第30話-せわあし-

、おはよう」
「おはよー……」
「なんだ。眠そうだな」

黒神はネグリジェがずれ落ち肩が露出しているを抱き上げ、ソファーへ座った。
膝上に座らせ頬を突くが、は眉をひそめるだけで何も言わない。

「眠れなかったのか?」

そう黒神が尋ねようとも、は何の反応も見せない。

「朝ご飯がもう出来るようだぞ。座れるか?」

こくん。と、一度だけは頷く。
その様子に黒神は思わず小さく噴出した。

「本当かよ」

夢心地のを抱き上げて、ダイニングテーブルの椅子へと座らせた。
忙しなく朝食を並べていく影に黒神は指示を出す。

「影、何か飲み物先にくれ」
「ハイ。マスター」

それだけで、主人である黒神の意図を正しく理解した。
キッチンに引っ込み、胃に負担をかけぬよう熱くも冷たくもない、
ぬるめのミルクティーを黒神に渡す。
受け取った黒神はにカップ口をつけさせ、少しだけ飲ませた。

「その内覚醒するだろ」

黒神は目を瞑ったまま全く動きを見せないを見ながら、先に朝食に口をつけていく。
半分ほど胃に収めた頃に、は少しずつ目を覚ましていき、壁の時計を見上げた。

「え!もうこんな時間なの!?」

出された朝食を掃除機のように平らげていき、自室から制服と鞄を引っぱりだすと、
人目を気にせずリビングで着替えていく。
ネクタイを首にかけ、慌てて洗面所で顔を洗うに、黒神もついていく。

「髪はやってやるから、は歯を磨いてな」

黒神は慣れた手つきで髪をとかしてやり後ろへ流す。
そして、神の力を使いの細い首に包帯を巻いた。
それは白く、目立つものであるが髪の毛のお陰である程度は隠される。

「もうサイバー来てるよー!」
「ヤバかったら、二人で直接学校へ転移しろ」

口の中のものを吐き出したは鞄を掴んで玄関を開ける。

「いってきまーす!」
サンハンカチとティッシュ!あとお弁当!!」










「おはよー!」
「遅ぇよ!走るぞ!」

予定時刻より遅いを今まで待っていたサイバーは地を蹴った。
まだ身体が目覚めていないはそれに必死について行く。

「ごめん!眠くて!駄目だったら、転移するから」
「それ前着地点悪くてバレそうになってたろうが!」
「見られたら記憶を消そう!」
「そういうの気軽にしちゃ駄目って言ったのはお前だろ!」

二人は普段の道ではなく、ショートカットと称して道なき道を走り、
私有地を横切り、転びそうになりながらあぜ道を駆け抜けた。
そのお陰で二人は遅刻をすることなく、授業開始時間よりも五分早く着いた。

「疲れたぜ……」
「朝ごはん出そう……」

早朝からの全力疾走に二人はふらふらと自席に腰を下ろす。

ちゃーん」

既に教室にいたニッキーがに抱きつこうとするが、その身体は不恰好のまま停止する。

「今汗かいてるから抱きついてこないで」

のろのろとハンカチを取り出し、額や首を流れる汗を拭っていく。

「気にすんなよ。それはそれで需要あるから」
「怖いこと言わないでよ!!」

輝かしい笑顔にの背筋はぞくりとした。

「ニッキーのクラス、次体育じゃないの?」
「やっべ。忘れてた。ちゃんまたな!」

が見えない拘束を解くと、ニッキーは慌しく自分のクラスに戻っていった。

「サユリありがと……」
「いいえ」

サユリは暑さで頬が蒸気するを下敷きでぱたぱたと仰ぐ。
は目を閉じ気持ちよさそうに風を感じている。

「ありがとね」










ちゃん、あーんてやって」
「恥ずかしいから嫌」
「つれねぇの」

ニッキーを見もせずあしらうは、目の前のお弁当を夢中で口に入れていく。

「あーあ、誰か手作り弁当作ってくれねぇかな。ちらっ」
「こっちの美味しいよ。一個あげる」

は少し大きめの二段弁当の一つをサユリに差し出した。

「ありがと。私からも、はい」
ちゃんスルーかよ!!」
「じゃあ、オレも一個頂戴」
「サユリはいいけど、サイバーは引っ込んでろよ!」
「うっせーな。早く食べねぇと時間なくなるぞ」










