第43話-その日、双神は覚醒した……?-

「出席数の不足で、本来ならば学業に従事する気がないとされ、自主退学になるところ。
 しかし救済処置として、期末考査の全ての試験に一定数以上の点を取ることでこれを回避出来るとされる。
 ここでの一定数とは学年平均の半分の値とする」

学年平均の半分というのが本校での赤点である。
つまり全ての教科で赤点を回避すれば、私は進級を許可されるということ。

「すまない……。掛け合ったんだが、これ以上はどうにもなからなかった」
「いえ、有難う御座います。十分です」

合格する自信はない。

「その代わり、今日の放課後はの勉強を見てやるからな。
 英語に関しては赤点と言わず、平均以上取れるようにしてやるから!!」

何も出来なかった自分が不甲斐ないと、DTO先生はそのような提案をしてくれた。
元々の仕事に加え、試験前で更に仕事があるはずだというのに。
申し訳ないので丁寧に断ったのだが、大丈夫だからと押し切られてしまった。
悪いのはこちらなのだから気負う必要なんてないのだ。
私は、駄目でもしょうがないと思える位には諦めている。

だが勿論、可能な限りは足掻き続けるつもりだ。
人の世に引き止めてくれる誰かがいる限り。











「……と、言うわけだ。いいか、半分は前の中間後の単元、半分は今までのだからな。
 最近のをしっかり勉強すれば、赤点なんて絶対取らない!」

DTO先生は絶対に覚えておくべきことを先ほどからずっと羅列し続けている。
完全に個人授業である。とは言え、他の生徒に不利になるようになることは望ましくないからと、
発言内容は授業とそれほど変わらない。それに、先生が言ったものの全てが出題されるとは限らないし、
それがどういった形で出るかは言わない。ただ高等部二年が三月時点で会得すべき知識をつめ込んでくれる。

「過去の問題に関しては膨大すぎて何も言えねぇ……正直な話。
 英語は一朝一夕で出来るもんじゃなく、一つずつ積み上げていくものだからな。
 覚えてないと話にならないって部分を教えていくから、家でしっかり復習しとけよ」

先生の発言の中から、知らないものや曖昧に覚えていたものを中心にノートに書き連ねていく。
書けば書くほど、時間の流れはどんな生き物にも平等であることを知る。
私がヴィルにさらわれたり、黒ちゃんを探していた時、同じだけの時間を使用し生徒は勉学に励んでいた。
私が落ちこぼれていくのも至極当たり前のことである。

「とりあえずこんなもんだな。何か質問あるか?」
「……なんでもいいですか?」
「おう。英語じゃなくても、力になれそうなことはあるからな」
「じゃあ一つ……。
 私、最近勉強に身が入らないんです。どうしたらいいんでしょう?」
「こ、この状況でか……?」

先生は凄い衝撃を受けている。当然だ。こんなに切羽詰まっている時に集中出来ないはずがない。
それなのに、私は……。あまりの情けなさに酷く肩を落としてしまう。
察したのかDTO先生は怒ることも呆れることもなく、とても優しい声色で尋ねた。

「何かあったのか?」

それを見ると大人の人は凄いと思う。
こちらが困っている時、いつもふんわりとこちらの考えや感情を受け止めてくれる。

「色々とありました。全て悪いことではないんです。でも……」
「言える部分だけでいいから言ってみな」
「迷惑にならないですか?」

恐る恐る尋ねると、DTO先生は何がおかしいのか思い切り吹き出した。

「あのな、教師っていうのは勉強の指導だけが仕事じゃないんだぞ。
 生徒が困ってる時に手を貸すのも仕事の内だ。だから遠慮しなくていい」

私は、子供だ。
しっかりしなければ、大人にならなければと思ったのに。

「……あのね」

優しくされるとどんなに強がってみても最後には甘えてしまう。
いくら外見を大きくしたって、私は元の小さな子どものままだ。
これでは、隔絶した空間で誰と接触することもなく世界と運命を共にするあの人を、
いつまでも支えてあげられない。

私は先生に全てを吐露した。
サイバーとあったこと、他人への好意についての疑問を。
あまり赤裸々に話してしまうと、彼らに迷惑になるので名前は伏せておいた。

「そうか。……は誰かに好きになられるって、どうだった?」
「嬉しいです。でも、苦しいです。今までは嬉しいだけだったのに」
「誰かにとって特別になったり、誰かを特別に思うっていうのは、強い感情である分痛みが伴うんだ」
「なら、誰のことも平等に好きになるようにすればいいんですね」
「それがそうもいかねぇんだよなぁ」

