第9話-放課後プレイ-

朝の優しげな日差しが忙しない人々を包み込む。
そんな中、MZDの家から出たは猫のように大きく背伸びをした。
門の前には同じ学校に行く友人が見える。

「いってきます」

は満面の笑みを浮かべて、見送るMZDに手を振った。


「今日は小テストなんだよなぁ」
「大変だねー」
「なんで人事なんだよ。国語はも普通に受けてるだろ」
「あ、そっか。すっかり忘れてた」
「ほんっと能天気だよなぁ」

主に登校はサイバーと共に行うが、今日はサユリも同行している。
くるくると表情を変えて話すサイバーの相槌を打ちながら三人は学校へ向かう。
その姿は普通の学生そのものであり、その一人が最近人間と関わるようになったなんて、誰も思うまい。

談笑を続けていると、実際の時間の流れを感じることなくすぐに学校へ着いた。
は下駄箱に恐る恐る手をかけた。

「また手紙?」
「うん。ちょっとした連絡なの」

は文面にさっと目を通すと、早々に手紙を鞄へと仕舞いこんだ。
首を傾げたサユリだったが、すぐに何事も無かったかのようにと隣の位置へ戻る。
三人は余裕を持って教室に着いた。

「今日も遅刻じゃねぇのかよ。すげーじゃん」
「うっせーよ」

元々遅刻の多いサイバーであったが、と登校するようになってから殆ど遅刻はなくなっていた。
それを知らないは、毎日決まった時刻にMZD宅の門にいるサイバーを時間にきちんとした人だと評価している。

こうして授業が始まり、お昼にはリュータやハヤトといったメンバーが集まり、机を囲んで食事をし、談笑に勤しむ。
教室の中でも騒がしい部類に入るのは、おそらくサイバーとリュータが要因であろう。
楽しげな輪であるが、誰も羨ましいという目では見ていなかった。
どこか煙たそうに見ている。
楽しいはずの教室はどこか冷えていた。

お昼の終わりを告げるチャイムが鳴ると、騒がしかった輪は壊れ散り散りに散っていく。
その後はまた整然と机を並べて授業に励む。

は聞く授業、聞かない授業を分けており、自分が理解できるものは他の生徒と同様に真剣に授業に挑んでいた。
真摯な態度であるが担当する教師はそれを評価することはなかった。
と言うより、と言う存在を目に入れるのを拒んだ。
神という大きな後ろ盾を持つは、一部教師以外からひどく恐れられている。
だが当の本人はそんなこと気にも留めず、自分の能力を伸ばそうとを最大限に努力していた。

は何日か学校に通うことで、自分から目を逸らす教師や、逃げる生徒に対し仕方が無いと諦めるようになっていた。
この程度ならかわいいものだとさえ思っている。
そんなことよりも我が身を切り裂くものが、学校には存在しているからだ。



さん、じゃあね」
「ばいばーい。またね」

放課後になり各人に別れの挨拶を告げたは、DTOが待つ英語科教室に向かった。

「お、今日もよく出来てるな。偉いぞ」

小学生レベルから始めたであったが、現在は中学生レベルの問題に取り組んでいる。
その中でも一部、国語や地歴に関しては高校生レベルでもなんとか理解出来る様になっていた。
英語や数学はなかなか進まないが、着実に力を着けている。
DTOとしてもは教え甲斐のある、指導し甲斐のある模範的な生徒であった。

「今日はこれまで。宿題はこれな」
「はい、ありがとうございます」

深々と礼をし、DTOを後にした。



───ここからだ。




これからにとって沈鬱な時間が始まる。






「よくもまぁ、能天気に学校にこれるな。誰もお前を歓迎していないというのに」

暗い体育倉庫。
下駄箱に投函された手紙に書かれていた場所である。
今日は部活は休みであるため、体育館は静まり返っていた。
先に体育倉庫にいた少年の嫌味ったらしい言葉を、は黙って耳を傾ける。

これは毎日行われる、秘め事。
保護者の神達ですら知らない、と少年の密会。



「もう十分分かっただろう。誰もがお前に近づきたがらない。疎ましく思っている。 いなくなってしまえばと思っているのに」

密会場所は毎日変わる。
は毎朝下駄箱に投函された手紙で確認し、放課後に必ず会いに来ていた。
そして、長い長い話に耳を傾ける。この作業は相手が疲れるまで延々と続く。

「何故誰もがお前を避けるかわかるか。お前が化け物だからだ。
 神を自由に使役できるお前は、もう人間じゃない。
 強大すぎる後ろ盾を持ったお前なんて、どの人間もお前を同じ種と認めない」

化け物──。
は何度となくそう称された。
自分がいかに奇異な存在で、忌み嫌われているかを、毎日聞かされている。
最初は反論していただったが、今は言葉もなく頷くばかり。
自分が奇怪で畏怖される存在であるということを、は認めたのだ。
繰り返される少年の言葉によって。

「でも、お前は自分は大丈夫だと、思っているんだろう?
 人間は駄目でも、神は自分を受け入れ庇護してくれると。
 だがもし、神側が本音を隠しているとしたら?」

度重なる言葉の刃は神達への信頼に、全く傷をつけないというわけにはいかなかった。
自分は余所者であるという後ろめたさを乗り越えていないは、神と自分の繋がりに関することを指摘されると──脆い。