「放課後だー!!」
ちゃん、何もしないからオレんち来て」
「今日はおじさんところに行くつもりなの」
「じゃあ明日!明日はオレとの時間とってくれよ!」
「判った。明日ね」
「うっし!約束だからな」

はニッキーににこりと微笑むと、サイバーやサユリ、リュータに手を振った。
図書室へ行きある程度時間をつぶすと、校舎の裏へ行き周囲を確認してからKKのアパートへと転移した。

「おじさーん」
「お。嬢ちゃん」

突然家の中に現れようとも、驚くことがなくなったKKは、
飛びついてきたを難なく抱きとめた。

「最近どうだ?」
「楽しいよー」

はKKの足の間に陣取ると、広い胸板にもたれた。

「みんな優しいんだ。私、本当に幸せだなって思うよ」
「良かったな。なかなかねぇよ。そういうの」

ぽんぽんと頭を撫でていくと、KKは違和感に気付く。

「その首どうした?」
「ああ、怪我じゃないから大丈夫」

包帯を摘んで取り去ると、その首には黒いリボン。

「これ隠してるだけなの。さすがに校則違反だから」
「取ればいいじゃねぇか。……いや、取れない理由があるのか」

は困ったように笑う。

「正解。取ると死んじゃうんだってさ」
「……マジかよ」

男性らしい無骨な指がシルクリボンに触れようと恐る恐る近づくが、
結局の頬に落ち着いた。

「ヴィルのせいなの。取ってもらいたいんだけどね
 ……黒ちゃんに、会うことを禁じられてるの」
「会わないことにはどうにもなんねぇだろ」
「駄目なの。次怒らせたら私、何されるかわかんない」

