標的は始末した。
非戦闘員であったために反撃もなく容易いものだった。
護衛の任についていたのであろう者たちも俺よりも弱い者ばかりで、息の根を止めるのにそう時間は要らなかった。
死体が織り成した赤い海を俺は後にする。
本来ならば、報告のためこのままヴィルヘルム様の城へ行かなければならないが、今回は迂回する。
勿論、そんなことをすればあの仮面上司は煩いだろう。
しかし、それでも今日は、あの魔族に背いてでもやりたいことがあるのだ。
出来るだけ人目につかないように、身を潜ませながら目的の場所へと行く。
現在は夕刻、きっとこの辺で出くわすに違いない。
俺は住宅街の真ん中で、隠れるように塀にもたれた。
不思議と動悸が速くなっていくのを感じる。
命令をこなしている時にはない、不安や期待という感情の芽生えを自覚した。
こんな感情も以前ならばなかったものだ。
ある人と交流する内にいつの間にか生まれたもの。
戦闘には不要なものを会得するなんて無駄、非効率的だとは判っている。
でも、あの人に関するものは手放すことが出来ず、愚かにも保持し続けてしまうのだ。
身を隠しながら辺りの様子を探っていると、三人の学生を発見した。
両端は男だが、真ん中は女。それも目的の人だ。
俺は地を蹴り、その人の元へと飛び出す。
「!!」
「ジャック!」
広げられた腕の中に飛び込んで、その小さな身体を抱き締めた。
願っても止まない本物のが、腕の中に収まっている。
柔らかくて気持ちよくて、甘くて、なのに少し苦しくもあって。
「どうしたの?こんなとこにいるなんて」
「に会いたかったから」
「……そっか。ごめんね」
背中に回されていたの手が俺の頬に触れる。
俺よりも小さくて、脆そうな手。
それなのにどうしてだか、この手に触れられただけで俺は強くなった気になる。
が見てくれる。がいてくれる。それだけで俺が変わっていく。
「お前!!な、なんでちゃんと、そ、そんな、とにかく!離れろ」
男の一人が俺とを引き裂こうと手を伸ばす。
しかし、俺から見れば遅すぎる動き。を抱いたままでも避けるのは容易かった。
「、こいつは何だ?」
「ニッキー。ポップンパーティに参加したこともあるんだけど見たことない?」
「俺の記憶にはない。俺が参加した時のとは別のだったのだろう」
参加者はどこにでもいるんだな。
最近も、何を血迷ったか上司が参加していた。
そんなことを思い出していると、すっとが離れていくのを感じ、俺は自分の腕に力を込めた。
「嫌だ。行かないで欲しい」
「ジャック……。どうしちゃったの?」
はぽんぽんと頭を撫でながら怪訝そうに尋ねた。
最近。が学校に行きだしてから、上司に見つかってから、俺との関わりは目に見えて減った。
平日の昼は学校と言うものがあるので仕方がない。
何にも拘束されない夕方以降や休日しかといられないと言うのに、
は他の奴等と約束があったり、俺は俺で上司に仕事を言いつけられていたり。
「俺はもっとと一緒にいたい」
帰ってくる度に、上司とが近づくのを見るのが嫌でしょうがなかった。
俺の知らぬ間に二人が談笑し、魔力供給のために触れ合うのが、とても苦しくて。
「俺はどうすればいい?
もっとを抱っこしたり、撫でたりしたらいいのか?
