ふわぁあ。
なんだかまだ少し眠い。ちょっと夜更かしし過ぎたかな。
今日は土曜日、朝七時。
急いで携帯チェック。色々なサイトを巡って彼のコメントに目を通す。
新着はゼロ。まだ起きていないみたい。
昨日忙しかったのかな。
遅くまで家の電気が点いていたみたいだから。
宿題?読書?TV?
昨晩、彼はいったい何をしていたのだろう。
そう思っていたところで、彼のコメントが。
「今起きた。今日も一日勉強漬けだと思うとやってられない」
勉強してたんだ。彼ってばとっても努力家なのね。尊敬する。
私も準備を始めなきゃ。
ペン良し、メモ帳良し、双眼鏡良し、携帯良し、お弁当良し、水筒良し。
今日もだーいすきな彼のことを観測しちゃうぞ☆
◇
「関係者以外立ち入り禁止だ!」
ぽいっと警備員のおじさんに投げられてしまった。
かおりんってば、ドジちゃった。
ちゃんと溶け込んだつもりだったのに。私、そんなに大学生に見えないのかな。
この研究室は人数があまりいないようだし、知らない人が来たらすぐに判っちゃうのね。
警備員のおじさんにお願いって言ったけど、一切聞く耳を持ってもらえなかった。
私はただ、彼の様子が知りたいだけなのに。少しくらい許してくれたっていいじゃない。ケチ。
あーあ、前途多難。
でも、頑張る!
出来る事、やれる事はぜーんぶしちゃうんだから。
今日はこのおまじないを試してみよう。
恋愛の神様を呼んで、この恋を手伝ってもらうんだ。
◇
「良い香りです。これは?」
「影ちゃんが新しく見つけてきたの。凄く良いでしょ!」
「流石です。私にもあのような使用人が欲しいものです」
「影ちゃんは完璧だからね。色々教えては貰ってるけど、追いつける気がしないよ」
ここは魔族、ヴィルヘルムが居住する城。
今日はいつものように幽霊と少女が、無遠慮にやってきて、勝手にティータイムを始めだした。
主であるヴィルヘルムは、自身の城で好き勝手する二人が鬱陶しくてしょうがない。
毎回出て行くように言うが、こんな時だけ手を組む二人は様々な手を駆使して長時間居座り続ける。
今回もそのパターンである。
追い出すのが面倒になってきたヴィルヘルムは、
が用意した紅茶と、ジズが持参したお茶菓子を堪能しながら、
二人が早く飽きて帰ることを望んでいた。
「ジズさんが持ってきたお菓子も凄く美味しい。ねぇ、どこで買ったの?」
「近いうちに連れて行って差し上げますよ」
「本当?嬉しい、ありがとう!」
「ですから、この茶葉の入手方法を次会う時までにちゃんと聞いて来なさい。いいですね」
「了解です!」
二人はヴィルヘルムに特別用があったわけではない。
ただ、ここに来れば誰かがいる、場所が空いている、何かあると思ってやってきた。
井戸端会議は他所でやれと思うのであるが、
一応ジズもも持参品の質は良いのでそこまで強くは言わない。
ヴィルヘルムは紅茶を手にとる。今日もまたとても香りが良い。
「っ」
鼻孔をくすぐる感覚を楽しんでいると、突然足元に魔法陣が出現したのを察した。
ヴィルヘルムは近くでお菓子を頬張っていたの腕を掴んだ。
「っへ!?」
身を引き急いで陣の外に出ると、代わりにその上にを置いた。
「ヴィ、ヴィル!?」
魔法陣が急速に収束して消えた。その上に立たされたも同じく。
ヴィルヘルムは何事もなかったかのように椅子に座り直した。
「あらあら。突然どうしました?」
ジズはきょろきょろと辺りを見回した。以外は何も変わらない。
「小賢しい人間が私を召喚しようとした」
「で、代わりにお嬢さんを?」
「人間のことは人間にさせれば良かろう」
五月蝿い子供が一人消えたと、ヴィルヘルムは再度紅茶を手にとった。
状況を理解したジズは、小さく笑う。
