なにかをかんじて

「ヴィルー、暇ー?」

ヴィルヘルムの城に現れたは、あ、と息を飲んだ。
声を忍ばせて会釈する。

「ジズさん、お邪魔してごめんなさい」
「構いません。どうぞ、お座りなさい」
「娘、何故私に謝罪が無いのだ」

ヴィルヘルムの指摘を笑って誤魔化し、は二人の間の椅子に座った。
二人は小さなテーブルを挟んで向かい合っている。

「チェス?」
「ええ。見ての通りです」

盤面からいくつもの駒が脇に落ちている。

「私、チェスはあまりよくわからないの。まだ駒が何処へ動くか覚えてなくて」
「最初はそんなものです。やれば覚えていきます」

ジズはナイトを前に動かす。ヴィルヘルムはいつもの被り物を装着しているため表情は読めない。
にはどちらが勝っているのか判断できなかった。

「……やっぱりよく判らないや」
「バックギャモンならば、お嬢さんでも簡単に出来ますよ」
「本当?」
「ならば、用意してやろう」

チェスの盤面が半分に割れ、駒たちがヴィルヘルムの持つ小さな箱に落ちていった。
小箱の蓋を閉めると盤面の中に入れ、盤面を二つに折り畳んだ。

「貴方、逃げましたね……」
「娘が望むから仕方なくやってやっただけだ」

しれっとヴィルヘルムは答えた。

「ジズさんが勝ってたの?」
「ええ。もう少しのところでチェックメイトでした」
「そんなことはない」

テキパキとヴィルヘルムは別の木製の鞄を開いた。
その内側には、茶色と白の縞々が、片側に十二本、反対側に十二本ある。
牛乳瓶の蓋のような駒が黒、白共に十五個。

「これがバックギャモン?」
「そうだ」

ことりと、サイコロを二つ置いた。

「同時に二つのサイコロを振ります。出た目だけ駒を動かすことが出来るのです。
 但し。二と三が出たからといって、一つの駒を四、他の駒を一動かすことは出来ません。
 動かせるのは二と三なのです」
「なんだか双六みたいだね」
「それは正しい。その様に呼ぶ国もあるそうですよ。
 そうですね。私としてみますか。ちゃんと手加減しますよ」
「うん!お願いする!」

ジズが駒を初期配置にセットする。
そして縞々が互いの前に縦に延びるように盤面の向きを調節した。

「どうして、一箇所に全部の駒がないの?双六なのにどうして道中に置いているの?」
「バックギャモンとはそういうものです。
 いいですか、右上の縞をスタートとし、左へ十二進みます。
 そして次は下へ移動。
 そこから右へ十二進み、その先のくぼみがゴールです」
「私のスタートがジズさんのゴールなんだね」
「ええ。私から見ると、貴女と同じく、右下がゴールになっているんですよ」
「へぇー。じゃあどっち向きでも一緒だね」
「実際にやっていきましょう。その都度お教えします。
 ではまず、サイコロを一つ振りなさい」

とジズは互いにサイコロを一つ掴み、盤面の上に振り落とした。
は五、ジズは三の目を出した。

「貴女が先攻です。ではサイコロを二つ同時に振りなさい」
「はい」

サイコロは五と五のゾロ目。

「貴女は最初から特殊なものをお出しになりますね。
 この場合五を四回分動かせます。ゾロ目は通常の二倍の回数動かせるのです」
「ふうん……。
 じゃあ、このスタート地点の二つを左に五……って、丁度ジズさんの駒があるんだけど?」
「その場合は動かせません。敵の駒が一つであればそれを取ることが出来ますが、二つ以上の場合は置く事は出来ません」
「そうなんだ……、じゃあ他のものにするね」

