第10話-神と少女-

すっかりと日が落ち、人通りも少なくなってきた頃のこと。
虫たちがコンサートを開催する中、こっそりと、私はMZDの家を飛び出した。
二人に内緒で夜の外出なんて、今日が始めてである。
夜は危ないから絶対に外出は駄目だと、普段口酸っぱく言われていた。
だが、自宅謹慎を言い渡されている私は昼間は外出することが出来ない。
そのため、わざわざ言いつけを破って夜の外出を決行したのだ。

──先日。
私は一人の少年の願いを聞き入れなかった。
誰かの望みの叶える斡旋をするなと、言いつけられていたから。
加えて、少年の願いは大事な二人に人を殺害させることだったから。

だが、少年を取り巻く環境はとても辛く厳しく、可哀想なものであった。
私には想像できない程の苦しみを、少年は継続的に味わっているのだろう。
それを放っておくなんて酷いこと私には出来ない。
少年を少しでも幸せにするために、手伝えることは手伝おうと思った。

こんなこと二人に知られたら怒られるに決まってる。
見つかる前に、急いで終わらせて帰らないと。

「何をしている」
「ひゃぁあ!!」

突然両手を後ろに引かれ、少しも動けないほどしっかり拘束される。
ちゃんとタイミングを見計らったというのに、もう見つかったのか。

「夜は危険だ」

耳元で囁かれた低い声は、黒ちゃんのものでもMZDのものでもない。

「ジャック……?どうして?」
「丁度帰ってきた。こそ何故外へ?」
「ちょっと外に用事があって……」
「なら、ついて行ってやる」
「だ、駄目だよ。危ないよ」
「危険なのはの方だ。俺はそう簡単にやられない」

何を言えば、帰ってくれるのか。

「一人で行かなきゃ駄目って決まりだから…。ごめんね」
「なら黒神に聞く。に外出許可を出したのか、と」

私は溜息をついた。
このまま二人に知られるくらいなら、本当のことを言った方が良さそうだ。

「……今からね、人を殺すお手伝いをしに行こうとしてるの」
「なんだ、暗殺か。俺に任せろ」
「えぇえ!?い、いいよ。ジャックにそんな」

人殺しなんてさせられないよ。

と、言えなかった。
忘れていたが、ジャックは正真正銘の暗殺者なのだ。

が人を殺すのは無理だ。震えて隙を作るのが目に見えている」
「そりゃ……だって怖いもん」
「それでいい。暗殺なら俺が代わりに終わらせる。一般人相手ならすぐ終わる」
「……だめ」

私は武装しているジャックの手を握った。
いつも全く気にならないが、いつだってジャックの身には戦闘に関するものが纏わりついている。
私にとっては怖い殺人も、ジャックは全く平気なのだ。

「殺さなくていい。お願い」
「……が望まないのなら」
「その代わりに、私と一緒に来て欲しいの」
「了解」

そう言ってジャックは手袋を外し、いつものように素手で私の手を握った。
温かいものが私の身体に伝わってくると、肩の力が抜けていく。

いくら職業が暗殺者だからといって、私のためにジャックに暗殺をして欲しくない。
私にとってのジャックは、暗殺者ではないジャックなのだ。

私は無害なジャックの手を引き、DTO先生からこそっと聞き出した少年の住居へと向かう。
人のいない夜道は怖かったが、ジャックが手を握ってくれるだけで、私は強くいられる気がした。

勿論それはジャックが暗殺者だから、というわけではなく、
ずっと前から続いているこの関係が、私を心から安心させているのだ。





「この辺だと思うんだけど……」

地図で確認した少年の住所はこの辺である。
ここは一軒家が建ち並ぶ住宅街。

「何か詳しい位置情報は?」
「今地図持ってないし、住所もメモしたわけじゃないから…」

行けばわかると軽く考えたのが間違いだった。
学校に戻るなり、もう一度DTO先生に聞くなりしなければ、少年の詳しい住所は特定できない。

「あまり怪しい動きはすべきではない。一旦引き上げよう」

出来れば今日中に終わらせ、黒ちゃん達に知られることなく帰りたかった。
でも、もうどうすることもできない。
私の不手際が招いた事態である。
なんとかなるなんて、軽く考えなければ良かった。

「ちょっとだけ、この辺歩いてもいい?そしたら今日は帰るよ」
「分かった」

辺りの一軒家を見回すとどこも灯が灯っていた。
チカチカと光っているのはTVだろうか。
偶に、楽しそうな声が聞こえる。

私は異空間に住んでいるから、黒ちゃんの家を外から見たことはない。
でもきっと、外側はこんな感じなのだろう。
光と声の織り成すハーモニーは、他人の私にさえとても温かく感じた。

とすると、少年の家はどうなのだろう。
丁度、私は明かりの無い家を見つけて立ち止まった。

「どうした?」
「ううん。ちょっと」

庭付きの一軒家だ。
駐車スペースに車はなく、庭はあまり手入れされていない。
少年の家庭環境に当てはまりそうだ。

。確実でないのなら、今日は心に留めておくだけにするんだ」

くいくいと手を引くジャックに従い、私は後ろ髪を引かれつつその家を後にした。
その後似たような家は沢山あり、記憶することは断念した。
結局、少年の家を見つけることは叶わず、MZDの家の方へ向かう道へつく。
後日改めて来ようと、考えていた時。

