れいだい、そのいち

俺はこの時間が大嫌いだ!

午後五時。
確実に学校は終わっている。それなのには帰ってこない。
こういう時のはと言うと、

1、学校の奴等と遊んでいる。
2、KKの家に上がりこんでいる。
3、俺の知らない誰かと接触している。

そして、4。
ヴィルヘルムの城に行っている。

1~3は許そう。1の場合大抵集団であるし、人間同士であるため何も問題は起きない。
2も同様、KKはそれなりに良識のある大人らしい。認めたくは無いが。
3はその時々によって評価が変わるが、危険なことは少ない。

だが、4。これだけは許さない。一応表向きは許しているが大反対だ。
あんな訳の判らない魔族なんかとは関わるべきではない。
あの男とやることは危険極まりないことばかり。それに奴自身も意図が読めないので危険だ。
百害あって一利なし。にとって何もいいことなんてない。

それなのには奴を気に入っているらしく、定期的に会いに行く。
汚れることもあるし、服を破ることもあるし、怪我をすることもある。
泥は洗えば良いし、服は買えば済む。
だが身体に傷を作ることだけは止めて欲しい。女の子なのだから。

だが行くなとは言えない。過去散々言っても一切意志を曲げてくれなかった。
それに、言えば言うほどは頑なになり逆効果である。
とすると、黙っているしかない。
俺は朝が登校してからずっとを待っているというのに、
糞魔族の後にに会い、それも就寝までの短い時間の更に短い時間しかいられない。

は俺のなのに。いや、今はそうではないが。
他人にを取られるなんて気に入らない。腹が立つ。

普段ならばあの男の城になんて寄り付きたくも無いが、今日は行こう。
適当な理由をつけて、を連れ帰ろう。それがいい。
最近と会う時間が少ないからな。偶には良いだろう。

俺は食事の用意をする影を置いて、一人、ムカツク魔族の城へと転移した。





転移先はホール。
相当な人数を収容出来るのだろうが、俺はアイツとジャック以外を見たことが無い。
奴の過去なんて知らないが、昔はちゃんと他人を呼んでいたのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。を探そう。

俺は感覚を研ぎ澄まし、の位置を探った。見当たらなかった。あの魔族も同様。
大きな溜息が漏れ、脱力する。はまた俺に居場所を掴ませないように細工しているようだ。
は厄介な知恵ばかりをつける。入れ知恵をする馬鹿はどいつだろう。
いつかそれを知ることが出来たのならば、そいつをこ……ろすまではいかなくとも、何かしらの報復をするつもりだ。

それにしても困った。手がかりが無い。
魔界だろうか。それとも人間界の別の場所か。奴等は色々なところに行くらしいから見当がつかない。
ここにいれば、そのうち帰ってくるだろう。
仕方が無いので、俺はそこらへんにあった椅子に勝手に腰掛けた。
デザインも良く、座り心地が良い。奴のことは嫌いだが、調度品のチョイスは認めよう。

しかし、ここはやはり魔族が所有する城だ。魔族が溢れかえっている。
力の差を感じているのか、どいつもこいつも俺に近寄ることはない。
好都合である。襲われでもしたら面倒だ。始末は簡単だがにその場面を見られでもしたら大問題である。

「おや、この城の主人はいないのですか?」

俺は声の主の方向へ目だけを向けた。あれは魔族ではなく幽霊だ。

「留守だ。行き先は知らない」

早く帰れ、面倒な。初対面の生き物にイライラしてくる。
俺は以外は基本的に嫌いなのだ。

「貴方が創造の神と対を成す漆黒の神ですね」
「……それがどうした」

MZDではなく、黒神という俺を知っているらしい。
判るくらいにこの世界に永く居座っているのか。
それとも、と接触したことがあって話を聞いたのか。

「いえ。お嬢さんが貴方のことをお話になりますので」

経由の情報であることが確定した。
に罪はないが、他の奴等にはあまり俺を認知してもらいたくないのが本音だ。
黒神は表面上消えたことになっているのだから。

「そうですね……。貴方はお嬢さんのお迎えにいらっしゃったのですか?」
「……そうだ」

俺の挙動一つ一つを探られているような気がする。不快だ。

「でしたら、もうすぐ帰ってきますよ。平日ならばあの二人は遠出をしませんから」
「そうか」

ここで待っていることは正解のようだ。
であれば、早くこの男に去ってもらいたいものだ。気が散る。邪魔だ。
他人の存在は落ち着かない。苛々が止まらない。
それに、先程からこいつは俺を探っているようだし、尚不快だ。

