「ねぇねぇごしゅじ~ん!」
「判った。遊んで欲しいんだな。これだけ片付けるからもう少しだけ"待て"出来るか」
「わん!」
大きな耳を揺らしながら女の子は嬉しそうに吠えた。
「ポチコは聞き分けの良い犬だな」
撫でやすいようにとしゃがむ女の子の頭を望み通り撫でる黒神。
それを影から半眼で見ているのは、また別の女の子。
◇
MZDの家の奥にある廊下に、何故か誰も入りたがらない部屋がある。
何の変哲もないただの扉であると言うのに、誰もドアノブを手にしない。
そんな不思議な扉を主であるMZDは開き、同時に叫んだ。
「くろぉー!!たすけてぇえええ!!!!」
中へ飛び出すと同時に上段蹴りが彼の側頭部に繰り出された。
MZDは笑顔のまま宙を舞い、フローリングへ不時着した。
「ひ……ひどひ……」
容赦ない蹴りを放った男は、目尻から大粒の涙を流しているMZDを見下ろした。
「ンで、そんな毛だらけなんだよ。が喘息になったらどうする」
「いや、それはまた違う話じゃ、って兎に角助けてくれよ!!」
「断る」
スリッパを履いたままの足で助けを請うMZDを踏んだ。
その様子を心配そうに、一人の女の子が覗いている。
眼球だけ動かしたMZDはそれを目ざとく見つけ、大声で叫んだ。
「黒神と違っては優しいからオレの事見捨てたりしないよな!」
先ほどよりも涙を流してみると、と呼ばれた少女は顔を引きつらせながら問うた。
「……えと……どうしたの?」
「!」
それでは相手の思うつぼだと、黒神は手を伸ばしとMZDを遮った。
しかし、踏まれたままのMZDはニヤリと不敵に笑む。
この空間で攻略すべきは。
さえ納得させられれば、黒神がいくら反対してもその決定に従わざるを得ない。
がMZDに声をかけた時点でまずは第一段階クリアである。
「あのさ、ちょっとわんわん預かってくれ」
「却下」
黒神は即答した。
「犬はどうしたって毛が落ちる。空気中に毛が舞う。掃除をした所で追いつかない。よって断る」
まともな言い分には困った顔をした。
黒神は交渉決裂だと、MZDを踏む足に力を込めた。
だが、ここまではMZDの想定内。
「ちっちっちー。甘いぜ、黒神。これを見てそう言えるかな!!!!!」
何も無い空間に現れた物体が黒神の頭目掛けて落ちていく。
造作も無く避けるが、それが何であるかを気付いた瞬間慌てて両腕で抱きとめた。
黒神の腕の中にいるのは、くりっとした目、大きな耳を持つ生き物。
それは、にっこり笑った。
「ごしゅじーん!!!!」
甲高く舌足らずな声をした生き物は黒神にぎゅっと抱きついた。
それを見て、の動きは凍ったかのように停止した。
「ポチコはなー、犬だけど人間になった、スーパーわんこなんだ!!」
「またテメェの気まぐれでやったのか!」
「いやいや。今回はオレじゃないよん」
黒神がポチコに気を取られている隙に立ち上がったMZDは満面の笑みを浮かべて言った。
「じゃ、よろしくな。あ、あとポチコは結局のところ犬だからちゃんと躾とかねぇと面白い事になるぞ」
「おい!!馬鹿えむ!」
にぱっという笑顔の残像を置いて、MZDは去った。
残された黒神は舌打つ。
「面倒押しつけやがって。、この子の面倒見ててくれ。俺は今からアイツの首を絞めに」
「ごしゅじん行っちゃうのぉ?」
未だ黒神に抱きついているポチコは無垢な瞳で問いかけた。
「ああ、そうだ。それと、俺はお前の主人じゃない。探してやるからそこに居る女の子と遊んでろ」
「あそぶですか?ごしゅじんポチコにえんばんなげてくれますかぁ!!」