別の駒を四回動かしのターンは終了した。

「では、私の番ですね」

ジズは六と一を出す。それぞれ別の場所にあった駒を一つの場所へ動かした。
それを見て、ヴィルヘルムは小さく笑ったがは気付かなかった。

「貴女の番です。どうぞ」

二人は順にサイコロを振り、駒を動かしていった。
その結果。

「……娘、詰んだぞ」
「え!?」
「ふふふ。もう遅いです」

駒を取られた場合、その駒はスタートからやり直しである。
復帰できない間は他の駒を動かすことは出来ない。
は先程ジズに二つ取られてしまっていた。

「置き場所なくって、全然サイコロ振れないよ!」
「それが戦略だ」

ようやくサイコロが振れるようになった頃には、ジズの駒の大半はゴール内に収まっていた。
はスタートから二つ、ゴールに向かって真っ直ぐ進ませていくが。

「……負けた」
「ふふふ。初心者に負けるわけにはいきませんからね」
「手加減するって言ったのに……」

は椅子の背もたれに体重をかけた。
ろくに判らない間に負けてしまったせいで、つまらなさそうだ。

「やってる回数が違うから今更私がやっても勝負にならないもん」
「貴女も幽霊になれば回数をこなせますよ」
「死んだら自動的に幽霊になれるの?」
「いえ、なれませんね。条件が揃っていませんと」
「じゃあ、私は一生二人には勝てないんだろうなぁ」

やる気を完全に失ったを見て、ジズは少しだけ考えた。

「どうでしょう。お嬢さんが勝ったら何かご褒美を差し上げるというのは」
「……変なものとか、怖いもの以外だよ?」
「失礼ですね。今回はまともなものにしますよ」

もまた考えた。今までのジズから痛い目に合わされていることを。
言葉通りに信じれば「甘いですね」「お人よしですね」と、期待を裏切られてきた。
だがしかし、今回は違うという言葉を信じることにした。
は基本的に言葉を素直に受け取り、信じてしまうのだ。
狡猾な者にとってはいい鴨である。

「じゃあ、もう一回やる!」
「いいでしょう。では配置しましょう」

ゲームの準備を終え、二人はサイコロを振った。先攻はジズである。

「先のゲームで、大体のことは頭に入れたでしょう。
 もう教えることはありませんから、私は何も申し上げませんよ」
「判った。頑張る」

は先程のゲームを思い出す。
早くゴールへ向かうことばかり考えていた。
そのせいで、駒を一つだけ残してしまい、そこを毎度ジズに取られた。
同じ位置に二つ以上あれば、駒は取られず、相手もそこには置けなくなる。
今度は先は急がず取られないことに重点を置こうと思った。

「奮闘しているようですね」

サイコロの目は運であり思うようにはいかない。
いくらが駒を置き去りにしたくなくとも、そうせざるを得ない場合が多々ある。
運良く取られてはいないが、次ターンに取られない保障は無い。

「娘」

今まで二人のゲームを静観していたヴィルヘルムが、駒を動かそうとするを制した。

「一度だけ貸せ」
「う、ん。どうぞ?」
「ちょっと、貴方、それは反則ですよ」
「一度だけだ。それとも貴様は、一度私の手を許しただけで素人の小娘に負けると思っているのか」
「……いいでしょう。許可します」

すっと盤面に白い手袋が伸びてきて、駒を二つ動かした。

「……嫌なところに置きますね」
「へぇ……そういうやり方があるんだ。気付かなかったや」
「だから貴様は馬鹿なのだ」
「あ、はい……」

いちいち入る悪態に苦笑する間に、ジズは駒を動かしている。

「ほら、貴方の番ですよ。早くなさい」
「あ、はいっ!ごめんなさい」

急かされるまま、はサイコロを振る。
慌しく駒を掴んだ。

「慌てれば奴の思う壺だぞ」
「ヴィルヘルム!さっきから貴方は」
「もう手は出していない。ルールから外れていないのだから問題あるまい?」
「屁理屈です」
「貴様の得手ではないか。先程のは動揺させるのが目的だろう」
「まさか。貴方の勘違いです。何故私がお嬢さんに対してそんな真似をする必要が」
「二人とも静かにしてよ!数間違えちゃうじゃん」

注意を受け、二人は素直に黙った。
は一度駒から手を離し、人差し指で指しながら、自分の駒とジズの駒を慎重に見比べていく。
今後のターンのことも考えながら、駒を動かした。