「召喚先で召喚者に襲われている、なんてことになれば面白いでしょうね」
わざとらしく唸り、憶測を語る。
「魔族と勘違いされ攻撃されてるでしょうか、いえいえそれとも別の意味で襲われているでしょうか。
ふふ、召喚者の人種や性別なんて判りませんものねぇ。
悪魔信仰の集団、なんてあるかもしれませんよねぇ。どうなんでしょうねぇ、とーっても心配ですねぇ」
言葉に一切の心を込めることなく語るジズ。
「でもま、壊されてくれた方が好都合ですよね。黒神を壊すいい材料となるんですから」
「……」
「どうかなさいました?」
にやにやとジズは笑んだ。
「あの男が絶望する姿を想像しただけだ」
そう言って紅茶を一口飲み、ヴィルヘルムは腕を組んだ。
指でとんとんとんとん自分の腕を叩いている。
それを見て、ジズは更ににんまりと笑うのであった。
◇
「いったぁ……。ヴィルのばかぁ……」
一方、魔法陣によってヴィルヘルム城から強制転移させられたは、
宙に浮いた状態から落とされた為に床に臀部を強打し痛がっていた。
「きゃー!!!成功!!!神様だ!!!!」
興奮したかおりは魔法陣上にへたり込んでいるに抱きついた。
知らない人に急に抱きつかれたはびくりと震える。
「ひぃぃ!?だ、だ、誰です!?」
「私のことは、かおりんって呼んで、カミサマ☆」
「え!?私、神様じゃないです、よ……?」
恐怖に襲われながらもは冷静に辺りを見回す。
本棚、ぬいぐるみ、勉強机、教科書、鞄、ベッドとが見慣れている、人間の一室のようだった。
本の背表紙を見ても、が読める言語であった為、離れた国ではないだろうと判断する。
「神様も冗談って言うんだねー。
この本の通りにやったらちゃんと来てくれたもん。
だから貴女は私の恋を叶えてくれる、神様に決まってるの!」
状況が飲み込めないはかおりが指す本に目を向けた。
恋のおまじない集と書かれている。
抱きつかれて思うように身体が動かない中、神の力を行使し見えない力で付箋が張ってある箇所を開いた。
恋愛成就の神様の召喚方法と見出しにある。
しかし内容に目を滑らせると、ヴィルヘルムの所持する本にあった黒魔術の儀式と似ていた。
ヴィルヘルムに突き飛ばされたことを加味し、彼女が神と思い込んで魔族の召喚をしたのだと知った。
一歩間違えば、彼女の前には戦闘大好きで人間嫌いのヴィルヘルムが召喚されていたのだ。
そうなれば大惨事である。ニュースで女の子が殺害されたなんてことにならなくて良かったとほっとした。
ついでに、もう二度と魔族が呼べないように、おまじない集の該当箇所を消滅させた。
彼女は未だ興奮し、に抱きついたままぶんぶん揺らしているので、気づくことはない。
やるべきことはやった。の心は達成感でいっぱいになっていた。
「……あの、えと、もう帰ってもいいですか?」
「駄目!!」
「ぐえ……」
女の子とは思えない強い力で締め上げられ、思わず呻いた。
腹部締め付けによる息苦しさを感じる中、耳元で聞こえる声。
「私のお願いちゃーんと叶えてくれなきゃ駄目だよ」
「……は、はぁ……そうですか。判りました。だからちょっと離し、て」
かおりはを恋愛成就の神様と勘違いしている。
しかし、それは一部間違いではない。
確かにの存在は恋愛成就に効き目はないし、神でもない。
だが、の手には本物の神の力がある。
但しそれは人の願いを叶えるものではなく、自分のために使うもの。
よってかおりの願いは叶えられない。そう説明したいのだが。
「やったぁあああああ、神様ゲットよ!
この調子なら彼のことだって絶対手に入れられるんだから!
やったぁあああ、かみさまかみさま、きゃぁああああああああああああああああ。
彼と最初のデートは何処へ行こうかな!
