仮面紳士の悪だくみ

「お久しぶりです。で、その身体はいつ退行なさるのです?」
「う゛、ジズさん……今日はヴィルヘルムに用ですか?」

嫌そうに目を逸らしたとは対照的に、ジズはにこにこと笑みを浮かべてを見つめた。

「貴方に用がありまして」

ジズはの隣に座る山羊を象ったような被り物をする城の主に目をやる。
好きにしろという投げやりな許可を得て、二人の間の椅子に腰を下ろした。

「い、言っておきますけど、今日はジズさんに付き合いませんよ」
「まあまあ、良いではないですか」

全然良くないよと、は心の中で思う。

がヴィルヘルム城でティータイムを過ごしていると、偶に幽霊紳士ジズが訪れる。
三人で談笑しているだけならいい。
ジズは長く世の中に留まっている分見識が広く、話を聞くのは楽しいのだ。
しかし、ジズは高確率でに言う言葉がある。

────貴女の力を貸して欲しい。

人の良いは快く承諾した。何度も何度も。
だが、大抵ジズのお願いにはろくなものがなく、
黒神に叱られたり、MZDに注意されたり、ヴィルヘルムにお仕置きをされたりと、
いい結果になったことは殆ど無い。
流石のでも、ジズの希望を叶えるものではないということを学習した。

「そう構える必要はありません。今日は"人間"の貴女に用があります」
「……ほんと?」

人間の面を必要とするならば、そう害はあるまい。
そう考えたはジズの話に足を踏み入れた。
「相変わらず学習しない娘だ」と、ヴィルヘルムは心の中で罵倒しながら静かに紅茶を口に含んだ。

「貴女、機械は得意ですか?」
「え……。ごめんなさい。私、機械ってわからない」
「おや、最近の人間は機械と共にあるものでは?」
「そうだけど……。私だってテレビは見るよ。でも、録画はちょっと……。
 それに皆が使ってる携帯電話も持ってないし、触れないの」
「……貴女、意外と昔の人間なのですね」

数百年前に没した幽霊に昔の人間と言われるのも、おかしな話である。

「でもね、他の人は凄いよ!みーんな詳しいの。
 携帯がない生活なんて考えられないなんて聞くし」
「それはそれは……。私の時代ではそれこそ考えられませんね」
「ねぇ、ヴィルは?電話使える?」

会話に加わらなかったヴィルヘルムに話を振った。

「必要ない。魔力があれば大抵は出来る」
「なんだ。出来ないんだ」

そう言った瞬間、の右手に赤い路が出来た。
苦痛に顔を歪め、机に突っ伏す。

「馬鹿にするな。人間風情が」
「いた……ひ、ひど……すぎる……ばかぁ……」

涙声で抗議するが、痛みが酷くそれまでである。
ヴィルヘルムはつんとそっぽを向いた。

「まあまあ……。痛みに耐えているところ悪いですが、少しお時間頂けますか?」

は瞳を潤ませながら、顔を横に向けた。

「……何故私を見る」
「なんとなくだけど……」

言葉を濁したはヴィルヘルムの言葉を期待して待つ。
だが、視線も投げられず、何の言葉もかけられない。
は若干の寂しさを感じながら立ち上がった。

「……行く」
「ご協力感謝致します。さん」

はまだ待っていた。
ヴィルヘルムにの感情は筒抜けだ。
それでいて、何も言ってくれない。

「どうしました?お嬢さん」
「……ううん、なんでもない。行きましょう」

振り返ることなく、はジズと共に消えた。

「……さて、どうなるかな」

ヴィルヘルムは空になったカップをソーサーに置いた。











────本日、人間の世界にて。

不思議な噂が流れていた。
深夜、ふと携帯電話を見ると画面が真っ暗になる現象が起きていたと。
故障だろうかと手に取ると、なにやら音が聞こえる。
耳を欹てると、それは声であったのだという。
くすんくすんとすすり泣く声。

気味が悪いと、ある者は携帯をしまい、ある者は電源をおとし、ある者は放って置いた。

すると深夜零時。
けたたましい警戒音と、画面に映るHELPの文字。
誰もが心臓を飛び跳ねさせた。
だがそれも一瞬のこと。
すぐに消えてしまった。

それ以後、携帯が真っ暗になることも、文字が表示されることも無かった。
携帯電話を所持することが普通になっている現代社会において、この怪奇は多くの者が体験することとなった。
日々の暮らしに刺激を求める者たちはこの奇妙な出来事に心を躍らせている。

