るいはともをよぶ?

「ふふーん」

は鼻歌を歌う。
その音が若干外れている事に、本人だけが気づかない。
制服の裾をふわりと浮かし、ちりめん柄の巾着をゆらゆら揺らしながら、MZDの自宅に足を踏み入れる。

「ただいまー」

何の返答も返ってこないので、はさっさと廊下を歩き、ひっそりと存在する異次元への扉を開いた。

「黒ちゃん、ただい──」
「あのー」

は突然背後から聞こえた声に身体を震わせ、叫んだ。

「きゃぁああああ!!!」

その瞬間、デスクに向かっていた黒神が即座に瞬間移動し、
と突然の来訪者の間に立ち塞がる。

「テメェ、に手を出すとはいい度胸じゃねぇか!」
「ち、ちが──」

黒神は不法侵入者の胸倉を掴むと、横面を思い切り殴った。
続いて蹴り上げようとするところを、が黒神の身体に抱きついて止めさせる。

「待って!黒ちゃん、待って!!」

黒神は目の前の廊下の壁に、忍者装束に似たジャージの男を突き飛ばした。
顔色の悪い男は鼻血を一筋流しながら、軽く頭をふらつかせている。
を庇う黒神は完全に敵と認識した男に、低い声を浴びせかける。

「何が目的だ。内容によっては殺す」
「ひー」
「黒ちゃん、それじゃ怖がってお話出来ないよ!」

は影からティッシュを数枚受け取り、黒神の背後から目一杯手を伸ばし怯える男に差し出した。
相手は「かたじけない」と礼を言うと慣れた手つきでティッシュを鼻につっこんだ。
男はほっと安心する顔を見せる。
は黒神の背後からするりと抜け出でると、廊下で正座をする男の前でしゃがんだ。

「あの……まず、お名前を教えて頂けますか?」
「忍者というものは、そう簡単に名を教え──」

不思議そうな顔をするの後ろでは、黒神が底冷えするような冷たい表情で見下ろしていた。

「……ヨシオでござる」
「私は、こっちは黒神さん、こっちは影ちゃん」
「へ!?MZD殿じゃない!?そういえば、こんな極悪顔ではなかったような」
「う、うーん。それは黒ちゃんに失礼かな……」
「で、テメェは何故をつけた」

苛立つ黒神にびくりと反応を見せたヨシオはよろよろと指を指した。

「これ?」

それは忍びアン子のキーホルダーであった。ヨシオは頷く。

「拙者も集めてて、丁度それは持ってないもので……。
 その宜しければ交換か譲って頂きたいと思って」
「なーんだ、そうだったんだ。びっくりしちゃった」

は胸を撫で下ろして、柔らかな笑みを浮かべた。
しかし。

「簡単に信用するな。嘘である可能性もある」
「嘘じゃないでござるよ!!おたすけー」

ヨシオは目の前のに抱きついた。
それを見た影は思わず深く頭を抱えた。
影が危惧した通り、黒神からは溢れんばかりの殺気が漏れ出している。

「……に気安く触んじゃねぇよ」

眼光で生物を葬れると言っても過言ではない。
はそんな黒神の姿は見えないが、声の調子から相当怒りを感じていることはわかった。

「ヨシオさん。大丈夫だから落ち着いて。ね?」

はヨシオに優しく語り掛けるが、ヨシオはの身体に抱きついたまま首を横に振るばかり。

「黒ちゃん、ちょっとだけ扉閉めるね」

恐怖の元凶から一度引き離そうと、は扉に手をかけた。
それが閉まる直前。
細い隙間に黒神は足を無理やりねじ込んだ。

「テメェさっさと離れろよ。……も、そんな奴捨てろ」
「あ、の、ちょっと離れてもらえるかな?」

ヨシオの肩に手をやるが、ヨシオはしっかりとの身体に張り付いており剥がれない。

「いやーー!!怖いでござるーー!!」

大の大人が喚き散らしていることで、黒神の苛立ちが加速していく。
それもにぴたりと顔を押し付けていることが余計怒りをより煽る。
黒神の真っ黒な瞳孔が開き、内に眠る力が放出されることを今か今かと待っている。