「お前……」

あの少年に偶然出会うことが出来た。

「あ、あの!」

言わなきゃと思っているのに、上手く言葉を紡ぐことがない。
あたふたしている私に、少年は溜息をついた。

「お前謹慎中だろうが。外出んなよ」

それはそっちも同じじゃないかと言いたかったが我慢した。
少年の手助けをするために私はここにいるのだ。
次第に落ち着いてきた私は、少年に言った。

「あの……お願いを叶えられなくてごめんなさい。
 その、私、特に力はないけど、
 あなたのお父さんにいなくなってもらうお手伝いは出来ると思」

話の途中だというのに、少年に盛大な溜息をつかれてしまった。
思わず、言葉を飲み込み黙ってしまう。

「お前ってどこまで馬鹿なの?」

体育倉庫の時のように、少年の嫌な語りのスイッチが入る。
今まで通り、私は口を決して開かぬよう、しっかりと閉じた。
ジャックが先ほどよりも強く手を握ってくれ、少しだけ気が楽になる。

「つまり、可哀想な環境にいる少年の願いを受け入れないことで罪悪感を覚えました。
 大事な神二人には頼めません。だから我が身を犠牲にし、少年の願いを叶えようと思いました。
 ってことか?
 ばっっっかじゃねぇの!」

夜道で、力いっぱい言われた「馬鹿じゃねぇの」という言葉が、頭に反響する。
やっぱり少年は私のことをよく言い得ている。
全くもってその通りだ。

「……ごめんなさい」

私は謝る他なかった。
私の脳みそでは、少年に簡単に言い当てられる程度にしか物事を考えられない。
私がやろうとしたことは、少年にとっての救いにはならないようだ。

「あの男は死んだ」
「え」

アノオトコハシンダ
伝えられた事実に頭が追いつかないまま、少年は言葉を続けた。

「今朝のことだ。せびった金で酒を買いに行く途中、車に轢かれたってよ。
 滑稽な話だろ?ほんと笑えるよ。
 んで、それを知った母親は発狂して出て行った」
「あ……」
「まあ俺は置いていかれたよ。だからここにいるわけだ」

何を言えばいいか分からなかった。
だって、お父さんが全ての元凶だったはず。
災いの大元が消えてたのに、お母さんは出て行ってしまった。


少年は言っていた。
父親が消えれば、全て丸く収まると。
少年も母親も幸せに、私が日々感じているような温かい毎日を送れるはずだと。

なのに。

「マジありえねぇし。世の中の格差をひしひしと感じるよ。
 なんで俺だけこんな目にあわなきゃならねぇんだっつの」

鼻を包帯で覆った少年は、私に手を伸ばした。
怖いと思ったが、力を抜いて目を瞑る。
私は少年を受け入れなければならないと思った。

────だって、私は幸せな生活を送っているから。




「……ちっ。そこのお前、どういうつもりだ」

目を開くと、私の一歩前に出て庇うように手を伸ばすジャックがいた。

に手は出させない」

少年はまた溜息をついた。
伸ばしていた手で頭をかく。

「はいはい。もう、そういうのいいから」

盛大に呆れ返った少年は、声を潜めて言った。

「生まれた時点で全て決まってるんだな」

肩を竦めた少年はくるりと背を向けて私達を通り過ぎていく。
静かな声色で、背中が語る。

「俺のために何かしようと考えているなら、俺の目の前から今すぐ消えろ。
 今の俺の願いは、幸せ漬けで頭がイカれてるお前が、二度と俺の前に現れないことだ」

少年は闇の中、私たちが来た道を行く。
きっと、灯が灯っていない家のうちのどれかに帰るのだ。
父が死に、母が失踪した、静まり返った家へ。

、いいのか」
「うん。帰ろ」

私はようやく、彼の望みを叶えることが出来る。
早々にこの場から立ち去ることが、本当に少年のためになることなのだ。

今まで私が考えていたことは、全くの無駄だった。
少年をまるでわかってない。自己満足の域。

「ジャック。幸せなのは、悪いことなのかな」

幸せは罪悪。
そんなこと一度も考えたこともなかったけれど、少年と接して思うようになった。

世の中とは不公平に溢れていて、
苦しくも痛くも無い場所に、私は立っている。
その下には、少年のように苦しみと悲しみしかない人が沢山いるんだろう。
私が知らないだけで。

が気に病む必要はない。そんなものきりがない」

そう言われたって、自分の今の考えを振り返らずにはいられない。
もっと私が改善するべきところがあるのでは。
本当に私はこのままでいいのか。

「幸せが許されないとして、私はどうすればいいかな」

進んで不幸になることが自分のすべき道だろうか。

「俺にはわからない。でも、が笑っていると俺は嬉しいと思う」
「でも、私が幸せを感じても、ジャックが幸せになるかっていうと違うよね」
「違わない」

予想外の答えにどうしていいかわからなくなる。
嬉しい、けど……でも。

「あ、りがとう」

ジャックは私と仲良くしてくれているからそう思ってくれるが、他の人は違うだろう。
例えばあの少年のように。
そういう人に対してはどうすればいいのか、私はわからないままだ。