「いや、遊ぶのは俺では無くて」
「やーですーー。ごしゅじんはずーーーっといっしょなんですぅーーー!!」
駄々をこねるポチコは回した腕の力を込めた。
「そもそも俺は主人じゃない。前提がおかしいだろうが」
煩わしいと、ポチコを剥がそうとする黒神だが、思う以上にポチコの力は強い。
自分にぴたりとくっついている為、剥がすにも剥がしにくそうである。
それを察したが助け船を出した。
「あの、ポチコ……ちゃん?少しだけ待ってくれないかな。円盤は私が投げるから」
「がるるる。ポチコはごしゅじんがいいのですー!!」
判り易い敵意に笑顔のまま固まる。
笑みの裏にある感情を察した黒神は慌ててフォローを入れる。
「ここは全部俺がなんとかする。は、は……えっと……」
指示にもたついていると、の方から申し出た。
「私ちょっと外行ってくるね。その方がポチコちゃん落ち着くだろうから」
彼女もまた、先ほどのMZD同様に姿を消した。
残されたのは、黒神、ポチコ、そして影の三名。
「ま、マスター……」
「言うな。俺もこれはマズイ展開だと思っている」
「デハ、私はサンと共ニ」
そして影も消えた。
ほんの数分の間と言うのに、立て続けに厄介な出来事が積み重なり、黒神は頭を抱えた。
「…………怒ってたよな……」
笑顔しか見せてはいなかったが、その方が後を引く。
普段あまり腹を立てないタイプは一度怒ると厄介なのが常である。
どう宥めれば良いかと黒神はまた大きな溜息をついた。
「ごしゅじん……ポチコ、わるいわんわですか?」
くぅ~んと、ポチコは犬らしく鳴いた。
黒神は苦笑しながらも、切なげに自分を見る犬耳少女を撫でてやる。
「いや、悪いことは無い。諸悪の根源はどうせ馬鹿ZDだからな」
と言いながら、黒神はだんだん腹が立ってきた。
自分に落ち度はない。全ては厄介事を押し付けて消えたMZDのせいである。
そう自分に言い聞かせると、徐々に冷静さを取り戻した。
「それにしても、ポチコ。御主人とやらは俺じゃないのに、どうして俺を御主人と呼ぶ?」
「……ポチコのごしゅじんはごしゅじんです……」
大きな耳を垂らし、顔を曇らせた。
何かがあった事は明らかである。
「判った。深くは聞かないでおく」
転じて笑顔になったポチコは頬を擦り合わせた。
「ごしゅじんはやさしいのです!」
ポチコの笑顔を取り戻す事には成功したが、黒神の頭にはもう一人の少女が過る。
「(影にフォローさせるとしても、は大丈夫だろうか)」
◇
「……世話係、なんとかしろ」
「これはちょっと……引きますね」
「スミマセンスミマセン」
ある城の中、丸テーブルを囲っての優雅なティータイム。
……になるはずだった。
主であるヴィルヘルム、呼ばれても無いのに来たジズ、そして勝手に押しかけた。
そのがテーブル上の茶菓子を次々に口にしていく。品のない姿である。
「犬畜生以下か」
「中古よりは新品ですよね」
「お二人方!そのような言い方は控えて頂けまセンカ!!」
言葉の暴力にはフォークを止めた。
「べべべ、べつに、黒ちゃん優しいだけだもん。ポチコちゃんの方が大事とかじゃな、ななないもん」
「ソウデス。そうデスよ。マスターはサンを放って置くなんて事は致しまセン」
影は必死に元気付けるが、周囲は容赦なく切り捨てる。
「果たしてそうかな。自分だけを見る者であるならば、誰でも良いだろう。あの男は」
「自分を主人と崇める従順な女性を嫌う男などこの世にいますまい」
の両肩が震えた。
「サン!!御気を確カニ!!」