「……貴方は、過保護なのですね。あのお嬢さんのためにここまで来るとは」

無視することにした。答えていけば、ずっと質問される気がしたからだ。
すると奴は俺の返事が望めないと判った癖に、言葉を続けだした。

「お嬢さんは今時珍しい無垢な心をお持ちだったのでしょう。
 今は俗世に染まりきっていますが、やはり端々にはその片鱗が見えますから」

の話をすれば、俺が反応すると思っているのか。
それとも、こいつは最初から俺じゃなくて、目的か。
だとしたら、意地でも返事をすべきではない。の情報なんて他の奴等には一切やるものか。
あれは、俺だけが保持すればいいのだ。

「記憶が無く、世間を知らない……とくれば、本来外になどやりたくないはずですがね。
 あの少女はいい作品になる。姿をもう少し幼くすれば、完璧な少女になるでしょう」

そんなの理解している。外の世界に染まって欲しくなどなかった。

「ずっと閉じ込めておけば良かったのに。夢の世界へ。自分の世界へ。
 幼く無垢なあの少女ならば、貴方だけを望み、貴方だけを認め、貴方だけを見続けたでしょうに」
「そんなの!!!テメェなんぞに言われなくても判っている!!!」

したり顔の仮面幽霊。腹が立つ。のことを言わなければ俺も反応せずに済んだのに。

「怖い御方だ。さすがは黒神」
「……調子に乗るな」
「でも、貴方は私を殺せない。幽霊だからというわけではなく。あの子に知られると都合が悪いから」

高を括っているようだ。だが、しかし、言うとおりである。
この男は幽霊であり、魔族よりも消滅の可能性が低い。突然消えれば不自然だ。
神に準ずる力を持つなら、俺の仕業であることを察してしまう。

「どうかな。お前に関する記憶をから消去すれば問題ない」

はったりだ。
就寝中くらい無防備でないとの記憶は消せないだろう。
それにこれ以上の記憶は消せない。
殆どの記憶を失っているに記憶の消去を行えば、記憶回路に問題が生じ今後のことを記録することが困難になるかもしれない。

「……貴方は、お嬢さんを愛してはいないようですね」
「いい加減にしろ!!」

ふざけるな。何も知らない幽霊如きが偉そうに。
俺がを愛していないだと。そんなこと有り得るものか。
俺はのためなら何でも出来る。この世界も壊せるし、譲渡だって出来る。
お前にそれが出来るのか。幽霊如きに何が出来るというんだ。
身体を失い、魂さえ不完全な紛い物で、生前人間であるが故に何の力も持たない奴が。

「貴方が愛しているのは自分だけ。自分を肯定する誰か欲しいだけ。
 それが偶々あのお嬢さんだっただけ」

ぴしりと、奴の仮面に罅が入った。
これ以上言うならば、こいつを殺す。の意見なんて関係ない。
 
「怖い怖い。何を怒ることがありましょう。誰しも似たようなものではありませんか」
「へー、じゃあテメェが必死に蘇らせようとしているあの女も、お前にとっては自己愛の道具でしかないと言う事か」

仮面の男は会った当初からへらへら笑っているだけであったが、そこで漸く顔を歪めた。

「……趣味が悪い」
「テメェもな。踏み込んでくんじゃねぇよ」

馬鹿な男だ。俺には破壊だけしかないと思っているのか。
生き物の記憶を辿ることなんて一瞬だ。
特にこの男は、無の世界を拒み幽霊になるほどに気がかりなことが現世にあることは明らか。
そこを突いてやればいい。それにしても判りやすい弱点だ。なんだ、女のためか、馬鹿馬鹿しい。

