わるい、かお

「貴女にイイコトをして差し上げます。だから私の要求を聞き入れなさい」

慇懃無礼の例文に採用されてもおかしくない発言である。
そんなジズに、は大きな溜息をついた。

「あの、内容にもよるんですが……」
「さっさと申すのです。貴女の望みを」

話が噛み合わない。
だがこの程度の事、は慣れっこである。

「じゃあ、人形操りの方法とか……どうですか?」
「良いでしょう。少々面倒ですが。貴女如きに教えると言うのも癪ですが」

やれやれと肩をすくめ、人形使いジズはと共に自城へと戻った。
ヴィルヘルム城とは違い、華やかな外観。
青く澄んだ空と石造の外壁のコントラストが美しい。
それはの足を留める程であった。

「見惚れる事は許しますが、足は動かしなさい」

ジズに促され、彼の人形が両端に整列して出迎える中、入城した。
を応接室へ通すと、ジズは暫く席を外し、帰って来た時には手に十字に組まれた木が二つあった。

「受け取りなさい」

手渡されたそれは、の手ほどの大きさであった。
ジズはするすると白手袋を外す。

「これを使えば、何であろうと人形として使えます」
「例えば?」
「実際に試すのが良いでしょう。ほら、使いなさい」

は両手に組み木を持った。

「あの、使い方を教えてくれないと」
「それくらい、自分で考えなさいな」

繰り術を授けるとの約束であるというのに、この言いよう。
ジズとの付き合いにも慣れてきたでも、少しむっとしながら、手の中の木に集中した。
組み木を地と平行に持つと、壁際で待機するジズの人形メイドに向き合った。

「アド・ラ・ティウム」

普段使いの言語とは異なる音をさらさらと吐いて、は組み木を傾けた。
不動の人形がことりと腰を折る。ジズは感嘆の声を漏らした。

「流石は神に愛されし者」
「フィーニス」

が両手を下ろすと、人形はまた元通り直立となって主であるジズの命を待つ。

「使い方は道具が教えてくれましたが……。
 これ、なんか変じゃないですか?
 力を使って紛い物の命を与えようとしたら、既に意思があるようでしたが」
「そうなんですか?」
「え。ジズさんが使うときは何もなかったんですか?」
「だって私、使ったことありませんし」
「どうしてですか?」
「だって、それ、呪いの道具ですよ。呪われるなんて嫌じゃないですか」

思わず、は手の中の組み木をジズに突き出した。
が、ジズはそれを避ける。

「逃げないで下さいよぉ!私だって呪われたくないです!」
「何を弱気な。私が入手できる程度の呪い道具が神に勝てるわけないでしょう」
「私は人間ですもん」

暫くの間、の「返させて下さい」とジズの「お断りします」の応酬が続く。

「最低!人でなし!悪魔ぁ!」
「おほほほほ。幽霊です故」
「呪ってやる。人形全部が溶けてなくなる呪いをかけるんだから!」
「ならば貴女の学校へ行って、神を意のままに操る化け物は去れと落書きします」
「ひ、酷い……酷過ぎる……」

戦う意志を失ったとは対照的に踏ん反り返るジズ。

「まあ安心なさい。それの呪いで死んだ者は今までいないそうですから」
「で、でもこれ自体、残虐な方法で作ったとか」
「それについては、ある燦下が作り出したもの……としか。
 それも実は曖昧なんですけどね。
 なんでも、造りもあまりにシンプルすぎて、何処の物か誰の物か、目的も判らないとか。
 私も衝動でなんとなく買い付けただけですから、貴女に教えてあげられる事は一切ありませんよ」
「よく、そんな怪しい物購入しましたね……」
「貴族とは好奇心と虚栄心で出来ているのです」

落ち着いたところで、人形使いジズによるマリオネット講座が開講した。

「まずは操る人形が必要ですね。貴女は何がしたいのですか」
「はい、先生。具体的な目的はありません」
「ソフィア、厨房のミートパイをこの女にぶつけてやりなさい」

扉脇で待機していた人形がこくりと頷く。

「ごごごめんなさい!」
「二度は許しませんよ」
「でも本当に具体的なものはなくて……。
 ジズさんが一人でお人形と遊んでるのを見ると楽しそうだなって思ったんです」
「貴族の高尚な遊びをする私を見て、同情したわけではないんですね?」
「違いますよ!全然。そんな」

だだっ広い部屋の真ん中でブツブツと呟きながら人形と戯れるジズは、
心の病にかかっているかのような暗さがある。
その姿を可哀想と思っているであるが、黙っていた。

「操りたいものが無いのならば、私の実験に付き合って頂きましょうか。
 それだと私の望みも叶えられて一石二鳥ですし」
「良いですよ。でも気持ち悪いものや怖いものはなしで」
「ええ。その点については問題ありません」