煙草の染み付いた服に頬をすり寄せるを、見下ろすKKの表情は硬い。

「おじさん、もうちょっと撫でて?」

要望どおり髪の流れに沿って優しい手つきで撫でていく。
は気持ちよさそうに目を閉じた。
安心しているとは反面、KKは違う事を考えていた。

「俺にこんなことされてるなんて言って、黒神に怒られねぇの?」
「どうして?だっておじさんだよ?いい人なのは黒ちゃんも判ってるよ」
「つってもな……」

撫でていた手が止まる。
不審に思ったはKKを見上げた。

「……お前、大丈夫か」
「大丈夫だよ」

KKの首に手を回し、耳元で言った。

「私は十分幸せだよ」










「ただいまー」
「おかえっりぃー」
「おかえりなさいマセ。さん」

KKの家から帰ってきたは出迎えたMZDに飛びついた。
MZDは小さなを高い高いと持ち上げてから、抱きとめる。
すると、鼻腔をくすぐるのは。

「KKのとこに遊びに行ってたのか」
「そう。やっぱり煙草臭い?」
「お前の前で吸ってないんだろうけど、やっぱな」
「じゃあ早くお風呂入っちゃおっかな」

解放されたはそのままMZDの廊下を歩き、
ひっそりと佇む扉に手をかけた。

「ただいま」
「おかえり!」
「おかえりなサイ、サン」

扉を開けた途端、黒神がを強く抱き締めた。
まるで長期間顔を合わせていなかった末の抱擁のように。
笑みを浮かべていた黒神だが、その腕にを収めてから顔をしかめた。

「……KK」
「うん。だからお風呂入ってくる」

二人は離れ、は風呂場へ行く。
その背中に黒神は言った。

「後でタオルと着替え持って行く」
「ありがと」











「あのスナイパーとは全然切れねぇな」

タオルと着替えを置きに風呂場から戻った黒神は、
舌を打ちながらソファーへ身を沈めた。

「あのお方は、サンからの信頼がお強いようで」
「会う回数が少なくともそういう奴はやっかいだ」

大きな溜息をつく黒神の顔を影は窺う。

「……マスター」
「心配しなくともKKは後回しでいい。今はあの魔族だ」

黒神の脳裏に過ぎる、嘲笑するヴィルヘルム。
いつ思い出しても怒りが込み上げてくる。

がどう言おうと始末しておくべきだろう」
「……MZD様はサンに手を貸すでショウ」
「だろうな」

己の私欲のために個人を滅する行為をMZDは好ましく思わない。
特に、それがを手中に収めるためであるならば、必ず邪魔をする。

「今回ばかりは慎重にいく。何しろ下手に奴を殺せばも死ぬからな」

そう言うと、黒神は頬を上げる。
くつくつと押し殺していた声が漏れ出し、それは段々と大きくなりとうとうはっきりと笑い声をあげた。

「マスター……?」

楽しそうではあるが、良い種類の笑みではない。
何を考えているのかと、黒神の影はその胸中を探る。

「なに、この案件を終わらせてしまえば、は俺のものだろ?」

嬉しそうに笑いながら説明した。

の交友関係で危険そうな奴はジャックとニッキー。
 ジャックは俺が今まで都合のいいように洗脳している。
 面倒なのはニッキーだが、奴はまだの信頼を得ていない。
 他にももしかして、という奴等はいるが今のところは問題ない。

 そうすると、一番やっかいな奴はヴィルヘルムだ。
 奴は魔族だ。常識に囚われず、未だ思考が読めない。
 俺の弱味であるを利用して、俺を追い詰めたいのだろうと推測はするが……」

押し殺しきれない怒りが溢れ、それは殺気となり部屋中に蔓延する。
黒神の影として寄り添い続けている影でさえも怯むほどのものであった。

「奴を殺せばを奪える力を持つ者はいない。後はに刷り込めばいい。
 卒業してしまえば、俺との二人でずっとここに住んでいられる」

先程までの威圧感が消え、小さく笑いながら、
近いうちに訪れるであろう現実を語る。

「前と同じ。俺とだけの世界が戻ってくる」

無邪気に自分との今後の生活を語る。
黒神とだけで、他の者は一切踏み込めない世界。
以前と同じく、の瞳に映るのは、たった一人の神様だけで。

そんな夢を語る黒神に、影は一切同意はせずただ耳を傾けていた。










「出たよー」

身体中からほくほくと湯気が立ち上るを黒神は手招いた。
いつも通りの部屋へ行くと、丁寧に髪を乾かしていく。

「お風呂上りのも可愛いな」
「いつも見てるのに?」
「いつ見ても可愛いんだよ」

髪を持ち上げると、の首に、まるで飼い犬の首輪のような黒いリボンが強い存在感を放っていた。
それを目にすると黒神の中に嫉妬と怒りが込み上げてくる。
本来ならば何かを破壊して収めていく感情だが、黒神は違う方法を用いた。

「っ!?」
「言ったろ。俺とならしてもいいって」

頬への口付け。
まだ完全には乾ききっていないが、黒神はドライヤーのスイッチをオフにする。

……」

黒神はそっとベッドに押し倒す。
は身を縮こませ戸惑いで瞳を揺らした。

「……も、して」
「へえっ!?」
「嫌か?」

みるみる顔を赤らめたは唸り、顔を手で覆った。
小さく首を振っているところに、黒神は耳元で囁く。

「俺にはしていい。そう教えたはずだ」
「……」

首を横に振るの背を壊れ物を扱うかのように優しく撫でる。
に拒否権など存在しない。黒神は辛抱強く待った。

いくら拒否をしても状況が変わらないことを理解したは、
恐る恐る黒神の頬に唇を寄せた。
ほんの少しだけ触れ、すぐにうつ伏せになる。

「よく出来ました」

黒神は髪のかかるむき出しの肩にキスを落とす。
柔らかな感触には身を震わせるが、黒神は意に介さず、寧ろそれを喜んでいるようで、
素肌という素肌に口付けていく。

行為を重ねるごとにだんだんと息を荒げ、背についたネグリジェのファスナーを一気に落とした。
振り返ろうとしたの両手を押さえつけながら、好きなだけ背を啄ばむ。

「っ、く、ろ、ちゃん……」

少し冷静さを取り戻した黒神は、の腕を放し振り返ることを許す。
は肌蹴そうになるネグリジェを胸元で押さえながら言った。

「……恋人じゃないのに、キスってしてもいいの?」
「いいんだよ。俺となら」

ネグリジェを握り締めるの指を一つずつ丁寧に外し、邪魔な布を引き下げた。
現れた小さな膨らみの間。
黒神は舌を這わすと、その柔肌に食いつき強く吸い上げた。
くっきりと咲く赤い牡丹にうっとりとするのである。

