しかられるの、かくごしてる

黒神の子育て日記(※25話以降の話になります)



ここは世界と近いようで遠い黒神の家。
主である黒神はデスクから離れ、ソファーに横になっている。
天井を見る彼は眉間に皺を寄せたり、ふと緩んだり、照れたり、無表情になったり。
一人で百面相をしている。

「どうなされマシた?」

家事を一通り済ませた影が、そんな黒神に尋ねた。

「……昔の、との記憶を辿っていた」

自分の世界に入っていた黒神は他者からの指摘に若干の気まずさを覚えたが、
相手が自分と半同化している影であったため隠し立てせず素直に教えた。

「昔……と言いますと」

ソファーの背後、黒神に寄り添うように近づいた影は尋ねた。
過去の記憶と言うと彼の中には二つ存在する。

「今の方のだ。ついこの間までの」

そこで影は、死後蘇った方のとの記憶であることが判別出来た。
黒神はぼんやりと白い天井を見ながら誰に言うでもなく零した。

「昔は、の下着から服まで全部俺たちがやってたんだよな……」

黒神の保護により外の世界に行ったことがなかった為、が必要とする生活用品は全て黒神と影が調達していた。
普段着は勿論、下着でさえも。
破壊を司る神は大嫌いな下界へ行き、顔を真っ赤にしながらレジで会計をしていたのだ。
大昔、黒神がまだ下界にいた頃を知る者達は到底信じられないだろう。
死神と称される者がまさか女児の下着売り場で頭を抱えつつ真剣に選んでいるとは。

「服に関してはまだ俺が買ってやっているが、流石に下着は嫌がられるようになってしまったな」
「そうデスね。サンも大人になりマシたネ」

彼らは少女がこの世に一度目の生を受けた瞬間から共に暮らしていたわけではない。ある程度成長してからであっても、成人前の人間は目まぐるしく変化をし続けるものである。
時を刻めない神と無の世界の住民からするとそれはとても不思議な事であった。

「あのが自分で選択し購入まで出来るとは……。
 のことなのに俺のことみたいに嬉しいよ」

けれど黒神の表情は硬いまま。それを見た影が主を察して言った。

「……私は、寂しいデス」

驚いた顔をする黒神に、影は続けた。

サンが手のかからない子になればなる程、私は寂しいデス」
「……実を言うと、俺もそうだ。が俺たちの手を離れていくのは、寂しい」

自分の考えと同じことを他人に言われた為、仕舞っていた本音が顔を覗かせた。
薄く開いた扉から、溢れてくる過去の記憶。

は洋服のネクタイやリボンが上手く結べなかったよな」
「エエ。リボンが縦になったり、形が崩れたりして困った顔をしていましたネ」
「そうそう。表情で俺達に訴えてるんだよな。してって」

黒神は過去を思い出して小さく笑った。

「よくジャックサンと遊んでお洋服を引っ掛けてキテ」
「ああ。そうなるとはなかなか帰ってこない。
 漸くかと思ったら顔を少し覗かせてこちらを窺っていて」
「遊んでいればお洋服は汚れマスし、破ける時だってアルでしょうに」
「形があろうが無かろうが最終的には無に帰すということは、黒神の俺はよく判っているのつもりなんだがな」
サンは、マスターが購入した物だからこそ気にしておられるのデスよ。
 頂いた服を壊してしまったと、彼女は毎回悔いているのデス」
「別に気にすることはないと言うのに」

と言う黒神の口元は緩んでいた。
お金に困ることがない黒神に庶民的な勿体ないという考えは皆無。
服が足りなければ更に追加し、欲しいものは全て与えてやりたいと思っており、
特殊な場合を除き、服一つ一つに対する思い入れはそれほどない。

それなのに、がその一つ一つを大切に思ってくれている事が、黒神にとっては嬉しかった。

「毎度修繕に取り組んだ結果、今ではボタンも縫い付けられマスシ、
 力を使って少々のことなら何でも直してシマッテ」
「そうそう。最近もレースをどこかに引っ掛けたみたいなんだが、
 破損箇所を見ても、指摘されなければ判らない程度に修繕されていた。
 他にも時間を巻き戻し時間軸を固定していたりな。
 本当は事象の消滅が望ましかったんだろうが、それは無の世界に属するお前でないと出来ないからな」
サンは時間移動がドンドン上手になっていきますネ。勿論お裁縫の腕も」

二人はが今までに壊した物の話に花を咲かせた。
食器、髪留め、鉛筆、ぬいぐるみ、靴の留め具等。
わざとではなくとも、耐久力が減少した物は力を入れずとも壊れてしまう。
手から滑り落ち、下に落ちた衝撃で壊れる事もある。
彼らからすると取るに足らない程度の事で、少女は泣きそうな顔で二人の顔を窺う。
最初から怒るつもりがない二人はそれを見てほんわかした気持ちになるのだ。

「あと、最近……泣かなくなったな」
「……エエ」

しんみりと、影は答えた。

「泣き虫だったのにな」
「小さなことですぐ不安になって……よく泣く子デス……デシタ」
「で、一頻り泣いては疲れて寝てしまうんだ」
「ソウデス。涙の跡を頬に残したまま寝てしまッテ」
「またその寝顔がな……可愛くて」

うんうんと影は首を縦に振った。

サンは甘えたで、いつもマスターとくっついてイテ」
「そうだな……。俺が外行くって言ったら泣きそうになってた」
「MZD様に子守をお願いシナイと、外出出来ない事もありまシタネ」
があんなに悲しんでくれるっていうのは、正直嬉しい」

涙を浮かべたを思い出した黒神は頬を緩ませた。

サン、大きくなられマシタね」
「ああ。随分しっかりしてきた。物事もわかるようになった」
「逞しくなりマシタ」
「力の発動に冷静さは必要だからな。出来るだけパニックにならないようにと努力している」

すると、黒神は悲しそうな顔をした。

「こうやって……はどんどん俺から離れていくんだな」

ぽつりと零れた落ちた言葉に対し、従者は何も言わなかった。
強大な力を持つ彼らにも、少女の時を止める事は出来ない。
身体の成長を止める事は出来ても、彼女の心の時間は規則正しく刻まれている。
心だけは止められない。
彼らが愛してやまない少女は必ず変化する。
それが彼らが望み通りの変化か、それとも望みに反するのかは少女次第。

空気が重くなってきたところで、玄関が開いた。
二人は同時に顔を向けて微笑んだ。

「おかえり」
「お帰りなさいマセ」



「ただいま!」





fin.
(13/08/04)