手を叩くと、人形メイド達が姿見を部屋の中へ運んできた。

「人形のモデルは貴女です」

の身長、幅より一回り大きい姿見が、を囲む。
後ろで跳ねた毛先も、揺れるスカートも全てが鏡の中に。

「うん。これなら作れると思う」

鏡に映った自分を隅々まで観察し、は祈った。
自分とそっくりな人形がこの世界に現れるようにと。
音もなく、ジズの隣にそっくりの人形が出来た。
ジズはそれをねっとりとした視線で上から下まで見て、
頬や手、髪の毛、服の質感を確かめた。
小さく頷くと、今度はその服を脱がせようと手にかけた。

「ひぃぁああああ!!!」

姿見の一つが、ジズの上に落ちた。
みしっ、と鈍い音がする。

「…………ぐ、ぐぐ……貴女!!何をするんですか!!」
「そっちこそ!」
「いい加減になさい。キレますよ。
 紳士だってキレると言ってしまうくらい腹が立つ事もあるんですよ!!」
「じゃあ、どうして脱がそうとするんですか!変態!」
「お馬鹿な事をおっしゃらないで頂けます??
 私はただ、服の下の造形の確認をしたかっただけです。
 だから鏡を私に落とそうとするなくださいお願いですから!」

帽子がずれ、服装の乱れたジズを睨みながらも、仕方なくは浮かせた姿見を下した。
ついでに、ジズの上に落とした姿見を元の場所へと戻してやる。

「……全く、手加減を知らない人ですね。
 流石、あの粗雑な黒神の教育を受けているだけある」
「何か言いました?」
「いえ、何も。それより、人形の造形が気になります。
 本当に貴女とそっくりか比べますので、とりあえず、貴女が脱ぎなさい」

全ての姿見が宙を浮き、ジズ目掛けて飛んでいった。





「漸く完成しました!」
「えぇ…………。今、生きている事に深く感謝致します。幽霊ですけど」

仮面のヒビを撫でながらジズは呟いた。
床には引き裂かれた上着が無造作に投げられている。

「どうですか!似てますか?」
「えぇ、とても」

人形はモデルに瓜二つである。
肌の質感、目の輝き、髪質、体温、そして鼓動。
その全てが、モデルであると同一である。
凝り性のジズが気にしていた服の下に隠された身体であるが、
曰く「だいたい」の出来であり、手や顔のような露出箇所と比べ、精巧さはガクっと落ちる。
それでも、人形の完成度はそこいらの造形師によるものより、はるかに優っている。
これはの才ではなく、万能な神の力によるものだと、ジズは推測する。

「では、さっそく動かしてみましょう。コントローラーをお渡しなさい」

一瞬、動きを止めたであったが、やがて握りしめていた組み木を渡した。

「何かおかしい事でも」
「ううん。機械みたいな事を言うからピンとこなくて」
「気に入らないのなら、吊り手と呼びましょうか」
「うん。そっちが良い。でもそれをジズさんが持ってていいの?呪われないですか?」
「なら貴女が持ちなさい。そして絆すのです」

は返却された組み木を持って、自分の人形を組み木のコントロール下に置いた。
へなり、と人形は床に座り込んでいる。
組み木を傾ければ、人体の構造上曲がらない方向へ手足、首が曲がる。

「怖い事になっちゃった……。動かし方がよく判らないです」
「全く、不器用ですね。そのまま握ってなさい」

の手の上から、ジズは組み木を操る。
すると、人形のはすくりと立ち上がり、スカートの裾をつまんで恭しく礼をした。

「わあ、流石ですね!」
「当然。もっと褒め称えなさい」

ジズが間接的に操作する事によって、人形は人間のように動き回った。
不思議な事に、操作者の意図を汲み取り自動的に表情まで変化した。
こうなると、本物の人間と遜色ない。

「ただの十字型だと、本来は複雑な動きは出来ないのですが……。
 何らかの力が働いているのでしょうね。指一本一本まで、私の思い通りです」
「でも、私がやったら上手くいかないですよ?」
「判りません。経験者である必要があるのかもしれませんね。
 全て自動式じゃないなんて、呪いがかかってるくせに、面倒ですねぇ」
「そうやって馬鹿にすると、吊り手さん怒ってますよ」
「宥めなさい!急いで!」

暫く二人で試行錯誤したが、呪いの吊り手を起動し命令出来るのはのみ。
人形を思い通りに操作出来るのはジズのみであった。

「不便ですが仕方ありません。とりあえず、試してみましょう」
「試すって何を?」

ジズは三日月のように口端を吊り上げた。











「チッ。またかよ」

盛大に舌を打つ音が、静寂を壊した。

「今日は休日じゃねぇのかよ!」
「この地域では平日デスし……」
「適当に記念日作ればいいものを」

たかが学生と一緒にいたいが為に記念日を乱発されては、国民は堪ったものではないだろう。

「で、午前中だけだよな。ほんっとーに、それだけだよな!」
「え、ええ……」

昼前で終わろうとも、そのまま何処かへふらりと足を運んでしまえばそれまで。
いつ終わるかは問題ではないのだ。

「今頃、は何をしているんだろうか」

急に語気を弱めた黒神は、深く溜息をついた。
世界最強とされる神も、寂しさには弱かった。





「い、ええええええええ!!終わったぜ!!」
「うるせぇ……」

大声をあげるニッキーの横で、リュータは耳を塞いだ。
さっきまで、ニッキーのクラスではテストをしていた為、今は解放感でいっぱいのようだ。
いつも以上にテンションが高い。