「自分が愛されていると。幸せであると。お前は本当に思えるのか。
 お前が神の寵愛を受けた一人目ってことだってないだろ。
 その前に何人もの人間が可愛がられていたはずだ。
 お前はそいつらの中の何番目だろうな」

自分だけが神に愛されたのではない。
の胸中は複雑であった。寿命がないのだから有り得る話である。
黒神とソファーに座る誰か、同じテーブルを囲む誰か、あの優しい手に抱かれた誰か。
知らない誰かを夢想しては、黒神に知られぬよう何度も枕を濡らした。

自分は、代わりなのだ。代用のきく物なのだ。
はそのように、自分の存在を定義した。

「自信を持って言えるか?
 自分は神にとって、迷惑をかけるだけの存在なのではない。
 手を煩わせるだけの存在ではないと」

ここで毎度涙が零れ落ちる。
毎日泣いているというのに枯れる様子が無い。
こんな人の前で、と思っていても、言うことを聞かず雫たちが落ちていく。
図星をつかれた言葉はあまりにも切れ味が良すぎた。

は自覚していた。自分が神にとってただのお荷物であることを。
二人から与えられる溢れんばかりの優しさを全く還元できていない。
愛を乞い搾取するだけの生物であると。

「泣けばいいと思うなよ。馬鹿女。
 俺はお前にみたいに不幸を知らない奴が大嫌いだ。吐き気がする」

少年はそう言うと、軽く背を丸めて泣きじゃくるに近づいた。
は身体をこわばらせるが、少年は何もしない。
ただ、怒りに頬肉を痙攣させ、歯をぎりぎりと鳴らす。

「お前さえ……お前さえいなければ、満たされた存在なんていなければ、
 俺はこの現状を耐えられたのに。
 どうして、お前はここにきた。
 なんで、全知全能の力と幸せを纏ったお前が俺の目の前に現れたんだ!」

少年はと同じく涙を浮かべて叫ぶ。

「見せびらかしているのか!死ね!お前なんて死んでしまえ!」

何も答えず、小さくすすり泣くに少年は周囲を回りながら、呪詛を唱える。

「死ね。死ね死ね死ね。お前がいなければよかった。
 そうすれば、俺は神に頼もうだなんて思わなかった。死ね。責任を取って死ね。
 早く死ね。今ここで、俺の目の前で死ね。
 さっさとお前の存在そのものを失せさせろ。
 早く死んでしまえ!!」

体育倉庫の鉄扉が鳴る。少年の拳が痙攣し、鼓膜が震える。
は身体全体に響く音にびくつき、小さな声で謝罪を繰り返す。

「何謝ってんだよ。簡単だろ。首を絞めるくらいなら今ここでも可能だ」

するりと、のネクタイを外す。
それを二度ほどの首に巻きつけ、両端を持たせた。

「ほら、準備してやったぞ。死ねよ」

は首を横に振った。
悪態と共に、体育倉庫の扉が再度鳴り響く。
肩で息をする少年が怒鳴り散らした。

「お前分かってやっているだろう!!
 俺が神にばれないように、証拠の残らないいたぶり方しか出来ないことを。
 だから何もしない。平気なんだ。高をくくっている。自分は大丈夫だと。
 そんなことはないからな。
 俺はお前に触れられなくたって、お前を傷つけてみせる。
 お前みたいな奴、精神の方から壊してやる。俺と同じようにな」

はっとした顔をして少年は、の、その向こうの宙を見た。

「……そうだよ。なんで俺がこんなことをすることになったんだ。
 これもあの男のせいだ。アイツがいなければ俺は普通でいられたんだ。
 俺は何も悪くない。悪いのは、あの男のせいだ。
 人に暴力は振るうわ、金は入れないわ、ただのゴミなのに。
 なんで俺たちがあんなクズに振り回されなきゃいけねぇんだよ」

少年からの強い憎悪がを包む。

「お前はいいよな。神のお陰で金にも困らねぇし。
 それに偽りとは言え神はお前に優しくしてくれるんだろ?」

またもやくるりとの周囲を廻る。

「良かったよなぁ。こんなに俺達が苦労してるっていうのに。
 お前だけはそんな俺達を笑ってるだけでいいんだ。不公平な世界だ。
 お前にわかるか?あの男が金を盗んでいくからいつも貧乏だ。
 貧乏人は来るなといって、弾かれる。話だって合わない。毎回馬鹿にされる。
 家に帰れば父親であるはずの男に酒瓶で殴られ、コンロで焼かれる。
 ボロボロの服で登校して、馬鹿にされて。
 上級生に袋にされたり、ミミズやゴキブリを食わされ続けた。
 教師だっていつも見て見ぬ振り。解決した振り」

少年はの胸倉を掴んだ。少年の涙が頬を伝う。

「この違いはなんなんだよ。おかしいだろ。
 なんでお前は幸せにのうのうと生きていられるんだ」

蚊の鳴くような声で、は言った。

「…ごめんなさい」

更にぼとぼとと涙を落とすと同様、少年もぼろぼろと目から涙を落とした。
静かな体育倉庫の中で、二人の嗚咽だけがうるさく反響する。
少年が胸倉から手を離し、の頬を優しく包む。
くしゃくしゃな顔でを見た。