ああでも、出来れば彼にリードしてもらいたいかも。
でもでも、彼がシャイなら私が全部しちゃうわ。
でもそれだと彼は嫌がらないかしら。男性にもプライドはあるものね。
でも大丈夫!私は彼をたてるわ!三つ指ついて彼をお迎えするわ!」
一人ヒートアップするかおりを見て、は説得を諦めざるを得なかった。
それに耳元で叫ばれるせいで、耳がキンキンする。
「じゃあ神様!そうと決まればさっそく観測開始よ!」
何が決まったのかさっぱり判らないまま、はかおりに引っ張られていった。
の力をもってすれば、かおりから逃げるなんてことは容易いこと。
しかし、あまりに強烈な印象、強引さに、逃げるという選択肢がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
「(…………疲れた……黒ちゃん……)」
◇
かおりに連れて来られたのは、ファーストフード店。
二人は小さな丸テーブルにつき、前方の男性の背中を見ている。
「──なるほど、かおりさんはあの男性がお好きなのですね」
「そうなの!!」
小声ながら力強くかおりは答えた。
「では、よく話されたり、遊んだりなさるのですか?」
「全然」
「……え?」
恋愛に疎いは、会話したり遊んだりしたことない人を、何故好むのか判らなかった。
一目惚れというものの存在を知らないのだ。
「だから、仲良くなるために今は観測なの!それで彼女になりたいの!」
「あぁ、そうなんですか。仲良くなりたいのですね」
かおりはあの男性と"お友達"になりたい。
今回の依頼を、はそう思い違えた。
「そう!それで、二人は初デート、初キス、初……いやーん恥ずかしくて言えない!」
「(ニッキーくらい変な人だな……)」
変人とのエンカウント率が高いはそれなりに耐性があるとは言え、かおりにはついていけそうにないと感じた。
言っている意味がよく判らないし、ろくに話を聞いてもらえない。
早く帰りたくてしょうがなかった。
「(MZD、黒ちゃん……神様って大変なんだね)」
実際神の仕事とは違うのだが、そうとは知らずは二人を尊敬し同情した。
「もうすぐ出るみたい。神様行くよ。もう!ジュース飲んでる場合じゃないよ!」
「あ、はい!判りました。片付けておきますのでお先に行って下さい」
「早く来ないと駄目だからね!」
男を追って慌ただしく出て行くかおり。
一人になったは大きくため息を付き、飲食の後始末を行った。
自分を見る者は誰もいないことを探りながら店を出ると、かおりの元へ空間を転移した。
を神と思い込んでいるのだから、突然目の前に出現しても問題ではないだろうと考えてだ。
かおりは建物の影で男を追っていたため、転移先でもは誰にも見られなかった。
「神様、もっと静かに着地しなきゃ駄目だよ」
「あ、はい、すみません……」
頭を下げ、かおりの後ろから様子を探る。
男はただ道を歩いている。人混みに飲まれ段々と男の姿が小さくなっていく。
「走るよ」
「えぇ!?走るのですか!!??」
と言っている間に、かおりは道へ飛び出している。
慌てて後を追う。
「早く!神様遅いよ!!」
「ごめんなさぁい」
は平均並の脚力を持っている。
最近は力に頼るばかりなので、身体機能はあまり向上していない。
対照的に、かおりはとても速かった。陸上部に所属してもおかしくないほどの足腰である。
他の通行人を左右に避けるが、身体の軸がぶれることはなく、またスピードも殆ど落とさない。
「(っ、はぁ、はぁ、もう嫌だよー!!)」
の心の叫びは虚しく、かおりはどんどん先に行ってしまう。
息を乱し、ぜーぜー言いながらも必死に着いて行く。
◇
男は大学に戻って行った。
今朝かおりが追い出された扉から入っていく。
「神様。私あそこに入りたい。さっきは警備員さんに追い出されたの」
建物の陰から覗きこんだかおりがそう言った。
はその足元で大きく肩を揺らして呼吸を整えている最中だ。
「私達生徒じゃないですからね」
「こういう時こそ、神様の力が必要なんじゃん」
さらりと言うかおりに、は動揺を隠せない。
とうとう力を強請られる時が来てしまったかと。
「お願い!神様でしょ!それにさっき奢った!」
頑なに拒否しようと思ったが、金銭のことを言われると何も言えなくなった。