「絶対に、俺だけだからな」











「サイバーおはよー」
「おー」

俺は早々に目を逸らす。
はそんな俺に気付くことはなく、ぺかぺかと笑っている。


「ん?」
「なんでもない」

あははと笑うを見ていると、少し落ち着く。
なんとかオレはちゃんとやれてるんだって。
オレのこの動揺は外に漏れていないんだって事がわかって。

これもアイツのせいだ。
アイツが馬鹿みたいに好き好き連呼して、それでいて友達だなんて言うから。
もしかして、オレは、
本当はのことを友達以上に好きなのかもしれないなんて思い始めている。

好きかどうかなんて判別なんてつくはずがない。
結局は、自分がそう思うか否かなのだから。

。オレとお前って友達だよな」
「そうだよ。……どしたの?」

友達という響きに違和感はない。

「別に。ちょっと確認」

大丈夫だ。オレはと友達。そうに決まってる。
だから、動揺なんてしなくていいはずなんだよ。


それなのに、オレの心はざわついたままで。











「だ、大事な話があるの!ニッキーじゃなきゃ駄目なの!」
「どうした?」

ちゃんがこんなことをオレに言うなんて……。
どきどきわくわく。
期待しちゃってもいいんだよな。

「ニッキーは変なことに詳しいから判ると思うんだけど……」
「夜の話ならなんでも聞け!ちゃんで実践してやるから!」

いつも通り怒るかと思えばちゃんは口を噤んでいる。
そんなにマジな話なのかよ。

「あのね」

頑張ってやっと聞き取れるくらいの小声でちゃんは言った。

「こ、恋人以外ってキスしてもいいの?」

心臓を打ちつけられる衝撃。
オレは恐る恐る尋ねた。

「……さ、れたのか?」

するとちゃんは赤くなった。決定的だ。

「……だ、れに?」

聞くのが怖いというのが正直なところだ。
でも、聞かずにはいられなかった。
好きな子のことだから。
知らないままでいられない。
誰にも触れられていないと信じていた唇を、盗んだ相手を。

「黒ちゃん」
「へ、へぇ……」

誰かと思えば黒神だと。
しかも、ちゃんが物を知らないっていうのを一番良く知っている人物じゃないか。
動揺していて動かなくなっていた頭が一変。全てが怒りに転じる。

「家族はいいんだって。でもMZDは駄目っていうの。
 ジャックとも話したんだけど、それって変だよねって。どういうことだろうって」

何その理論。馬鹿じゃねぇの。
どう都合よく考えればそんなことをちゃんに吹き込もうと思えるのだ。

「……ちゃん。友達ともキスしていいつったら、誰とでもできんの?
「え、出来るものなの?」
「嫌じゃねぇのか、つってんの」

正確にはオレと出来るのかというのを聞きたいのだが、そこまでの勇気はなかった。
ちゃんは「うーん」と唸った後首を振った。

「わからない……。だって、恥ずかしいもん」
「……ふうん」

恥ずかしい、だけ?それ以外の感情はないのか。
黒神みたいに迫ったらいけるわけ?
ちゃんってそんなに無防備なの?馬鹿なの?

ちゃんは悪くないというのに、どうしてもその無防備さに関しては腹がたつ。
もう少ししっかりとしていれば、黒神の思い通りにはならなかっただろうに。

「に、っきー?怒ってるの?」

上目遣いで不安げな顔。すっげー可愛い。
キスしたくなる気持ちも理解できる。
でも、だからと言ってやれるわけねぇだろ。

だって、させてくれたとしても、ちゃん自身は望んでないんだ。
オレの気持ちとは違うんだよ。それって空しいじゃん。
オレはやっぱり、ちゃんからもオレとしたいと思って、
それでするのが一番だと思う。

だからオレは怒っていないということを伝えてその頭を撫でた。
今はまだ、これだけでいい。

ちゃん、キスはするのもされるのも、駄目だぜ」

頭から頬へ指を滑らせる。
少し悩んだがそのまま唇に触れた。
小さくてぷにっとした唇。ちゃんは何の抵抗もしない。
黒神はそこにつけこんで……くそっ、アイツマジふざけんなよ。