が辛いと俺も辛い。それは多分、黒神やMZDも同じだろう」

すると、私は三人のためには楽しく過ごしていないといけないということか。
考えても考えても、今後どうすべきか全くわからない。

私は今の学校での現状を改善したいのに。
嫌われてばかりの"今"から、脱却したいのに。

「あのね、私は学校ではみんなに嫌われてるんだ。
 怖いんだって。人間と思えないんだって」

これを聞いて、ジャックはどういう反応をするだろう。
気になると同時に、少し怖い。

だ。人間だろうが魔族だろうが、構わない」

良かった。……でも正直、聞く前にある程度答えはわかっていた。
ジャックは私を悪く言うことはない。
私は敢て言わせたのだ。
人間に嫌われ続けて、どんどん自信がなくなっていったから。

「ごめんね。……ありがと」

嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちでジャックに笑んだ。
ジャックも表情を柔らかく崩す。
益々申し訳なく思った。

本当にいつもいつも、ジャックにはお世話になっている。
二人に秘密にすべき時はいつもジャックが私の話やお願いを聞いてくれる。
一度はそれで黒ちゃんに怒られることになってしまったし、本当に申し訳ない。
それなのに、私と変わらず付き合ってくれることに心から感謝している。

「帰ろう。夜は危険だ」

再度、ジャックは私の手を引いて帰ろうとする。
私はそれより強くジャックの手を引き、その耳元に口を寄せた。

「いつもありがと。大好き」

私は照れた顔を見られないよう顔を伏せ、ジャックよりも前に出る。
MZDの家に向かう間、私とジャックは一度も顔を合わせなかった。
でも、手は一度だって離れない。











自宅謹慎というものは思った以上に私の心に余裕を与えた。
一日の全てを黒ちゃんと影ちゃんと過ごし、その中の数時間をMZDと共にする。
私を心から安心させる生活。

今日の私は影ちゃんと一緒に、ケーキ作りに取り組んでいる。
学校に通っていた時は、宿題があったり疲れたりで殆どキッチンに立つことは無かった。
久々のキッチンはとても楽しい。

「いい焼き加減ですネ」
「うん!」

綺麗な焼き具合に惚れ惚れしていると、珍しく黒ちゃんがキッチンに入ってきた。
そして突然、後ろから身体に腕を回す。
滅多に無い、いや一度も無かったその行動に、私は大いに動揺した。

「ま、まだ、だよ。もうちょっとで出来るから。ね?」
「なら、待ってる」

そう言いつつ、黒ちゃんは私から離れない。
普段から抱きしめてもらっているが、なんだか気恥ずかしい。
どうしてだろう。

「こ、このままじゃ続き、出来ないよ」
「もう少しだけ……」

黒ちゃんはこつんと頭を私の後頭部に打ちつけた。
切ない声色に、何も言えなくなった私は背中の温もりに身を委ねる。
優しく、でもしっかりと私を掴んで離さない腕。
それは私に何か不思議な疼きをもたらした。
心地よいのに苦しく、痛い。

「キッチンに立ってる。安心する」
「さ、最近は、学校あったし」
「休みの日だって宿題だけしてずっと寝てた」

黒ちゃんは私を非難しているようだ。

「……疲れてて」

途端、腕の力が強まり、あばら骨が軽く軋む。

「……俺の相手は?」

低い声が背筋をぞわりとなぞった。
確かに最近は自分のことばかりで、黒ちゃんを少し蔑ろにしていた気がする。

「ご……ごめんね」
「許す。こうやってまたと生活出来るなら」

すっと私から離れた。
嬉しそうに微笑んでいるところを見ると怒っていないようだ。

「おい、もういいぞ」

ゆらゆらと影ちゃんが私の隣に現れた。
影ちゃんがいなくなっていたなんて、私は全く気付かなかった。

見れば、もう黒ちゃんはデスクに向かっていた。
真面目な様子で仕事に取り組む様子を見て、私は胸を撫で下ろす。

「続きしよっか」
「はい。そうしショウ」

先ほどの動揺を吹き飛ばそうと、影ちゃんとお菓子作りに取り組んだ。
黒ちゃんはその間ずっとデスク上の書類に目を滑らせている。
"いつも"の光景。




「完成!」
「では、私が運びまショウ」

影ちゃんがケーキを運んでいくので、私は紅茶の準備にかかる。
一つ、二つ、……そして、三つ目のカップを用意しておく。

「今回も良くできたな」

紅茶の用意をテーブルに持っていくと、作業を中断した黒ちゃんがソファーに座る。

「じゃ、わけるね」
「おう。オレの分もよろしくー」

やっぱり、三つ目のカップを持ってきていて正解だった。
三人分の紅茶をカップに注ぐ。

黒ちゃんは現れたMZDを手招いてぼそぼそと小声で何か話している。
何を言っているのかは聞こえないが、多分いつものように、帰れとかなんとか言っているのだろう。
結局いつも一緒におやつを食べることになるんだから、すぐ受け入れてあげればいいのに。
黒ちゃんは素直じゃない。