黒神やMZDみたいにに頼られるようになれば、強くなればは一緒にいてくれるのか?」
「ストップ!お前さ、さっきから何なの?ちゃんも全然嫌がらねぇし。
つか、ベタベタすんのやめろ」
「俺もが好きで、も俺を好きであるのに、何の問題が?」
こいつはさっきから何なのだろう。
俺に戦闘能力で勝てないのは明白なのだから、大人しくしていればいいのだ。
「ジャック、ちょっと離れよっか。ね?」
が言うなら致し方ない。俺は大人しくを離した。
「ちゃん!こいつと仲いいのは知ってたけど、ここまでだって聞いてねぇよ!」
「え、えっと……」
が困ってる。こいつがを困らせてる。を助けないと。
俺が前に出ようとすると、水色の髪の男が俺を制した。
「今お前が出て行くと、収拾つかねぇから」
「だがしかし、が困って」
「だから。余計に困らせないためにもお前は待ってな」
俺ではを助けてあげられないのか。
力不足だというのなら大人しくしていよう。なんて情けないんだ。
「にしても、と友達だって聞いてたけど、本当仲いいんだな」
水色の髪の男がそう言った。
と仲がいいと言われるのは嬉しい。
「だって、俺はが大好きだから」
俺の初めての、同じ人間の、ともだち。
「……好き、なのか?を」
「好きだ」
「随分言い切るな……」
「好きなのは変なのか?」
「いや。別に、そう思うなら、それでいいんじゃないか」
こいつは学生というやつだろうから、きっと普段の傍に居るんだよな。
「お前は、を好きじゃないのか?」
「……俺?」
水色の髪の男は酷く驚いた顔を見せた。
「好きじゃないのに、一緒に居るのか?」
「…………俺は……」
男は目を伏せた。
「俺はが好きだからいつでも一緒に居たいと思う。お前は、違うのか?」
「……す、きつっても、俺とは……友達だ」
「俺もそうだ」
そう言うと、男は焦ったような、笑っているような、安心したような、
よくわからない表情を見せた。
「そっか!!友達だよな!!もお前が初めての友達って言ってたしな。
ンだよ、驚かせんなって。あー、良かった」
なにやら早口で言葉を連ねている。
先程の奴よりはマシだが、こいつもよくわからない奴だ。
「ジャック帰ろっ!」
どうやらあの男とのトラブルは解決したらしい。
が差し出した手を、俺は取った。
「待て!帰るってまさか黒神の方のとこまでじゃねぇよな?」
またこいつか。ニッキーとか言う男は、いちいち煩い。
だってげんなりとしている。
「そうだけど、何?」
「だって、アイツ嫌がるだろ。家に入れるはずねぇじゃん」
「嫌がらないよ?たまに一緒にご飯食べたり、寝たりしてるもん」
「ずりー!!オレなんてキレられるっつーのに!おかしいだろ!!」
黒神はこいつを嫌っているのか。
ということは、に危害を加える可能性がある者ということだ。
「お前は黒神に警戒されているんだな」
「ンなの、テメェに言われなくたって知ってるっつの!!」
「サイバー、ニッキーじゃあね。ばいばい!」
景色が変わっていき、ニッキーという男の喚き声が小さくなっていく。
◇
「ただいまー」
「おかえり!……ん、ジャックもか」
「邪魔するぞ」
早速と、を抱き上げると、ソファーに横たえさせ、そのまま抱きついた。
の柔らかな感触と体温を感じてすぐ、身体全体に刃物を突き刺されているような殺気を感じた。
「ジャック……。ちょっと来い」
どうやら黒神を怒らせたらしい。指示通りを離して黒神の元へ行った。
頭の中に直接声が響く。
「(お前、調子に乗ってねぇか)」
「(だって、出来る時にを抱き締めておきたい)」
「(俺だってろくにを抱っこしてねぇんだぞ!!)」
「(……なら、まず黒神がを抱っこする。その後俺の番)」
「(違ぇよ!順番の問題じゃねぇ!)」
なら何が問題なのだろう。
「二人ともどうしたの?」
「ちょっとな。が心配することは何もない、大丈夫」
黒神はには微笑んで見せるが、俺を向くと少々睨んだような顔になる。
「(百歩譲って、に抱きつくことは許すが、やりすぎるなよ)」
お咎めは終了のようだ。黒神を怒らせないよう今後は気をつけよう。
抱きついてもいいとは言われたので、の隣に座って軽く手を回した。
「今日はなんだか、凄く甘えてくるね」
が頭を撫でてくれる。は他の奴等と違って俺を一切攻撃せず、気持ちのいいことばかりしてくれる。
優しい。傍にいて触れ合っていると、ほっこりしたものが胸の内に生まれる。
「ねぇ、ジャックは私のこと好きだよね?」
「大好きだ。は?」
「私も。大好きだよ」
嬉しい言葉。しかし、何故かこの言葉を言われた途端、黒神からとてつもない殺気が飛び出してきた。
怒っているようだが何に対してなのか不明である。
「……てことは、私の好きな人は、ジャック、ってなるのかな?」
どきりとした次の瞬間には黒神が現れ、を後ろから抱き締める。
その身体から放出される威圧感に、俺は咄嗟に身を引いた。
「……誰かに何かを言われたのか?」
黒神がの頬に唇を寄せる。それは耳や首にまで移動して。
はくすぐったそうにして、真っ赤になっていた。
「黒ちゃん、だめ、……恥ずかしい」
「ちゃんと教えてくれないと、もっと恥ずかしいこと、ジャックの目の前でするぞ」
の脚、スカートの中へ手を滑らせている、その瞳は死んでいる。
これはかなり怒っているということ。こういう時は何もしてはいけないのだ。
に関することで、黒神は絶対。何があろうとも従わなければならない。
でないと、俺はといられなくなる。
「やっ!!駄目、脱がしちゃ、そっち、駄目!」
「じゃあ、教えて」
黒神はのスカートの中から手を出すと、逃がさないためかしっかりと抱きすくめる。
緊張した面持ちで、はゆっくりと言葉を吐いた。
「あ、あのね、聞いたの。好きな人の話」
「うん。それで?」
の首に顔を埋め、ネクタイを緩めていく。
「男の子の中で、私が一番好きな人が、そうなんだって。
よく学校で彼氏とか彼女とか言うけど、お互いが好きあってたらそうなるって」
「で?」
ネクタイが取り払われる。制服のボタンがゆっくりと外され、の顔が引きつっていく。
口早にが捲くし立てた。
「好きな人って家族以外ないんでしょ!!そしたら黒ちゃんとMZD以外でしょ!