そうだろうか。私は皆それぞれ同じくらい好きだ。
現状では上手くいっているように思える。

「先生は、ありましたか?誰かを特別好きになること」
「そりゃこんだけ生きてりゃあるさ。何回もな」
「苦しい……ですか?」
「ま、結構くるもんがあるな。でも、それ以上に楽しかったな。誰かを好きになってる間って幸せなもんだぞ」
「……でも、自分の気持ちが一方通行でしかなかった時は」

想い人は別の誰かを特別に思っていたら。
好きの矢印は次々と対象を変えていき、終着点がないのではなかろうか。

「……そうだな」

DTO先生はそれを肯定した。

「なら相手に合わせた方が良いのですか?それなら不幸になる人は出来ません」
「無理。やってみりゃ判るが、そう都合よくいかねぇよ」

なかなかいい案が浮かばない。
私はサイバーに何と返答すれば良いのか。

「正直にいるのが一番だぞ。それにハッキリさせた方が相手も諦められるしスッキリするし」
「……判りました。もっとよく考えてみます」
「ただ、今は勉強の方に集中な。退学なんてなったら告ったサイバーも可哀想だしな」
「はい、そうします」

退学になればサイバーたちに会う機会は大幅に減少してしまう。
待ってもらうにも、返事をするにも、まずは一緒に進級しなければならない。
そう己を奮い立たせていると、あることに気づいた。

「あの……私、サイバーの名前出しましたっけ?」
「い、いや!なんとなく出ただけで……」
「え…………そ、そうですよね!全然合ってないですもん。違います!全然!……はい」
「そっかそっか。すまなかったな!あはは……」

全力で否定したが、お互いに変な空気を放っている。
どうやら私の周囲のことは先生には全部筒抜けのようだ。
言った覚えはないが、私が判りやすすぎるのだろう。

「とにかく、いきなりのことでびっくりしただろうが忘れるんだ。
 相手もお前が進級してくれなきゃ意味ないと思ってるに決まってる」
「はい、頑張ります」











試験までの間、私は全ての欲求を断って勉学に励んだ。
学校の人達やMZDはそんな私を温かく見守ってくれていた。

そんな中黒ちゃんは力を使うことを提案してくれたが、私は断った。
人の心を操ったり、認識を歪めたりすることはそれほど難しくない。
私でもある程度出来るのだから黒ちゃんなら何の痕跡も残すこと無く簡単に行えるだろう。
でも、それは違うと思う。
ズルをしたい気持ちが無いわけではないが、そんなことまでしてしまうようなら私は人間の生活を一時でもすべきではない。
学校にいる間は普通の人間なのだ。私は。

それを伝えると、黒ちゃんは「そうか」と短く答えた。
その後そのようなことを一切言うことは無く、私の勉強を手伝ってくれたり、影ちゃんと共に生活の細々とした事柄を支えてくれた。

そうやって大多数の人に心配と迷惑をかけ続けて迎えた試験当日。
数日間にわたる試験の間、私はいたって冷静でいられた。
誰も私に話しかけなかったおかげでもあると思う。
余計なことは考えず、ただただ試験問題を解き、終われば次の試験内容の確認をし、また試験。

毎日学校に通ってきた他の生徒と同じようにはいかないが、自分でやれるだけのことはしたつもりだ。
そして、最後の試験が終了した。

「終わった……」
「どっちの意味で!?」
「どっちも……」

完全に燃焼した私に、あのニッキーでさえ冗談を言わない。
言われたところで今の私には何かを返すほどの体力はなかった。

「お疲れ様。今日はおうちに帰ってゆっくり過ごすといいよ」

サユリの提案を私は受け入れることにした。

「そうだね。折角授業も早く終わったし、今日はいっぱい寝ようかな」
「そーそ。最近のはぶっ通しだったからな、俺も今日は休んで明日からまたバイトする予定」

全員帰宅するということなので私は手を振って見送った。
そして私は鞄を持って、誰も私を見ていないことを確認してから、異次元内の黒ちゃんの上空へ転移する。

「ただいま」

身体を幼いものに作り変えて、デスク前の椅子に座っている彼の膝の上にふわりと座った。
彼は突然現れた私を驚くこともなくゆっくりと引き寄せ、優しく頭を撫でてくれた。
試験の結果も他のことも何も言わない。