はどうだった?」

同じくテストを受けたに尋ねる。
出来については何も言わず、ただにこりと笑う。
よくある所作であるが、リュータは見入った。

「なにか?」
「いや」

ほんの少しだけ首を傾けて、リュータの顔を覗き込むから、目を逸らした。

ちゃんはどうせまたヒデェ点だろ。聞いてやんなって」
「判りませんよ。なんなら勝負します?
 私が勝ったらちょっとお付き合い頂きます。
 逆ならこの身体お好きにお使い下さって結構」
「……え!?マジか!?」

突拍子もない提案に、暫し思考が混濁する。
身体を好きに使うとは何処まで許される、何をさせる。
ニッキーの思考は加速し、自分の求める展開を組み立てていく。
許されるギリギリまで。使える物は全て使い、利用できる環境は根こそぎ利用する。
と、彼は自分が負けることは一切念頭にないようだ。

「ちょっとお花を摘みに行ってきます」

沈思黙考するニッキーを置いて、は教室を出た。

「……なんか、おかしくね?」
「……」

違和感を覚えるリュータであるが、
友人はそのまた友人を何処まで穢すかという、妄想で大忙しであった。

一方、教員用のトイレでは。

「ジズさん!!!私こんな事言いませんけど!!
 そうでしたっけ。紳士は常に最先端を追いかけているのでうっかり忘れてしまうのですよねぇ。
 何が!?本人を隣にしてその言い分は無しです!
 それよりここで怒鳴ってて良いんですか?
 ここなら人はいないし、大丈夫です。って!!なんでパンツ、止めて!脱がないで!いやいやいや!ソックスもダメーー!!」

の身体(人形を指す)を盾に、(本物)を自在に操れる事にジズはご満悦である。
引き続き、身体の操作権と発声権を使い、次に接触するのは。

さん、もしかして待ってくれてた?
 ごめんね。もう終わったから」

廊下で出会ったサユリに、ぱあっと顔を明るくする(本物)であるが、
己の思う行動と反して人形は動く。

「これはこれは、ご機嫌麗しゅう」

跪いて手を取ると、そのまま軽く口付けた。
廊下の真ん中で。他の生徒もいる中。

「ご丁寧にありがとうございます」

これまで幾度となく振り回されてきたサユリはこの程度では動じない。
羞恥心はあれど、流す方が結果良い方向へ進むと経験が言っている。

「これでも貴女の美しさにはまだまだ足りません」
さん、今度はどんな遊びなのかな?」
「遊びだなんて。私を世の軽薄な輩と同じくされては、傷ついてしまいます」

ここでサユリ、軽い疑念を抱く。
この手の遊びはすっと終わることが多く、
特に自分が乗り気でない事をやんわりと顔に出すと必ずは読み取る。
しかしこの程度の違和感では真相に手が届かない。
今日は悪ノリがしたい日なのだと、あっさり処理をした。

「このまま一緒に教室に戻ろっか?」
「うん!」

するりと人ではない手と繋いでも、サユリは気付かない。
普段通り────とはいかないが、多少の引っ掛かりがあろうとも会話は成立していたし、
何より友人が人形にすり替わっているなどという発想なんぞ、出るはずがなく。

「終わったか!それにも一緒か」

サユリは出迎えるサイバーに一言二言言うと、自席に座ろうとする。
それをは制した。そっとハンカチーフを取り出すと椅子の上に敷く。
その行為に、一同の違和感が爆破した。(熟考中のニッキー除く)

「なぁ、、そういやさ、グレートギャンブラー三十八話ってどんな待ちだっけ?」
「……ペンチャン待ちのタンヤオあがり」
「そうだったそうだった。く~俺としたことがついド忘れしてたぜ」

てへぺろ。
そんなサイバーにリュータは耳打ちする。

「意味わかんねぇけど本当に合ってるのか」
「合ってる。しかもあがり役まで言ってるって事は余程の自信がないと出来ねぇよ」
「てことは、やっぱ?」

帰宅準備をするサユリに触れこそしないが、やたら距離が近い。
普段もそういうことはあるが、今日はなんとなく見てて気持ち悪かった。

「サユリが引いててもあの調子だぜ。やっぱ変じゃね?」
「俺もそう思うけど……何か方法はあるか?
「オレに考えがある」

と二人の間に割り込んだのは、方策がまとまって上機嫌のニッキーだった。
作戦内容をサクッとサユリにメールする。
鞄の整理をしていたサユリは受信にすぐ気づき、内容に目を通した。

「……え!?……はぁ……あのさん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、ダメ、かな?」
「勿論。私で良ければ何なりとお申し付け下さいませ」
「……ちょっと、外行こっか。荷物も忘れないで」

教室では人目がある。
校庭でも、中庭でもいいから、一度外へを連れ出せと、それがまず一つ目の指令。
サユリは座るところのある中庭を選択した。

「後ろにいる、隠れる事が下手な人達は良いんですか?」
「う、うん……心配してくれてるみたいだから」
「貴女がそういうのであれば、構いませんが。気に触るようなら遠慮なく。
 一瞬で消えてもらいますから」