落ち込めば落ち込むほど、ヴィルヘルムとジズは笑う。
「なかなか楽しませるではないか、娘よ」
「今日のお嬢さんはいつも以上にお馬鹿で良いですね」
「お二人トモ!!!!」
◇
「ふぅ。なかなかハードだった……」
「はふん」
自宅へ帰ってきた黒神の額には汗がにじみ、背中に洋服が張り付いている。
疲労の色が濃い黒神とは対照的にポチコは満足そうである。
「元が犬だからか、容赦なく転げ回ったせいでドロドロだな」
「はふ、ごめんなさいですぅ……」
しょんぼりとするポチコを撫でた。
「元気なのは良い事だ」
黒神の言葉にポチコはわん、と鳴いた。
「しかし、人型なら外に繋いでおくわけにはいかない。中に置くにも……」
頬に泥をつけながらポチコは首を傾げた。
「風呂か……」
「おふろですか!ポチコきれいになっちゃうですか!」
「あぁ。場所は教えるから洗ってきな(でも、犬って一人で風呂は……)」
「ばしゃばしゃしてくるです!!」
「待て!!」
犬の習性なのか、ポチコはぴたりと止まった。
「ぽ、ポチコ、その……だなぁ……今まで風呂はどうしてた?」
「はい!ごしゅじんがおみみからおなかからあしのさきまで、ぜーんぶきれいにしてくれました!」
ポチコが笑えば笑う程、黒神から笑顔が消えた。
「ごしゅじん?どうしたですか?」
「いや、なんでもない。……この状況を作ったクソZDをぶん殴りてぇ」
いくら毒づこうと、ポチコは泥だらけの草だらけのままである。
黒神は深い溜息をつき、仕方なくポチコを抱えて脱衣所へと連れて行った。
指を鳴らせば湯船には温かな湯がたっぷりと現れる。
それを見たポチコは目を輝かせて走り出し、湯船へ勢いよくダイブした。
ざっぱーんと波打ち、脱衣所まで湯が飛んでくる。
「ごしゅじんあったかいですー!」
「こら!くそ、元が犬だから本能のままじゃねぇか」
後を追い、着衣のまま湯船に入るポチコの腕を掴んだ。
「風呂ってのは、服を脱いで入るもんなんだ!」
黒神の言葉の意図を理解していないポチコの服に手をかけ、黒神ははっと気付いた。
「いやいやいや!!俺は以外の女性の肌は見るつもりはないし、触るつもりもない!」
「ごしゅじんもいっしょにはいります!」
「こら、俺を引き入れるな。それより服をだな……」
「きゃふー!」
「ポチコ!っ、仕方ねぇ!」
目を瞑った黒神はポチコの服の裾を掴むと、そのまま勢いよく上に上げた。
「黒ちゃん…………」
その瞬間、黒神の背後から声がした。
「……どうしてポチコちゃんを黒ちゃんが脱がしてるの?」
抑揚のない声。世界の頂点に立つ神は背筋を凍らせた。
振り返り、自分の行いを見ているであろう彼女に説明する。
「ま、待て。待つんだ。、これは深い意味があってだな」
「ポチコはこれからごしゅじんとおふろなのですー!!
よごれたからだをごしゅじんがやさしくあらってくれるです。
ぜーんぶきれいにあらってもらったら、いっしょにねるですよー!!」
その言い方はまずい。と黒神が思った時には手遅れである。
「ふうん。そうなんだ」
「!違う!違うんだ!」
「ごしゅじん、あいらびゅー」
半裸のポチコが黒神に抱きついた。とどめである。
青ざめる黒神。冷たい鉄槌を下す。
「では私も"御主人様"と一緒にお風呂に入って、全身優しく洗ってもらって、一緒に寝ます、ね!」
「!!!!!!」
黒神の言い訳が飛び出す前に、は姿を消した。
おろおろとしている自分の影に命ずる。
「影!アイツには、糞魔族には絶対にを近づけるな」
「承知」
怒るを追って影も消えた。