彼の体温に包まれていると、試験の不出来さに落ち込んでいた気持ちが落ち着いていてくる。
最近は色々あって近づくのを躊躇っていたが、いざその懐に飛び込んでみると、
そこにあるべきものとされているか運命づけられているかのようにしっくりときた。
今まで数えきれないほど抱きしめてもらってきているからだろう。
彼の腕の中は私の定位置。誰にもあげない。

「っ。、少し苦しい」
「ごめん」

つい抱きしめる腕に力を入れすぎてしまった。
私が離れようとすると、黒ちゃんはそれを拒むように引き寄せた。

「強くていい……。もっと痛くして構わない」

跳ねる鼓動の拍動が伝わったせいか、それとも私がそう思っているのか、
胸が苦しいほどにドキドキする。強すぎる抱擁で上手く息ができない。
私もそれに応えるために腕に力を込めた。

「っふ……く、ちゃ」


耳に触れる熱っぽい声に背筋がぞくりとする。
彼が私の名を呼ぶ。正規に生まれていない私の輪郭を作ってくれる。
段々と気持ちが落ち着かなくなってきた。不安に似た何かが身体を侵食して、ふと、怖くなる。

体力がなくなり腕の力を失った私は、ゆっくりと黒ちゃんを放した。
同じく、黒ちゃんも私を放してくれる。
大きく息を吸って、呼吸のリズムを整えていると、黒ちゃんが言った。

「さて、もう昼だ。お腹減ってないか」
「うん、減った」
「じゃあ食べよう。影」
「承知しまシタ。サン、手洗いを済ませて来て下サイネ」
「行ってくる!」

私は洗面所に駆けて行った。手洗いを済ませ、鏡の中にいる自分を見る。
若干頬が赤らんでいるのを見ると、先ほどのやり取りを思いだして、羞恥心を覚えた。
冷たい水で洗顔して気持ちを引き締めてからテーブルについた。
ご飯を食べている最中、黒ちゃんが言った。

「今日の予定は?」
「何もないよ。宿題もないし」
「なら夜は空けておいてくれ」
「何があるの?」
「夜になれば判る」

楽しそうに黒ちゃんは笑った。











「よし、出かけるぞ」
「え。もうこんなに遅いんだよ?」
「本当ならもう少し遅く出たいところだ」

夜に予定を入れないように言った黒ちゃんであったが、夕食を食べた後も何もなかった。
だから、昼の約束はてっきり忘れていると思っていたのに。

「ほら、着替えて。温かい服装だぞ」

どこへ行くのか判らないのでどんな服装をすればいいのか悩む。
参考用に黒ちゃんを見たが、いつもと変わらない格好で背丈も少年のままだ。
人がいる所では無いということが判ったので、私は普段外出する際に着る服を着用した。
激しい運動には向かないが、少々ならば山でも川でも行ける格好だ。

「行くぞ」

差し出された手を取ると、視界に広がる景色ががらりと変わった。
鬱蒼と茂る森の遥か上空に私たちはいる。しかも頭から落下している。

「黒ちゃん!?」
「問題ない」

私達は宙に浮いてその場に留まることが出来る。
それなのに、黒ちゃんはそれを制した。
だから私たちは世界の法則に従い、地面に向かって加速していく。

黒ちゃんが傍にいるのならば、絶対に痛いことにはならない。
だが、高速で地面に頭突きをしようとしているこの状況は不安を煽る。
本当に良いのだろうか。何もしなくていいのだろうか。黒ちゃんの言葉を信じていいんだよね。
不安と恐怖が私に眠る力を呼び起こそうとしている。
それに気づいた黒ちゃんが私を軽く抱きしめた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だ」

「本当に」と尋ねる前に、私たちは満月が綺麗に映った泉の中へ真っ逆さまに落ちた。
頭の頂点から冷たい水が浸透し髪に絡んでいく。
そんなことを想像したのに、何故か身体は一切濡れた様子がなく、それに呼吸も可能だった。
世界も反転し、いつの間にか私は下に足を向け、天に頭を向けている状態だ。
周囲は真っ暗で何も見えない。それに無音だ。