やがて、疲れた顔した黒ちゃんと嬉しそうな顔したMZDがソファーの定位置につく。
それに合わせて私も黒ちゃんの隣に座る。

和やかなおやつタイムが始まった。
様々な話をしながら、ケーキを頬張る。
いろんなことを話してくれるMZDに、呆れ顔で対応する黒ちゃん。
そんな二人を見ながら食べるケーキは格別だ。
すぐに皿の上は空になる。

「あー、美味しかった」

黒ちゃんの膝を枕に私はソファーに横になった。
下から覗き込んだ黒ちゃんは、柔らかく微笑み私の頬を撫でる。

「久々にのんびりしてどうだ?」

と、MZDが聞いた。
私は身体を横に向けMZDの方を向く。

「楽しいよ。凄く落ち着くの」

うんうんと頷くMZDは、黒ちゃんが向ける眼差しと同じく優しい。

「右手の調子はどうだ?」
「不便だけど、あと二、三週間で治るみたいだから大丈夫だよ」
「風呂とかトイレとか、どうしてんだ?」
「お風呂や着替えは黒ちゃんが手伝ってくれる。トイレは左手だけでも大丈夫」
「そりゃ良かった」

MZDは立ち上がると、黒ちゃんの隣に座った。
黒ちゃんは嫌そうな顔をしたが、特に拒否はしない。

。いろいろあったが、どうだった?」

今回の件についてのことだろう。
どう言おうか思案したが、正直に答えることにした。


「よくわかんないの。すっきりはしてない」
「やっぱ、痛めつけるべきだったんじゃねぇか」

なんだか黒ちゃんって過激なことばかり言う気がする。
心配性過ぎるのだろう。多分。

「私が今みたいに幸せを感じてる間、辛いことにあってる人もいるって思うと、
 なんだか苦しくて、どうしていいかわからないの」
「まさか、あんな屑野郎に同情しているのか?」

私が幸せでいることで、彼は自分の運命を更に呪うことになる。
目の前から消えろと言われたが、本当はどうすれば良かったのか。
二人なら知っているだろう。

「あの人のお父さんは死んじゃって、お母さんはどっか行っちゃたんでしょう?
 結局あの人の望みは叶ったのに、幸せにはならなかった。
 私はあの時、どうすれば、あの男の子を幸せにしてあげられたの?」
「不可能だ」

間髪入れずに黒ちゃんは言った。
呆れながらも私に分かるよう説明してくれる。

「世界ってのはそう簡単な問題じゃないんだよ。
 例え俺が誰かの望みを叶えても、そいつが本当に望んでいたものは叶わない。
 その時はよくても、そのうち壊れる。そういうもんなんだよ。世界ってのは」

が自分の幸せに罪悪感を感じる気持ちはよく分かる。
 でも、例えが不幸になったって、相手が幸せになるわけじゃない。
 誰かを幸せにするってのはオレ達にだって難しいことだぜ」

世界の頂点に君臨する神二人はそう言った。
神でも出来ないことであると。
誰かを幸せにする、させる、ことは難しいことだと。

「神様ってよくわかんないや」
は俺達をどう思ってるんだ?神本人だぞ」
「……二人が神様だなんて、実はあまり思ってないの。冗談みたい」

黒ちゃんは勢いよく噴出した。
MZDは「やっぱり?」なんて言っている。

「だ、だって二人とはいつも一緒にいるし。
 ちょっと不思議なことは出来るだけでしょう?」
「まぁ、は普段からオレ達を見てるもんな」
「っくく、あんなに俺が色々してやっているのに、
 それをちょっと不思議で片付けられるてしまうとはな。ははっ」

黒ちゃんは珍しくお腹を押さえて笑っている。
そこまで笑われてしまうと、恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。

「神なんて役職名みたいなもんだし、みたいに考えてくれるのは楽だぜ」
「じゃあやっぱり、神様を怖がるなんて変な話だよね」

少年は言ってた。
神は怖い。神を使役する私は怖いと。
でも、そもそも神は──黒ちゃんとMZDは、優しくて良い人で、楽しい神様だ。
校内で見てると、楽しそうにMZDと話している人をよく見るのに、
少年曰く、誰しも強大な力を持つ神に対して少なからず恐怖を持っているものらしい。

「なー。不思議なもんだよなー」

黒ちゃんの笑いは止まっていた。
MZDも心なしか苦笑いだ。
変なこと言うんじゃなかったと、私は焦る。

「でも私は怖いなんて一度も思ったこと無いよ!だって二人は優しいもん」
「それはだろ。自分をなじる人間でさえ同情できるんだから」
「そんなことないよ。だって、私、ニンゲンのこと、そんな好きじゃないし」

焦りでつい本音を言ってしまい、後悔した。
誰かと仲良くして欲しいと思っているMZDには漏らすわけにはいかなかったのに。
それに、誰かを嫌うという行為はあまり喜ばれたものではない。
二人になんて、思われるだろう。