先のの視線を思いだし、破壊神は身体を震わせた。
「(が俺に敬語使うなんて相当の事。早くご機嫌をとらないと。
……だがまさかこんなに嫉妬してくれるとは、それはそれで嬉しいと言うか)」
「ごしゅじーん」
黒神の憂慮に関係なく、ごしゅじんといられるからとポチコは嬉しそうだ。
「(こうやって擦り寄るのがだったら……)」
暗雲が広がる胸中のまま、黒神は無邪気な犬を撫でてやった。
◇
「あれ、今日は玄関からじゃないのな」
宙から現れたに驚く事なく挨拶を交わし、サイバーは不思議そうに尋ねた。
何でもない事のように、は軽く答える。
「お泊まりしてたから」
「ふうん。そうか。…………え?どこだよ!?」
「お城」
「(ヴィルヘルムのとこか。おいおい、二人良い感じなのかよ……)
じゃあ、黒神許してくれたんだな」
刹那、空気が張り詰めた。
は強い眼差しでサイバーに怒鳴った。
「黒ちゃんの許可なんていらないし!影ちゃんがいるから問題ないもん!」
「お、おう……(何キレてんだ)」
足元を見れば、の影は本来あるべき形ではなく、神達の影の形。
それに向かい、何かあったのかとを指差すと、影は曖昧に笑みのシルエットへと姿を変えた。
事情が判らないなりに考えた結果、サイバーは普段通りに振舞う事に決めた。
「、今日ゲーセン寄らね?リュータバイト休みなんだってよ」
「うん、行く!ゲーム見る!」
黒神の話題さえ出さなければ大丈夫そうだ。
サイバーは安堵し、学校に到着するまで会話を続けた。
そして昼時。
「……なぁ、。俺は別に良いけどさ。良いけど……やっぱ周りは気になるっぽいぞ?」
「何が?」
「いや、その足元……」
リュータが指差した先はの影。
と全く連動していない動きを見せている。
「……影ちゃん、落ち着いて」
「え、エエ……」
注意されれば影はぴたりと止まる。
は何事も無かったかのように弁当に箸をつけるが、周囲はと神の間に異常事態が発生している事に嫌でも気付かされる。
「ちゃん、そんな顔してるとブスになるぞ」
「ごめんなさいね!」
つっけんどんに言い返し、御飯かき込んだ。
足元の影がまた揺らめきだす。
ニッキーの適当すぎる言葉にリュータは呆れて言った。
「お前馬鹿だろ……。なぁ、、本当どうしたんだよ。
そこの影も本当は黒神のとこにいる筈の奴だろ?お前ら喧嘩でもしてんの?」
一拍置いて、は箸を置いた。
「喧嘩なんてしてない。私はただ邪魔みたいだから気を使ってるだけ」
言葉の端から伝わる棘から怒りが手に通るように判る。
素直に怒りを表現する時とは違い、何処にメスを入れて良いか判らない。
周囲が打つ手に困る中、サユリだけが続けて尋ねた。
「そんなに嫌な事があったの?」
小さく首を横に振った。
「……嫌じゃないけど……。黒ちゃんは悪くないんだけど……」
「でも、さんにとっては嫌だったんだよね」
は唇を一文字に結び、こくりと頷いた。
「……女の子に黒ちゃん取られた」
周囲は叫んだ。
「おんなぁあ!?」
と、ニッキー。
「あの親馬鹿というか、馬鹿の黒神が!?」
と、リュータ。
「ヒーローでもその案件は専門外だぞ!?」
と、サイバー。
「黒神さんに限ってまさか!」
と、サユリまでもが声を上げる。
それで吹っ切れたのか、は頬を膨らませて口を尖らせた。
「でも、本当だもん。女の子抱っこして、撫でて、遊んでるもん」
「い、いやいや、あの引きこもり野郎が、ちゃん以外の子ともそんな羨ま、いやひでぇことするはずねぇじゃん」
「してたもん!!私が見たもん!!!行ったら服脱がしてたもん!!!
