ヴィルヘルムの城に、たまーに現れるニンゲンがいる。
いつも沢山の花を抱えてやってくる、花屋のおねえさん。
「キャーーーー!!!」
「ひゃははは! これ二度目じゃん! そろそろ覚えろって」
俺が脅かすといつも大声で叫んで驚いてくれる。
とても貴重な人間だ。
「もう……ゼルハルトくんは脅かすのが上手なんだね」
「そんなこと……あるかもな!」
沢山の花を抱えたおねえさんは、俺の事をゼルハルトとちゃんと呼んでくれる。
他の大人と違って邪険にもしないし、いつも笑顔を絶やさないところが結構気に入っている。
「なあ、ちょっとこっち来てよ」
「えっと……。ごめんね。まずはヴィルヘルムにお花を渡さなくっちゃ」
「そんなの後で良いじゃん。すぐ済むからさ」
「ごめん。約束は守らなきゃいけないから」
おねえさんの嫌いな所。
それは、いつもヴィルヘルムを優先する事だ。
花屋が注文の花を届けたいのは当然の事だと判っている。
それでも、面白くない。
偶には俺のことを優先してくれたっていいのに。
ヴィルヘルムの部屋へ向かうおねえさんの背中を見ながら俺は少し肩を落とすのであった。
「ゼル〜」
と、俺の心境にそぐわない間の抜けた声でジャックが俺を呼んだ。
「なんだよ」
つっけんどんに返すがジャックは意に介さず続ける。
「アイツと上司の邪魔すんなよ」
「うるさいな」
ジャックの癖に口煩い。ヴィルヘルムの部下の癖になんだって俺にアレコレ言うんだか。
だが良い事を聞いた。なるほど盲点だった。
こっそりとヴィルヘルムの部屋に侵入してしまえば……おねえさんだって俺の相手をせざるを得ない。
それに二人が何をやっているか前から気になっていたのだ。
ヴィルヘルムは花が好きだ。顔に似合わずガーデニングが趣味だとポップンキャラ名鑑(神発行)に載っていた。
おねえさんもいつも生花をたんまりと持って来ている。
だが城に花は飾られていない。ヴィルヘルムの私室に入った時も一輪挿ししかなかったように思う。
大人のおねえさんが手を大きく広げて抱えて運んできた大量の生花はどこへ行ったのか。
きっと何か秘密があるに違いない。
おねえさんのついでに探ってみるのも良いだろう。
「おい。俺の言った事聞こえたよな」
ジャックはザラザラした蛇腹の手で俺の腕を掴み、一層低い声で確認した。
人間であるはずのジャックの凄みに、魔族の俺が一瞬びくりと身体を震わせる。
「聞こえたよ! だから行かないってば」
「ああ。余計な事を考えないのが賢明だ」
ぱっと手を放すと、ジャックはまたふらふらとどこかへ歩いて行った。
「……はあ」
アイツの姿が消えてから、俺は大きな溜息を吐く。
ジャックなんて所詮ヴィルヘルムに使われるだけの人間のはずなのに、時折有無を言わせない怖さがあった。
魔族の俺の方が強いはずなのに、そういう時はどうしてだか反抗する気が失せてしまう。
決して俺が人間のジャックより弱いってわけじゃない。
そうだ。本気出したら俺の方が強いんだ。だからわざと、負けてやっているだけだ。
それだけなんだ。
「なんだ、帰っていたのか」
「もしかして待ってくれていたの?」
ヴィルヘルムとおねえさんの両者が廊下から出てきたという事は、花の受け渡しは終わったのだろう。
それにしても、みょーな雰囲気だ。
花屋のくせにヴィルヘルムに近いと言うか、ヴィルヘルムの癖におねえさんに近すぎるというか。
花屋と客の間柄だというのに、二人が当たり前のように並んで歩いているのが気に食わない。
「おねえさん! 終わったんだろ。だったら俺の相手しろってば!」
おねえさんの腕を引っ張ると、力が強すぎたのかおねえさんがよろけた。
しまったと思ったが、素早くおねえさんの身体をヴィルヘルムが抱いて支えた。
「ごめんなさい、ありがとう」と、ヴィルヘルムを見上げて礼を言うおねえさんの小声がやけに耳にこびり付く。
ヴィルヘルムは呆れたように言った。
「貴様は本当に子供だな。もっと後先考えろ」
カチンときた。
「子供扱いすんな! ふんだ! 人間の女なんかどうなったっていいだろ!」
「口の利き方がなっていない。年上相手にはきちんとしろ。これだから子供は」
「だから子供扱いすんなって!」
どいつもこいつも、俺を子供扱いしてムカつく!