「別にいいんじゃないか。嫌いで」
「ほ…本当に?」
「ああ。俺は人間だけじゃなく全部嫌いだけどな」

黒ちゃんがこのままで良いと肯定してくれるのは、少し安心する。
ただ、MZDはそういうわけにはいかない。

「えっと……。どの辺が嫌だった?」

MZDは明らかに動揺している。
もうここまで言ってしまったのだから、全て話してしまおう。
とはいえ、正直に話せば黒ちゃんが怒るだろうけど。

「私、無視されたり逃げられることが多くて……。
 それに、化け物と思われてるみたいだから……。
 そうやって悪く言われるばっかりだから、あまり好きになれなくて」
の気持ちは当たり前だ。何も後ろめたいことは無い」

そう言って、黒ちゃんは頭を撫でた。

「だから、そのままでいい。嫌いでいい。
 だって俺がの傍にいるんだから」
「……うん」

私はMZDの方を見ることが出来なかった。











英語科教室。
DTOは一日の授業が終わり、次の日の学習教材を用意している。
オレは余った事務椅子の背に顎を置いて、くるくると回る。

「お前自分の仕事はいいのかよ」
「いーの。オレ出来る神だから」
「夏休み最終日に焦る奴と同じようなことを」
「ああ、オレそれだ」

からあんなこと聞いて仕事なんて手がつくはずがない。
が人を嫌いと言った時、案の定黒神は喜んでいた。
きっと今後、を本格的に囲いに入るだろう。
オレはをあの檻から出し、それでいて黒神ともいて欲しかった。
それなのに、自ら檻の中へ戻って扉を閉めるとは。

「……がさ、人間のこと嫌いになっちゃったって言ったんだ」

ことりと、ペンを置いたDTOがオレに深々と頭を下げた。

「すまない。俺の力不足で」
「いいや、それはねぇよ。十分目をかけてもらったさ」

DTOは十二分にオレの願いを聞き入れ手伝ってくれた。
聞けば、はDTOには心を開いているようだったし、勉強することは楽しいと言っていた。

「……じゃあ、もうここにも来ないか」
「ハッキリとは言ってないけど、そうかもな」

元々人間社会とは別世界で生活するは、他の生徒と違い修業義務はない。
それなら、自分を嫌ってばかりだという学校には行きたくないと思うのが普通だ。

「意欲的で真っ直ぐな子だったんだがな」
「だろ?はいい子だからな」

性根の曲がっていない、オレ達の思うとおりに育っていく。
主に黒神の望む少女像そのものになった。
無知が故の清らかさは、普通に生きていれば手に入らないものだ。
は常に柔らかい笑みを浮かべ、無邪気にはしゃぐ。
穢れのない、少女。

「どーして、オレは好きな奴ばかり不幸にしちまうのか」

二人目は。一人目は、大好きな弟を。
黒神に関しては修正不可能だ。昔のアイツはもう二度と戻ってこない。

「ばーか。背負い込みすぎだ」
「へへっ。さっすが先生。やっさし~い」

だが、オレは一生自分を許すことはないだろう。
を黒神と同じ目に合わせるわけにはいかない。
そう、思っているのだが。
一方で。

「でもさ、オレはが誰かを怒ったり嫌ったりするのを見てほっとしてんだ。
 がオレ達の人形ではなく、生きた人間でいられてるんだって」
「その点については良かったな。お前ら二人はを大切にしすぎるからな。
 良いも悪いも含めた色んな出来事に揉まれねぇと、人間成長出来ねぇし」
「……教師みたいなこと言うんだな」
「おい」

「でもさ、をわざわざ不幸に進ませてるっていうのは心苦しいぜ」
「お前はまだと距離があるから、のために甘やかさないことが出来る。
 だが、黒神にはそれは無理だ。保護者にはなれない。
 だって、……アイツ、のこと、性的に見てんだろ」

教師の目をしたDTOがまっすぐにオレを捉えた。
真剣さが伝わってくる。

「……まあな。念のために言っておくが、オレはセーフだから」
「本当かぁ?」
「マジだって。そりゃ、は可愛いし、慕われて悪い気はしねぇけど。
 ……でも、オレは押し倒したことなんてねぇし」

あ、これはまずった。
DTO超見てるし。

「……黒神は、普段、に、何を、どこまで、してんだ」

教師を生業とする奴に漏らすべきではなかった。
これはと黒神の関係をどこまでも追究してこようとするだろう。
DTOは根っからの真面目な教師だから。

から聞いた感じ、常識の範囲内だったぞ。
 風呂は一緒だけど、寝るのは別だつってた」

風呂のワードで、DTOが震えだした。

「……は知識あんのか?ないなら、既にされてたって、わかんねぇだろ」
「知識はゼロだが、多分大丈夫。黒神、相当我慢しているらしい、し」

から黒神に変なことされて困ったという話は聞かされていない。
黒神が一緒だとお風呂が一人じゃなくて、楽しいと言っていた。
それとなく探ってみても、黒神がに何かした様子は無い。