。一度目を瞑って。しばらくしたら目を開けて」

世界は闇のまま何も変わらないが、言われた通り目を閉じた。
頭の中で三つ数えてから、目を開くと明るい景色が一挙に広がっていく。
至る所で光が乱反射しており、こぽこぽという水泡が弾けて消える音がそこら中でしている。
上から下へ、下から上へ流れる水がうねっており、その動きは水というより、ジェルのようだった。

「黒ちゃん、ここは……」
「水の牢獄。……とは言え、もう使われてないんだがな」

牢獄と聞いて私はどきりとした。
上を見ても下を見ても水しか無い。私はジェルの気泡の中にいるような状態だろうか。
泉から進入した空間のはずなのに、どこを見ても入り口である泉の口が見えない。
牢獄に使われていたのならば、出口はないだろう。
黒ちゃんはどうして私をここへ?閉じ込めるつもりなのだろうか。

「綺麗だろ」
「うん、そうだね。キラキラしててとても綺麗だよ」

空間には水の粒がふわふわ浮いていたり、足元では凄まじい勢いで水が流れたかと思えば、
山の湧き水のようにちょろちょろと流れたりと不規則な動きを見せる。
見ていて飽きないのだが、さきほどの牢獄という言葉に気を取られてしまう。

「ねぇ……もうここから出られないの?」
「出られるぞ。なんだそんなことを気にしてたのか」

笑われてしまった。
過去のことがあって私は用心深くなりすぎたようだ。

「この空間には意思があるんだ。何かお願いしてみるといい」
「えっと、じゃあ、こっちに行きたい……とか?」

私は自分の真横を指さしたが何も変化がない。
私としては水が開けて、穴があいてくれないかと思ったのに。
水中に沈んだチューブの中を歩いている、みたいなことを体験してみたかったのだが。

「それは、お願いの仕方が違うんだ」

そう言って、黒ちゃんは小さく咳払いをすると、目線を上にして言った。

「美しい景観を有難う。違う姿の君も見てみたいと思うんだが、どうだろうか?」

いつもとは違う物言いが胸をチクリと刺す。
黒ちゃんじゃないみたい。普段は誰にもそんな言葉を言わないのに。
私の沈む心とは裏腹に、水泡の牢獄は私の望み通りに水の通路を作り出した。

「……変わった」
「牢獄なんて使われ方をしたが本当は全然違う。
 この空間は美しい自分にプライドを持っていて、来訪者にそんな自分を見て貰いたいだけなんだ」

私は耳をすますが、何の声も聞こえない。水流の音だけ。
隣の黒ちゃんは表情が幾分柔らかく見える。それが少し、嫌だった。

「……君は昔と変わらず俺を楽しませてくれる。ありがとう」

こぽりと、周囲で水泡が上がった。黒ちゃんの言葉を正しく理解し、応えている。
どうやら二人の仲は昔からのようだ。何時からのことだろう。

「あぁ、こちらの女性は俺の大切な人だ。いつかここに連れてこようと思っていたんだ」

水泡が上がるのを見ながら、私は頬が赤らむのを感じた。
前から黒ちゃんには自分を必要とされているということは判っていた。
時には言葉で、時には態度で、時には行動で示されていたから。
それが、改めて他人の前で好意を示される。
何故だかそれはとても恥ずかしく、誇らしかった。

「あれから随分経ってしまったな……そう怒らないで欲しい。必ずまた来るから」

それから私たちは水の中でお話をしたり、中を歩いてみたり、
彼女(この空間のことである)が色々な姿を見せてくれたりした。
地の上を立って生活している私には、周囲が水という状況がとても面白かった。
肌が水に触れないので海の中に住むのとはまた違う。
そんな不思議な体験をした。

「さて、名残惜しいがそろそろ俺たちは帰ろうと思う。今日はどうも有難う」
「有難う御座いました!」

二人でお礼を言うと、足元から水流が押し上げて、くじらの潮のように私達を吹き飛ばした。
車よりも速いのではないかという速度に心臓が止まりそうになったが、
きゅぽんと泉の縁に優しく着地させられた。

「どうだ?面白かっただろう」

少年のように、彼は笑った。

「うん。凄い。凄かった!空間ってお話出来るんだね。それにすごく綺麗だったよ!」
「それは良かった。きっとアイツも喜んでいることだろう」

世界を嫌う彼がMZD以外のことを親しげに言うのは、まだしっくりこない。

「……ねぇ、あの人と会ったのっていつのことなの?」
「随分前のことだ。
 もう何百、何千年前、そんなものだろうと思う。いや、万だったか……?
 あまりに昔のことすぎて桁すら忘れてしまった」