「そのうちさ、したくてしょうがねぇって時がくるから。
 それまではしねぇもんなの。理解OK?」
「判った。ねぇ、ニッキーはそういう人がいるの?」

思わず噴出してしまう。

「……いる。付き合ってねぇから、我慢してっけど」
「そうなんだ……。その人とお付き合い出来るといいね」
「そーだなぁ。その子鈍感だし、何も知んねぇし、男とばっか仲いいから大変だぜ」

ちらっと見るが、ちゃんは「大変だね~」なんて暢気なことを言っている。
思わず溜息。本当長い道のりだぜ。
ちゃんもその内判ってくれる時がくるのだろうか。
どうなるか判らないが、ちゃんのとろっちぃ速度にそこそこは合わせてやろう。




だからこそ、黒神には腹が立ってしょうがない。

あの野郎ちゃんを騙してんじゃねぇぞ。
アイツはちゃんに関して異常に煩いが、それは全てちゃんのことを考えての行動だと思っていた。

でも、これではっきりとした。
アイツはちゃんのことなんて全然考えてねぇ。
しかもアイツはちゃんを家族としてなんて見ていない。
完全にちゃんを恋愛視している。
それなのに、家族であることを掲げて無知なちゃんに迫っているのだ。


ンな奴の思い通りにさせてたまるか。
ちゃんは絶対に、アイツには渡せない。











。これはどうなっている」

時はがヴィルヘルムの城でジャックと遊んで帰ってきた時に遡る。
黒神はの首に揺れる黒いリボンを指した。

「どういうこと?」

しっかりとジャックと遊んだためか、は楽しげにしている。

「魔力が込められているんだが……心当たりは?」
「あー……。そういえば、ヴィルがなんかしてたね」
「体調は大丈夫なのか?」
「うん。元気!」

そうは言うが、ヴィルヘルムが何かを行ったなど得体が知れず黒神は不安を感じる。
そっとリボンチョーカーに触れると、静電気のようなものが発生し、すぐに手を引いた。

「大丈夫!?」
「俺を攻撃対象にしてやがる……」

は慌てて少し赤くなった手を両の手で包む。
外傷はなく、動きにも問題ないことに、ほっと胸を撫で下ろした。

「威嚇が目的だ。威力は小さい」

もう片方の手をの首筋にかざした。

「壊そう。危険だ」
「え、いや……これ、気にいってるの……」

はそそそと、突き出された手を突き返す。

「また新しいものを買ってやる」
「そういうのはなんか違うよ」

目を細めてリボンを睨みつける黒神から後ずさっていく。
しかし、黒神は少しも目を逸らさない。壊す気満々である。

「ねぇ、お願い」
「……」
「お願いします」

は頭を下げた。そこまでするのかと黒神は溜息をつく。

「何かあったらどうするんだよ」
「ちょっとヴィルに頼んでくる!」

光の粉を撒き散らしながら、は黒神の家からヴィルヘルムの居城へと転移する。
ヴィルヘルムはリボンタイを結んでいる最中であった。
突然現れたを一瞥し、着替えを続ける。

「ヴィル、これどういうことなの?」

は自身の首を指差した。

「何もない」

ヴィルヘルムは鏡を見ながら、服を整える。

「でも魔力注入したんでしょ」
「何もない」

上着を着る。

「黒ちゃんが触ったら攻撃されちゃったよ」
「何もない」

最後にマントを羽織った。

「……教えてよ。じゃないとこれ壊されちゃうの」

しょんぼりと頭を垂れるを、
ヴィルヘルムはようやく向いて言った。

「確かに私の魔力を少し分け与えたが、貴様にもその他の人間にも害はない」
「そう言われれば、ジャックが触った時は何も起きなかったね」
「なら、問題ない」
「でも!黒ちゃんを攻撃しちゃうのは困るんだってば!」
「では奴が望むように壊させろ。但し奴は必ず後悔する」
「なんで?」