それに、は第二次性徴が未だに訪れないという、超ロリボディだ。
触る場所なんて正直ないし、挿入れる場所はあるっちゃあるが、なんか狭そうだし、いくら昂ぶろうと襲えないだろう。
しかし、相手は"あの"黒神だ……。

「俺は生徒の誰が誰とヤろうと別に構わねぇと思ってる。が、は別だ。
 本当に何も分からない相手にするのは対等でない。
 そんなの、好きだからとか言う前に性的虐待だ」

それについては、オレも同意する。
何も知らないは、オレか黒神が言うままに従うだろう。
それが普通だ、こういうもんだ、と言えばきっと全てを差し出す。
そこにの意思はない。

「けどさ、オレが介入すればするほど、余計に燃えるだろ。
 恋ってもんは」

DTOは頭をかかえ、盛大な溜息をつく。
オレだってついてしまう。
心とは難しいのだ。神でもお手上げさ。

を奪われるなんて勘違いされたら、黒神は何をしでかすか。
 これでも、が黒神の傍にいるだけで世界は結構安定するんだぜ」
「スケールでかすぎだろ……」
「なー」

こんなだから、には苦労をかける。
その存在はいつも黒神に縛られ続けているのだから。











最近の俺はとても気分がいい。
学校から一週間の謹慎処分を受けたが、ずっと俺の家にいるからだ。

今まで、学校とかいう人間が作り出したふざけた施設にMZDの阿呆が入れたせいで、
一日の殆どがいないという最低な生活に成り下がった。

朝は寝ぼけるを急き立て、髪を結ってやり、学校まで転移させる。
そこからはずっと黙々と仕事をしたり、が好きすぎて手がつかなくなったり、もういっそのことさらってこの家に戻してしまおうかとか考えたりして過ごす。
本気で手がつかなくなった時は、古くなった世界を壊したり、生物を間引いたりして気分をすっきりさせる。

そうこうしていれば、迎えの時間になりあの英語教師と同じ空間で同じ空気を吸いたくないとか思いながら英語科教室に転移する。
そこからようやく俺ととの時間が来たかと思えば、飯、宿題、寝るの三拍子。
それが毎日毎日続く。

だが、そんな酷すぎる苦行とももうお別れだ。
想定外の問題が起きたお陰では謹慎、さらには人間嫌いになった。
これでもう外に行こうとはすまい。
以前と同じく、ずっと俺の元に居続けることになる。

もう、誰にもを取られない。誰もに触れられない。目に入れられない。

────完全に俺のものだ。




俺はソファーに座るに抱きついた。
この柔らかな感触が心地よい。
一日中ずっとこの感触に溺れていたい。


「えっと……一緒にいてくれるのは嬉しいけど、お仕事は?」
「いいんだ。アイツと違って、普段から俺はやっているからな」
「それならいいんだけど……」

むしろ最近は壊しすぎた。
だが、それならMZDが馬車馬のように働けばそれでいいのだ。

「それより、欲しいものとか、したいこととか、してほしいこととかないか?
 の望みなら何だって叶えてやるよ」
「そんなにしなくても大丈夫だよ。今は何も困ってないもん」
「本当に?遠慮しなくたっていいんだぞ」
「本当だよ」
「そうか……」

はあまり物を欲しがらない。
何かしてやりたいと思ってもなかなか出来るものが無い。
折角が俺のところに帰ってきたのに。

「黒ちゃんは普段からいっぱいしてくれるから、それで十分だよ」

ありがとねと、は俺の背を撫でた。
その優しさは嬉しいが、に何も出来ない俺は少し寂しい。

「……これからはずっとが人間に取られずにすむのに」

に俺の本音が漏らした。
するとは小さく驚きの声を上げる。

「あの……。私、謹慎終わったら、また行くよ?学校」
「は?」

言ってる意味が分からない。
理解不明の言葉に頭がクラクラする。

「最初からそのつもりだったんだけど……?」

俺はに抱きつくのを止め、その瞳を見た。
冗談ではないようだ。

だが、何のために。
失禁するはめになったり、罵詈雑言を言われたり、人間に壁を作られたりと人間社会にいて何もいいことは無かった はずだ。

「理由を言え」

はたじろぎ目を伏せる。

「だって……途中止めにするの嫌だし」
「弱い理由だな。あの悪環境に戻るほどではない」
「で、でも悪い人ばかりじゃないし」
「人間なんて、どいつもこいつも変わらず醜い。が傷つくだけだ」
「大丈夫。随分慣れたよ」
「また何かあったらどうする。怪我をするかもしれない。今度はさらわれるかもしれない」

の小さな肩を掴む。

「俺もMZDもお前の居場所は探せない。知らぬ間に何かあっても、守れないんだ!!!」
「で、でも…」

なんで、は。

「何かあってからじゃ遅ぇんだよ!!
 なんでお前はそう自分を大事にしねぇんだ!」

がきゅっと身体を縮こませ、背を丸めた。
握りすぎた肩から手を離す。

「ごめん…。怒鳴ってすまない」
「ううん。心配かけてばかりでごめんなさい」



は何もわかっていない。
何かあったらどうするんだ。

俺はに傷一つ作って欲しくない。
それが意思のある者の行いだったとしたら、そいつを始末する。
心に傷を作った奴は、それ以上の苦しみを与えてやる。
それほどまでに、を大切にしているのに。