「なぁ教えてくれ。
 俺はどうすればいいんだ…。助けてくれ。もうこんな生活嫌だ。
 俺は変な欲望を叶えたいんじゃない。正当な要求だろ。
 頼むよお前がちょっと神に言ってくれればいいんだ。
 あの男を殺して欲しいって。それだけなんだ」

少年はマットの上に崩れていった。
の両足に抱きつき、懇願し続ける。




お願いだ お願いだ 助けてくれ お願いだ お前にしか頼めないんだ





先ほどの高圧的な態度とは一変して、少年は無様な姿を晒しながらもに縋る。
少年にとっての唯一の希望。
だが、はそんな矮小な背を見下ろして言った。

「それは……出来ません…」
「どうして…?」
「お父さんに出て行ってもらうことは出来ないの?
 それか貴方が殺すことは出来ないの?」
「居ついてるんだから無理だ。俺が殺した場合、母は一人になる。
 そしたら誰が母を守るんだ」
「じゃあ二人で、どこかに逃げるのは?」
「出来るかよ。どうせ追いかけてくる。逃げられねぇよ。
 だから、もう神の力しか方法はねぇんだよ。お願いだから頼んでくれよ!!」

散々の心を踏みにじり、罵倒してきた口が懇願を繰り返す。
は長考する姿勢を見せた。
十分熟考したか、が口を開く。

「……それでも私には言えない」
「……じゃあ、お前が呼べ。俺が頼む」
「できない」

きっぱりと否定したに、少年は立ち上がり、怒りを露にした。

「どうしてだよ!」
「二人に殺人なんてさせられない」

迫ってくる少年にはのまれることなく、首を振る。

「ンなの、どうせしたことあるに決まってんだろうが。神なんだから
 どうせ誰かに頼まれたこともあるし、自分でも気に入らねぇ奴殺してるさ」
「そんなことない」

大きくかぶりをふって、少年の言葉を否定する。
今まで大人しくしていたがここへきて自分の意思をむき出しにしてくるせいで、
少年は激しく興奮し、声を張り上げた。

「神なんて所詮下の生物に振り回されてればいいんだ。
 普段自由にさせてやってんだからな。神は俺達に還元する義務がある。
 そうだ。そもそも神なんてものがいるのが間違いだ。

 超人的存在がいれば俺達が希望を持ってしまうじゃねぇか。
 それに人の上に支配者はいらない」

肩を上下させる少年は、何度も何度も呼吸を繰り返し息を整えていく。
最初は大きかった呼吸音が、次第に小さくなり、やがてほとんど聞こえなくなる。

少年の目がを捕らえた。

「いっそ、神を殺してしまえばいいんだ」

鈍い色をしていた少年の目が輝き始める。
熱を帯びていく言葉。

「そうだ。全ての生物が神に反旗を翻せばいいんだ。

 いくら強大な力を持っていようと、それならお前が庇う神だって殺せるだろう。
 もし不死ならば、永遠に痛みを与え続け苦しませれば良い。
 そうだよ。今まで人間を弄んだ罰を


 ────神なんてこの世には必要ない存在、」

意気揚々と語る少年。
それを遮ったのは、瞳の色を失っただった。
血が流れる鼻を押さえた少年には言い放つ。

「なら、私はあなたをこの世から消して、二人を守るよ」

は一歩ずつゆっくりと少年に近づいていく。
伸ばす手からは、先ほど殴った時の血がぽたり、ぽたりと流れている。
薄暗い体育倉庫の中で黒い染みが広がる。
少年は悲鳴を上げ、腰を抜かした。
一歩近づけば、一歩後ずさる。
背が壁に触れた途端、劈くような悲鳴を上げた。

鼻血を流し、歯をがちがちと鳴らし、大きく震える少年。

「ひゃめてくれ。頼む!!」

金切声をあげ頭を抱える少年の腕を、はぎりりと掴んだ。
少年がの手を振りほどこうともがけど、その手は全く離れない。
少年の爪がの腕の肉を抉り、そこから新たな血が白い腕を濡らす。
は静かに言った。

「動かないで」

少年は石にでもされたように抵抗を止めた。
それを確認したは、少年の手を剥がし腕を掴むと、体育倉庫を出る。
何人もの生徒が赤い血を流した異常な二人を目撃したが、二人はそんなことには意にも介さない。
二人と周りには誰にも侵入できない確固たる壁があり、誰も関わろうとはしなかった。
そのおかげか、二人はスムーズに保健室へ入室することが出来た。

「すみません。先生はいらっしゃいますか?」

の声を聞いた養護教諭が奥から姿を現す。
二人を見ると驚いた顔をし、駆け寄った。

「どうしたの?」

すかさず少年は教諭の身体に縋りつき、を指差した。

「先生、この女が俺を殴ったんです!」

瞬間、顔を恐怖の色に染めた教諭がから後ずさった。
は黙ってそれを見ている。

「……とにかく、二人とも病院に行きましょう。話はそれからです」

養護教諭は少年を丸椅子に座らせ、鼻血を止める作業に入った。
まるでを視界に入れたくないがために。
はある考えを募らせた。




自分は本当に化け物なのか、と。











気まぐれに置いた固定電話が告げたのは、衝撃的事実だった。
あのが学校で人を殴って右手が折れた、と。
空間を転移しオレが病院に迎えに行くと、そこにいたのは、いつもの見慣れたではなかった。
暗い海の底を思わせる冷たい表情を貼り付け、包帯が幾重にも巻かれた大きな右手が痛々しさを主張している。