ヴィルヘルムの城に遊びに行っていたは、今手持ちがない。請求されては困る。
「……判りました。じゃあ、ちょっと待ってて下さい」
は扉を睨みつけながら考える。
自分たちを透明人間にしようか。それとも警備員を眠らせてしまおうか。
前者は、かおりが犯罪者になりそうなのでやめた。
後者は、警備員が職を失う事態になるかもしれないのでやめた。
結局正面から扉を開けることにした。
「ちょっと!それだと駄目だったんだってば!」
「大丈夫です」
静止しようとするかおりに構わず、はずんずん進んでいく。
扉を開けて廊下を歩いて行くと、案の定警備員と会った。
かおりを見て口を開く。その瞬間は警備員の意識を失わせる。
立ったまま眠る警備員の横を二人はさっさと歩いて行く。
「……神様凄いんだね」
今までのの動きとは明らかに違ったせいか、かおりは感嘆の声をあげた。
「あの人はすぐに起こします。だから私たちは早く身を隠しましょう」
「了解!」
二人は観測対象の男を探し当てた。男は教室で勉強している。
二人は彼のことがよく見える場所を探した挙句、ロッカーの中に入ることにした。
暗くてメモが出来ないだろうと、は小さな光球を作ってやる。
長時間何をすることもなく立ったままでいるのは辛い。
は隣で懸命にメモをとるかおりを見る。
かおりのメモ帳には、男の持ち物の数やメーカーが事細かく書かれていた。
あくびをした数、くしゃみをした数、女性との会話数や時間まで。
「(仲良くなるって、こんなことしなきゃいけないんだっけ……?)」
は自分の今までを思い出してみる。
大抵自分か相手が興味を持って、話すところから始まる。
そうしたらいつの間にか仲良くなっていた。
最初は自分を捕らえたヴィルヘルムでさえ、今は茶飲み友達である。
「あの、かおりんさん」
「なに?今メモに一生懸命なの」
「……私よく判らないですけど、仲良くなるにはちゃんとお話しないと駄目だと思うのです」
「私は彼が好きな話題知らないから。調べてからね」
「……あの、どうして調べてからなのですか」
ペンが止まる。
「用意周到に行かないと駄目、嫌われちゃう」
「……そうなんですか?」
かおりはを見上げる。
「神様はないの?相手のことを知らないせいで傷つけたり、知らない間に嫌われたりするの」
「あります。私は沢山傷つけたと思います。嫌われることは……とても多いです」
「じゃあ、どうしているの?」
真剣な表情でかおりは尋ねた。
「その為にお話するんです。そうするとお互いのことが判りますから」
「えーー、神様単純すぎない?」
「え……(この子、酷い……)」
かおりはメモを再開した。
「(黒ちゃん……私、神様に向かないかも……)」
ロッカーの壁に額を当てながら、はずーんと落ち込んだ。
会話の間メモを取れなかった分を取り返すかのように、かおりは目を血走らせながら真剣にペンを滑らせた。
二時間ほどそのままで、観測対象の男は荷物をまとめ席を立った。
「神様行くよ」
「えー……はぁ……」
「ほら、いつまでも落ち込んでないで。早く早く!」
乗り気でないを、かおりが手を引いて連れて行く。
観測対象の男は構内のベンチに座った。それを木陰から観測する二人。
「かおりんさん、もう止めましょうよ。疲れました。お腹も減りました」
「……神様、さっき言ったよね」
かおりはメモ帳を仕舞い、双眼鏡を下ろした。
様子の変化には気づく。
「話せば、分かり合えるんだよね」
「はい!そうです!」
かおりに自分の言いたいことが伝わったのかと、は喜んだ。
「じゃあ、バックアップお願いね」
「はい!勿論です!しっかりやらせて頂きます!」
何故か、(小学生バージョン)が男の元に派遣された。
「(どうしてこうなったんだろう……)」
納得はいかないが、行けと言われた以上行くしかない。
かおりは遠くからそんなを双眼鏡で覗いて、メモの用意をしている。
呆れて物も言えない。
しかし真面目なは指示通りベンチで休憩を取る男のもとに近づいた。
「ん?君、どうしてここにいるの?お母さんは?」
男は幼いを見てそう言った。
躊躇いもなく子供に話しかけるということは、それなりに子供が好きか、真面目な性格なのだろう。
好都合であるとは思った。