冗談か、本気か。
これだけでは判断しかねる。
サユリは二つ目の指令を実行した。

「あのね、好きな人の事なんだけど」
「そうですか。お嬢さんくらいの年頃であれば、異性に興味を抱くのも必然でしょうね」

本物のならもっと驚くか、嫌がるのではないか。
三人とも疑いを強めながら、耳をそばだてる。

「ちなみにどんな方で」
「えっ、と……寂しそうな人、かな。
 きっと普段はそんな事ないんだろうけど!
 ……でもね、なんでもないって、言葉を吐いて拒絶する時、
 きっと本当は誰かに居て欲しいと思っているような気がして。
 でもその誰かは、もう既に決まってて、誰にも代用は出来ないような、気がします」

しっかりと聞いている、男子三人。

「サユリ意外と演技派じゃん。ヒーロー活動に参加させるのも良いかも」
「つか、誰のこと言ってんだ?知ってる奴なら馬鹿にしてやるのに」
「お前そんなだから嫌われるんだろ……」

こそこそと話しているので、三人の会話は二人にまでは聞こえない。

「偲ぶ恋とは。なんともいじらしい。とても美しいですね」
「そんな事ないです。私は怖いから、何もしないんです。ただ見ているだけで」
「構いませんよ。まあ、気づかれるかといえば、そうでない事が殆どでしょう。
 ですが個人的には、積極な方よりも好感が持てますよ。
 人を想うからこそ、自分の欲を通しきれない。
 意気地がないと言う者もおりましょうが、想いは想定以上に相手に負担を与えます。
 相手を慮る心があれば躊躇って当たり前じゃないですか」

無意識に話を聞き入っている三人。

「……なんか、まともな意見だな」
「寧ろまとも過ぎ。ちゃんっぽくない」
「経験者の言葉って感じで、俺普通に感心してる」

外野ですらこうなのだ。
対話をするサユリは三人以上に、(ジズ)の言葉が心の奥底に染みていた。

「……もしかして、誰かを気にして前に進めない、とか?」

探るような言葉に、サユリは思わず顔をかぁっと赤らめると、
ニッキーからの最後の指令を言葉にした。

「っさん!!!!キスの後にする事は!?」
「そりゃあセーーー」
「「「偽物だ!!!!」」」

三人は植木から飛び出し、の身体を羽交い締めにした。
念の為と、サイバーはの首にかかる銀色の指輪を取り外し、
作戦を実行したサユリを労った。

「お疲れ。サユリの演技バッチリだったな!」
「え!?そ、そうかな!」

半笑いなサユリを見て、薄く笑う──の姿を借りたジズ。

「で。お前は誰なんだ。本物のちゃんは何処だよ」
「ま、バレちゃしょうがありませんね。
 って、バレるに決まってるじゃないですか!!」

ぎょっと、一同は驚いた。
の身体で、の声、けれど、何かが違う。

「それに私の人形とはいえ、なんでサユリにベタベタベタベタするんですか!
 ジズさん最低です。それだけは絶対に許せません。
 貴女こそ!あれだけ人を惑わしているくせ、まだ何も知らない生娘だったんですか?
 嘘でしょう。カマトトぶっているとしか思えませんがね。
 意味が判りませんよ。何を言おうとしてたんですか?
 それは紳士の口からはちょっと。ヴィルヘルムにでも聞いて下さい。
 嫌ですよ。どうせ、憐れまれるだけなんですから!」
「ちょいちょい。一人芝居もそれくらいに」
「一人芝居じゃないもん!
 二人羽織ですかねぇ」

その場にいる全員に、簡単ではあるが現状を説明した。
誰一人、嘘と疑うことなく、この有り得ない現象を現実と受け入れた。

「さっき手を繋いだ時も、全然判らなかったよ」
「本当?そう言ってくれると嬉しい。もう一回触る?」

の言葉に甘え、サユリはの頭や手に触れた。

「……言われた後だけど、やっぱり違いが判らないな」
「じゃあ次、オレー」

ニッキーが抱き付こうとすると、すっとは逃げた。

「ご遠慮願えますか。私の身体ではないとはいえ、男性はお断りです」
「オレだって。ちゃんの身体に男が声当ててるとか、キモイんだけど」
「……きもいはグサっとくる」
「や、ちゃんに言ったんじゃねぇから!ってお前ら面倒くせぇな!」

操り手側からすれば、声を発するだけで良い話だが、聞き手はたまったものではない。
同じ調子で話しているので、どのタイミングで切り替わったのか判断するのは難しかった。