「く~~~~ヒーローの心が疼くぜ」

ここにも一人、怪奇に浮かれているものがいた。
自称ヒーローの少年は、勉学よりも不思議なことや人助けに一生懸命である。

「アホらしい……」

リアリストである同級生はそんな彼を冷たく突き放した。

「そうか?こういうのってさ正直怖いけど、ちょっと楽しくね?」

ヒーロー少年程ではないが、金髪の彼もまた楽しんでいた。
普段から携帯電話を駆使する現代っ子としては、携帯電話に関連する噂は身近に感じる。

「ホラーになんか興味ねぇな。夜はエロで十分だぜ。昨日はいいとこで画面切り替わりやがって」

少年はぶつぶつと文句を言う。
昨夜、とある動画を観賞している最中に邪魔をされたため、今回の怪奇には苛立っていた。

「これでなー、ちゃんが怖がったり、怖いから一緒に居て!
 ……なんてありゃ歓迎だったんだけどな」

ちらりと、自分が座る席を見た。
少年は他クラスに所属しており今いる教室に席は無い。

「風邪だつってるしすぐ来るだろ。……MZDが嘘吐いてなきゃ、だけどな」

先程まで元気に叫んでいたヒーロー少年は、つまらなさそうに言った。











「くそっ!」

黒神は力いっぱいにデスクを叩いた。

「ンで、まだ帰ってこねぇんだよ!!」

「ヴィルのとこ行ってくるー」と昨日の夕方に出て行ったきり、は姿を見せていない。
門限になっても帰ってこないので、黒神は自身の力でを呼び戻したが、反応はなかった。
同じく神の力を有するが拒否しているのか、それとも何かが作用しているのか。

「ヴィルヘルム卿の城から後の足取りはさっぱりデス」
「糞魔族のことだ。嘘じゃねぇの?」
「いえ、いつもとは違い、今回は本当に知らないようデス」
「……まぁ、確かにあいつの魔力の軌跡を追っても何も無かったが」

ヴィルヘルムから直接話も聞いたが、二人で茶を飲み会話をした後は知らないとのこと。
門限よりもずっと前に城から出ているらしかった。

「これだから、を外に出したくねぇんだよ!!

苛立った黒神は異世界を飛び出した。











「御機嫌よう。ヴィルヘルム」
「ジズ……」

ジズは普段から薄く笑みを浮かべている。
どんな時であっても。喜怒哀楽の感情は変われど表情は殆ど変わらない。
しかし今のジズは普段よりも口角が上がっているように見えた。

「お嬢さんのこと……興味ありませんか」

ヴィルヘルムの返答は気にしていない。
を見せたくてしょうがないといった様子だ。

「あの男が私のところに来た。しくじれば面倒なことになるぞ」
「おや、私の心配とはお優しい」
「滅ぶものに興味などは無い」

のことで動く黒神は世界最強と謳っても過言ではない。
幽霊程度の力しか持たないジズが滅ぼされることは目に見えていた。

「それはどうなるか判りませんよ」

ふふふと優雅に笑うジズ。
黒神の力を知っている筈であるが、一切恐れているような素振りを見せない。
何を得たのかと、ヴィルヘルムは辺りを警戒した。

「挨拶なさい」

ジズの影から、小さな子供が現れた。
黒い服を身に纏い、所々血を零したような赤のレースやリボンがついている。
雪のように白い肌、黒く淀んだ瞳、臓物の様な赤い唇。
一見人形のようにも見えるが、小さく胸が上下している為生き物であることが判る。

「初めまして、ヴィルヘルム卿」

少女はスカートの裾を持って綺麗に一礼した。
ヴィルヘルムを見る目は警戒色が強く、普段の少女らしいあどけない表情は消え失せている。

「……精神操作か。肉体年齢も数年下げさせたな」
「後者は趣味です。それだけでは、ありませんよ」

ジズの影からもう一人、こちらも漆黒の衣装に身を纏った少女が現れた。

「今度は機械仕掛けの人形か」
「……。まぁ、そういう言い方も出来ますが……。
 人工知能を持つコンピューターですね。ALTという……ご存知ありませんか」
「興味が無い」
「知らない、と素直におっしゃればいいじゃないですか」