「ちょっとごめんね」

危険を察知したはヨシオと共に空間転移した。
場所はMZDの家のリビング。普段ならMZDがいるが、今は誰もいない。

「……はぁ。怖かった」

は大きな溜息をついた。
掌にはうっすらと汗をかいている。
自分に敵意が向いていなかろうと、指先が震えてしまうほど、黒神の威圧感は強いのだ。

「拙者死ぬかと思ったでござるよ」

そう言いつつも、に比べて晴れやかな顔をしている。
先ほどまで神の怒りという、誰も抗うことの出来ない強大な力と接していたのにである。
これにはさすがのも呆れてしまった。

「えっと、交換でいいのかな?」
「シノビアン子シリーズを所望するでござるよ!」

しゅたっと、ポーズを決めてを指差した。

「じゃあ、部屋に取りに行ってくるから、ここで待っててくれる?」

先ほどの元気はどこへやら。
ヨシオは身を翻そうとするのスカートの裾を両手で掴むと、
うるうる目で首を横に振った。

「で、でも、黒ちゃんと会う方が怖いでしょ?」

今度は首を縦に激しくぶんぶん振っている。

「困ったなぁ……」

はぁと、は溜息をついた。

「黒ちゃんには、ヨシオさんに手を出さないようにって言うから」
「手はいくら出していいでござるが、殺すとか物騒なのはなしでござるよー!」
「(手、出してもいいの……?)」

この事態をどう収拾しようかとは思案する。
その間もヨシオはのスカートを握り締めて、いやいやと首を横に振っている。

「ただいまー」
「あ!MZDだ!おかえり!!」

は声のする玄関へ行こうとするが、スカート掴まれているため出来なかった。
仕方なくMZDがリビングに来るのを待つ。

「お、……と、ヨシオ。お前ら何してんのー?」
「MZD、悪いけどヨシオさん見ててくれる?黒ちゃんと会ったら怖がっちゃって」
「ああ……。てことは、その鼻血あいつが?」

が頷くのを見て、MZDは自分の弟の手の早さに心底呆れた。
きっとヨシオが勘違いさせるようなことをして、黒神は確かめることなくとりあえず手を出したのだろうと、実際と寸分違わぬ予想をした。

はヨシオをMZDに任せると、自身の部屋に転移し、綺麗な缶を持って先ほどのリビングに戻った。

「はい。持ってきたよ」

はテーブルの上に缶の中身を広げた。

「前ね、黒ちゃんがやっていいよって言ってくれたんだけど、全部集まらなくて」
「おぉ!!シークレットが!」
「折角当たったのにダブったの。もう一つのシークレットは出なかったんだ」
「拙者、持ってるでござるよ!!」
「本当!交換して!」
「今は持ってないでござる故、今度持って来るでござるよ」
「あ、忍びアン子シリーズ以外は集めてないの?」
「実は、シノビアンシリーズも……」

とヨシオが騒ぐのを、MZDは微笑ましく見ていた。

「二人とも、なんか飲むかー?」
「私紅茶」
「拙者は緑茶がいいでござる」
「りょーかい」

二人はお互いの所持、未所持品を確認すると、そのままシノビアン、アン子について語り合う。
MZDと影が用意した茶菓子と茶で腹を満たしながら、充実した時間を過ごす。

「ありがとうでござるよー!」
「うん。こっちもありがとね。またねー」

後日物品を交換することを約束し、は自宅へと帰った。
デスクに向かう黒神に挨拶をすると、黒神はの周囲をじろじろと見た。

「アイツは」
「もう帰ったよ」
「……」

は伸びをしながら、ソファーへ座った。
黒神もペンを置き、の隣に腰を下す。

「お前、あれと初対面だろ。なんであんな抱きつかれて平気なんだよ」
「へ、いきって訳じゃないけど……。でも、怖がってたから」

黒神の追及にしどろもどろになる
下を向いてしまったに小さく溜息をつくと、そのまま小さな体躯を抱きしめた。

「……すまない。悪いのはじゃなく俺なんだ。
 俺が気を抜いていたせいであんな奴の侵入を許してしまって」
「悪い人じゃなかったから良かったよねー」
「……」

からすれば、自分の好きな話が出来る相手でしかないが、
黒神にとっては害悪そのものである。

「さっきは怖がらせてすまなかったな」
「ううん。私も突然知らない人の声がしたから驚いちゃって、つい叫んじゃった」
「……も気をつけてくれよ。世の中、変な奴なんて沢山いるんだから」