「これで、人間では見分けられないことが判りました。次へ行きますよ。
 じゃあね。次は本物の身体で登校するから安心してね」

サイバーから指輪(偽物)を返却してもらい、人形は颯爽と校門へ歩いて行った。

「あっ!じゃあさっきの勝負はどうなんだよ!!」
「ああ、さっきのテストの点がどうとか」

その場にいたリュータであったが、本物そっくりの人形のインパクトで言われるまで忘れていた。

「なあ、ちゃん聞いてたなら有効だよな!な!」
「そうなんじゃね?」
「ヨッシャ!」

リュータはぼんやりと思った。
テストの科目は英語。ジズも受けたならば、結果は変わってくるのではないかと。
その予想が当たったことが判るのは、明日である。





学校を飛び出した人形はというと、普通に町を歩いていた。
その間、操り手である、ジズとはジズ城で相談中である。

「敢えて、口調や素振りを貴女ではなくしました。
 彼らが貴女と普段過ごしていなければ、いつもと違うと思うだけで気づかなかったでしょう」
「そうですね。私自身、人形を見ていると、私の方が偽物のような気がしてしまうくらいです」
「ですが、まだ改善点はあるはずです。完璧を目指さなければ」
「もう十分な気がしますけど……」
「他にいないんですか。実験に使えそうな者は」
「そうですね……じゃ、おじさんかな」

の指示する方向へと人形を歩かせる。
住宅街を歩いていると、一人の男とすれ違う。

「ああ……ミスターですか。もう人間はさっき試したでしょう」
「もう一回です」

が口を閉ざすと、ジズも操る方へ気を集中させた。

「こんにちは」
「嬢ちゃんか。今日は変な時間にいるんだな」
「昼までだもん」
「なら、こんなとこフラついてないで、さっさと帰れよ」
「はい」
「ついでだ。やるよ」

KKはポケットから小袋に入った抹茶ラスクを取り出し、に渡した。

「……どうしたの?」
「土産だつって、押し付けられた。抹茶なら食えるだろってよ」
「そうなんだ。ありがと、お家で食べるね」

が微笑を浮かべると、KKは軽く頭を撫でた。

「……今日は機嫌が良い。久しぶりに抱き上げてやるよ」
「え゛、それは」
「本当!?」

突如空中に本物のが現れ、そのままKKに飛びついた。

「そんなに良い事があったの!?私も嬉しい!」
「な、どういう事だよ」

きちんと受け止めながらも、(人形)と(本物)がいる事に驚きの声をあげた。

「ちょっと貴女!出ちゃダメでしょうが!
 これを操るのはあくまでも貴女。
 出ないと私が呪われてしまうでしょう!!」
「もうちょっと」
「急ぎなさい!!!」
「えー」

ごめんねと、小声で謝罪し、本物のはその場から消えた。

「全く。貴女も軽薄ですね。私に何かあったらどうしてくれるんです
 だって、おじさんが抱っこしてくれるって
 こんな男の何処が良いんです
 おじさんはいいひとだもん!ジズさんとは大違い!
 何を言います。私ほどの紳士を捕まえておいて」
「おい、ついていけねぇんだけど……」

ここでネタバラシタイム。

「全く、また変な遊びしやがって」

悪びれなく、は笑っている。

「おじさんは気づいた?」
「……触った時の反応が違ったからな。
 正体は判んねぇし、とりあえず抱き上げるフリして絞めるつもりだった」
「……ひ、酷過ぎない?」

もし自分が飛び出さなかったら。
そう考えて、は背筋が凍った。

「しょうがねぇだろ。嬢ちゃんの周り、変な奴らしかいねぇし。それに俺にだって」
「それって、私の事も含んでませんよね?」

ジズは心外であると、不満げである。

「嬢ちゃん、遊びも程々にしとけよ」
「うん。判ったー」

どうせ口だけだろう。と、KKは思っている。

「そこの貴方。反応以外で気付いたことは?」
「はぁ……。言われた後だから思っただけだが、
 例えば、運動後に肩で息をする事はあるのか。緊張状態の血の気が引いた表情。
 これらの些細な所作が再現されてないなら、違和感を覚えるんじゃねぇの」
「成る程。そうですね。貴重なご意見感謝致します」

上辺だけの礼を言い、次の対象の元へと人形を運んだ。





「こんにちは」
「なんだ貴様か」

次の実験はヴィルヘルムを相手にする事。
今までとは違い、ここでバレればジズ、共にただでは済まない。
人形を操るジズの手にも緊張が見える。

「……どうしたの?」

豪奢な椅子に座り物思いに耽るヴィルヘルムに、慎重に話しかける。

「黙っていろ」
「すみません」

邪魔にならぬよう、部屋の隅に座るであったが、
暫くして席を立ち、書庫へと足を運ぶ。
ヴィルヘルムの視界から外れた事の安心から、人形は小さく息を吐いた。
まず第一段階は成功である。
ただ、このままへ関心が向けられないのならば、実験にならない。
ヴィルヘルムの瞑想が終わるまで、ゆっくりしようという考えだ。

「呪い全集……って、そのままだね」

発声権は今、にある。
ヴィルヘルムとのやり取りをよく見ているジズであるが、
下手を打てない事から、に任せている。
自分はの発言に瞬時に合わせ、人形を動かす。
ラグの発生はヴィルヘルムに怪しまれる要因になる。
操り師としての、ジズの技量が試されていた。

