うごかないで?

ここは世界と切り離された空間。
誰もが恐れる破壊神の住処である。
命を無慈悲に刈る死神は、今日も世界を壊そうと画策していた。

「ねぇ、黒ちゃん、かくれんぼしよー!」

満面の笑みを浮かべた少女が一人の少年を遊びに誘った。
少女は外に出て遊ぶには相応しくない、ひらひらとした長袖のワンピースを纏っている。
胸元にはリボン、背中は大きく編み上げられ、腰の部分には存在感のある大きなリボン。
少女が少しでも動く度に、スカートの裾からはシフォンとレース生地が見え隠れしている。
ふわふわとした少女らしい服装であるが、現代ではあまり一般的ではない。

「別に構いはしないが……」

少女の誘いに黒ちゃんこと、黒神は難色を示した。

「仕事?」
「いや、そんなものは後回しでいい。それよりは俺と二人でいいのか?」
「え、かくれんぼって、二人じゃ出来ないの?」

と呼ばれた少女はかくれんぼというものをあまり理解していないようだ。

「一応出来るが……例えばどちらかがずっと隠れっぱなしになっても泣かないか?」
「しないよ!……きっと。でもそこまで言うのならMZDを呼ぼうかな」
の願いでもそれは断る。それならばジャックを誘う」
「うん、わかった!」

早速黒神はを連れて玄関先のMZD宅へ入った。
リビングへ行くと、ナイフの状態を念入りに確認するジャックと、書類に埋もれたMZDがいた。
は刃物の山を怖がりながらもゆっくりとジャックに近づいた。

「今暇?良かったら黒ちゃんと一緒に遊ばない?」
の誘いを断る理由はない」

手にしていたナイフを床に置き、ジャックは立ち上がった。
ジャックを仲間にした二人は元来た廊下へ帰ろうとすると、MZDが大声で非難した。

「なんで!?オレは!!オレも誘ってくれよ!!
 あとジャック、ナイフは仕舞え!オレが踏んじゃったらどうすんだよ!」

とジャックは顔を見合わせ、黒神を見上げた。
黒神は大きくため息をついてみせると、MZDの影を顎でさした。

「おい、そっちの、コイツの作業の進捗状況を述べろ」
「目標値からは程遠い数値で御座いまス」
「……ということだ。役目を果たせ馬鹿が」

黒神がナイフの山を見ると、瞬時に部屋の隅に移動した。
そのままジャックと共に、大きく肩を落とすMZDに背を向けた。
だけが声をかけてやる。

「MZD!やることはやらないと遊んじゃ駄目なんだよ!ギャンブラーで言ってた!」
「……へーい……。ぐすん」

遊びに参加したいMZDであるが、やるべき作業に涙目で取り掛かった。











たち三人は黒神が作った、自宅とは別の異次元にいた。
大きな電波塔を中心とした直径五百メートルの住宅街。
円の外は一面の青空が広がっており、端は壁になっている。
その為、円の外へは一切出られないようになっている。

売地と書かれた看板の前で、黒神がとジャックにこれからする遊びの確認をしていた。

「つまり、かくれんぼとは、潜伏ミッションということだな」

ガスマスクを装着するジャックに、黒神は首を振ってマスクを外させた。

「まぁ大体そんなもんだ。鬼という役目のものに見つかったらその場で終了だ」
「抵抗は?勿論ならしない」
「俺にもすんじゃねぇよ。抵抗はなし。無抵抗で降伏することが義務付けられている」
「了解だ。発見と宣告された後"鬼"に連行されればいいんだな」
「そうだ」

かくれんぼという遊びはそんなに殺伐としていたものだろうかと、
この場で唯一かくれんぼを知る黒神は首を傾げた。

「まずはルールを知る俺が鬼役をしよう。五分後に探しに行く。
 はジャックに教わって隠れ方を知るといい。
 ジャックは雰囲気で察して常識レベルを知ってくれ」
「はーい。ジャック行こっ!」
「了解だ。一般市民レベルに合わせる努力をしよう」

ジャックが先導し、二人は駆けて行った。
姿が消え足音が無くなった頃に、黒神は傍に控える影に話しかけた。

「どうするのが良いと思う?見つけても少し泳がせてやる方がいいのか?」
「アマリ早いとサンはつまらないかもしれまセン。
 シカシ、この隠れ方では駄目だというのを学習させるタメにも、発見後すぐに言うのが良いと思われマス」
「そっか。じゃあ、普通にするか」

黒神は自分が作った空間を眺めた。

「……人間ってこういうところでかくれんぼするよな?」
「……多分」
「わからないか。そりゃそうだよな。お前は俺と一緒にいるんだもんな」

随分と長い間人の世からは離れている黒神の表情に影が落ちた。
しかし、すぐにそれは消える。

「まぁいいさ。大切なのはが楽しいかどうかだ。形は問題じゃない」

きっちり五分経過した後、黒神と影はのんびりと二人を探し始めた。
一軒家の庭の大きな木の影や、犬小屋の中、車の影などを探す。

は上手く隠れられたみたいだな」
「どんな所に隠れていらっしゃるノカ、楽しみデスネ」
「ああ。見つけたら二人でジャックを探せばいい。その間は散歩みたいなものだ」
「頑張りまショウ」