ジズが目配せをすると、はALTの隣に立った。
ジズが二人の少女を頬に触れると、彼女らは嬉しそうにそれを堪能する。
ぴくりと、ヴィルヘルムの指が動いた。それを見てジズはにんまりと笑う。

「お嬢さんの力は絶大だ。しかし、悲しきはその幼さ故の経験不足であり、コントロールの不安定さ。
 そして、彼女が人間であること。
 演算能力の高い機械で補えば、限界まで引き出せるでしょう。
 欠点は、肉体が壊れてしまうことですが、その時は一部を人形に挿げ替えればよろしい」
「……」
「どうです。試してみたくはありませんか」

ジズはを抱き上げた。
愛おしそうに偽りの主人を見る少女は、まるで恋に落ちてしまった娘のよう。

「私を実験に使う算段か」

言葉と同時にヴィルヘルムの手から蒼炎がうねり、笑みを浮かべる幽霊紳士へと襲い掛かる。
しかし、ジズの身体から一メートル離れた辺りで炎が分散し消えていく。
は未だに顔を赤らめ、ジズを見つめている。

「……娘の力は普段通りか」
「それは判りませんよ。貴方も少々本気を出しませんと」
「良かろう。しかし、もしも私の方が秀でていたのならば、娘にかけた洗脳を変更してもらう」
「解くのではなく?……ああ、そういうことですか」

ジズはを下ろし、両肩に手をやりヴィルヘルムへ向けた。

「良いでしょう。仕える先を私から貴方へ変更します」
「忘れるなよ」

ヴィルヘルムは不敵に笑むとへ攻撃の矛先を向けた。











「やはり人の身は枷でしかありませんね」

(+後方援護にALT)とヴィルヘルムの戦闘をお茶請けに、ジズは紅茶を飲んでいた。
二人の戦闘が長く続いているため、立ち見は止めた。
飽きてきた今となっては、どちらでも良いから早く倒れてくれないかと願っている。

「……ヴィルヘルムも、意外と単純で御馬鹿さんですね」

その瞬間ジズの目の前で爆発が起きた。
ジズの周囲のみ焼け焦げている。

「おやおや、聞こえていましたか。これは失礼致しました」

このように小馬鹿に出来るのも、のお陰である。
戦闘中であっても、主であるジズの守護は欠かさない。

「言い方を変えましょう。貴方は複雑なようで、とても真っ直ぐだ。
 ……まぁ、それについては私も変わりないですが」

ジズは自嘲気味に笑った。
その顔は笑みを浮かべているにも関わらず、どこか泣いているようでもある。

「お嬢さん、早くこの戦闘を終わらせて下さいな」
「はい!ジズ様」

今日一番の大爆発が起きた。










「まだまだだったな」

気を失い、ぐったりとするを小脇に抱えたヴィルヘルムが砂埃の中から現れた。
やれやれと、ジズは息を吐いた。

「ようやく終わりましたか。それにしても、お嬢さん弱いですね」
「所詮人の子だ」

ヴィルヘルムはの手首を掴むとジズの目の前に掲げた。

「約束は守ってもらおうか」
「仕方ありませんね」

持ち上げたをジズへと渡した時だった。
頭を覆うヴィルヘルムの仮面にひびが入り、ヴィルヘルムは後方へ身を引いた。

「……成程」
「今回、洗脳の強度を上げることに成功しましてね。
 今の彼女は痛みを忘れたアンデットに近い存在です」

先程まで気を失っていたとは思えない軽やかな動きを見せるは、
ジズを上目遣いで見つめた。

「ジズ様、さっきは負けてごめんなさい」
「構いません。貴女も一生懸命やったのでしょう」

ジズの手がの頭へ伸び、軽く撫でてやる。

「ジズ様、私、次はもっと頑張ります!」

犬が尻尾を千切れんばかりに振ってるかのように喜んでいる。

「……不快ですか?」

ジズはヴィルヘルムをちらりと見遣る。
笑いを必死に堪えながら。

「愚かな。貴様がそう言わせているだけではないか。
 娘も。力にしか着目されていないことに気付かないとは、浅はかな」
「それは、貴方もでしょう。欲するのはお嬢さんの力だけ」
「……違いは無いな」