それで一番好きなのって言ったら、誰なのかまだ判んないけど、
最初のお友達だから、ジャックなのかなって思ったの!!!」
「ふうん、なるほど。家族以外か」
ボタンを外すのを止めた黒神が小さく笑った。
上司と同じ、何かを企んでいる類のものだ。
「はその、好きな人ということについて間違った知識を得ている。
まずその家族というのは、血縁関係を指す。に血縁者はいるか?」
「……いないよ」
表情に暗い影を落とすを、黒神は撫でた。
「俺とは家族だ。でも、血の繋がりはない。だから、この場合俺は入らない」
そう言って、黒神はの後ろ髪を左右に分けると、そのままうなじに顔を埋めた。
「っ」
が小さな声を漏らす。顔を真っ赤に染めて、身体を震わせている。
どうしたんだろう。黒神はに何をしているんだ。
「、判ったか?」
優しい声色のくせに、殺気立っている。
は殺気なんてわからないだろうに、身を硬くして何度も頷いていた。
「あと、お前にその好きな奴というのは早すぎる。
まだそれの本当の意味を知らない。だから、迂闊に他の男に好きと言ってはいけない。
これはのために言っていることだ。絶対駄目だからな」
「う、うん……」
「ジャックもだ。お前がに好意を寄せていること、同じくもそうであることは理解している。
だがな、二人の感情は友情だ。恋ではない」
俺のへの感情は友情というらしい。
だがしかし。
「恋とはなんだ?友情と何が違うんだ」
「例えば……そうだな。二人にわかるようにとなると難しいが。
……では、してはいけないことを教えよう」
黒神はと向き合い、両肩を持つと、そのままの唇に自分の物を近づけた。
それは、触れる直前で止まる。
が逃げようとしているのが傍から見てもわかるというのに、黒神は抵抗を許さない。
どうしてこんなことをするんだ。なんだか、嫌な感じがする。
黒神に逆らってでも、を助けた方が────。
「。息止めてると苦しいだろ。していいよ」
黒神の指がの髪留めを外すと、さらりと髪の毛が落ちていく。
まるではそれは目隠しのようで、黒神とだけの行為をくっきりと浮かび上がらせる。
「っや!」
はぐっと黒神を押しやると、俺の方へ飛びついてきた。
「黒ちゃんの意地悪!」
小さな肩が震えている。、泣きそうになってるじゃないか。
どうして、黒神はの嫌がることをするんだ。
いくら黒神でも、こんなことは許されない。
「恋人でなければ、他人に口付けるという行為は厳禁だ。するのも、されるのも禁止だ」
「でも、黒ちゃんとはしたよね?キス。前。いっぱい、首とかほっぺとか」
なるほどそれは先の黒神の発言と矛盾している。
すると、黒神は目に見えて動揺した。
「お、れは、良いんだよ。家族だし、親が子にするのは普通、だし。
唇には、して、ないし、親愛と言う意味だからな」
「つまり、俺や上司は駄目で、黒神やMZDは許されるということだな」
「やっ……MZDは……」
動揺を重ねるのか、黒神。
「MZDは家族だから私がキスしてもいいんでしょう?」
「……駄目だ。俺以外は、駄目……絶対。例えMZDでも……」
理由が不明瞭だ。普段なら何故駄目なのか、どう駄目なのかと説明するはず。
ますますおかしい。この違和感は何なんだ。
何故あの黒神がこんなにも動揺し、俺の前で脆さを露見させる。
「……お願いだ、。頼むから俺以外の男にその身体を許さないで。
それがMZDでも、しないで欲しい……お願いだから」
「判った。判ったから、そんな顔しないでよ」
は俺から離れ、黒神の頭を抱いた。
俺を撫でてくれたその手は、今は黒神の身体に滑らせている。
優しげな声は、俺ではなく、黒神へ降らせている。
気分が、すっと冷えていく。
「……今日は帰る。悪いが、俺を上司の城へ飛ばしてくれないか」
「え、この後一緒にご飯食べようよ」