話の規模が大きすぎて、私にはまるで判らない。
こんなに近くにいるのに、私たちはやはり違う種族なんだと思い知らされてしまう。

「……やっぱり、黒ちゃんは神様なんだね」
「なかなかそう思えないかもしれないがな」
「ごめんね」
「いや、構わないさ。神を主張したいわけではないからな」

にこりと笑って言った彼だが、私からは顔を背け小さな声で毒づいた。

「……寧ろ、神なんかになりたくなかった」

神として生み出されてしまった彼に、何も言うことは出来ず私は聞こえないふりをした。
生き物は死ねるが、神は死ねない。
発展と衰退を繰り返す世界と共にある彼の運命は誰にも変えられない。

「さ、おいで」

表情を切り替えた彼は笑顔で私に手を差し出す。

「世界は広い。が喜びそうな場所はまだまだあるぞ」
「うん」

私はその手を取った。

「俺が壊す前にに見せておかないと」

破壊を司る神が私の手を引いた。











「結果を発表する」

しんとした英語科教室でDTOと向かい合うは息をのんだ。

「本当は教師陣がに言うってことだったんだが、結局俺が全部伝えることになった。
 準備はいいな。一教科ずつ発表するぞ」
「はい。御願いします」

この結果で全てが決まる。
今日発表されると前日に聞かされていたは、心配と不安でろくに睡眠が取れなかった。
黒神やMZDに気を強く持つようにと助言されてはいたが、悪い未来しか描けなくなったには効き目がない。

「まずは平均より下かどうかを発表。
 それから赤点取ったかどうかを発表。
 んでもっての点数を発表。
 それを一教科ずつ、」
「焦らしすぎです!!大丈夫です!良くても悪くてもいいんです!
 合格したか、してないか、それだけを教えて下さい!!」

一教科につき三回も発表があっては精神が持たない。
白黒はっきりとして欲しいと、は息を荒げて主張した。

「わ、判った。そうだよな。周りくどいことは止めよう。合格してたぞ」

さらりと、DTOは言った。

「……合格?え、どの教科が?」
「ハッキリ言えって言ったのはじゃねぇか。全教科合格ってことだぞ」

英語科教室にの絶叫が響いた。










さんおめでとう!」
「やったじゃん!」
「っす、やりました。い、いままで、お世話になりました」
「それだといなくなるみてぇじゃん」

いつもの友人らに囲まれたは瞳を潤ませて何度も礼を述べた。

「じゃ、合格祝いにどっかいこうぜ」

周囲が賛同する中、は言った。

「その前に家に一度帰りたいんだけどいいかな?」

その言葉の意図を知る友人らは勿論だとその希望を承諾した。
学校からそう遠くないので、全員の自宅へとついて行く。
異次元に通じる扉があるMZDの自宅へ。
気配を察したのかが呼び出さなくとも、玄関にMZDが立っていた。

「おかえり。黒神もいるぞ」

少し離れた場所で黒神が心配そうにを見ていたが、が家に上がると隣まで近づいてくる。
二人共緊張のためか結果を尋ねることが出来ず、の反応をじっと待った。
は深呼吸をして、結果を伝えた。

「……合格です」

強ばっていた兄弟の顔が破顔し、二人は同時にを抱きしめた。

「やったじゃん!!!おめでとーー!!!」
「流石!!凄いぞ!!おめでとう!!」

二人は示し合わせてもいないというのに、ピッタリと動きを合わせてを抱き上げるとそのまま上に放った。

「ひゃああ!!」

悲鳴を上げながらも冷静さを残していたは、
自分の胴を上げる二人の負担にならないよう身体を幼くした。

「今までよく頑張ったな、偉いぞ!」
「一時はどうなるかと思ったんだぞ!オレ、いっぱいいっぱい心配したんだからな!」
「っ俺だって、心配したんだぞ!辛そうなを見るの、苦しかったんだからな!」
「そうだぞ!……でも、本当に、良かった」
「ああ。は沢山頑張った」

を床に下ろすと、二人同時に左右からを抱いた。

「おめでとう、
「オレからも。おめでと」

まるで自分のことのように喜び、祝ってくれる二人にはじわりと涙を浮かべた。

「……ありがとう」

その様子を友人らは微笑ましく見ていた。
ニッキーのみ若干不服そうであったが、三人の空気が完成しきっていたせいか何も言えなかった。
好いている人が嬉しそうにしているのだからそれでいいかと、目の前の状態を受け入れることにした。