ヴィルヘルムは貫くような視線をジズに向けた。
そんなもの痛くも痒くもないジズは、愉快な気持ちを抑えられないのか、
仮面から覗く表情が崩れきっていた。

いくらそれを不快に思おうと、ジズにヴィルヘルムの攻撃は届かない。
痛覚が薄れ、演算能力が飛躍的にアップしたは、やっかいである。
先程は隙を見て気絶をさせることに成功したが、それも今となっては計算であった可能性が高いとヴィルヘルムは判断した。

「貴方相手でもなかなかやれることは判りました。
 次は、漆黒の神を相手にしますよ。お嬢さんを使えば、ある程度思い通りに動くことでしょう」

ジズはを見た。

「お嬢さん、黒神を呼んで頂けますか」
「はい、了解しま」
「失礼しマス。もう一度伺いますが、サン……」

「あ」と突然現れた影との目が合った。
ジズやヴィルヘルムでさえも、想定外の人物の現れに驚く。

「え、サン!?」

影はふわりふわりと宙を浮きながら、の傍に駆け寄る。

「どこ行ってたんデスか!!マスターが心配してマスよ!」

叱りながらも、影は安心から顔を緩ませた。
早く、早くと背を押す動作をして、転移を促す。
しかし、はじーっと影を見つめている。

「……貴方誰?」

影は無き目を見開いた。
はジズの服を引いて影を指差している。

「ジズ様のお知り合いですか?」

一切面識がない時の反応。
影には覚えがあった。それは忘れられないあの日────

「…………。そうデスか…………。成程、そうデスか」

静かな怒りが身を燃やし、影の輪郭があやふやになっていく。
蝋が溶けていくように、どろどろとした身体へと変化していく。
"神の影"から、別のものへと存在が作り変わっていった。

「これは、マスターには絶対見せられまセンね」

自身の身体の一部から三叉の鉾を作り出し、ジズに向かって突き出した。
ジズは目に見えて動揺する。

「っ、お嬢さん構えなさい!」
「遅い。それに狙いが外れデス」

光の速度で飛び出した影は、の横を通り過ぎALTの中へと侵入した。











「モー、イヤダヨネー」
「本当だよ!私そういう男の子嫌い」
「ドウイウ ヒト ガ イイノ?」
「そうだなぁ……。やっぱり黒ちゃん?」
「クロカミ サン カァ、ワタシ モ アッテ ミタイナ」
「是非会って欲しいよ。黒ちゃん生き物嫌いだけど、ALTチャンみたいないい子は絶対に大丈夫」

ここは、ALTの内部。
ジズのウイルスにより犯されたALTの中でも、正常なALTプログラムが残っている箇所である。

「ハァ……。ダレカ ステキナ カタ イナイカ ナァ」
「素敵な人かぁ。難しそうだね。良い人いっぱいだもん」
「デモネ、アイドル ジャナクテ、ワタシ ヲ アルト ト ミテクレル ヒト ハ スクナイ ノ」
「でもその人たちの気持ちも判るよ。だって、アイドルだけあってALTちゃん可愛いもん」
チャン ハ イイ ヒト ダネ」
「どうして?本当のことを言っただけだよ
 そのうち良い人が出てくるよ。ALTちゃんのこと大事にしてくれる人」
「ソウ カナァ?」
「大丈夫大丈夫!」

はALTを元気付けた。
その声に導かれ影は二人のところへ到達した。

「……サン。なんでこんなトコロに」

の洗脳がALTによるものであると見破った影は、自身の実体が曖昧であることを利用しパソコンのプログラム内部に侵入した。
ウイルスに犯されたALTの内部を徘徊するのは影でも一苦労であったが、の声のお陰であまり迷わずに済んだ。

「あ、影ちゃん!今日はお花の方なんだね」

は無邪気に駆け寄り、勢いよく抱きついた。

「影ちゃんに触るの久しぶりね」
「っ!?あ、あノ、、サン!?」

全てを飲み込む闇色の身体を持つ影ではあるが、と触れ合う箇所からじわりと色が淀む。
押し込めている感情が噴出さないようにと、少女を引き剥がしにかかった。
しかし、満面の笑みを浮かべて自分に擦り寄るを無下にすることは出来ず、
肩へやった手で結局の頭を撫でててしまうのだ。
自分の手によって気持ち良さそうにするを見ると、影は何とも言い難い愛しい気持ちが溢れていく。