「判ってるだろう。お前の願いは叶わない。テメェが必要とした相手はもう二度とお前の前に現れない」
「……ええ、私の力だけでは出来ないでしょうね」

もしかして、この男の目的とはそれか。俺かを利用して蘇生するのか。

「悪いがお前の目論見が叶うことは無い」
「それは判りませんよ」

再度、男は笑う。
何を知っているのだ。もしかして、の秘密を知ったのか。
いや、それだけは有り得ない。有り得ないはずだ。だが、もし……。

「あのお嬢さんを想うならば、私の──」
「あ!!!黒ちゃんだ!!!」

唐突にと魔族が現れた。幽霊は苦虫を噛み潰したかのような顔を見せる。
さすがはだ。タイミングに文句のつけようがない。

「どうしたのこんなところに」
「貴様、我が城を愚弄するな」

はてってってと可愛らしく駆け寄ってくる。

「もう帰る時間だったっけ?」

そういえば、何しに来たんだったっけか。

「神とは随分暇なようだな」
「お前も結構暇してるじゃねぇか。暗殺しろよ」
「雑魚はジャックで十分だ。私が出る必要はない」
「そんなんだから、私がジャックと遊べないんじゃん!偶には休ませてあげてよ!」
「なら代わりに貴様がしろ」
に暗殺なんてさせようとしてんじゃねぇよ!テメェがしろ。その辺一帯滅ぼしとけ!」
「黒ちゃん、それは駄目だよ!……でも破壊の神様だからいいのかな?」
「神の許可が下りた。……だが、貴様の思い通りに行動することは癪だ。今日は何もしない」
「ニート魔族め」
「ヴィルって無職なの?暗殺者って職業なの?」
「私にそのような下らん肩書きをつけるな。魔族は魔族でしかない」

はぁ。何を言っているやら。を連れてさっさと帰ろう。
確かそれが目的だったはずだ。

帰るぞ」
「はい。ヴィルじゃーね。あと、ジズさんも」

敢て同じタイミングで転移せず、だけ先に帰らせた。
俺はアイツに言い忘れている。

「おい」

幽霊はにこにこと俺を見た。嘘臭い笑みだ。気色の悪い。

「俺はお前の脅しには屈しない。いくらのことでもだ」
「そうですか。過保護だと想定していましたが」
「過保護だろうな。だがそれ以上に俺は自己愛が強いらしいからな。お前曰く。
 結局のところ、問題があればお前を殺せばいいだけだ。
 いや……。お前が望むあの人間を、もう一度殺してやろう」

奴の気持ち悪い顔が固まった。とても楽しい。気分がすっきりする。

「無の世界にいるのか、それとももうこちらの世界に生まれたか。
 どちらであろうと、俺が関与できる範囲内の話だ」

気が気じゃないだろう。ほら、もっと絶望しろ。
俺を脅すならまだしも、を利用しようとしたことに関してはキッチリ罰を与えてやる。

「……さすが"黒神"、ですね」
「ああ。これがお前らが望んだ"黒神"だ」

これでは危害を加えられることは無いだろう。
少しでも傷をつけたのならば、この男の愛したその女を苦しめれば、こいつは勝手に苦しむだろう。
直接男を痛めつけるよりも、ダメージを与えられる。
今後のために、探っておくか。この男が所望する女とやらを。

「……お嬢さんに貴方のその本性をお伝えしたらどうなるでしょうね」

尚も俺を揺るがそうとする男に、鼻で笑って言ってやった。

はそれでも、俺を受け入れる」

もうこいつに言うことはない。が待っている。
こんな奴等といるよりも、と過ごす時間の方が貴重で有意義だ。











「無様だな」
「失礼ですね。ちょっと失敗しただけです」
「黒神を目の前にして焦ったな。まだ産まれぬ卵を気にしたせいか」
「ええそうですよっ。認めましょう!」

幽霊紳士は子供っぽく頬を膨らませた。

「黒神は単純だが力がありすぎて面倒だ。子供の方にしておけ」
さんもお馬鹿ですし使いやすいですからね。それに何より見た目がいい」
「悪趣味な」

ジズの嗜好は理解できないと、ヴィルヘルムは吐き捨てた。

「今日はどちらへ」
「魔界だ。奴を鍛えていた。全くアレはなかなか成長を見せないし、覚えも悪い。頭が痛い」
「そう言いながらも、貴方はお嬢さんを生かし続けるのですね」
「アレはいい道具になる。黒神の元にいれば奴はあの力を腐らせるだけだ。
 だから折角なのでこの私がわざわざ利用してやっているのだ」
「本当に、それだけですか」

目を光らせたヴィルヘルムから、ちりりと殺気が放たれる。

「言いたいことがあるならはっきりと言え」
「いいえ。なんでもありませんよ」

ジズは楽しそうに笑った。

「貴様は気味が悪い。外面だけで笑いよって」
「いいでしょう。親しみやすくて」
「逆だ。貴様にはいつも感情が無い。元人間の幽霊の癖に」
「元人間の魔族に言われましてもねぇ」

くすりくすりとジズは笑う。口を弓のように曲げて上品に。

「ねぇ、ヴィルヘルム。もし、お嬢さんを殺したらあの男、どうなるんでしょうね」
「……さぁな。最高の愉悦が得られることは間違いない」

口元をきつく結ぶばかりのヴィルヘルムが、ふと緩めた。
ジズはいつもと同じく笑う、笑う、笑う。

二人の心は判らない。ただ笑う。皮膚を引っ張り上げて、唇を自在に操って。


「ああ、面白いですね」





fin. (13/03/16)