「…

聞こえていないはずがないのに、はオレを見ようとしない。

「また後日連絡をしますので、それまで家に待機していて下さい」

養護教諭はそれだけ言うとさっさと去ってしまった。
はというと、相変わらずオレの方は見ないし、声をかけても何も答えない。
だがオレの歩みに大人しく付いてきてくれるため、家に帰ることは容易だった。
その間、は一言も声を発さず、いつもなら繋ぐ手も繋がなかった。
初めての状態にオレも頭を抱える。

悩ましいことは、それだけではない。
黒神のことだ。

予想通りに危害を加えた人間を殺そうとするので、オレは自分の力が黒神より優位であることを良い事にしばらく眠らせていた。
それを不審がるであろうには力の補充だと言って誤魔化した。
だがこんな状況になってしまっては、黒神を眠らせ続けるわけにもいかない。
の様子も豹変しているし、黒神を起こしてを安心させておいた方がいいだろう。
そう思ってオレは、自室で深い眠りについている黒神を起こした。

「チッ。ンだよ…」

黒神は寝起きが悪いくせに、の右手を目ざとく注目した。
包帯の巻かれた白い手を優しく包んでを見る。

「この手……どうした?」
「ちょっと……折れちゃった」

覇気はないが、はようやく声を発した。

「はぁ!?折れただと!?可哀そうに……痛むか?」
「大丈夫。あまり痛くないの」
「何をして折れたんだ?」

黒神の疑問にはばつの悪そうな顔をして黙りこんだ。
オレに寝かされ何が起こったのかわからない黒神は、心配そうにの顔を覗き込む。
そろそろ良いだろう、とオレはに尋ねる。

、今日何があったか説明してもらえるか?」
「いや」

即答だった。
溜息をつきたいところだが、オレは追究を続ける。

「それが通用すると思うか。既にだけの問題じゃない。
 怪我させた奴だけじゃなく、その親、教師も出てくる。
 お前は事態収拾のためにも、周りの人間に説明する義務があると思うんだが。
 。違うか?」

キツイ物言いなのは重々承知している。
だが問題が表立って起こってしまった以上、オレも黒神も知らなければならない。
を庇い守るためには、正確な事実を知る必要がある。

「……はい」

は淡々と語りだした。




事の始まりは、体育倉庫。
呼び出されたは、少年から自分の父を殺すよう、神に頼んで欲しいと懇願された。
だがオレの言いつけを守り、はそれを断った。
逆上した少年はを体育倉庫に軟禁した。
タイミングが悪く粗相をしてしまったことで、それをネタに少年に脅される。

そこから毎日、放課後に少年から要求をのむように言われ続けた。
だがその度には断るため、罵声を浴びせかけられる。

今日も同じように罵倒されていたが、初めて神の殺害を示唆された。
それに怒りを感じたが少年の顔面を殴り、保健室に連れて行った、と──。




「殴ったのは悪いと思ってるよ。
 でも、二人を悪く言ったことは、絶対に許さない!
 黒ちゃんもMZDも何も悪いことなんかしてないのに、苦しめるとか殺すとか言うなんておかしいよ!!
 大嫌い!大嫌い!!
 二人に酷いことしようとする人なんていなくなっちゃえばいいんだ!!!!」

最後は涙声になっていた。
そんなを黒神がベッドに引き入れ、優しく抱きしめる。

「それ以上言うな。
 の気持ちは本当に嬉しい。
 だからこそ、お前の口からこれ以上汚ない言葉を引き出したくない」

笑顔を絶やすことの無いは、勿論憎しみとは縁が無い。
そんな子が他人の消滅を願う日がくるなんて、思いもよらなかった。
それも自分たちのせいで。

「ごめんなさい」

違う、謝るのはじゃない。
は何も悪くない。
オレの言いつけをしっかりと守り、更にはオレ達のために怒っている。
の非なんて、どこにもない。

「あと、私が手を出しちゃったせいで、その…保護者が学校に来ないと駄目みたいで」

は言い淀んだ。
言いたいことは分かる。
怪我をさせてしまったということは、親からも相手に謝罪する必要がある。
の場合、親ではなく保護者である、オレか黒神が行かなければならない。

「それは俺が行こう」
「黒神が?」

思わず声を上げると、黒神がキッと睨んで言う。

「テメェが心配する必要はねぇよ。お前が望むとおり、人間の立場で挑んでやるよ」

そうは言うが、正直心配である。
黒神は至上主義で、のためなら何でもやる奴だ。
だから、に危害を加えた人間を殺そうとしていた。

更に黒神は以外の生物が大嫌いなのだ。
それに黒神にとって、の学校通いは阻止したいだろうから、今回の問題を利用してを元の籠の鳥に戻すこと も考えられる。
その方法だってどんな手を使うか。