俺は首を振った。
「黒神が落ち込んでる。俺はまた今度相手をしてもらう」
「……ごめんね。近日中に私から会いに行くから」
頷くと、景色が一新し、見慣れた城に着いた。
目の前には上司がいる。俺の姿を捉えると、つまらなさそうに息を吐く。
「なんだ娘ではないのか。折角いい相手が名乗りをあげたというのに」
俺には興味がないらしく、そのまま踵を返す。
しかし、俺は上司に用がある。
「上司……好きって、どういうことなんだ。
黒神はどうして他を遠ざけ、自分のみがに触れること、触れられることを求めるんだ。
を尊重せず、ただ己の望みのみを追求する理由とは、何なんだ」
「……詳しく聞かせろ」
俺は今日の出来事を余すことなく報告した。
珍しいことに上司は黙って俺の話に耳を傾けていた。
話が進むにつれ、上司を唇を吊り上げていく。
「貴様のお陰で疑問が確信へと変わったぞ。そうか、死神はやはりそうだったか。あの娘をな。
なんと馬鹿馬鹿しい。破壊の神が聞いて呆れるぞ」
大笑いしている。しかも、この笑いは悪い方の笑いだ。
大量虐殺をした時や、強者と戦って勝った後、そして、──相手の弱味を握った時の。
「聞く限り、奴はまだあの娘に手はつけてない。
ならば私が奪ったら奴はどんな絶望を見せるのだろうな。
神の絶望か。想像するだけで愉快だ」
結局俺の疑問は解消されていないし、これは言わない方が良かったのかもしれない。
こんな男を頼るんじゃなかった。
「ジャック……あの娘を呼べ」
「……どうするつもりだ。に何かをするなら俺は拒否する」
こんな状態の上司とは会わせられない。
通常状態だって危ないのだから、今なんて持っての他だ。
「娘に危害は加えない。私の目的はあの死神に一泡吹かせることだ。
奴に与えられた屈辱を返してやらなければならないからな」
「嫌だ。それはそれでが嫌がる」
「貴様の望みは娘の安全なのだろう。ここで私に逆らえば娘の命は保障せんぞ」
ならば、の身を守るために、黒神のことは切り捨てよう。
神なのだから、俺が庇わなくとも魔族の上司に対抗する力は有り余るほどあるはずだ。
「その言葉は本当か」
「誓おう」
誓われようとも、上司の言うことなんて信用できないが、今は信じよう。
「……が近日中に会いに来てくれると言っていた。
多分のことだ。明日、遅くとも明後日来るはずだ」
「なら暫く貴様はここにいろ。奴は貴様を標的に転移するだろうからな」
◇
「ジャックー。遊びに来たよー」
ジャックの言った通り、は次の日に現れた。
袖付きの白いワンピースに、黒のレースで飾られた服は、明らかにヴィルヘルムとの交流が目的で着用したものではない、余所行きの服である。
「何するー?」
にこにことジャックに話しかけるの背後から、ヴィルヘルムが現れ命令した。
「来い」
「また今度ね。今日こそはジャックとなのー」
適当にあしらうと、ジャックに抱きついた。
「昨日はごめんね。だからね、今日は学校で宿題終わらせたんだ。
時間は気にせず一緒にいようね」
ジャックといるためにと起こしたの行動に、ジャックはじんわりと温かい気持ちが込み上げた。
しかし、ジャックは上司との口約束がある。
「……。先に上司を。俺は後でいい」
「駄目だよ。昨日だって黒ちゃんを優先しちゃったんだもん。今日は誰が何を言おうとジャックの日!」
「少し用があるんだ。だから、その間上司の方へ行ってくれないか」
「……まあ、そう言うなら」
惜しみながらもジャックはをヴィルヘルムの方へ促すと退室した。
乗り気でないはとろとろとヴィルヘルムへ歩み寄る。
「ヴィル、どうしたの?」
「ついてこい」
は心の内では、拒否することを望んでいたが、相手が身勝手なヴィルヘルムであるため、渋々着いて行く。
通されたのは、ヴィルヘルムの私室であった。