「じゃ、今日はぱーっとお祝いだな!!
 お前らもこれからの時間空いてんだろ?一緒に騒ぎまくろうぜ!」

MZDの提案に全員が喜んだ。一名を除いて。

の合格祝いだ。派手にやろうぜ」

指を鳴らせばただの自宅がパーティ会場へ。
内装もパーティー仕様に飾り付けられている。
全員が声を上げる中、こっそりと逃げる者がいる。

「おいおい逃げてどうすんだよ」
「……放せ。俺はあっちに戻る」

腕をつかむMZDを振り払い小声で黒神は怒鳴った。

「いいのか?を見てなくて」

MZDが指差すのはに近づくサイバーやニッキーの姿。
はよく笑っている。

「…………。結局お前の筋書き通りかよ」

悪戯っこのように笑ったMZDに、黒神は舌を打った。
不穏な空気を察してか黒神のもとにが走ってくる。

「黒ちゃん……」

不安げに見上げられた為、黒神はふっと表情を和らげ、の頭をくしゃりと撫でた。

「主役がそんな顔してどうする。いつもの可愛い顔を見せてくれ」

ぽんっと、の服装が制服からフリルをふんだんにあしらったワンピースへと変化する。
部屋の内装もMZDが施したものに華やかさが加えられる。
ぱあっと顔を明るくしたに、黒神は囁いた。

「これが終わって二人になったら、また改めて祝福する」

人がいる方へとの背を押した。











突然の大人数パーティであったが、影達はすぐに対応しそれに合わせた料理を披露した。
全員料理を楽しみながら談笑する。
以外とは少し距離を置いていた黒神であったが、
から黒神について膨大な情報を与えられている学生たちに受け入れられ、少しずつ距離を縮めていった。
黒神を好いていないニッキーでさえも、

「今はちゃんの合格祝いだからな!休戦だ、休戦!お前も喧嘩売ってくんなよ」

と、宣言しお互いがいがみ合うことはなかった。あっても小競り合いまでで。

「おっまえさぁ、ちょっとベタベタしすぎじゃねぇの?」
「ただ世話を焼いているだけだ。問題ない」
「そう言いつつ、あーんとかしてんじゃねぇっつの!」

それ以外の者達は黒神に対して負のイメージが少ないため、良好なコミュニケーションを取ることが出来ていた。

「黒神は先週のギャンブラー見た?」
「い、一応見たが、俺はそんなに知らないぞ。基本的にアニメを見るを見ているだけで」
「ちぇー。つまんねー。結局ソウルメイトはだけじゃん」


「黒神さんも。召し上がらないと無くなっちゃいますよ。どうぞ」
「わざわざすまない。サユリは気が利くな」


「一回ピチ丼食べに来て下さいよ。って基本金ないし、家で飯食うからって全然バイト先来てくんないし」
「そうだな。機会があれば、と二人で行かせてもらおう」


ぎこちないながらも他者と関わる黒神を見て、MZDとは互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
パーティーはそのまま和やかに進み、食事を終えてまったりとしだした頃。

ちゃん、ちょっとこれ飲んでみて」

少し用があると一度外出したニッキーがフルーツの絵が描かれた缶ジュースをに手渡した。

「うん?いいよ」

力が無いので手を震わせながらプルトップを開けたは、ごくりと一口飲んだ。

「すっごく甘いね」
「じゃ、そのままぐっと飲んじゃって」
「黒ちゃんに一口あげよ」
「それは駄目!!」

想定する以上に声が出たのか、ニッキーは口元を抑えた。
それを不思議そうには見る。

「どうして?」
「え。えっと、まぁ、好き嫌いとかあるだろうし」
「この味なら大丈夫だよ」
「いや。そうじゃなくて……とにかく駄目っていうか、色々と問題があるっていうか」