二人は草むらの中や、アパートの階段の影、住宅の倉庫の中を探す。
最初はのんびり探していた二人だが、なかなか見つからないため段々と足早になっていく。

そして、三十分が経過した。

「見つかんねぇ!!!!」

頭を抱えた黒神が大声で叫んだ。それを宥める影。

「二人ともどこへ行ったのでショウ……」
「直径五百メートルの設定だぞ!!!どこいんだよ!!!影、俺と分離だ!本気で探せよ!俺も容赦しねぇ!!」
「了解しまシタ」

二手に別れた二人は必死にとジャックを探した。
足のない影は上空から二人を探し、壁をすり抜けることが可能な黒神は住居の中まで隅々を探す。

そして更に三十分が経過した。

「……よくさ、誰にも見つけてもらえなくて、寂しいとか、あるだろ。
 それか他の子供に帰られてって。今の俺は鬼役だが、心が折れそうだ」
「が、頑張ってくだサイ!私も頑張りマス!!」
「……俺探しもの下手なんだよ。好きな人一人を探し当てることすら出来ない出来損ないの神さ」
「マスター!!負の方向に考えすぎデス。これはかくれんぼデス。遊戯デスよ!」

所詮人間の子供の遊戯。
しかしそれに翻弄される世界の頂点に君臨する神その一。

「……ズルしていいか?」

それがこの様である。

「……マスター。出てきてもらいまショウ」

頷いた黒神は住宅街の至る所に設置してある、緊急時用のスピーカーから声を発した。

「降参だ。中央に大きな塔が見えると思う。そこに集合だ」

そう言った途端、正面の垣根からジャックとの顔が飛び出した。
思わず身体をびくつかせる黒神。

「そんな近かったのか!!」

首を引っ込めた二人は垣根を大きくまわって、黒神のところへやってきた。

「黒ちゃんごめんね」

申し訳なさそうには謝った。

「いつからだ!俺そこ見たぞ!」

とジャックがあまりにも近い所にいたために、納得出来ないでいる黒神。
それについて、ジャックが説明した。

「まず黒神の傾向だが、同じ場所を二度は見ない。
 苛立ち始め影と二手に別れてからは、隈なく見ることがなくなった。
 見てもわかりやすい部分のみ。だから、俺はを黒神が見終えた家の影に隠した。
 勿論上空からは影が探しているのは見えていたから、空から見えない位置を選んだ。
 後俺はが見つからないようサポートをするため、ある程度黒神との距離を保って息を潜ませていた」
「マジかよ…………」

完敗だと、黒神は額を抑えた。
どんなに力があろうともこれでは更に時間をかけたとしても見つけられなかったことだろう。
出てきてもらって正解である。

「かくれんぼとはこれで良かったのか?」

人生初のかくれんぼを制したジャックは、自分の行いの正否を未だ判らずにいた。
そんな態度のせいで、黒神は更に脱力してしまう。

「……もう俺鬼したくねぇ。ジャックのスキルが高すぎる」
「えっと、じゃあ、私するよ?」

黒神が嫌がっている為に、気を使ってが立候補した。
しかし、黒神がその意見を下げさせる。

は俺と隠れる側をしよう。ジャックもそれでいいな」
「判った。確かにが俺を見つけられるとは到底思えないからな」

ジャックが同意したので、今度はジャックを鬼としたかくれんぼを始める。

「五分後だ。それまでは目を瞑ってジッとしてろよ!」
「了解だ」
「ジャック、後でね!」

二人は手を繋いで駆け出す。
ジャックに会話が聞こえない程度に離れてから、作戦会議を始める。

、ジャックの傾向。判るか?」

は首を振った。

「私、ついていっただけなの。
 ジャックって凄いんだよ。黒ちゃんの近くにいるのに気づかれないの」
「……やはり、気配の殺し方はさすがだな」

戦闘力については、黒神の方が上である。
しかし、力で押し切ることが出来る黒神は、スニーキング能力は殆どない。
その点暗殺に特化しているジャックに分がある。
しかも、一般人であるを連れていたというのに、黒神に気づかせないのだから能力は相当秀でている。

「よし。はこれから絶対に喋っちゃ駄目。もしジャックが近くにいても驚かない。
 見つかってもいい。そう思って、気を楽にすること」
「うん、判った、頑張る」
「いい子だ」

の頭をぽんぽんと撫でた。

「よし。ジャックに勝つぞ!……さっきの俺の気持ちを味あわせてやる」

黒神は怪しげに笑んだ。











「……。見つけた」

始まってすぐ、あっさりとジャックはを見つけた。

「わぁ……早い」

民家の布団がぎっしり詰まった押し入れの中の天井には屋根裏に続く入り口があった。
そこからは屋根裏に侵入するよう黒神に指示されたのだ。

「この民家の入口、さっき俺が見た時と少し違っていた。
 黒神ならを厳重に隠すと思ったから、物陰ではなく何かの中に入れていると思った」
「すごーい、正解だよ。じゃ、次黒ちゃんだね」