人間の常識が一番通じないであろう黒神には任せられない。

「お前、俺を眠らせてやがったろ?俺がアイツに手を出させないように。
 ……だったら、このくらい俺にやらせたっていいんじゃねぇの?」

それを言われると弱い。
オレの勝手な判断で黒神の自由を奪い、気持ちの行き場を失わせた。
黒神の行動は常軌を逸しているとは言え、ただ純粋にを大切に思っているのだ。

「…わかったよ。も黒神と一緒なら安心だろうしな」

オレは黒神を信じて折れることにした。
例えオレが行ったところで全てが上手くいくとは限らない。
神とはいえ万能じゃないのだから。

「…迷惑かけて本当にごめんね。
 MZDなんて手続きとか色々大変なことしてくれたのに…。
 それなのに問題を起こしたりして…」
「まぁ殴るのは流石にオレも驚いたぜ。でもま、原因はオレだし」
「なんで?MZDも黒ちゃんも何も悪くないじゃん」

違うんだ。
オレが甘かったんだよ。

いくらオレが多くの生物と友好関係を築こうと、オレが神であることは変わらない。
心の底に抱く神への恐怖や願いは、身近にいて加えて弱い立場であるにシフトする。
は正当な評価を受けることなく、その身に膨大な負の感情を受けてしまう。
無垢なはいとも簡単に染まる。
そのことは分かっていたのに。
もっと、慎重になるべきだったのに、オレはどこか自惚れていた。

「悪いのは我慢できずに殴った私。二人を暗い気持ちにさせてごめんなさい」
がいい子過ぎてオレは申し訳ねぇよ」
「私はいい子じゃ無いよ」

神を恐れない子供。
オレ達が神であると正しく認識しているかは疑わしいが、何の躊躇いもなく普通の対応をする。
オレ達を大切だと言ってくれるが、心の底から愛しい。
ただ、そんなのは当たり前だ。
はオレ達と一緒にいるのだから、他の価値観が介入する余地などない。
だから図らずとも、は必ずオレ達を受け入れる。
馬鹿らしい、悲しい話だ。

はよく頑張った。俺達の言いつけをちゃんと守ったんだから。
 でも、それでが傷つくのは不本意だ。もう少し自分を大切にしてくれ。
 お前のためなら俺はこの力で、どんなことでもしてみせる」
「黒神」

窘めるとキツイ目で睨まれた。

「私は大丈夫。だから、神様の力を酷いことや悲しいことに使わないで」
「だが」
「折角色んなことが出来るんだもん。楽しいことに使う方がいいよ」

と、黒神の力がオレが創造した世界や生物を壊す力であることを知らないが無邪気に言った。
黒神は何も答えず、優しい手つきでの髪を梳いた。











「本当にごめんね」
「何も気にする必要はない。はいつでも頼ってくれればいいんだ」

そう言うと、青年の姿をした黒神は学校の敷地に足を踏み入れた。
正面から入るのは黒神にとって初めてのことである。
明らかに学生ではない姿に、物珍しそうに生徒たちは見ていた。

「MZDか?」「でも大きくない?」「なら誰?」「もしかしてMZDの兄弟とかいう」

周囲では好き好きに黒神のことを語り合うが、黒神は全く動じない。
それをは心苦しく思いながら、ぴたりと隣に寄り添った。

二人は英語科教室に足を運んだ。
そこには既にDTOがおり、普段のように自分の席に座っていた。
DTOは二人の姿を見ると、に駆け寄る。

「その手、大丈夫か?」
「はい。ちょっと不便だけど、痛くは無いです」
「不幸中の幸いだな」

二人はいつもの同じパイプ椅子に座るよう促される。

「今日はどういう流れだ?」

落ち着いた口調で、上から黒神は聞いた。
その態度にDTOは苦笑する。

「オレはお前らから話を聞く。んで、相手さんはその担任教師が話を聞く。
 互いから話を聞いたところで、校長や教師を含めてご対面だ」
「男の方は来てるのか?」
「まだだ。来るつってたんだが」
「相手は事態の大きさを理解してないのか?」
「いや、そういう奴じゃない……らしい」
「ふうん」

DTOは不機嫌そうな黒神から、の方へ向いて言う。

「とりあえず、お前の話を聞かせてくれるか。何が起こったか、何を思ったのか」

頷いたはDTOにことのあらましを説明した。
話の内容に様々な表情を見せるDTOとは対照に、は一貫して落ち着いた表情であった。

「話はわかった。だが現段階で俺は何も言えない。
 もう一人の教師が相手の話を聞き終えて、お互いに顔を見せてからだ」
「先生。あの、顔を合わせるのはいつになりますか?」
「他の先生方の都合もあるし、二時間以内には始まるぞ」
「長いこと待たせんじゃねぇっつの」

毒づく黒神を、は首を振って窘めた。

「すまない。俺が気をたたせてもしょうがないな。辛いのはなのに」
「ううん。怪我させた私が悪いんだし……怒られてもしょうがないよ」
「お前だって十分怪我してるさ。見える傷だけが重視されるわけじゃねぇよ」

DTOはそう言って続けた。

「公平に判断したいと思っている。
 だから、は思っていること、されたこと、したことを正直に話して欲しい」
「はい」
「よし。じゃあ俺は向こうの様子を聞いてくるわ」

DTOがいなくなった後の教室はしんと静まり返っていた。
下を向いて動かないの手に、黒神は自分の手を重ねる。
そのまま口を開くことは無く、二人はDTOの帰りを待った。
冷たい教室の中でも、重ねた手だけは温かかった。