「お母さんはいないよ。代わりに私を預かっているお姉さんがいるの」
「それって、ここの学生?」
「そう。先生に用があるからって、私、待ってるの」
「そうなんだ。偉いね」
これでが警備員に連れて行かれる心配はなくなった。
は男の隣に座った。
「おにーさんは?何してるの?」
「あぁ、休憩だよ。今まで勉強してたから」
「おにーさんは偉いね!すっごいの!」
「いや……全然偉くなんかなくて」
苦笑する男には疑問を持った。
褒めたのが悪かったのだろうか。
「勉強出来る人は凄いんだよ。努力し続けることは難しいことだから(って、MZDが言ってた)」
「いやいや、違うんだよ」
男は申し訳なさそうに言った。
「ちょっと遊び過ぎちゃって……今ヤバイんだ」
の脳内で真面目という評価を撤回した。
笑顔を崩すことなく接する。
「そういう時もあるよねー。お友達といっぱい遊んでたのかな?」
「いや……友達というか……」
歯切れが悪い。はかおりが使っていた言葉を用いることにした。
「それは彼女、という人ですか?」
「はは……」
照れ笑いを見て、肯定と取る。
「とても楽しそうですね。お二人はいつも何をなさるんですか?」
「大したことはしていないけど─────」
何をしたのか、どこでしたのか、これで全部判る。
これを知れば、かおりが今後この男性と遊ぶ時に役に立つ。
そう思って、は相手が不快にならない程度に、沢山の情報を引き出した。
「お話してくれてありがとう!私もう行くね。勉強ファイトです」
「あ、あぁ……ありがとう。じゃあね」
褒めてもらえると思い、はほくほく顔でかおりの所へ帰った。
かおりは変わらず木の陰で隠れていた。
「かおりんさん!
彼は今、彼女のことがだーいすきなんですって!
いっぱい聞きました。最近はお弁当作ってくれたんですって。
一生懸命作ってくれたのが嬉しかったって、かおりんさん?」
かおりの目は死んでいた。魂が抜け出ているようだった。
「……あの、かおりんさん?大丈夫ですか?」
顔を伺うの両肩を、がっしりとかおりは掴んだ。
「……彼を殺して、私も死ぬ」
「ひぃぇ!?駄目ですよ!!やっちゃだめですー!!」
双眼鏡の紐で首を括ろうとするかおりをは必死に止めた。
あまりに不審な行動をしている為、構内の学生がとかおりに注目し始めた。
危険を感じたは、周辺の学生の記憶を曖昧にし、かおりを連れて外へ転移した。
◇
意気消沈状態のかおりを連れて行く場所に悩んだは、通学路途中の公園を選んだ。
子供たちが遊び回っているここならば、かおりが叫び出したり、暴走しても人に迷惑がかからない。
ベンチに座らせると、その隣にも座った。
「かおりんさん、元気だして下さい……」
ちなみに、はかおりが何故落ち込んでいるのかよく判っていない。
そんなに女の人とお友達なのがショックなのかと不思議に思っている。
「……やっぱり、駄目だったんだ。今回もまた」
「……また、ですか?」
聞き返すと、無言でメモ帳を渡される。
は恐る恐るメモ帳を開き、最初の方からパラパラとめくっていく。
ぎっしりと小さな丸文字が羅列しているのだが、たまに空白のページが有る。
空白ページの共通点は、書かれている名前が変わっていること。
仲良くなりたい対象が変化したのだなと、は想像した。
「いっつもいっつも、私の好きな人は絶対に恋人がいるの。それか、私が試行錯誤する間に恋人が出来ちゃうの。
それが嫌だから、短時間でいっぱい情報収集して、彼の理想の女の子になって彼の前に出たいのに」
「……」
「神様、今日はごめんね。いっぱい連れ回して」
「い、いえ……そんなこと、ないです」
「帰ってもいいよ。疲れたでしょ」
「だ、いじょうぶ。です。まだやれます!」
振り回されたことは正直疲れていたが、あまりにもかおりが落ち込んでいるので言えなかった。
「……私の運命の人なんて、この世界にいるのかな」
「います!絶対にいます!」
「どうして判るの!だって、さっきも駄目だったんだよ?」
声を荒げたかおりの目は潤んでいた。
だからも負けじと声をはる。
「神様だから判るんです!!
かおりんさんの運命の人はいます、絶対に会えます!!
だって、運命の人だから。何があっても絶対に出会います。運命ですから!
