしら」
「私には絶対無理だもん!!」

私はMZDの家を飛び出し、ヴィルの城へと転移した。
先程とは違って、広く冷たい石造りの部屋が視界に入る。
寒さが肌をチリチリと引っかく。

冷静になってくると、MZDに悪いことをしてしまったなと後悔した。
これではやってることが黒ちゃんと同じだ。
突然怒られ逃げられて、一人残されたMZDはきっと自分を責めている。
後で、謝りに行こう。
MZDは私の可能性を探してくれてただけなんだから。
ただ不幸なことに、"不可能"を明らかにする結果となってしまっただけで。

「また許可なく侵入したのか」

声がした方に目を向けると、城の主が仮面の奥の目を光らせていた。

「今日はすぐ帰るよ。大丈夫」
「いつ去るかが問題ではなく、勝手に領土に入ることが問題なのだ」

そう言ってヴィルは私に向かって一直線に魔術を放った。
私はそれを全て無効化する。ヴィルが苛立ったのが判った。

「早々に去れ」

私を強制排除することを諦めたのか、そのまま姿を消した。
城内にいるということは、暗殺業はお休みということだ。
ヴィルはさっきまで何をしていたんだろう。

気になった私はヴィルの気配を辿り、部屋の前へと転移する。
部屋の中に直接転移しないのは、ヴィルを怒らせないためだ。
扉を控えめにノックする。

「ヴィル、入ってもいい?」

返事はない。邪魔をされたくないのだろう。
ならば、今日のところはヴィルの言うとおり早々に退散しよう。
黒ちゃんの姿を思い浮かべ、その膝の上に乗っている自分を想像していると、目の前の扉が開いた。
その中にヴィルがいる。ピアノの前に。

「入れ」

許可が出たので、部屋へと一歩足を踏み入れる。

「来い」

ピアノに向かって座っているヴィルの元へと歩いていく。

「貴様、ピアノは出来るか?」

私は全力で首を振った。今日ピアノに挑戦して玉砕したばかりだ。

「なら、何が出来る?」
「な、何も……出来ないです」
「何を馬鹿な」
「本当!今日MZDに試してもらったけど、何も出来なかったの!」

ヴィルは私を自分の隣に座らせた。
視界にぶわっと広がる白と黒の鍵盤が私を圧倒している。

「許可する。好きに触れてみろ」
「どうなっても、知らないからね……」

指を滑らせ、トーンと押す。
電子ではない本当のピアノの鍵盤は重い。

「察しの悪い娘だ。曲を弾けと言っている」
「だから、どうなっても知らないからねって私言ったからね!」

MZDの前で行ったように、私は手を広げて、指で鍵盤を押した。
同時に二音押したり、偶に黒い鍵盤を押したり、言葉どおり好きに弾いた。

「私の耳が穢れる……」

眉間を揉み、心底辛そうにヴィルが言った。
たかがピアノを自由に弾いただけで、あのヴィルがここまで苦しそうにするとは。
罵られるよりもショックである。悪気なんて一切ないのに。

すると、ヴィルの右腕が伸び、私の首を鷲づかみにした。
反論しようにも、恐怖心が強くて上手く言葉が出ない。
力を使って逃げようかと考えていると、ヴィルは私を見下ろして言う。