そのままその犬みたいに可愛い女の子と仲良くお風呂入って一緒に寝たの!!」
「「「「!?」」」」
「黒ちゃんはすーっごく優しいから、その子にもいーっぱい優しくしたんでしょうよ!!」
興奮したはお茶を一気に飲んでいく。
そんな中、各個人は様々な事を思う。
「(チャンス到来じゃん。今夜はちゃんを帰さないぜ!?)」
「(ヒーロー的には黒神に制裁?いやでもそれも違う気が)」
「(神ってモテまくりなんだな。なのに俺には一人もいねぇって……はぁ)」
「(黒神さんに限ってそんな事有り得ないし、さんの勘違いかな)」
◇
「(全然に会ってない。俺に居場所が知られないように存在を消している所が憎い……)」
「ごしゅじん?」
「……(何処で過ごしているんだろう。魔族?人間?また新しい男?)」
「うー」
「……(こうしてる間に他の男と睦まじくなっていたらと思うと)」
「がるるる」
「……(MZDめ。俺にいつまで茶番を続けさせるつもりだ。っくそ!)」
「ごしゅじん!」
「な!?どうした?」
「……あたらしいごしゅじんも、ポチコいらなくなっちゃったですか」
「……」
溜息をつき、ポチコを抱いて膝の上に乗せた。
「前も言ったが前提が間違ってる。俺は、お前の御主人じゃない。預かってるだけだ。一時的な処置なんだ」
「……ポチコ、にんげんになったのに。それでもだめですか?」
「そうじゃない。ただ、俺はポチコの御主人には最初からなれなかったんだ」
「ポチコ、すてポチコになるですか?」
潤む瞳から涙が零れぬよう、黒神は一時預かりの犬を撫でた。
今は何を言っても無駄のようだ。
詳しい事は判らないが、あまり刺激しない方が良い。
「……きっと俺の片割れがなんとかしてくれる。だからもう少し待っていてくれ」
鼻先を擦りつけたポチコであったが、大きく肩を震わせた後、黒神に抱きついた。
服の湿りを感じながら、黒神は躊躇いながらもポチコの背に腕を回す。
「(……すまない、。迎えに行くまでもう少しだけ……)」
◇
「おい、不良学生」
アパートの鍵を開ければ、いるはずのない人間がそこにいた。
仕事の疲れと相まって、KKは大きく肩を落とす。
「あ、おかえりなさい」
「そうじゃねぇよ!さっさと帰れ」
と、言いながらも、と共に、が用意していた手料理を残さず食べた。
普段だったら絶対に摂ることはない食後のお茶まで飲んでいる。
全てはが通いなれた妻のように献身的に奉仕することが原因である。
食休みを取る間、何気なくKKは聞いた。
「いつもの口煩い保護者はいいのかよ」
「いいの。私はまだ、こうやって誰かといられるから……」
がKKの所に来るのは何かあった時。
それも食事を自宅で摂らない時は大抵黒神と上手くいっていない時である。
餓鬼は面倒だと思いながらも、無理に追い出す事はせず好きにやらせているのは、
幾度となく繰り返されるの身勝手に慣れてきたからであろう。
「ま、好きにしろ。俺はいつも通りにするだけだ」
「ありがと」
礼を言ったは空いた皿を下げ、流しの方へと持っていった。
「(俺もどんどん腑抜けになっちまうな)」
胸ポケットに無造作に入れられたソフトパックからタバコを一本取り出して、火をつけた。
煙を大きく吸って、口から吐き出すと、紫煙とタバコが目の前から消える。
「タバコは駄目です」
食器を鳴らすの背中がそう言った。
KKは舌を打ち、ライターを持ってベランダへ出た。
「(なんで自分の部屋帰ってまで寒空の下で吸わなきゃなんねぇんだよ)」
しかし逆らうことが出来ないので、素直に従う。
純粋な力関係では、の方が断然上なのだ。
人間と、神の加護を受けた人間との差はあまりに大きい。
とは言っても、やはり中身はただの子供なのだ。
就寝時、自分の能力で新たに布団を出したと言うのに、いつの間にかKKが寝ている布団に侵入している。
「(……しょうがねぇ奴ら)」
子供は嫌いだと思いながらも、布団を首元までかけてやった。
◇
「黒神!ポチコ!帰って来たぞ!!」
「おっせぇんだよ!!!」
手元にあった円盤をMZD目掛けて投げると、見事キャッチするポチコ。
「しまった。つい」
「ごしゅじんごしゅじん」
円盤を咥えて寄ってくるポチコを撫で、円盤を受け取った。
「よしよし。ポチコ、ご褒美な」
ポチコは差し出されたジャーキーを食べようとした。
「待て」
ぴたりと静止した。
「……よし」
ジャーキーを口で受け取り、嬉しそうに食べるポチコを見て黒神は満足そうに頷いた。