「あのね、ALTちゃんと話してたの。それでねそれでね」

ずっと傍で見ていた姿がそこにある。黒神に擦り寄るの姿。
それが今は、黒神の位置に自分がいる。

仕える主人の顔を思い出したところで、影は我に返った。

サン、お話の腰を折って申し訳ありまセンが、ちょっと良いデスか?」
「なに?」

きょとんとは首を傾げた。無断で外泊した者の反応とは思えない。

「ALTサンとは、いつからお話してマシた?」
「え……そういえば、いつなんだろう。私、いつから……家、門限まであと何分?」

は後方のALTに尋ねた。

「ゴメンネ。ワタシ ノ タイナイ ドケイ コワレ チャッテ……」
「気にしないで。まだ大丈夫だよ。遅い時はちゃんと迎えが来るもん」

影は事態が飲み込めてきた。
精神体というものは元々時間の流れを感じにくい。
肉体が無いため、疲労や空腹、睡眠欲等が発生しない。
よって、の中では今はまだ昨日の夕方が続いているのだ。

一つ不思議なのは、の精神体がALT内部にあること。
元々ここに来たのは、ALTのプログラムを内部で操作し正常化することが目的であり、を見つけることでは無かった。
それなのに、の精神はここにいる。

多くの場合、精神操作の間、精神体は自身の身体の中にあり、外へ流出することはない。
影が現実でを見た時も、記憶操作による精神操作だと思っていた。
それなのに、何故かは0と1の世界に滑り込んで、暢気にお喋りをしている。
今現実で動くは、"操られたの意志"であるため、精神体はの中にあるはずというのに。

人間であることを考えれば有り得ない話ではあるが、
の精神体は複数が同時に存在することが可能なのか。
そんなの未知なる部分に、影は恐れを抱いた。
人間の枠を超えたは、いつか、神すら知り得ぬステージへ進む可能性がある。
進むだけなら良いのだ。恐れているのは、別のこと。

「……サン……今まで楽しかったデスか?」
「うん!沢山お話したんだよ、ねー」
「ネー」

意思を持ったパソコンの少女と、人間の少女は顔を見合わせた。

「……楽しかったなら良かったデス」

詮索しても現段階では答えは見つかるまい。
前例がないのことがそう簡単に判るはずないのだ。

今、目を向けるべきところは────。

「可憐な女性を使って悪いことをする大人に、お仕置きデス」











「貴様も、やっかいな者を敵にまわしたな」
「か、構いません。次もあります!」
「ありまセン」

ALTの中から飛び出した影は花弁に覆われた目で相手を捉えると、三叉鉾を構える。

「うら若き乙女を操り、己の手足に使うとは、紳士に有るまじき行為デスよ」

静かに語る影からは何の威圧感もない。だからこそ恐ろしい。
黒神やと関わる者たちは接する時間が長くなるにつれ、真に恐ろしいのは黒神ではなくその影、という認識を持つ傾向がある。

ジズは黒神への対処は考えていたが、影までは考えていない。
冷静な影には策略が通じにくい。かといって、力でも押すことは出来ない。
焦ったジズはちらりと魔族を見た。

「自業自得だ。私は手を貸さんぞ」
「これはこれは……。少々分が悪いですね」

にっこりと影の口は大きく弓のような半円を描いた。

「ご安心ヲ。私、マスター程酷いことはしまセンから」
「そ、それは有難いですね」
「貴方の大事なものに少し、手を出させて頂きマス」
「!?」

血色の悪い顔を更に悪化させて、ジズはヴィルヘルムの城を即座に去った。
ALTとは身体の支えを失い倒れるが、顔色が本来のものに戻り、ALTの顔に正常な起動画面が現れる。

サン、起きられマスか」
「っ、かげ、ちゃ」
「ALTさんを連れてお家へお帰り下サイ。マスターが待っておりマス」
「……わ、かった」

寝ぼけ眼のまま、とALTは姿を消す。

「それではヴィルヘルム卿。この度は失礼しまシタ」

そう言って影は姿を消した。
騒がしかった城がようやく静けさを取り戻す。

「…………。精神操作か」

口元に手をやったヴィルヘルムは、そう、呟いた。











「黒神!のこと見たって奴が、ってじゃん!ALTも!?」
「あぁ……は見つかった。というか、自分で帰ってきた」
「だったらすぐ教えろよ!オレ今まで探してたんだぞ!」
「俺だって全く現状が理解できていないんだ」