ついでだ。おねえさん、なんて子供っぽい言い方は卒業してやる!
相手は人間なんだ。女で十分だろ!
ムカツクしちょっと外にでも行ってこよう。
別に二人の事をこれ以上見たくないとか、負けた気がするとか、そういうのじゃないからな!!!
◇
ヴィルヘルムの城を出て数日。
俺はいつも通り人間界をふらついて遊びまわっていた。
ヴィルヘルムの所に世話にならなくとも、一人でやっていける。
なのに、ヴィルヘルムはなにかにつけて連れ戻しに来て……。
俺だってもう一人で平気だってのに。一人前の悪魔だぞ。
目の前に広がる人間界は、いつも明るくてきらきらしている。魔界とは大違い。
お腹がすけば誰かがくれるし、(人間界に)家がないと言えば泊めてくれるし、優しい奴ばかりだ。
お菓子もいっぱいあるし、人間界の方が好き……とまでは言わないけど、魔界くらい大好きだ。
気分よく町をふわふわと浮いて回っていると、公園で見覚えのある姿を見つけた。
ポップンパーティーで会ったヤツかも。そう思って下降した。
「げ。おねえさん」
軽トラックと店舗がくっついた、移動式の店舗でアイツは働いていた。
人間界で花屋を見るのは初めてだが、こんな所にいるとは。
それにしてもなんて脆そうな店舗なんだ。魔界ならばすぐに壊れてしまうだろう。
突然岩が降ってきたり、火山が噴火したり、魔界は忙しいのだ。
俺は遠くから花屋の様子を伺った。
訪れた客と会話し、花を渡している。そんな普通の光景。
城ではいつも受け渡しの瞬間を見ないから知らなかったが、花屋って花が売れたら嬉しそうにするんだな……。
商品なんだから当然なのだが、こんなにも喜ぶというのは、正直ちょっと驚いた。
あのおねえさんが子供っぽく見える。
「あら、ゼルハルトくんだ。こんにちは」
花屋が大きく手を振って叫んでいる。見つかってしまうとは目のいいヤツめ。
俺は観念して花屋の傍にわざわざ来てやった。
「こんにちは」
「……こ、……。ん」
口を開いた途端、どっかの魔界のカニヘルムを思い出した。
ふん、アイツばっかり構う花屋なんて知るか。
挨拶なんてしてやんねー。
「ご機嫌斜め、か。話しかけて悪かったね。ごめんね」
「あ……」
花屋は頭を下げると、俺に背を向ける。
違う。そういう事じゃないのに……。
「な、なんだよ! 別に、悪いとか、言ってないし……。謝ることないだろ」
ぼそぼそと小声になりながら言ったのに、花屋は振り返って笑顔を向けた。
「良かった」
笑った花屋はとても綺麗だなと少しどきっとした。……じゃなくって!
「てか、花屋なのになんでお菓子持ってんだよ」
花屋が下げた籠には綺麗にラッピングされたお菓子が沢山入っていた。
「今日はサービスデーから、子供たちにお菓子を配っているの。購入していない子にもあるのよ」
「じゃあ! 俺」
……が貰うって事は、子供と認めた事になる。
「……は、大人だから貰わないけどな!」
……すごく美味しそうだな……我慢我慢。
「じゃあ、大人なゼルハルトくんは仕事をしてもらおっか」
「えー、なんで俺が」
「大人は仕事するもの、でしょ? 当然対価は払うわ」
そうか……? 騙されている気がしないでもないけど。
花屋が俺に頼んでくれるなら、まあ……。
「しょうがないから手伝ってやるよ」
「ありがとう。じゃあこれを配ってちょうだいね」
花屋は別の籠を俺に持たせた。中には同じようにお菓子が入っている。
間近で見るとどのお菓子も美味しそうで目移りする。
いや、俺が食べるわけじゃないんだけど。……。
「大人は子供に配るものだからね」
「べ、別に食べたいなんて思ってないからな!」
「ゼルハルトくんは立派な大人なんだもの。そんな心配一切してないわよ」
そ、そうだよな。うん。
「それじゃあっちの広場の方をお願いね」
「判った」
そう言って花屋は店に来た客の相手をしつつ、大人に付き添う子供や、店に近づいてきた子供にお菓子を配っている。
花屋をぼんやり見てる場合じゃない。俺も配ってこないと。
俺は花屋が言った広場に降り立つと、目に入った子供たちにどんどんとお菓子を配ってやった。
「おにいちゃんありがとー」
「ぼくもちょうだい」
「ほらよ。そこ、喧嘩すんなよ! まだあるんだってば」
休日ということもあり、広場には沢山の子連れがいた。
こちらが動かずとも、お菓子を配る俺を見て子供の方が寄ってくるので配布は楽だった。
配布というより、奪われたの方が近い。
確かに見ているだけで、妙に欲しくなる菓子だけど……。
ラッピングが綺麗だからだろうか。
しばらくすると、別の広場で大道芸をやるとかで子供は全員そちらへ大移動していった。
お菓子の籠の中に、一つだけ、残っている。
受け取った子供たちを見たから中身は知っている。
色々な種類のクッキーがランダムで入ってた。
俺は駄菓子が好きだけど、そーゆー甘いスイーツだって大好きだ。
あー、食べたい! でも、大人だから駄目だ。 あーでもでもでも!