二十分ほど経過した頃。
遠くからどたどたと騒がしい音が近づいてくる。
それは二人のいる英語科教室の前で止まり、慌しく扉が開け放たれた

「二人とも、あっちが終わったというかなんというか、とりあえず来てくれ」

荒い息を吐くDTOに首を傾げつつも、二人は言うとおりについて行く。
その間、黒神はしっかりとの手を握っていた。
応接室と書かれた部屋の前で、DTOがの両肩を掴んだ

「大丈夫だから。お前には俺と黒神がついてる」

きょとんとした顔を見せたは、やがて柔和に笑んだ。

「はい」

DTOが先導し、応接室に三人は足を踏み入れた。
来客用の椅子とローテーブルがあり、更にその周りには校長や教頭といった面々が立っていた。
は足を竦ませたが、そんなの手を引いて黒神は指し示された椅子にとともに腰掛ける。
場の空気が一瞬で変わるのが、でさえも分かった。

「そんなに警戒しなくとも、俺は何もしない」

そう黒神が言うと、心当たりがある者が次々と顔を背ける。
小さく黒神は笑った。

「予定通りに事は進まなかったのだろう。結局どうなった?
 相手の男はちゃんと来たのか?」

完全に場を支配してしまった黒神は足を組み小馬鹿にしたように教師陣に言った。

「そのことですが、相手の保護者は都合が悪くこちらに来られませんでした。
 それについては本人からお聞き下さい」

扉から現れたのは、を日々軟禁していた少年だった。
空ろな目を黒神とに向けると、頭を下げた。

「今回は本当に申し訳御座いませんでした。その、うちの親は用事で来れなくて。
 だから、俺だけこの話し合いに参加します」
「そういうわけにはいかない」

小さく口角を上げて、黒神は言う。

「今回はこちらも大変申し訳ないことをした。
 まだ傷は痛むだろう。治療に関する費用は全て払おう。
 君を愛する親も君が傷ついて大変心を痛めたことは察しがつく。
 しっかりと謝罪したい。
 だから、今日のところはいい。また日は改めてくれないか」

少年の青ざめた顔が更に病的に白くなる。
顔を引きつらせ、左右に震える少年は、たどたどしく口を開く。

「わ、悪いのは、俺です。も、申し訳、御座いませんでした。すいません、でした。
 だから、親は、親だけは、勘弁して下さい。
 謝罪も、治療費も、全部いらない。俺がそっちのも、する。するから。
 だから、親だけは、無理なんです。本当に。駄目なんです」

訴えが悲痛な叫びに変わっていく。
が黒神を見ると、その横顔は、笑っていた。

「いやいや、そういうわけにはいかない。
 やはり問題はきちんと清算する必要がある。
 本来、保護者も交えて、なのだろう?これでは不完全燃焼だ。
 そちらとて、こんな結末を望んでいるわけでもあるまい」
「いいんです!俺が悪かったんです!だから、勘弁して下さい!」

少年は膝を折り曲げ、頭を床に擦りつけた。

「申し訳ありませんでした。俺が全て悪かったんです。
 さんには酷いことをしました。本当に、すいませんでした!」
「何故頭を下げる必要が?日を改めるだけだ。そんなに難しいことではないだろう?」
「勘弁してください!親だけは、駄目なんです」
「あの、色々と多忙なお宅でして、ですから」
「いるだろ。今家に」

少年をフォローした教師の言葉に重ねて黒神は断定した。
そのことで、少年が壊れた玩具のように大きく震えだした。

「俺に隠し事が出来るとでも?なんなら昨晩の出来事から全てここで」
「黒ちゃん」

の一言で、部屋の張り詰めた重苦しい空気が断ち切られる。

「今、意地悪なことしてるよね?」
「別に。俺はおかしなことを言ってないだろ」
「あの人完全に怖がってるじゃん」
「親を出せと言っただけだ」
「そうだけど…。でも、違うよね。
 黒ちゃんはあの人が嫌がるって分かっててわざと言ってる。
 そんな意地悪なことしないで。私はそんなこと望んでない」

小さく息を吐き、黒神はの頭をぽんぽんと叩いた。

「わかった。だからそんな顔をするな。俺はを泣かせたいわけじゃないんだ」

黒神は床に這いつくばる少年の方を見やる。

「親のことはいい。あれじゃどうせ無理だ。
 ならせめて学校が用意したシナリオ通りの対応をしろ」
「…あ、ありがとう、ございます」
「あ、立って。あなたもこちらに座って」

担任の教師に促され、少年はゆらりと立ち上がり、二人と向き合って座わる。
ようやく同じ立ち位置に当事者が立った。
少年は俯きながら黒神の様子を伺っている。
は黒神に話しかけた。

「黒ちゃんが私のこと考えてくれるのは、すっごく嬉しいよ。
 でも、これ以上黒ちゃんに迷惑かけたくない。
 だから黒ちゃんは休憩してて。私ちゃんと出来るから」
「……すまない。俺は一度引いて頭を冷やそう」

黒神は跡形も無く消え去る。
以外の全員が大きく息を吐いた。

「双方から話は聞いているが、もう一度この場で話してもらおうか」

校長の言葉にも少年も頷いた。
少年が説明する大筋はこうだ。


神と同居しているに目をつけ、呼び出し軟禁した。
そこで粗相をしたことを良い事にそれを脅しのネタとして毎日呼び出した。
そして、先日自分の言葉に怒ったが自分を殴ったと。