が入室した途端、勝手に扉が閉まり、鍵がかけられた。
「貴様は私をどう思う」
ヴィルヘルムはににじり寄る。
「ど、どうって……?」
はその剣幕にじりじりと後ずさる。
「まぁいい。言葉など不要だ」
の身体をひょいっと持ち上げると、四柱式ベッドへと投げた。
中のスプリングが軋み、少女の体躯が白いシーツへ絡む。
それに四つんばいで覆いかぶさるヴィルヘルム。
「ヴィル?ど、うしたの?へ、ん。だよ。怖い」
怖がるの胸元をヴィルヘルムはすっと撫でた。
ワンピースの前面はリボンで編み上げられており、一番上でリボン結びにされている。
ヴィルヘルムは、心もとない拘束をしゅるりと解いた。
リボンを引いただけでデコルテが広がり、ヴィルヘルムの下に晒される。
「貴様、元の身体に戻れ」
「い、いや。だって、こわい。ヴィルこわいんだもん」
殆どない膨らみと膨らみの間には、シルバーリングが輝いている。
それは今にもに逃亡の力を与えようとしていた。
「なら貴様はどうすれば、恐怖が消えるのだ」
ヴィルヘルムは一旦の身体から手を引いて尋ねた。
「そんなのヴィルの普段の行いが悪いのが駄目なんだからね!!!」
身体を強張らせながらも、の瞳の色は気丈さを忘れていない。
それを見たヴィルヘルムはをうつ伏せに転がすと、後ろ髪をかきあげた。
シルクリボンのチョーカーの、リボンの結び目の下。
そこには鬱血の痕があった。
「愚かな奴だ」
リボンを指で押しやると、鬱血の少し下の皮膚を強く吸い上げた。
「っふ、ヴィル……」
ぴくんと身体を震わせ、子供らしかぬ吐息を漏らしたを、ヴィルヘルムは冷たく見下ろした。
「さて……このまま継続するのもいいが」
「い、いや……」
蚊の鳴くような声を漏らすを、ヴィルヘルムは笑い飛ばす。
「何を言う。どうせ死神にもっとされているのだろう」
「されないよ!!こういうことは全然!!数えるくらいしか!!」
怒鳴り声と同時にベッドは空となり、は扉の前に立つ。
「今日のヴィル意味わかんない!馬鹿!嫌い!」
は先程と同様に空間を飛び越え、部屋の外で待機していたジャックの元へ降り立った。
「ジャック!逃げよう!ヴィルが壊れた!」
「あいつに何かされたのか!」
「大したことないよ。とにかく、逃げるよ」
腕を掴むと、誰もいない場所を思い起こし、ジャックと共に空間を飛ぼうとした。
すると、目の前に現れたヴィルヘルム。
「娘」
「何よ!もう帰るから!」
「一つだけ」
がつけていたシルクリボンの黒いチョーカーに手をすっとかざす。
闇色の光がチョーカーに纏わりつき、そのまま中に吸い込まれていった。
「これでいい」
「何したの!」
怒気を含んだ声で問い詰めるが、ヴィルヘルムは笑うばかり。
そのまま城の闇へと溶けていった。
「ヴィルなんてもう知らない!」
◇
ある廃ビルの中。
の能力で一部屋を綺麗に清掃した後、は事務椅子に腰掛け、ジャックは床に座っている。
二人は抱いている疑問をお互いに投げあっていた。
「何故、人と人が口を触れ合わせることが特別視されているのだろう」
「不思議だよね。黒ちゃんもなんであんなに過剰な反応をするんだろう」
「は恋とは何か判るのか?」
「ぜーんぜん。友達とは違うらしいよ。
学校でも誰かが誰を好きだー、別れたーって、よく話題になる。
キスをしたとか、やったとか。色々と言ってる」
「やる?殺すのか?」
「ううん。二人とも生きてるからそれはないよ。何だろうね。
聞いたけど黒ちゃんも知らないって」
ジャックとは二人でうーんと唸った。
「手を繋ぐだけでも十分だよね」
そう言うと、はジャックの隣に腰掛けて、その手を握った。
笑みを浮かべるに、ジャックも応える。
「ああ。俺はが近くにいてくれるだけで、十分嬉しい」
小さな手を、ジャックはぎゅっと握り返した。
(12/09/19)