その思惑を探ろうとが顔を覗き込むが、ヴィルヘルムは何も答えない。

「よくわかんないけど、そのまま黒ちゃんに言ってみるね」

ヴィルヘルムの城を後にしたは黒神に全てを報告した。
すると、みるみる黒神は怒り出す。

「どういうことだ!!」
「さ、さあ……」
「直接奴に問いただす」
「ちょっと」

ヴィルヘルムの城へ二人が行くと、早々に黒神はヴィルヘルムに殴りかかった。
予想していたのか、ヴィルヘルムは難なくそれを避ける。

「面倒な男だ」
「黒ちゃんが怒ることなんて目に見えてたでしょうが!」

二人の間に割って入ったは、自然とヴィルヘルムを庇うように立った。
ヴィルヘルムもそれを当たり前のように受け止める。
そんな二人の関係に黒神は眉を潜めた。

「しっかり私の傍にいろ。奴は貴様ごと攻撃はできんからな」
「そりゃ庇ってあげたいけど、あまり庇うと黒ちゃん泣きそうになるの」
「構わん」
「私は構うんだってば!!」

黒神は何かを悟った。



黒神は誰よりも強いから。だからは黒神を庇わない。
傷つく姿を見たくないはきっと今後も黒神の前に立ち塞がる。
ただのことを考えているだけなのに。
なぜこんな目にあわなければならないのか。

ふつふつと沸く怒りを紙一重のところで抑える。

「あまりそいつを庇うようなら、俺も容赦しない」

びくりとは震えた。

「今まではお前の自由を出来るだけ認めてきた。
 しかし、最近は自由にさせすぎた。そろそろ灸を据えさせてもらうぞ」

越しに元凶であるヴィルヘルムを睨むが、当の本人は涼しい顔をするばかり。

「今こちらに来るのなら咎めない。どうする?」
「え、あ、あの」
「早く決めろ」

何の言葉にも耳を貸すつもりがない黒神は急かした。
は黒神の怒りの程度を理解したのか、身を縮こませている。
しかし、足を震わせながらも、その場を動かない。
自分が仕置きされるという状況下で尚ヴィルヘルムを庇う道を選んだのだ。

「判った。じゃあ帰ったらお仕置きだ」

目を泳がせるを黒神は追い詰めていく。
もう容赦などいらない。
黒神を選ばぬの思考を捻じ曲げ、調教する必要がある。

「どんな内容が好みだ?痛いこと、それとも羞恥心を煽ることか?」

黒神はの身体を見回す。
優しいだけでは駄目だったのだ。
余所見など出来ぬよう、しっかりと縛り付けておかなければならなかった。

「そうだな。大きいで学校に行ってもらおうか。
 下着はなしで。のスカートは短いからな。
 階段は困るだろうな。風が吹くだけで驚くだろうな。
 他の奴も驚くだろうな。がそんないやらしい子だと知ったなら」
「や、やだ……ヴィル……」

身体を抱きしめて見上げる様子にヴィルヘルムは呆れた。

「貴様は本当に精神攻撃に弱いな」

使い物にならなくなっては困るため、仕方なくの動揺を和らげてやる。

「奴はしない。貴様の痴態など他人に見せるはずがない。奴の独占欲は異常だからな」
が恥ずかしがってくれるなら、多少のことには目を瞑ろう」

実際はヴィルヘルムの言うとおりだが、を脅す為に黒神は嘘をつく。

「どうしよう、ヴィル」

黒神を怖がるの身体がより一層小さく見える。
このままだと、すぐにでも黒神の元に戻るだろう。
だから、ヴィルヘルムは言った。はっきりと。

「貴様は私が護ってやる。だから私の傍にいろ」

は面食らいながらも頷いた。震えが止まる。
苛立つ黒神の前にしっかりと立った。

「気にいらねぇ」

黒神の中で力が渦巻く。全てを壊すことが出来る力が。
同じ力を用いて、はヴィルヘルムを守護する。

黒神は地を蹴った。
目的はではない。その後ろのヴィルヘルム。
の生み出した強固な壁は黒神の手によって音を立てて崩れ去る。

「お前の力は俺の下位互換。勝てるはずがない」

黒神自身には干渉できないため、ヴィルヘルム自体の身体を転移させる。
ヴィルヘルムは魔力を練ることに集中し、その間は黒神からヴィルヘルムを保護する。
連続する転移、ダミーを生み出し、黒神をかく乱していく。
翻弄されるところに、しっかりと練った魔力を黒神目掛けて一直線に飛ばす。