ニッキーがしどろもどろになっていると、ニッキーの接近に気づいた黒神がやってきた。

大丈夫か?変なことされてないか?」
「大丈夫、飲み物を頂いただけだよ。黒ちゃんもどうぞ」
「そうか。すまない」

ニッキーが声なく制止するが、それを見ていない黒神は勧められるままこくりと飲んだ。

「……ふーん」

渋い顔を浮かべると、に缶を返却した。

「あまり美味しくなかった?」
「……」
ちゃん!あっち、あっち行こうぜ!」
「どしたー?面白いことになってるならオレも混ぜてくれよ」

騒ぎに気づいたMZDが輪に加わり、が持っている缶ジュースに目をやった

「あ、一口貰うぜ」

了承を得ることもなく、ぐびっと一口。しまったとニッキーは額を抑えた。
飲み終えたMZDは缶を持ったまま微動だにしない。

「どしたの?MZD?」

が心配そうに顔を覗きこむと、MZDが突然抱きすくめた。



落ち着いた声と共に耳に口付ける。
普段触れられることがない敏感な箇所への接触に驚いたはMZDを突き放した。

「何してるの!?」

耳を抑えたまま問いただすがMZDはにこにことするだけ。
不審感を覚えたは黒神に駆け寄った。

「黒ちゃん!MZDが変なの!どうし、」


慌てているの腕を強引に引き、頬に手をやると己の顔を見るように固定した。
異変に気づいた周囲の者たちが訝しげにその様子を伺っている。

「キスしよう」

その場にいる全員に大きな衝撃が走った。
言われたも驚いて顔を近づけてくる黒神の額を押しやっている。

「黒ちゃん!どうしたの!?」
「オレもちゅー」

両手がふさがっている横からMZDがに抱きつき頬に唇を寄せた。

「駄目だってば!!」

触れる直前に転移し、何もないところへ移動する。
しかし息をつく間もなく、気づけばMZDの腕の中にいる

「!?」
「やっりー、の方から来てくれるなんて」

そんなMZDの背後からハイキックする黒神であるが、察したMZDはを抱いたまま華麗に避ける。

「チッ」

そのまま踵を落とすが、それも難なく避けるMZD。しかしを手放してしまう。
バランスを崩すにサイバーが声を上げた。

!」

声の方へは手を伸ばした。
その手に引かれはサイバーの身体に抱きつき、バランスを保つ。

「あの二人どうしたんだよ?」

べったりとくっついているに動揺しながら尋ねた。
しかし、は二人の変化のことで頭がいっぱいであり、気づいていない。

「判らない。こんなこと初め、」

の姿が消える。

「ようやく学校から帰ってきたというのに、俺を放置されては困る」

黒神の腕の中にはいた。まるでが先ほどからずっとそこにいたかのように。

「これは没収だ」

は首がやけに軽くなったのを感じた。

「っ!返して!」

拘束から逃れようと暴れるが、ただの少女に戻ったは無力である。
黒神にはを撫でる余裕すらあるというのに。

「よしよし、は可愛いな」
「違う!返してってば」
「そうだよ、返せよな」

黒神の腕が急に軽くなった。
見ると立て続けの転移に目を回しているを抱き上げているMZDがいた。
黒神はキッと睨みつける。

「おー怖。我が弟ながらさすがだねぇ」
「ふざけるな。全てを手にするテメェがに固執する理由はない」

MZDは目を見開き、苦々しげに笑った。

「……。そっか。やっぱお前はオレのこと、全然見てくれてないのな」
「何を訳の判らないことを」
「いーのっ!気にすんな」

力なく四肢を投げるに頬ずりをした。

「傷心のオレはに慰めてもらうもんね」
「っ、さっさとどきやがれ、このタラシ野郎」
「えー、オレ一途だぜー?」

の耳元でリップ音を鳴らす。
驚いたは目を見開き、真っ赤になった。

「!?」
「あはは、ってば超真っ赤でやんの。可愛いなぁ」
「MZD、いい加減にしろって」

サイバーがMZDに触れようとするが、空を掴まされる。

「ざーんねん。オレに対抗できるのは黒神くらいだぜ?」

勝ち誇ったMZDの後頭部が思い切り蹴られた。
その衝撃によりを放してしまう。それを受けとる黒神。

「何者にも邪魔はさせねぇ。は誰にも渡さない」
「っつー。思い切りやりやがって。オレ本気だすかんな!」
「やれるもんならやってみやがれ。俺も全力を出すまでだ」
「お願い二人共やめて。危ないでしょ」