一つくらい……。多分、バレないはず。
籠の中に手を伸ばした時だった。
「あ、ゼ」
「ギャーーー!!! ごめんなさい!!!!!」
俺は急いで手を引っ込めた。
「どうしたの? 何かトラブル?」
「へ? え、ち、違うよ。ここは終わったから……あ、あっちにも配ってくる、から」
「そっちはもう終わったわ」
「そ、そっか……。じゃあ、あとは?」
「おしまい。……お疲れさま。これ、お給料」
おねえさんがくれたのは、お菓子の詰め合わせ。
配った物よりずっと美味しそうで数も多く入っている。
「現物支給でごめんね。その代わり一番美味しいの買ってきたから」
ラッピングのビニールに可愛い動物が印刷されていた。
結び目にはリボンもついていて、しかも一本だけではなく色の違う一回り小さいリボンの二つで留められている。
綺麗だった。可愛いかった。
一目で判る。これは特別だって!
「ありがとう! すぐ食べ、いや、城に帰ってから食べる!」
「そうしてくれると助かるよ。じゃあね、今日はありがとう」
「まったなー! 手伝って欲しい時はまた声かけろよな」
久しぶりにヴィルヘルムの城に帰って、テーブルにぽいっとお菓子を置いて、椅子に腰かける。
あっと気づいた俺は、手洗いを済ませてからもう一度椅子に座った。
おねえさんにもらったお菓子。
綺麗な包装紙。透明なのにラメが入ったようにきらきらしている。
俺は丁寧に包装紙を開く。ぶわっと広がるバターの香り。
沢山のクッキーと、フィナンシェ、マドレーヌ……。
どれもとってもとっても綺麗なものだった。
食べるのが勿体ない、そう思ってしまうくらいに。
俺はもう一度席を立つと、いつもの炭酸飲料ではなく食器棚からポットとカップ、ソーサーを取り出す。
バター系のお菓子だから、アッサムにしよう。
しっかりポットとカップを温めてから紅茶を淹れて。
大人なんだから当然これくらいは出来る。
赤褐色の液体がカップに注がれると、ふんわりとアッサムの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
完璧だ。俺は零さないように紅茶のセットをテーブルに運ぶと、もう一度席に座った。
よし、ようやく食べられる。
まずはクッキーから包装紙を開けて────
「あ、ゼル。なんだそれ滅茶苦茶美味そうじゃん。俺にも一つ」
「ぜってーやらねー! これは俺が働いた給料でゲンブツシキューなんだからな!」
「現物? これが? ふうん」
珍しく物分かりがいいジャックはすぐさま引いた。
やっぱり俺が労働で手にしたお菓子だから遠慮しているんだろう。
ま、当然だよな。
なーんにもしないで毎日フラフラ城をふらついているだけの奴に食わせるもんなんて一つもないっての。
「ま、盗んでないって事なら上司も怒らないんじゃねぇの」
「盗むわけないだろ!」
「……そうだな」
なんだこいつ。ジャックは偶にこのような含んだ言い方をする。
はっきり言えっての。俺がそう言っても絶対に言わないんだけどな。頑固者め。
……どうしても食べたいって言うなら、一つくらいはあげるのに。
ま、言わない奴は知ーらねーっと。
大事に食べよう。
最初はそう思っていた。
でも美味しいから「一つだけ」と言いながら次々と食べてしまった。
気づいた時には、空になったカップ、欠片が散らかったテーブル、裂かれた包装紙……全て食べてしまった。
「ええ~、なくなるの早すぎ……」
おねえさんに貰った特別なお菓子。
大事に大事に食べて、何日も楽しみたかったのに。
残念だが、俺はのそのそと後片付けを始めた。
散らかしたままだとヴィルヘルムが煩いのだ。
水を差されるのが嫌なので、今日の所は言われる前に片付けておかないと。
そうこうしていると、カツ、カツと床の石材が響く音が聞こえ、来訪者であろう者へ目を進めた。
「あ、花屋のおねえさん」
珍しく花を持っていない。仕事で来たんじゃないんだ。
俺は背中の羽根を全力で動かして駆け寄った。
おねえさんの声を聞いた。
「依頼は完了したわ。子供はぐっすり眠りにつく。貴方の仕事が捗るわよ」
一瞬言葉を失った。そして疑った。
依頼って? 子供って? 貴方の仕事って?