はいつものように、書庫の書物を手に取り、その内容を読み進めていた。
暫くすると、足音なくヴィルヘルムがやってきた。

「神殺しの算段か」
「違います。……知らない分野だから、見ておこうと思って」
「そんなもの跳ね返せば良い。術者が死ぬだけだ。最も神が術者であれば貴様も塵と化すだろうが」
「MZDはそんな事しないって」
「もう一人の名は、言わぬのか。それとも忘れたか」
「……黒ちゃんもしないよ」

鼻で笑うヴィルヘルムに言い返す言葉がなく、黙って書の頁をめくった。

「物は試しだ。手頃な誰かを呪ってみろ」
「例えば?」

はヴィルヘルムを見上げた。

「するが良い。但し」
「絶対しないってば!……冗談だよ」
「つまらん」

外套を翻し、闇の中へ消えていった。
気づかれなかった事へ安堵すると、ジズはへ尋ねた。

「貴女達、二人だとこんな会話なんですか?
 こんなもので楽しいんですか?」
「いつもこんな感じ、だけど……?」
「……まあ他人事ですから、良いですけれど」

三人での会話とはまた違う。
ジズから見て、とヴィルヘルムはお互いに相手を憎く思ってはいないのは推測できた。
それが色恋の領域だと言う気は無いが、男女なのだからもっと色があってもいいのではないか。
そんなジズの考えとは異なり、もヴィルヘルムも非常に淡白である。

「それよりどうします?このままだとヴィル外出するかも」
「いえ、それならそれで構いません。気付かれないことを目指しているのですから」

あわよくば、ヴィルヘルムの弱味を引き出せたらと思っていたが、先のような会話ならば使えない。

「娘」
「はいっ!」

いつ戻ってきたのか。の返事の声が裏返る。

「来い」

警戒するとは違い、ジズはこれをチャンスと見た。
何処へ連れていくかは判らないが、もしかしたら垣間見る事が出来るかもしれない。
ヴィルヘルムがジズには決して見せない面を。
例えば、人を捨て、魔族の身になりながらも、
ジャックやのような人間を身近に置く理由に繋がるヒント、とか。

好奇心で疼く気持ちを抑え、人形を慎重に操る。
何が出てくる。どんなものが見られる。
少年の頃のようにわくわくとヴィルヘルムの後を追っていると、足は廊下の中央で止まる。
はて、とジズが訝しげると、隣のが叫んだ。
人形の方には反映していない事に安堵しつつ、軽率な発声を注意しようとすると、
の引きつった顔が目に留まった。
ああ成る程と、ジズは理解した。
ヴィルヘルムにバレた事を。

「誰だ」

振り返ったヴィルヘルムは人形であるを見据えた。

「誰って、見たままだよ?」

もうどうにもならないと判っているが、は演技を続けた。

「いけしゃあしゃあと」

足を払い、前のめりに体勢を崩したところを床に押さえつけた。
背を踏みつけるが、痛がることも、声を上げることもない。
それは人形だから。

「……何処で気付きましたか?」
「ヒトガタしか見ん貴様には判らん」

そう言うと人形の服を裂いた。
はそれに自分を重ね、思わず飛び出した。
それを待っていたように、ヴィルヘルムは今度、本物のの首を掴んで床に押し付ける。

「出来を確かめてやる」

人形と同様に服を裂かれるが、首を絞められているので、力を行使することは出来ない。
酸素を求める魚のように暴れるを笑いながら、もう一人に話しかけた。

「……次は誰か、判っているだろうな」

幽体の身体から冷汗が流れるような錯覚。
慌ててジズは懇願する。

「お待ち下さい。私はただ、貴方に協力していただきたいだけです!」
「関係ない」

終わった。
ジズは白旗を上げた。

「だが、暇潰しにはなるだろう。さっさと来い」

九死に一生を得た。
ジズは全力でヴィルヘルム場へ向かうと、が床で正座をしながら泣いていた。
破られたはずの制服は、今では元通りになっている。

「貴様が遅すぎるせいで、人形の造形が本物と同一に出来てしまったぞ」

造形とは、造りが曖昧だった服の下の事だろう。
流石に女性に無理やりするのはと、遠慮していたジズであったが、
ヴィルヘルムにはそんなものは一切ないようだ。
可哀想とも思うが、人形の完成度が上がった事の方が喜ばしく、が受けた屈辱はどうでも良かった。
今はそれよりも、どうやってヴィルヘルムからの暴力から逃れるか、である。

「ヴィルヘルム。あの、今回の事ですけどね。
 これが成功した暁には、貴方の事にも協力しますので……」
「本物そっくりの娘の人形。どうせ、貴様が本当に試したいのはアレだろう」

は未だにぐずっていて、ジズとヴィルヘルムのやり取りは見ていない。
ジズは「そうですよ」と小さく呟いた。

「暇潰しがてら協力するが、後で相応の報いは受けてもらう」
「はは……容赦してもらいたいものですね」

は服を脱がされ観察されるだけで済んだ。
本人としては大事だろうが、ヴィルヘルムを怒らせた上での仕打ちなら軽いもの。
ジズへの仕打ちはどうなるか。時間の許す限りご機嫌取りに努めなければ、最悪無の世界送りである。

