あいしてる、きみだけを

愚兄が調子に乗れば半身である俺の作業が増える。
加減をしろといつも言っているというのに、奴はぽこぽこと余計なものを創りだす。
何を創ろうといずれは無に帰す取るに足らない存在を愛する奴は優秀なのかもしれないが、
正反対の能力を保持する俺にとっては迷惑千万である。
世界が赦す生命の数は決まっているのだ。
創造と同等の数を間引いてやらねばならない。
責務とはいえそれが億劫な俺はここ数千年は狙った個人ではなく、大規模な消滅を行っている。
自然災害なんかはほんの一瞬の労力で片がつくので楽だ。
今日もまた、直感で選んだ場所にぴったりと合う災害を起こした。
耳を塞がずとも、遠目で見ているここまで断末魔は届かない。
ただ判る。
彼らは無の世界へ戻っていったと。



「あ、おかえりなさい」

玄関まで出迎えてくれたを目にすると同時に愛しさが溢れその体躯を抱いた。

「わっ!」

声を上げるであったが、腕を俺に回して背中を撫でた。

「どうしたの?」

俺が先刻まで何をしていたのか、は一切知らない。
だからそんな風に気軽に聞ける。
無知に苛立つ事はあるが、これに関してはそれで良い。
遠慮なく穢れた身を雪げる。

「ふふ、だめ、くすぐ、ふは、ははは!」

鼻先で首筋を突くとは身を捩って笑い、先ほど命を摘んだ俺を押し返した。
少しむっとした俺は無防備な脇腹へと指先を伸ばす。

「だめらめらめらめ!あっ、はははは、あが、っふは!」

座りこんでひぃひぃと笑う姿を見ていると、
だんだん俺の意識が神からを好いている俺へと戻っていった。





俺とした事がしくじった。
壊す生命を選別しようなんて思ったのがそもそもの間違いだ。
俺の姿を見られてしまうなんて。
ああ、でも大丈夫。俺に勝てる者はあいつ以外にはいない。
「っ……っが……」
一つの命が無へと戻ったところで溜息を吐く。
頼りない灯火が消える姿は見るに堪えない。
どいつもこいつも、弱過ぎて反吐が出る。



「おかえり。今日も忙、」

ソファーに座っていたに抱きつきそのまま押し倒す。

「……」

真実は知らずとも何かを察したのか病的なまでに優しく撫でられる。
この娘だけはいつも温かく美しい。
とくんとくんと鳴らすの胸に頬を寄せた。
生を奏でる音を恍惚として聴きいれる。

「お疲れ様」

このまま、曇りのない白磁の肌を存分に堪能したいと思う。
下の世界で見た醜穢な者どもを見てしまったこの眼球を清めなければ。
ああでも、もう俺の中にはそれ以上に燃え広がる情感がある。
神とは本来無縁な筈の俗な欲望。
小さな娘の身体ではまだ受け止めきれない、邪な衝動。

いや。駄目だ。まだ、駄目だ。

己を御し、妥協として服の上から腹部寄りの胸部に触れた。
ただ指で押すだけ。触れるだけ。ちょっと撫でるだけ。
決して、決して、その上は触れないし、鷲掴んだり、揉みしだいたりはしない。
断じて。…………断、じて。

「くすぐったいよ。……そんな事する人には」

の手がすっと脇の下まで下りてきて、小さな指を小刻みに動かしだした。

「っう、こ、こら、
「だって黒ちゃんばっかりくすぐるのずるいんだもん!」

楽しそうに笑う彼女の姿で俺はまた外の世界の事を忘れる。





「……馬鹿すぎんだろ」

俺を黒神と判った上で襲ってくる愚者がここ数百年で増えた気がする。
もう黒神という神の事を知る者は極少数で、正しく俺の性質を知る者は更に少ない。
今回の奴は俺がMZDと同様の神であり、俺がMZDの制御下にいる事を判って襲ったようだった。
救いようのない奴だ。
破壊の力自体は俺の方が上である事まで調べていればこうはならなかっただろうに。
俺の方も、不意を突かれたとはいえ、返り血を浴びずに済んだだろう。
穢れた血を落とそうと肌を拭えど赤い血が広がるばかり。
俺は自分が創りだした異空間の様子を探った。
風呂場にはいないことを確認し直接風呂場へと転移した。
服は脱衣所に放り出して、シャワーで血を落とす。
人間と同じく、湯や石鹸を使えば綺麗に汚れは落ちていく。
でも、それでは穢れが完全に消えたとは言えない。
浄化法はただ一つ。

「あ。……ご、ごめんなさい!!」

突然風呂の扉が開かれたと思うと、即座に閉められた。
風呂場に直接転移したせいで、は俺がいる事に気付かなかったのだろう。
俺を見てとても驚いた顔をしていた。
そんな所も可愛い。
俺はシャワーを止め、風呂場を出て身体を拭いた。
これで身体の浄化第一段階目は終了。
第二段階目を行うにはリビングへ行く必要がある。
影がいつの間にか用意した服を着てからリビングに行くと
テレビを見ているがいて、湯上りの俺を見て目を逸らした。

「あんなに慌てなくたって、気にせず入ってくれば良かったじゃないか」
「そ、そうはいかないよ!」

顔を赤らめるを見ていると、沸々と愉快な気持ちが湧き上がってくる。

「どうして?」
「駄目なものは駄目なの!」
「何が駄目なんだ?」

言い淀んだ隙を突いて、ソファーへ押し倒す。
乾かしていない髪から目掛けて滴が落ちる。
濡れていく姿を見ながら、ぷちぷちと服を脱がしていく。
流石のも無抵抗とはいかず、俺の腕を握って遮った。

「い、いい。あっちで、する。自分でする」
「遠慮するな。なんならもう一度入っても良いくらいだ」
「もう綺麗なんだから十分だよ!」

戯言のようだが俺は本気だ。
といられるのなら風呂なんて何度だって入ってやる。
それに、汚れなんて、落としても落としきれないものだ。
だが気になる。そのままにはしていられない。
一刻も早く、この原罪を。
ねぇ、、こんな俺を赦して。
黒神の俺で良いって、目を見て淀みのない声で宣言してくれよ。

サン。女性が人前ではしたナイ。入浴するなら身体を冷やす前にお行きなサイ」
「はーい」

はすっと俺をすり抜けて風呂場の方へ駆けて行った。
部下の身勝手な行動を睨むと影はふやふやと揺らめきながら台所へと引っ込んだ。
邪魔をされたのは幸か不幸か。

だが取りあげられて中途半端になったこの疼きをどう処理するか。
以外では俺の欲求は満たされない。となると残っているのは。



「結局俺にはこれしかないということか」



積年の恨みを世界にぶつけ、俺はまた黒神に戻る。
と言うのもおかしい話である。
戻るの何も俺は黒神で、黒神は俺だけだ。
ただ、異分子……あの子に会ってしまったから、余計な事を考えるようになった。
黒神としての俺の行いは間違いで、穢らわしいものだと。
以前にもそんな事で迷いが生じた事はあったが、異次元に引っ込むようになってその事は答えが出たはずだったのに。
それを彼女は────。

「おかえり。折角お風呂入ったのに、またお外行ってきたの?」

血の匂いがしない彼女が笑う。

「ただいま。少しだけ、用があったんだ」

俺の存在を否定する無垢な彼女で、俺はありもしない罪を拭う。




fin. (14/01/27)