だからこの空間で、誰の目に触れられず、誰とも会わなければいいのだ。
穢れた世界や、穢れた生物なんて見る必要はない。

俺ならの望みを叶えてやれる。を幸せにしてやれる。
心も身体も綺麗なままでいさせてやれる。

だから。

黒神の俺を受け入れて。
そして─────────愛して。



「ここにいろ。あれほどのことがあったのに戻るな」
「平気だよ。大丈夫だから」
「何がをそう奮い立たせる」
「……だって」

は俺の手を握った。

「黒ちゃんたちが私を好きでいてくれるから。
 だから、あの人に色々なこと言われても我慢できたんだよ。
 今後また嫌なことがあったって、私は大丈夫なの」

満面の笑みが眩しい。
こんな俺でも、少しくらいは、必要な存在として認められているようだ。
これほど嬉しいことはない。

「それは俺も同じだ。がいてくれるから、俺はどれだけ嫌われようと平気だ」
「私は、黒ちゃんには、他の人に好かれていて欲しいよ?」
「不可能だ。それにがいてくれるのに、他の奴なんて必要ない」

もあの馬鹿と同じだ。
俺に誰かに好かれて欲しいと、必要とされて欲しいと言う。
だが、実際それは不可能。
それが大昔にこの世に生み出されてから今まで存在してきて到達した答えだ。

「いくらが我慢出来るからといっても、俺は学校に通うことは反対だ」
「契約書を書かせた時、黒ちゃんは先生に教師らしくしろって言ってた。
 それって、次に私が学校に行くことを考えて言ってくれてたんじゃないの?」
「あれは脅したかっただけだ。狙い通りやつらは日々気が気でないようだ」

MZDの馬鹿のせいで命は奪わせてもらえなかったんだ。
これくらいの精神的苦痛なんて安いものだろう。

「ねぇ、黒ちゃんお願い。もう面倒なこと起こさないから」
「駄目だ」
「自分のことでいっぱいで黒ちゃんと一緒にいられなかったのは、
 本当にごめんなさい。でも、お願い。行かせて」
「嫌だ」
「お願い」
「いーやーだ」
「黒ちゃん」
「嫌ったら嫌だ」
「うー、黒ちゃん」
「…じゃあそこまで執着する本当の理由はなんだ?」

中途半端にするのが嫌とか、そんな動機でここまで噛みつくはずがない。
はいったい何を考えているんだ。

「……少しくらい、誰かが私のこと必要としてくれてるか、確かめたいから」

は言いにくそうにそう答えた。

「一人も居ないなら、私はニンゲンといるべきじゃないんだと思う。
 嫌われてばかりは辛いし、これ以上誰かを嫌うことも辛いから」

じわりじわりと綺麗な瞳が揺れる。
俺は急いで胸に引き寄せた。
涙を一人で流さずにすむように。

「すまない。
 俺は目先の欲のことしか考えていなかった。
 誰かに嫌われるなんて、慣れられるはずがないよな。
 すまない。本当にすまない」

何時の頃のか、以前の自分を慰めている気分だ。
俺にも他人を嫌いたくないという気持ちがあった。
でも、無理だった。
絶えず嫌われ続けることから、楽になるためには、嫌いになった方が楽なんだ。
だから俺は全てが嫌いだ。

「黒ちゃんは優しいね。ジャックもそうだった。
 私は本当に沢山恵まれてるね」

俺が優しいはずがない。
俺はいつも、自分のことばかりだ。
本当にの気持ちしか考えないジャックとは全然違う。

「……謹慎、終わったら、行ってもいい」
「え、本当に!?」
「ああ……。きっと、心配しなくてもは受け入れられるさ」

は俺とは違うから、きっと、大丈夫だと思う。
いや、大丈夫であって欲しい。
が悲しまないためにも。

「そう言ってもらえると、凄く嬉しい」

にこりとは俺を見上げた。
俺はを抱き上げて俺の膝を跨がせる。
そうして俺はを抱きしめる。
本音としてはやはりどこにもやりたくない。
でも、あんなことを聞いてしまえば、行かせる他ないじゃないか。

そっとの、サイハイソックスが丁度届かぬ素肌に手を滑らせた。
また誰かにを見られてしまうのか。憂鬱だ。
他の男がに邪な思いを抱かないか、心配だ。

「くすぐったい…」

身をよじるを支え、敢えてが負傷した右手側の足ばかりを撫でる。

「っは。だめ、っふふ、あはははっ」

素肌とソックスの間に手を差し入れ、そのまま下へ下ろす。
短いスカートから伸びる素足が眩しく、さっきまで考えていた色々なことが全く違うものに塗り替えられていく。
チリチリと燃え上がる衝動が、俺を突き動かす。