「どうぞ」

釈然としていないようであるが、ジズは自分のターンを淡々と終わらせた。
もう何も言わない。も黙って盤面を睨みつけていた。
二人は静かにゲームを進行していく。

その結果。





「やった、勝ったー」
「賽の目の運が良かったな」
「っ……。最後のはなんですか。貴女いつもの調子でサイコロを操ったんですか?」
「何を抜かすやら。娘が不正を行っていないことを知っている癖に」

初心者に負けたことに地団太を踏む思いを抱くジズに、ヴィルヘルムは小馬鹿にしたように笑った。
屈辱的な様子が愉快極まりないと、笑い声まであげている。

「ねぇねぇ!ご褒美って何?」

一方は勝利による褒美の方に興味津々である。
項垂れる様子のジズを急かす。

「仕方ありませんね。少々そこでお待ちなさい」

ジズの身体が透明度を増し、消えた。
残された二人は会話をしながらジズの帰りを待つ。
二十分ほど経過し、荷物をかかえたジズが戻ってきた。

どどど。

テーブルに落とされていくそれに、は嫌な顔をした。

「バックギャモンとチェスの指南書です」
「……う、うん、あり、がと…………」
「貴女もある程度相手が出来るよう覚えなさい」
「う、ん……。そうだね…………」

ぎこちない笑みを浮かべるに、ぼそりとジズは言った。

「ヴィルヘルムも、貴女を見直すかもしれませんよ」
「……頑張る」

はヴィルヘルムに目をやるが、当人は肘をついて明後日の方を向いていた。

「私そろそろ帰るね。じゃ」

本の束と共にの身体は光に包まれて消えた。











後日。
ジズから受け取った本を一通り読んだはヴィルヘルムに、
バックギャモンとチェスの両方の勝負を挑んだ。

「弱すぎる……」
「これでも頑張ったのにー」

各二回ずつ勝負を挑んだが全敗である。手も足も出ない。

「何故ナイトを動かした」
「……取られると思ったから」
「取らせておけば、それを更にルークで取ることが可能だった。
 私は貴様に取らせはしないが、あのマスに私の駒を一切置かせないことが出来る。
 その方がキングを守りやすかった」

ヴィルヘルムは口で説明しながら、先程の状況を盤面に再現した。
そのお陰でもヴィルヘルムの言わんとすることが簡単に理解できる。
そのまま、ヴィルヘルムはの問題点を次々と教えていった。
難しい用語は使わず、初心者のが理解できるような丁寧な説明を。
それが十分ほど続き、ヴィルヘルムの身体がわなわなと震え始めた。

「ええい、頭が弱過ぎて腹が立つ!!」

怒鳴り声と共にに掌を向ける。
掌は蒼く燃えさかり、まっすぐにを飲み込んだ。
炎が消え、現れたは傷一つ無い。

「ヴィルの怒りんぼ!初心者なんだからしょうがないじゃん!」

はホール内にある彫刻に目をやる。
するとそれが生きているかのように動き出す。

「痛くない程度にやっちゃって!」

意志を与えられゴーレムとなった石人の彫刻はヴィルヘルムに襲い掛かる。

「ふん。所詮は石。私の敵ではない」
「そう思って、ちゃんと抗魔術仕様にしたからね!」
「また貴様は面倒なことを!ならば」

ゴーレムの足元の床を壊した。
ヴィルヘルムの城に存在する地下へゴーレムは落ちていく。
跳躍力の無いゴーレムは上へ戻ることが出来ずに戸惑っている。
少し行けば一階に続く階段があるのだが、ゴーレムの低い知能では気付けない。

「後で直しておけ」
「自分が壊したんじゃん!」

またも、ヴィルヘルムはに向かって魔術を放つ。
は打ち消したりせず、それをヴィルヘルムに向かって跳ね返す。
避けるヴィルヘルムをそれは追いかけていく。
舌を打ったヴィルヘルムは、自身の魔術を打ち消した。

「ヴィルは頭使うことより、攻撃ガンガンしてる方が合ってるんじゃないの?」
「貴様こそ、貴族の高尚な遊びは合わんようだな」

二人は魔術の応酬を続ける。どちらも怪我はしない。
被害を受けるのはいつも服や城。特に城は毎度風通しが良くなってしまう。





「やれやれ。野蛮な方たちだ」

荒れる城を見て、仮面の紳士は踵を返した。





fin. (13/03/18)