「……数日見ない間に立派な調教師になったな」
「テメェのせいだ!テメェの!!」
「まぁ、それは置いといて」
御褒美のジャーキーを食べ終わったポチコへ、MZDは言った。
「ポチコ、本物の御主人様のとこ帰るぞ」
びくりと、ポチコは震えた。
「……ちがうです。ごしゅじんはこっちのごしゅじんです」
いやいやと、首を横に振った。
「……ポチコいなくて寂しそうだったぞ」
大きな瞳にじわりじわりと涙が浮かぶ。
「でもポチコ、まってもまってもきてくれなかったです。
だからにんげんになったのに、それでもだめだったです」
「それについてはあっちも色々あったみたいでさ、でももうポチコと一緒に暮らせる用意が出来たから」
「いやですぅ、ポチコ、また、おいてかれ、いやですぅ……」
しゃくりをあげ、わんわんと泣きだした。
理由は何であれ、一度は捨てられた事はポチコの心に大きな傷を残していた。
戻っても良いと言われた所で、素直には受け入れられない。
だから黒神はため息交じりに言った。
「じゃあ、ポチコ。俺と一緒にここに住むか」
「黒神!」
「いっしょにすむです!」
にぱっと笑うポチコであるが、黒神は淡々と言った。
「でも俺は本当は外に行くのなんて大嫌いだし、身体を動かすのも好きじゃない。
なにより、俺が一番好きなのは別の人で、出来るならその人とずっと一緒にいたいし、ベタベタしていたい」
「うぅ……」
「何をするにもその子が優先で、しょっちゅう一人にするがそれでもいいのか」
ただ置いているだけ。そこに愛は無い。
ポチコはまた泣き出し、いやだいやだと首を振る。
「ポチコは……ポチコのごしゅじんは……いっぱいおそとであそんでくれるし……いっぱいなでなでしてくれますです」
「ならお前の願いを叶えられない俺はお前の御主人じゃない。
前の、いや、本物の主人の元へと帰れ」
「ごしゅじん……」
「おい、本物はポチコをどうして置いていった」
黒神はMZDに説明を求めた。
「引っ越し。んで次に住む所はペット禁止だったんだと。
両親はそれを最後まで言わなかった。そして引っ越し当日、ポチコは置いていかれ、ポチコの御主人もその時に知った」
「お前の事だ。勿論全部解決したからここに来たんだろ」
「もっちー。新しい住まいも探したし、小さいけど庭付きだぞ。
それに何より、ポチコの御主人はポチコがいないと嫌だって言って散々喚き散らした。
この数日だって、ポチコがいないつって毎晩泣いてたしな」
はははとMZDは笑う中、ポチコはぴたりと泣き止んだ。
「……ごしゅじん、ないてるですか?」
「そりゃあもう。ぼろっぼろ泣いててさすがのオレ様も困っちまったぜー」
「いくです。ごしゅじんのところ。はやくいってなめてあげるです!」
涙を拭ったポチコに、二人は顔を見合わせて頷いた。
「そうしてやってくれ。お前の御主人様喜ぶぞ」
主人の元に帰ろうとMZDに歩み寄ったポチコであるが、くるりと黒神の方を振り返った。
「もうひとりのごしゅじん。ありがとうです!いっぱいいっぱいあいらびゅーです!!」
黒神が面食らっている間に、二人は部屋から消えた。
静寂を取り戻した部屋の中、大きく息を吐いた黒神は小さく笑う。
「……良かったじゃないか。大切にしてくれる御主人様で」
本当の意味で捨てられてい無かった事に安堵する。
話を聞く限り今後は大丈夫であろうと判断した。
「さてと。俺はもう一仕事だ」
◇
「!!」
教室に突然現れた黒神がを抱きしめた。
「数日間すまなかった!!これからはずっと一緒だ!食事も入浴も睡眠も全て一緒だぞ!!」
「くく黒ちゃ、ちょ、ま、ここがっこ」
それも昼休憩の時間であり、教室内外には沢山の生徒がいる。
「ポチコの事は全部解決した。だから今日は俺の所に帰ってきてくれ!」
「べ、べつに、ポチコちゃんのことは関係ないし……」
「じゃあ帰ってきてくれるな。絶対だぞ」
「……うん」
突然の事に戸惑いながらもは頷いた。
「今夜は期待しててくれ」
軽く額に口付け、黒神は消えた。
短いながらも大きな嵐を巻き起こし、しばし教室は時が止まった。
スピーカーからお知らせの放送が流れて漸く、時間が動き出した。
「……はっ。つい文句を言うのを忘れてたぜ」
「ちゃ~ん。デコ拭こ?消毒消毒」
「い、痛。擦るの強い」
制服の袖で擦るニッキーから逃れるに、サユリは微笑んだ。
「良かったね」
にこりとは笑った。
fin.
(14/03/14)