が説明する大筋と違わなかった。
ただ、少年がに目をつけた最大の目的である父親の殺害についての言及は避け、
何の苦労も無く生活するに対する嫉妬による苛めだと称した。

「次、君の方は?」
「あ、…はい」

空気を読み取ったは、少年の供述と同じように語った。
自分が殴った理由も、ただ今までの我慢が爆発しただけであるとし、少年が二人の神を殺すことを仄めかしたことは 一切言わない。
の口から真実を聞いているDTOは訝しげたが、何も言わなかった。

「なるほど、双方の意見は食い違ってませんし、これが今回の出来事の流れですね。
 お互い異存はないですか?」
「ありません」
「私も。ないです」

どちらも目線を逸らしながら、頷いた。

「では双方、相手に伝えたいことはありますか?」
「あの、お鼻ごめんなさい……」
「いや、別に……」

の謝罪に対する反応はそこそこに終わり、二人は沈黙に入る。
その様子を見て、また校長は双方に尋ねた。

「何か心残りはありますか?」
「ありません」
「私も。ないです」

特に何も答えようとしない当事者のうち、少年の方に目を向けた。

「君の保護者は今日は来ないと言ったが、今回のことについてどういう考えでいるのですか?」

途端に少年は挙動不審になった。

「お、俺が…悪いと、言って、ました…。全面的に俺が悪い。
 だから、金銭的な問題はこちらで負担すると」

途切れ途切れに答えた少年に、校長は何度も頷く。

「なるほど。ではまた後日ご両親の考えを確認させて下さい」

少年はわずかに腰を浮かせ、校長の方を見た。

「いや、あの、それは、できなくて。できればこの場で全部終わらせたくて」
「黒神が言ってたことは私達も同意する部分がある。
 君はまだ学生であって、責任が取れる歳ではない。
 まだ君は、ご両親に守られている立場であることを忘れてはいけない」

言葉にならない声をあげる少年に対し、校長は優しく説いた。
少年はただただ首を横に振る。
校長に乗じて少年の担任も優しく諭す。
だが、少年は否定の言葉を呪詛のように唱えるばかり。

「あの」

その場にいる全員が不審な様子でを見た。

「私は全然大丈夫です。謝ってもらえたし、お金もいらない。
 だからその人の親にまで言わなくてもいいと思います」

声を震わせて言ったに、呆れ顔で校長は答えた。

「君も立場は同じ。庇護される存在だ。実際に金銭を支払うのは保護者だ。
 君一人が決められることではない」
「お金に関しては本当に大丈夫です。黒神さんは神様だからお金なんて困らない」
「仮にこの場を今日収めたとして、
 話をつけていない保護者が急に今回の処分が気に入らないと言ったらどうする?
 何年か経った後にだって異議を申し立てることは可能だ。
 ならばこちらとしては、今の段階できちんと清算したい」
「なら、そういうのがあっても、学校には迷惑かけないです。
 それなら大丈夫ですか?」
「子供の考えだ。口約束なんて不確かなものを」
「じゃあ、口約束以外の約束ならいいですか」
「例えば?」
「え…えーっと…」

言いよどみ、答えられないに校長は畳み掛ける。

「事態を大きくしたのは貴女が起因しているのですよ。自覚していますか」

完全に答えられなくなってしまったは、下を向いた。
涙を浮かべるに、DTOが助け舟を出す。

「それ以上は。本人も深く反省しておりますから」
「それなら問題ないが…。それより、この生徒の親に電話を。
 黒神の言うことが本当なら電話に出るだろう」
「止めてください!!駄目です。お願いします」

部屋を出ようとする教師に対して、少年は扉に張り付いて請い願う。
だが、複数の教師に引き剥がされていく。
泣いて喚こうとも、立場や力の前では無意味。

そんな中、DTOは考えた。
以前、黒神が自分の頭に話しかけたことを思い出す。
あの時、黒神は頭で話しかければ、自分に届くと言っていた。
もし、今もその効果が有効ならば。

そして、黒神に願った。
この場に来て欲しいと、事態を収拾して欲しいと。
少年を人間や学校の常識から助けて欲しいと。
だってこんなに頑張ったんだぞと。





「ったく、お前なぁ、俺が盗み聞きしてなかったら絶対気づかないぞ?
 それと俺が助けるのはだけだ」

一同がぎょっとして部屋に突然現れた声の主を見た。

「人間って面倒くせぇよなぁ、本当。あ、は面倒くさくなんてないからな」

の隣に座ってその頭を撫でる。

「お前は本当に優しい子だな。あんな奴庇う必要なんてどこにもないんだぞ」
「だって、あの人が全部悪いんじゃない。それよりお願い。助けて」
「……だけ特別なんだからな」

黒神は校長を見た。見られた校長は身体をびくつかせる。

「お前が危惧しているのは世間や教育委員会だろ?
 それなら簡単だ。そいつの親がこの問題を蒸し返すことがあれば、
 俺が事態を収拾してやる。
 世間へ流れた情報は全て人の記憶から消してやろう。
 そうすれば、お前らが恐れる問題は起きない」

得意げに語る内容は人間の能力を遥かに凌駕したものである。
常識では有り得ない単語など、信じられなくて当然だ。
だが、周りに否が応でも信じさせる何かを黒神は持っていた。