俺はおねえさんの身体が向いている方へと目玉を動かすと、そこには、いた。アレが。ヴィルヘルムが。
「お前! 俺にヴィルヘルムの怪しい仕事手伝わせたのか!」
噴出した怒りをおねえさんにぶつけたのに、おねえさんは涼しい顔を崩さなかった。
「んー? 何の事」
「とぼけるな! さっき配ったお菓子だろ。子供って、そういうことだろ!」
「でも勘違いされるのは困るな。あのお菓子にかけた魔法のお陰で子供たちは余計なものを見なくて済む。
彼らは楽しい夢を見るだけ。汚い大人の世界を見ずに済むの」
「何が大人の世界だ! そうやって勝手に俺たちを馬鹿にするんだ!」
「全然そのつもりはないのだけれど……。聞いてくれそうにない、か」
おねえさんは膝を折って、俺と目線を合わせた。
顔が近いと動揺したのも束の間、おねえさんはえいっと俺の額へデコピンを食らわせたのだ。
「いっ、てぇええ!!」
じんじんと痛む額を抑えて耐えていると、おねえさんはいつもの微笑とは違う、少しだけ真面目な顔で俺を見据えた。
「大人は子供には笑っていて欲しいの」
「暴力振るっておいてか!?」
「これはおしおき」
おねえさんはいつも通り笑うと、ヴィルヘルムに対して軽く手を振って城の入口へと歩いて行った。
複雑なヴィルヘルム城故に、おねえさんは通路を曲がってすぐに姿が見えなくなった。
いなくなって、じわじわと湧き上がってくる悔しさ、怒り。
おねえさんは俺に手伝いを頼んだのに、それは最終的にヴィルヘルムの為だって?
ふざけるな! 俺はおねえさんだから手伝ったのに! おねえさんの助けがしたかっただけなのに!
こんなの裏切りだ! 文句の一つや二つ言ってやらないと気が済まない。
全速力で羽ばたいて城入口まで宙を駆けていく。
途中ジャックが話しかけてきた。
「お前程度じゃ追いつけない」
「そんなのやってみないと判んないだろ!」
と、俺は言い捨てて門まで一気に飛んだのだが。
誰もいなかった。途中俺が追い抜かしたという可能性は低いだろう。
ここまでは基本的に一本道だからだ。
「人間の足なのに……」
「ほら見ろ。普通の人間なら魔族のお前が追いつけないはずがない」
いつのまにか背後にいたジャックを見た。
「あいつも、魔族。なのか?」
「さあな」
「嘘だ! 知ってて誤魔化してるだろ!」
「なんでも教えてもらおうと思うなって。"大人"は自分で知るもんだ」
「うるさい! ジャックだって子供だろ!」
「お前よりはマシかな」
またそうやって俺を馬鹿にする。
お前も、ヴィルヘルムも、おねえさんも。
みんなみんな、俺を子供だって、何も判らない、何も出来ない奴だって馬鹿にするんだ。
俺は子供じゃない。子供じゃないんだ。
どうしていいか判らない憤りを抱えたまま、俺はヴィルヘルムの城を飛び出した。
今日は人間界へ行かない。魔界の中で、誰もいない所へ。
「馬鹿なゼル……。黙って”大人たち”に守られていりゃいいのに。
あいつらが手を差し伸べて守ってくれるのは、子供の間だけなんだから。
知らずにいられるのは今だけだぞ」
(20/11/08)
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数年ぶりに書いたポップン夢なので、今までとは少し違う印象を受けるかも。