変な奴と言うのが一般的な意味ではなく、
に手を出す輩ということなのだが、勿論は判らない。











「くーろちゃん。ただい──」
「にんにん」
「きゃあぁあああ!!」

黒神のとび蹴りが、のすぐ後ろにいたヨシオの顔面にクリーンヒットした。

「またテメェか!!いい加減にしろよ」
「黒ちゃんやめて!ヨシオさんだよ!怪しい人じゃないよ!」
「十分怪しいだろうが!!近ぇんだよ!!」

をしっかりと抱きしめ、目の前の壁にもたれているヨシオを睨みつけた。

「せ、拙者は、殿に伝えたいことがあって……」
「あ゛?今ここで言え。内容によってはここで八つ裂きだ」
「黒ちゃんってば」

は窘めるのだが、黒神は必要以上に大事なに近づく男が嫌でしょうがなかった。
がいなければ、ここで一つの命を消し去るところだ。

「新しいのが出たの知ってるでござるか。シノビアンの」
「本当!?…………」

は黒神を見やると、じーっと目で訴えた。

「そんな顔をするな……500円までだぞ」
「やった!ねぇ、どこにあったの?」
「文具屋の入ってすぐのところに」
「それどこ?わかんないから、今から一緒にいこ」
「ちょっと待て!!!」

焦る黒神。きょとんとするとヨシオ。

「だ、誰と行くつもりだ?」

はヨシオの方に手を向けた。
黒神は一瞬顔を歪めたが、すぐにいつもの表情に戻した。

「……、後で一緒に行こう。だから」
「シノビアングッズは人気でござるから、即なくなるでござるよ」

は、なくなるの言葉にはっとすると、黒神に目で縋った。
折角説得出来る余地があったというのに、ヨシオの言葉によって見事無くなってしまった。
余計なことを言うなと睨んでみても、ヨシオは全く意に介していない。
黒神は面白くないと思いながらも、結局────。




「見てみて、新しいの出たー」
「おっ!良かったでござるな」
「やったー」
「拙者も、今の所ダブりなしでござる」
「良かったね!」

楽しそうにする二人の後ろ、離れたところで二人を監視しているのは。

「……そんなにご心配にならなくトモ」
「うぜぇ。アイツ。滅茶苦茶うぜぇ。ンだよ、近ぇんだよ。
 くそが、に触りやがって。穢してんじゃねぇっつの。
 それ以上近づきやがるなら、嬲り殺してやる」
「お、落ち着いて下サイ」
「俺は落ち着いている!……じゃなけりゃ、あんな野郎一瞬だ」

歯を食いしばり、拳を握って、必死に感情を抑える。
どうせすぐに終わること。硬貨を入れつまみを回すこと、五回で終わりだ。
少しの間だけ我慢しよう。耐えよう。
黒神はそう言い聞かせ続けた。








「ただいまー」
「でござる」
「ンでテメェまでついてくんだよ、ふざけんじゃねぇぞ!!」

ヨシオは摘み出され、MZD宅の廊下に捨てられた。
勿論はこの扱いを黒神に抗議したが全く聞き入れてもらえなかった。
黒神からすれば、十分譲歩したのだから聞き入れる必要はないと思っている。
結局、ヨシオがいくら扉を叩こうとも、それが開くことはなかった。

「ひどい、泣いちゃう。でも泣かない!」

ヨシオは先ほどあたったキーホルダーを嬉しそうに眺める。
結局一度もダブることがなかったため、あと少しでコンプリートである。

「ヨシオ、お前スゲーな」
「おお、MZD殿。これはこれは」
「黒神にボコられた経験あるくせに、尚行くとか……お前ホント凄ぇよ」
「いやぁあ、照れるでござるよんよん」

くねくねと身体をくねらせながら、頬を染めた。

「拙者あれくらいなら慣れてるでござる故」
「(あれくらいって、黒神の暴力って世間一般からみて滅茶苦茶強ぇんだけど……)」

神の力を使用しなくとも、黒神の腕力は強い。
素手の殴り合いになろうとも、大抵の者には勝ってしまう程だ。
普通ならば、敵わない相手だと恐怖するところだが。

「……正直言うとちょっと快感というか。キャッ!はずかち」











「きゃああ!!」
「テメェ!今日という今日はブッ殺すぞ!!」
「いやーお許しをー!」

そして今日も、ヨシオは嬉しそうに黒神に殴られるのである。




fin. (12/10/29)