「何時までも煩いぞ」

ヴィルヘルムは泣いているを蹴り飛ばした。

「人形の改良だ。さっさと力を使え」

は小さく呻いたが、蹴られた腰を抑えよろよろと立ち上がる。
その一瞬ジズを睨んだが、何もせず、ヴィルヘルムが述べた通りに人形を変えていった。
作業するうちにの機嫌も元に戻っていき、終わった頃には普段通りだった。

「凄い、前より私っぽい。……見た目は一切弄ってないのに」
「人を構成するのは見た目ではない。
 空気感、香り、体温、各器官の動き、力の流れなど、様々なものを合わせて人となる」
「お嬢さんの技術ではそこまでは及ばず、と。
 しかし本物のお嬢さんの状態をリアルタイムで人形に送ることである程度はカバー出来ましたね」

人形のと、人間のを並べると、どちらが本物か判らない。

「もう私には違いが判らないや。自分の事だけど、他人の方がよく判るんだね」
「寧ろ、今回の場合、他人の認識のお嬢さんとどこまで近づけられるかが肝ですから、
 お嬢さん自身のお嬢さん像は、実はどうでもいい事ですね」
「これで完成って事で良い?」
「……いえ、次が最終テストです」

まだやるのか。と、は顔を歪めた。

「私、もう怒られたくない」
「おやお嬢さん。引き返せるとお思いですか?」
「嫌なものは嫌。ジズさんは蹴られてないからそう言えるんですよ」
「さっさとやれ。さもなくば、もう一度その身に」
「判りました!やればいいんでしょ!」

ヴィルヘルムの脅しに屈したは、不満げに聞いた。

「次は何処へ行くの?」











「絶対、私は何も言わない。私は関わらない。
 絶対だから。いくら脅しても駄目だからね」

そう言って、は協力を拒否した為、今回の実験……元い本番はジズ一人になる。
吊り手の呪いだけは、がなんとかしてくれたが、不安は大きい。
相手は、あの、黒神だから。

「ただいま」

と、ならこう言いそうだと、ジズは人形に喋らせた。
黒神は玄関から帰ってきたを見ると、犬のように喜んだ。

「おかえり」

気持ち悪い。というのが、ジズの素直な感想であった。
黒神に対して良い感情が無い為、余計に嫌悪する。
そんな相手に近づく理由は、一つ。
……だったが、ジズはもう、どうでも良かった。
実験はヴィルヘルムで終了した。結果は失敗。

意思のない人形を本物に似せようとすると、本物が必要となる事が判った。
それでは意味がない。
ジズが欲しかったのは、ここには居ない人間の代用だ。
それも本物と一分たりとも違わない、精巧な人形が。

実験の必要がないジズが何故ここへ来たのか。
それは。

「黒ちゃん!私を抱いて!!!」

人形(台詞はジズ)が顔を赤らめて叫んだ。
一拍おいて、黒神は手持ち花火のような鼻血を噴き出した。

「ひょ、ひょっとまっふぇ(ちょ、ちょっと待って)
 ろういうことら?(どういうことだ)」
「今まで、恥ずかしくて言えなかった。
 でも、今日は、勇気を振り絞ります!
 お願い黒ちゃん、私を抱きしめて、銀河のはちぇまれー」

と、棒読みで言うジズの頭がスッコーンと飛ばされた。

「ジズさん!!!!私に何を言わせてるんですか!!!」
「下らん……」

ヴィルヘルムは呆れるだけで済むが、本物のはたまったものではない。
こうしている間にも、時間は進む。

「ほ、本当に良いか?良いのか?本気だぞ?多分、いや、絶対止まれないぞ?」

休眠中の火山が噴火を始めた。
大なり小なり、なんらかの被害が出るだろう。
構うものか、突き進んでしまえ。
そう考えるジズは、全く冷静ではなかった。
失敗が確定し、小さな希望が潰えてヤケを起こしている。

「いいよ……。優しく、してくれなきゃ、や、だよ?」

顔を赤らめ、もじもじと話す人形を見て、
本物のは硝子を擦ったような悲鳴をあげた。

「あ、あのジズさん?ねぇ?ねぇ?私、どうなっちゃうんですか!!」
「大丈夫です。人形にそんな機能はありません。
 私はですね、そういう人形は否定派なんです!!!
 オ○エ○トの技術は素晴らしいですが、いけません!!!」
「意味わかんないです!」

行為の可否は、事前にヴィルヘルムがジズに伝えていた。

「行為は行えない。する必要はない」
「ですが、造形は同一になったと」
「上半身までだ。残りは……散々叫んだ挙句、城を半壊させた。
 力を暴走させる寸前に至り、諦めざるを得なかった」

と言う事なので、神が人形と目合ったなんという、
破廉恥極まりない不名誉な事態は起こせない。
最後の一線で、必ずバレてしまうだろう。
そこに至るまでの、黒神の愚行を心から笑って、少しでも黒神に仕返しをしておこう。
例え、手痛いしっぺ返しをくらおうとも。