「普通に話せ」

人の喉首を捕らえておきながら、無茶なことを言う。
だが、下手な音楽を聞かせたせいで怒っているというわけではなさそうだ。

「話せって言われたって、首絞められそうで怖いんだけど……」
「そのまま私を呼べ」

意味が判らないが、従わない方が怖い。
私はいつもとは違い、正しい名でこの人を呼んだ。

「ヴィルヘルム」

久しく呼んでいなかった名は、言葉に出すのが少し恥ずかしい。
そんな私の気を知らないであろうヴィルは、私の首から手を離しそのまま鍵盤へ指を滑らせた。

「先程の音がこれだ」

静まり返った部屋にグランドピアノの音が響く。
よくよく聞けば、確かに先程私が呼んだヴィルの名と似ている気がする。

「凄いね!ピアノだとそんな感じになるんだね!!」

言葉と音は違うはずなのに、何故か似ている。
凄いねと何度も言うが、ヴィルヘルムは哀れみにも似た視線で呆れていた。

「言葉はいらない。音だけを拾って歌ってみろ。先程と同様に」

さっきのピアノの音を歌えということか。
大丈夫、ちゃんと覚えているから、出来る。
────はずなんだけど。

「どうした?」

雰囲気から察するに、まさかこの程度も出来ないのかと言わんばかりである。
ヴィルに馬鹿にされているのは慣れているが、哀れまれるとなるといつも以上に惨めになってしまう。
私は慌てて言い訳をした。

「出ないの!声。何か引っかかってるみたいなの!」
「もう一度やれ」

するとヴィルがまたもや、がばりと首を掴む。
手袋越しに指が喉に触れているのが怖くてしょうがないが、
私は言われたとおりにもう一度声を出した。
しかし、音が出ない。空気だけが喉の奥から漏れている。

「……なるほどな」

すっと手を離した。

「貴様には何か呪いのようなものがかかっている。
 そのせいで、音楽を生み出すことが出来ないのだろう。諦めろ」
「……そっか。なんか安心した」
「何故?」

怪訝そうにヴィルが尋ねた。

「だって、どう足掻いても出来ないって言われると諦めがつくもん」

帰ったらMZDにこのことを伝えよう。
そうすれば、MZDの疑問も晴れるし、罪悪感も感じずに済むはずだ。

「でも、どうしてだろうね」
「知らん」

一刀両断である。少しの仮説も与えられなかった。
魔族のヴィルが判らないのなら、生粋の人間である私は全く見当もつかない。
ただただ単純に、不得意なだけな気がするが、MZDが言っていた言葉が引っかかる。




────『この世界の住人は先天的に音楽に愛されてるはずなんだ。

        だって、そういう世界をオレと黒神が望んだから』────




その理屈が正しいのならば、何故、私は出来ないのだろう。
呪いの様なものと、ヴィルは言っていた。
それは誰がかけたものなのだろう。それとも私が生まれた時からのものなのか。



「……貴様は、この世界に憎まれているのかもしれぬな」

ヴィルはピアノに触れる。軽やかに指が鍵盤を叩いていく。
私とはまるっきり違う。
あんなに怖くて意地悪で人でなしのヴィルなのに、綺麗な旋律を奏でている。

「それってさ、神様を独り占めしているからかな?」

なんとなく思いついたことを、ヴィルに伝えてみた。
すると、ヴィルは演奏を止める。
私の手を取り、鍵盤に乗せると、その上から指ごと鍵盤を押す。

トーンと、音が鳴る。

何度も繰り返す。繰り返すが、それは音でしかなく、まとまったものにはならない。
ヴィルの介助を得ていても、私は音楽を創ることは出来ないようだ。

「世界としては、神を左右する貴様が疎ましいのだろう」
「そっか……」

MZDは中立的だから別だが、黒ちゃんに関しては私が望めば全て叶えようとするだろう。
世界の滅びを願えば、快く引き受ける。確かに、世界としては私は天敵だろう。

「試しに神を捨てろ。変化が訪れる可能性はある」
「それなら、私は世界に嫌われたままでいいよ」

二人と離れなければ、ならないのならば。

「私に音楽は要らない」

私以外の誰もが持つ、音楽からの愛なんて必要ない。
世界になんて好かれてなくていい。

私を二人の傍にいさせてくれるのならば────

「私には理解出来んな。貴様の愚考は」

そう言ってヴィルは一人でピアノの演奏を始めた。
静かな曲。暗い曲ではない、ほのかに明るい。

これはもしかして、慰めてくれているんだろうか。
そう思うと、おかしくてしょうがなかった。

だから私は、その指が止まるまで、ヴィルヘルムの演奏に耳を傾けた。




fin.
(12/09/04)