ついてくるの速度に合わせながら、ジャックは黒神を捜索した。
なかなか見つからないため、も途中から協力したが、黒神は全然見つからない。
二人が捜索を始めて、四十分が経過した。

「さすが黒神。俺、まだ見つけられない」
「どこいるんだろうね。私も知らないんだ」
「……。、ちょっと」

ジャックはに耳打ちした。

「え。いいのかなぁ……」
「最低限のルールは守っているから問題ない」
「……そうかなぁ?」
「黒神はが無事ならそれでいいんだ」

は納得していない様子だがジャックの提案にのった。
ジャックはそのまま捜索を続け、は近くの民家に入った。
黒神のハイクオリティな異次元空間は、内部構造も本物。冷蔵庫の中身まで本物である。
は冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出しコップに注ぐと、それを持って和室へ。
ちゃぶ台の近くにある座布団に座って、コップの中身を飲み干す。
空いたコップをちゃぶ台に置いて、はぼうっとしていた。

とジャックと黒神の三人以外の生き物は一切存在しない世界。
外は晴れているが太陽の生々しい熱は無く、空では雲が流れるていても風はない。
本物の外の世界を全く知らないには何の違和感を感じることはなく、ごろりと畳の上に横になった。
そのまま瞼を落とすと、先程の運動で疲れたはすぐに意識を落とした。

「あーあ。寝てるじゃないか」

十分ほど経って、黒神がの傍に音もなく現れた。
寝息をたてるの頭を撫でてやり、乱れた髪を直してやる。

「ジャックも俺のこと見つけてくんねぇし。本気出さなきゃ良かった」
「見つけた」
「!?」

黒神の背後で、ふすまを滑らしてジャックが顔を出した。
黒神は叫び声こそ上げなかったが、目を見開き大変驚いている。

を一人にすれば来ると思った」
「さ、作戦だったのかよ……」
「黒神の力には勝てない。けど、が弱点なのを知っている」
「……けっ。その通りだ」

事実であっても指摘されるとあまりいい気はしないのか、黒神は毒づいた。
はまだ起きる様子はなく、すぅすぅと穏やかな寝息をたて続けている。

「遊びの発案者であるが寝たから終わりでいいな」

ジャックはこくりと頷いた。
黒神はをそっと抱き上げ、まとめて黒神が住む異次元へと転移する。
を部屋のベッドに寝かせてやった黒神が部屋を出ると、ジャックがじっと見上げて言った。

「俺も寝たい。と」
「駄目だ。ソファーとタオルケット貸してやるから、一人で寝ろ」
「わかった」

ジャックは素直に聞き入れると、影からタオルケットを受け取ってソファーに横になった。
数秒で眠りに落ちる。この空間では絶対に敵に襲われないということを知っているからこそ出来ることである。

「……寝てる奴見ると眠くなるな」

顔の緊張を解いたジャックは幼く見える。

「おやすみなさっては如何デスカ?誰かが起きれば、私が対応しマス」
「頼むぞ。俺は休ませてもらう」

そう言って黒神は自室へ帰っていった。
影は物音を一切立てないため、異次元は静まり返っている。
十分程経って、の部屋の扉が開いた。

「ジャック……黒ちゃん……」
サン、お目覚めデスか?お二人はお昼寝中デスよ」

返事もせず、はジャックの隣に無理やり割り込むとそのまま寝た。

「アラアラ」

影は狭い中ぎゅうぎゅうに寝るジャックとにタオルケットをかけ直した。
二人がぴたりとくっついて寝ているのを見て、微笑むと影は家事に戻った。

そのまた十分後。

「なんで、がこっちいるんだよ……」
「先程起きてコチラヘ」
「……俺のところに来ればいいのに」

がジャックと寝ていることに拗ねた黒神は、ソファーをソファーベッドに変えた。
平坦な場所を広げ、自分もの隣に横になった。

そのまた十分後。

「……。増えてる」

目を覚ましたジャックが隣に寝そべる二人を見た。
どちらも大人しい寝息をたてている。

「お腹すきマシタ?」
「空いた。けど、二人はまだ寝ている」
「デハ、軽く起こして下サイ。軽く、そっとデスヨ。ソレで起きたのならばご飯にしまショウ」

ジャックは隣のを言われた通りに優しく揺り動かした。
呻き声をあげたが、起きる様子はない。
次に黒神を揺り動かした。
すると手を叩かれた。起きている様子はない。

「……もう一度寝る。どちらかが起きたら起こしてくれ」
「ハイ。私は、皆さんがいつ起きてもいいように食事の支度をしてイマスね」

ジャックは大きな欠伸をして、横になる。
の手を握ったまま目を閉じた。

異次元は今日も平和です。









「か、かげちゃん、く、くるし……」

が次に起きた頃には、抱きついてくるジャックと黒神によって、押しつぶされかけていた。




fin. (13/05/21)