……」

神のベールを脱ぎ、ただの少年に変わる黒神に、ジズは様を見ろと嘲る。
これはまだ序章。黒神が真剣にを愛せば愛すほど、喜劇は盛り上がる。
虚しさを振り払う様、食い入るように見るジズの隣から、ヴィルヘルムは消え、そしても消えた。

「それは私じゃないってば!」

居ても立っても居られなくなった本物のが、黒神と人形の間に押し入った。

「は!?が二人!?ここは天国か」











「草むしりだなんて……」
「どれも貴様とは違い繊細なものたちだ。手で抜け。
 神の力は使うな。何か影響があってはたまらん」
「はぁあい」

むしりむしり。
とジズはヴィルヘルムのガーデンで真面目に労働している。
なんて、体操服を引っ張り出すくらいだ。

「この私が腰を折らされるなんて。……隙を見て」
「何処へ行く。お前の行く場所はそっちじゃないだろう」

と、姿を消してこの場から去ろうとするジズに黒神が立ち塞がる。

「きりきり働け」

顎でしゃくるだけでも、尋常ではない圧力を放つ黒神に、一幽霊は立ち向かえない。

「くっ」
「暴力は良いが、力は使うな」

ガーデニングスタイルのヴィルヘルムが、剪定をしながら注意した。

「神に命令するな」

鼻を鳴らすと、背伸びをして溜息をつくの方へ。

。今日は手伝ってやらないからな」
「う、……はい」
「時間は気にするな。魔族の敷地とはいえ俺がいる。たっぷりかかっても良いんだぞ」
「ごめんなさい……」
「俺は怒ってなどいない。は自主的に草むしりをしているだけだろう?」
「は、はい……そうです……」

黒神の件に関しては、は間接的に関与しただけである、とされ、
大きなお咎めは無い。この草むしりは、ヴィルヘルムからの罰である。

「貴様、植物には絶対に手を出すな。貴様がここに入るというだけでも許し難いというのに」
「ださねぇよ。さっきのやつは、俺が通っただけで消えたしな」
「……き、きさ」
「多分俺の潜在的な消滅の力に反応してるんだろうな。
 完全に抑えているというのに、まだ感知出来るとは驚きだ。
 魔族の道楽とは言え、面白いものを持ってるな。珍しく感動したぞ」
「外に出ろ!!」
「はぁ?喧嘩売ってんじゃねぇよ」
「どの口が言う!!!」

水と油の二人は場所を変えて、ドンパチを始めた。
監視がいなくなったが、は黙々と雑草を抜く。

「では、私は帰ります。後は宜しくお願いします」
「え!帰るんですか。止めた方が」
「どうせ、負傷して帰ってくるのでしょう?
 そんな時のヴィルヘルムは気が短くて鬱陶しいんですよね。
 適当に物を見繕って後日渡しますよ」
「え、私もそっちの方が良い」
「城一個買えるくらいの財があるんですか?」
「……むしってます」

一人きりで雑草を抜くを置いて、ジズは自分の城へと帰った。
自分が操るメイドと今日の愚痴を吐いて、嫌なものを忘れた頃。
闇に住まう者たちが活発になる時間、本来ならば人形たちの為の舞踏会に、招かれざる男が来た。

「なに呆けた顔をしてんだよ」

人形のオーケストラが、演奏を止める。

「あの子がいない時を狙うとは、狡い人」
を騙しておいてよく言う。一人で草毟らせやがって」
「真面目ですねぇ、お嬢さんは」

ジズは落ち着いていた。
黒神にちょっかいを出した時点で、それなりの罰は覚悟している。

「容赦の必要が無くなった貴方は、さて、私をどうするおつもりで」
「別に。俺は別段手を出すつもりはない」
「御冗談を」

MZDとは違い、黒神が手が早く身勝手である事は判っている。
これは油断させる為の発言だろうと、予想する。

「手を出さない方が好都合だ。そうだろ?
 蘇生を目論むお前に俺の手の内なんて一切見せてやるものか」

馬鹿だ馬鹿だと思っていても、時々余計な知恵を使う。

「お嬢さんを一人にして良いのですか」
「影がいる。それに、今日の土いじりのせいで泥のように眠っている」

真面目に草を抜き続けて、随分疲れたのだろう。
と言う事はつまり、が助けに来ることは万に一つもない。

「わざわざ来た理由はなんです。あの人形が欲しいのならばあげますよ。
 私には必要ありませんし」
「俺だって不必要だ。本物が隣にいるんだからな」

得意げに笑う様子が、ジズを一瞬真顔にさせる。
微笑みの紳士の仮面が揺らぐ。

「お前もどうしようもなく馬鹿だな。死んだ奴なんてさっさと諦めて無に還れよ」
「貴方には関係ない事です!」

ジズは不慣れな大声をあげ、文字通り逃げるように消えた。
力の供給を失った人形たちは、一斉に糸を失いぱたぱたと倒れていく。
ヒトガタの器の原の中で、黒神は呟く。

「……神も出来なかったんだから諦めろよ」





fin.
(14/12/17)