しかし。
やはり、黒神は、神なのだ。

二人の力が、突然消える。

「この程度なら造作もない」

黒神はの方へゆっくりと歩いていった。
は怒られることを覚悟してか、頭を押さえる。
しかし、黒神はそれを横切りヴィルヘルムを見上げた。

「二度とに関われないようにしてやるよ」

ヴィルヘルムの内部で小さな爆発が起きる。
鮮やか過ぎる血がヴィルヘルムの形の良い口から流れた。

「ヴィル!」

地に膝をついたヴィルヘルムに駆け寄ったは、手を握り自分の力をヴィルヘルムに注ぐ。
壊れた内部組織を蘇生させながら、黒神に向きあった。
ヴィルヘルムに攻撃をするならば、自分ごとしろと言わんばかりである。

「残念だがお前がいくら庇おうと、奴だけを攻撃することなど容易い」

黒神がふいっと手を振れば、ヴィルヘルムの心臓が見えない力で拘束される。

「黒ちゃんやめて!」
「全ては無駄な抵抗だったというわけだ。もこれで学習しな」

これで全てが終わる。
それなのに、ヴィルヘルムは笑った。

「いいのか。私が死ねば娘も死ぬぞ」
「ハッタリがきくとでも」

この手のハッタリは今まで数多く体験してきた黒神は、一切心が揺らがない。

「なら試すがいい」

言われるまでもなく黒神は力を込めていく。
苦痛に耐えるヴィルヘルムはどこか余裕を見せている。

「どうした?」
「……、おいで」

力を全て解除すると怯え震えるを手招いた。
は躊躇いを見せたがゆっくりと黒神に歩み寄る。

「……いつか、必ず殺す」

黒神はを自宅へ連れ帰った。







黒神が話しかけてもは下を向いたまま。
触れようと手を伸ばせば、びくつかれる。
扱いに困った黒神は大きな溜息をついた。

「痛いことも、恥ずかしいこともしない。だから、そんなに怖がらないでくれ」
「……で、でも、黒ちゃん怒ってる」
「ああ。かなりな。お前でなければ殺しているだろう」

発言した後に後悔した。正直に話しすぎたせいで、が更に縮こまった。
頭を抱えながらも、黒神は努めて優しく名前を呼んだ。


「ごめんなさい!!!」

悲鳴に近い声を上げて、は後ろへ下がった。
謝罪はしているが、きっとはあの魔族と今後も関わるのだろうと思うと、苛立ってくる。

「その首どうすんだ?俺は知らないぞ」

苛立ちに任せて突き放した。
だが、は黒神が予想していたものとは違う姿を見せた。

「大丈夫!ヴィルのこと結構分かってるもん!
 だから黒ちゃんは心配しないで。私もう、一人で大丈夫だから」

黒神は近くにあるソファーへを押し倒した。

「一人で大丈夫なんて言うな」

突き放したのに、何故黒神を縋らないのか。
お互いの死が結ばれたという仕打ちをされても、あの魔族に関わろうとするのか。
どうして。は黒神をこうも突き放すのか。

「ご…めん、なさい」
「大丈夫だから。俺がなんとかしてやるから。は何も心配しなくていい」

には任せられない。自分が全てを管理していなければ何が起こるか判らない。
あのヴィルヘルムに会わせれば、自分の知らぬ間に親密になってしまう。

「で、でもね、ヴィル相手ならそんなに心配しなくても」
「お前は何も判ってない!」

突然の怒鳴り声には目を見開いた。
少しずつ潤んでいく瞳に、黒神はばつの悪そうな顔をした。

「……とにかく、しばらくはアイツのところに行くなよ。隠れて会おうと俺には判るからな」
「……はい」
「俺にが必要なように、にも俺がいないと駄目なんだよ」
「……そうだよね。ごめんなさい」

目を伏せるを撫で付けながら、黒神は優しく語りかける。

「そう。それでいいんだ。俺達は二人、ずっと一緒にいるんだ」

黒神はに顔を近づけると、そのままの唇を奪った。
驚くに容赦なく、舌を差し入れ、唾液を絡めあう。
抵抗しようとするの腕をしっかりとソファーに縫い付けながら、瑞々しい唇を貪る。

涙を流すの唇を、唾液が怪しく照らすのを見て、黒神は思う。



やはり、は、愛しいと。



(12/09/29)