今は会えないけど、そういうものなんです。
すぐに運命の人に会ったって、全然楽しくないのです!
何事も困難があってこそなのです。その方が強固な絆となるのです!」
こんな言葉でかおりが元気になるのか、には判らなかった。
運命の人なんてよく判らない、恋も判っていないにはこれが精一杯である。
「かみさま……」
「かおりんさん。元気出してください!
運命の人とは運命的な出会いをするように世の中出来ているのです!
落ち込んでいる場合なんてありませんよ!」
は自分でも何を言っているのか判っていない。
嘘八百。口からでまかせ。成るように成れ。
これで、どうだろうか。
そう思ってかおりを見た。
ぽろぽろと涙を流していたので、ぎょっとする。
「かみしゃまぁ、わらし、がんばりゅ」
「……はい。かおりんさんなら大丈夫です!」
泣いてはいるが、元気になってくれたのかとは微笑んだ。
ハンカチを手渡すと、びしょびしょになって返ってきた。
鞄に入れると悲惨なことになりそうだったので、は家の洗濯カゴにハンカチを転移させた。
「私、次の運命の人を探すよ!」
少し赤くなった目には決意が現れていた。
「その意気です。今後も応援、お手伝い致します」
「ありがとう!」
二人が笑い合っている時、一人の人が現れた。
「」
青年のような少年のような雰囲気を纏う男。
レンズの奥の瞳が、だけを捉えている。
「黒ちゃん!」
はベンチから飛び降り、保護者である男に抱きついた。
「大丈夫なのか?微弱ではあったが今日は何度も助けてと言っただろう」
「それはもう大丈夫だよ。わざわざありがと」
すりすりと頬を胸に擦りつけた。
「あの、神様、その人は」
「ん、神?」
「いいのいいの」
余計なことを言われないよう、黒神の言葉を制止させる。
は驚いているかおりに黒神を紹介した。
「えっと、私の、保護者!私よりもーっと偉い神様なの!」
「、何を言っているんだ?」
「すっごい神様なの!」
黒神の言葉をかき消すために、大きめの声で主張した。
かおりの視線は黒神に釘付けである。
そのまま躊躇いがちに声をかけた。
「……あ、あの」
黒神は一瞬対応に迷ったが、相手が女の子であることから普通の人間を演じた。
「あぁ、初めまして。どうかなさいました?」
「観測してもいいですか」
「……は?」
何を言っているのか、黒神には理解できなかった。
だがそれ以上に、の方が驚いていた。
「神様!ちょっと!」
かおりはの手を引いて連れて行くと、黒神に背を向けた。
こそこそと話す。
「早速だけど、お願い」
「え、あ、あの……まさかですけど……」
の顔は若干引きつっていた。
「……私の運命の人、見つけた」
「だ、誰の、こと……ですか」
頬を染めて言うかおりを見て、は血の気が引いた。
もう答えなんて、聞かなくても明らかだった。
「あのかっこいい人!眼鏡が理知的で、鋭い切れ目でクールな人!」
「え、え、え、あ、の、黒ちゃん?」
「そう!黒ちゃんさんっていうのね!」
「え、あ、いや、名前は黒神で」
「黒神さんね!さっそくだけど、好きなものと嫌いなもの、
お風呂で最初に洗う箇所はどこか、好きな食べ物は、万年筆派かボールペン派かつけペン派か、
肉と魚はどっちが好きか、」
「……黒ちゃんは駄目」
は首を横に振った。
「どうして!?神様は手伝ってくれるって言ったじゃん!」
「でも……黒ちゃんは。神様だし、色々と、駄目だから」
「障害がある方が燃えるじゃない!
じゃ、よろしくね、これからも。ねぇ神様!」
「っ、い、いやだぁあああああああ!!!」
────────後日
黒神を取り合う二人の姿があった。
「黒ちゃんは駄目だって言った!」
右にはが、しっかりと腕を抱きしめている。
「黒神さんは私の運命の人なの!」
左にはかおりが、同じくしっかりと腕を抱いている。
中央にいる黒神は二人に振り回されて疲れきっていた。
「……(MZD!隠れて見てないで助けやがれ!)」
「ぷーくすくす。そのうちにな~」
fin.
(13/03/28)