───やばい。
非常に。これは、やばい。駄目だ。
だが、利き手を負傷し何も知らないでは、俺を止めることはない。
加えて、笑い声に混じる甘くて可愛らしい声が不徳の道へと進もうとする俺の背を押す。



調子に乗った俺は、三段フリルのスカートを奥へと押しやる。
露になる柔らかな太ももに指を沈ませたり、優しく揉んだり、撫で上げたりした。
絶えず笑い続けるの、奥の、奥へ、手を、

「黒神の"ド"変態!!」
「ひゃぁああああ!!!!」

飛び上がったを引き寄せたMZDがさっとの服装の乱れを直した。
どこからどこまで見られてたんだ。
俺はバクバクと鳴る心臓を押さえるためにも、MZDとから目を離した。

「び、びっく、びっくりしたよ!」
「オレもびっくりー」

棒読みでそう言うと、を抱いたままMZDは俺に向かい合った。
はというとMZDと反対側に向いているので、俺達のことは何も見えない。

「ど、どうしたの?」
「んー?仲良くしてるかと思ってさ」
「だ、いじょうぶ。さっきも抱っこしてもらってた」
「そーみたいだなー」

妙に間延びした話し方をする。
明らかに先ほどの俺の行動を非難している。
抑制できなかった自分を見られて、俺は最高に居心地が悪い。

は、黒神に抱っこしてもらうの好きか?」
「うん。大好き」
「そっか。してもらえて良かったな」

の背を撫でながら、MZDは俺に頭の中で話しかけてくる。

「(お前、を襲う気か)」
「(………そんなつもりは)」
「(いく気満々だったじゃねぇか)」

否定は出来ない。
もしMZDが来なかったら、俺はを完全に襲っていただろう。

「(頼むから、がわかるまで待ってやってくれよ)」
「(ああ、わかってる…)」

わかってるのに、毎度欲望のままに傾倒してしまう。
前のを忘れられないせいだ。
わかってるのに。
今のが違うことくらい。

「ねぇ、MZD。私といてくれて、ありがとね」
「当たり前だろ」

MZDはと向かい合って微笑んだ。

「だから、今日も一緒にいたいの。駄目?」
「ん、ん?もちろんだけど?」

MZDがあわてて二度聞いた。
俺の方もが何を言い出しているのか全くわからない。

「もう夜でしょ?だから、一緒に寝よ」

なぁあっっっ!!!!!!!!












「そんな奴と二人で寝るなんて俺は絶対認めねぇぞ!」
「黒ちゃんも一緒だよ」

は。
俺、も。

「三人で」

にこりと最大級の笑みを俺達に浮かべた。

三人で寝るということは、MZDまでもと一緒に床を共にするということだ。
俺としてはと寝られるチャンスは正直美味しい。
だがしかし、それはMZDに寝巻きのに触れたり、寝起きのを見られることと引き換えだ。
くっ、どっちが得だ。

MZDはMZDで難しい顔をしている。
多分、ついさっきの俺の行動を見て、俺とを同じベッドにいさせるわけにいかないということだろう。
その考えは俺も理解できるし、抑える自信がない今は避けるべきだ。
だが、この好機を逃したくない。

「MZDは嫌?」
「いいや。と一緒に寝られるのは凄く楽しいと思うぞ」
「じゃあ!」

頷かないMZD。
すると、今度は俺を見て言った。

「黒ちゃんも駄目だって言うの?」
がいいならいいが……」

ちらりとMZDを見ると、相当悩んでいる様子だ。
やがて、結論を出したMZDが口を開く。

「いいぜ。一緒に、三人で寝よう」
「ありがと!」

喜ぶを撫でながら、俺に直接言葉をぶつけた。

「(何かあったら容赦なく止めるぞ。それでいいな)」
「(ああ、そうしてくれ)」

「だがそれにしても、黒神と寝られるなんて何百年ぶりだ?何千年だっけ?」
「そんなに一緒じゃないの?兄弟なのに」
「なぁ。おっかしぃよなぁ~」

こっち見んなよ。

「兄弟が必ず一緒に寝るなんて決まりはないだろ」

そうだ今夜は、だけでなく、こいつとも一緒に寝るのだ。
確かにMZDが言うとおり、いつぶりだろう。
俺がまだ異次元に引きこもる前か。

「良かったね。一緒に寝られるなんて」
「そうだな。嬉しいよ。ありがとな、




そうこうしていて、結局俺の部屋で寝ることになった。

「お前布団取んなよ」
「ならもう少し広げりゃいいだろ」

MZDが指を鳴らすと、三人が余裕で入る大きさに変わる。

「あ、は真ん中だ」
「うん」

MZDとくっつかずに済むことは良いが、もMZDの隣になるということだ。
勿論それは嫌だが、俺やMZDが真ん中よりはマシだ。

「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ、

日課となっている、寝る前に抱きしめることは出来なかったが、今日はいいだろう。
今夜は朝までの隣にいられるのだから。

「黒神、オレにおやすみは?」
「……テメェはさっさと寝ろ」

俺達三人は一つのベッドで一夜を過ごした。
その間俺は夢を見た。
この甘美な現が永遠に終わらない夢を。





(12/04/01)