黒神は、神なのだ。

「だ、だが、それを必ず行う保証は無い。反故にされる可能性は十分に有りえます」
「お前。俺を信じてないのか」
「い、いえ。そんな」

黒神の睨みに狼狽する校長。
DTOを除く他の教師は出来るだけ黒神と目を合わすまいと、様々な方向に向いていた。

「契約書を書いておこう。特別性だ」

黒神は手の中にA4の紙を出現させると、さらさらと言葉を書いていく。
すぐに書き終え、校長の方へ紙を渡した

「ん。サインしろ。
 これは人間の契約書とは違う。書かれた契約は必ず執行される。
 これで無意味に疑わずに済むぞ」

校長はいたって人間社会で使われる契約書と何も変わらない紙に、
言われるままサインした。
黒神はその紙をちぎり、複写された一枚を校長へ渡し、原本を自身が持つ。
すると、黒神は身体を震えわせた。
それは恐怖からくるものではなく。

「っくく。はははははっ。本当、人間って愚かで哀れだぜ」

はっとした校長が先ほどの契約書に目を向けた。

「契約書をしっかり見ることは人間の世界でも常識だろ」
「…最後から二番目の行」
「ああ。に手を出した奴には自動的に罰が与えられる」

ひとしきり笑った黒神は、ふいに真剣な眼差しを向けて言った。

は神じゃない。ただの人間だ。
 ならお前ら指導者くらい、他の人間と同様に扱ってもいいはずだ」

次に黒神は、あっけに取られて全く動けないでいた少年を見た。

「これでお前は俺に借りが出来た。二度とに近づくなよ。
 お前の弱みを十分握った俺を敵に回すほど馬鹿ではないと思ってるぜ」

最後に、を見た。

「お前の望むように出来なくてごめんな」
「黒ちゃん…ありがたいけど、罰なんていらないよ」
「こうでもしないと、お前があまりにも可哀想だ。俺が神なんかですまなかった」
「神様は後ろめたいことじゃないよ。私は黒ちゃんがこの世界の神様で良かったよ」
……」
「おーい。頼むから、二人の世界を作るのはもう少し後にしてくれ」

DTOの言葉には恥ずかしそうに下を向いた。
黒神は嬉しそうに口元を綻ばせている。

「とりあえず、双方の話はこれでついたってことで良いのか?」
「俺はそうだ」
「俺も…これで終わるなら、十分です」
「あ、待って下さい。私、まだ終われない」

そう言って、は少年の方へ向いた。

「……MZDと黒ちゃんの悪口だけは、今謝って」
「え、あ…」
「謝って」

眼光を強めたにたじろいだ少年は、言われるがままに黒神に頭を下げた。
黒神は「別に」と言って、顔を背ける。

「えー、じゃあお互いもう満足したな。では、校長今回双方にどういう処分を?」

未だに契約書を穴が開くほどに見つめていた校長は、ふいに判断を振られた。

「え、えー。今回の件は他の生徒にも影響を与えた。
 事態を沈静化するためにも、双方には一週間の自宅待機を命じます。
 更にその後学校にて教員から指導を受けてもらいます。
 よろしいですね」

双方共に了承し、この件は終了した。










自宅待機一週間を言い渡されたと、黒神は空間を飛んで自宅に戻ってきた。
大きく息をつき、二人はソファーへと腰を下ろす。

「……拍子抜けだったな。もっと荒れると正直思ってたんだが」
「…私は十分怖かったよ。
 でもあっちのお父さんかお母さんに怒られなくてほっとした」
はよく頑張ったな」

黒神はの頭を撫でたが、の顔は晴れない。

「あのね。私は黒ちゃんがなんでも出来ること知ってる。

 でも、今日みたいなこと。人を怖がらせることは止めて欲しいの」
「それは、人間から見れば俺が変だからか」

真顔に戻った黒神に、は首を振った。

「変とかじゃなくて、そうすると黒ちゃんが怖がられちゃうから」
「俺じゃなくてのことだろ。俺のせいでまでも人間に怖がられる。
 お前はそれが嫌なんだろ?」

黒神は珍しくに対して苛立っている。

「違うよ。私は黒ちゃんが人に怖がられるのは嫌なの」
「何故?俺は元々この世界の嫌われ者だ。恐怖されて当然だろ」
「どうして?だって、こっちの世界ではまだ黒ちゃんのこと知ってる人いないよ。
 それなのに、今、黒神さんは怖い人って思われちゃったら、
 今後ずっとそう思われることになっちゃう」
「何度も言わせるな。俺は既に全世界の生物に嫌われてるんだよ」
「そんなことない。だって、まだ知らない相手をどうして嫌いになれるの?」
「だから!『黒神』である時点で、俺は無理なんだよ!!」

声を荒げた黒神が、をソファーに押し倒した。

「お前だけなんだよ……。俺を、『黒神』の俺を好きになってくれたのは」

の両手を片手で拘束した黒神は、余った手での身体を撫でた。

「俺はお前以外の誰かなんていらない。が傍にいるなら他に何もいらない」

黒神はそう言うと、を自由の身にし、ソファーに座りなおした。
そんな黒神の右腕を、は抱きしめる。

「……ごめんなさい」

世界とは隔離された空間で、神の片割れと一人の人間は寄り添った。
ぽっかりと空いた心を、必死で埋めるために。





(12/03/23)