一通り下界を探した黒神は一旦帰宅した。
何か手掛かりはないかとリビングを探しているところに、とALTが現れたのだ。
黒神は驚き、今までのことを問い詰めるのだが、は一切要領を得ない。
あまりにも話が噛み合わないため、黒神は影の報告を待つことにした。

「キャー トテモ カワイイ!」
「でしょ!これはこれは!」

黒神の気を知る由もない二人は、楽しそうに談笑している。

「……なんであの二人はガールズトークを?」

MZDは首を傾げ、黒神の袖を引いて声を潜めた。
同じく現在の状況が理解できない黒神は首を振るだけ。

「で、ALTというのはいったいなんだ」
「なんだって言われても……。アイドルだけど」
「客人だからお茶を出そうかと思ったんだが、あれ機械だろ?
 この場合電気なのか?それとも燃料的なものを出すべきなのか。
 本人に聞きたくとも失礼に値するだろ。俺はどうすべきだ」

本気の質問に、MZDはぽかーんとする。

「……あぁ、うん。液晶だし、充電見られたくないらしいから、何もしないのがいいぞ」
「そうか。危ないところだったぞ」

なんだかんだ言いつつも、黒神は既にとALTが仲良く話すこの状況を受け入れている。
少し前まで、と騒いでいたとは思えない。
何が、お茶だ、何が、電気だ。

だ。
心配して探し回っていたというのに、暢気にガールズトークを楽しんでいて。

「……(オレ、必死に探してたのに)」
「MZD!こっち座ろうよ。一緒に話そ」
「おー、了解」

どれだけ心配したと思ってるんだよと、MZDは心の中で毒づいた。

「いや、お前は来るな。二人だけでいい」
「お前はもうちょっとオレに感謝しろ!」

大きな溜息をつく。
自由人過ぎて手のかかる、二人に対して。
だが、二人が笑顔でいるところを見ると、細かいことは水に流そうと思うのだ。

「オレ、とALTの間な!」
「テメェは女性の隣に気安く座るな。端行け、それか床!」
「クロカミ サン……(オンナノコ アツカイ、ウレシイ カモ)」
「まぁまぁ。黒ちゃん落ち着いて。私の隣どうぞ」

ぎゃーぎゃー騒ぎ立てている所に、音も無く影が戻ってきた。
背後に現れたというのに、いち早くが気付く。

「影ちゃんおかえり。あれ?もう元の姿に戻ったの?」
「ええ。こちらの姿の方が好きデスから」

にこりと笑んで会話を切り、影は小声で黒神に耳打ちする。

「マスター、命令は遂行しまシタ。問題ありまセン」
「そうか。相手にはどんな報復を」

黒神の表情が破壊の神に戻った。
やALTがいるため、すぐさま表情を和らげる。

「内緒デス。二ヶ月は外出することが出来まセンね」
「お前……甘すぎだろ」











「ようやく一人終わりました!!!」

ジズは優雅な紳士像とは言い難い、はしたないくらいの大声をあげた。

「……この部屋の子達が終わるのはいったい何時になることやら」

まだ部屋には二十数体の人形が住んでいる。
人形部屋はここ一つだけではない。
広い城には沢山の人形部屋があり、どの部屋にも十体から三十体の人形が置いてある。

「……漆黒の神とは違う意味で、無の者は恐ろしいものですね」

溜息をつきながら、絡まった操り人形の紐を解いていく。
ジズが所持する操り人形は、複雑な動きをさせることが出来るものばかり。
よって、糸の数も多く、また年季も入っているため、細心の注意を払わなければ糸が切れてしまう。

「……はぁ。複雑すぎます」

幸いだったのは、ジズが幽霊であり睡眠や疲労を感じないこと。
延々と作業に没頭することが出来る。

「しばらく、お嬢さんへの悪戯は控えますか……」

己の目的を達成するために、の能力を必要としている限り、次もジズはに手を出す。
次回は黒神と影の両方に報復を受けない作戦を立てよう。

だが、まずは、愛する"娘"たちの糸を解くところから。

「次は必ず、成功させますよ」



愛しいあの人の為に──────



fin.
(13/01/23)