の言葉を聞く様子はない。
二人はいがみ合っている。

「くっそー、神スペック面倒くせー!」
「マジでオレどうすりゃいいんだ。このままじゃは二人に何されるか判ったもんじゃねぇじゃん!」

に好意を抱いている人間サイドはやきもきしながらも何も出来ない。
そんな彼らに見せつけるように黒神はの髪に口付けた。

「暫く我慢させられたからな。そろそろ満たしてもらうぞ」

唇を近づけるが、MZDの気配を察して身体を傾け、その攻撃を避けた。
MZDに奪われぬよう、しっかりとを抱きしめる。

「なーにが我慢だよ、お前ずっとと一緒じゃん。オレなんか朝夕の二回だからな!」
は俺のだから問題無いだろ」
「ちげーだろ!!調子こいてんじゃねぇぞ!!」

ニッキーは叫んだ後後悔した。手に負えない相手に逆らうべきではないと。
恐る恐る黒神の反応を見ると、余裕故にか笑っていた。

「好きなだけ吠えるといいさ。最後に手に入れるのはお、」
「残念!オレ様でした!」

いつの間にかMZDがを抱きとめていた。

「黒は周りが見えなくなるのが欠点だからな~」
「ちっ、MZDめ」
「おっと。の直接転移は受け付けねぇよ」
「……なら力づくだな」
「いいぜ。お兄ちゃんパワー見せてやんよ」

世界を統べる双神が少しずつ力を放出し始めた。
それに気づいたは、くらくらとする頭を抱えながら怒鳴った。

「悪ふざけはお終い!そろそろ本当に怒るからね」
「待っていろ。すぐに終わらせる」
「そーそー、一瞬だからさ」

まともに言っても二人が聞き入れないのは想定済み。
だから、は更に追い打ちをかけた。

「いい子にする人にはキスしてあげる。だから言うこと聞いて!」
「了解した」
「なんでも聞いちゃうぞ」

たった一人の人間の言うことを忠犬のように従う双神。

「マジ……?本気かよ……」

神をコントロールするためには、必要な手段。
そう判っていても、目の前で好いている人間が自ら口付ける姿は見たくない。
二人の人間は苦々しげに顔を背けた。

「じゃあ二人共こっち来て、うん、向い合って。目瞑って」

の前で神同士向き合い、目を瞑る。
素直に従う彼らを見ては、付き人である影二人に目配せした。

「せーのでするから、二人共じっとしててね。恥ずかしいから絶対目をあけちゃ駄目だよ。
 目を開けたらその人とは絶対しないんだからね」

嬉しそうに二人は首を大きく縦に振った。
影達はそれぞれ自分の主人の後ろを陣取った。

「するからね、しちゃうからね。いくよ、せーの!!」

合図と共に影二人が主人の後頭部を矛で、すこーんと殴った。
無防備に立っていた神たちは背が全く同じであるため、丁度頭と頭をぶつける。
力のある影たちが容赦なく殴打したので、神二人は目を回して倒れた。

「ごめん、二人をお願い」

影たちに頼んでそれぞれの主人を運んでもらう。
ようやく騒動が収束したと、はため息をついた。

「みんなせっかく来てくれたのにごめんね」

騒ぎを起こした神に変わって、が謝った。

「気にしないで。さんも大変だね」
「俺はついていけねぇよ。ま、被害はないから全然いいけど」
「オレとしては助かったぜ。が本当にキスしちまうとこなんて見たくねぇからな」
「本当にごめんね。二人が起きたら注意しておくから」

頭を下げると、主人を運び終えた黒神の影がの傍に控えた。

「影ちゃん。今日の二人は何?あれは普通じゃないよ、何があったの?」

神の異変原因が判らないは、神をよく知る影に説明を求めた。

「マスターを寝かせていて判ったことですが、お二人とも酔っていらっしゃったようデス」

MZDの影もそれに同意した。

「黒神さんが?」
「二人が?」
「は?神なのに?」
「なんで酒?」

四人が疑問符をぽぽーんと飛ばした。
理解に苦しんでいる人たちのため、影が解説する。

「お二人は神トハ言え、身体は人間とあまり変わりまセン。
 食べ物の好き嫌いだってありマス。その一つで、お酒に対する免疫はあまりナイのデスヨ」
「よく神への捧げ物に酒ってあんのに」

リュータの疑問にMZDの影は答えた。

「そこに祀られている者は飲酒好きなのでしょう。ウチの神は甘味の方が喜びますよ」
「ソウ言うわけで私たちは酒類を購入しないのデスが……何故ココに……?」

全員身に覚えがないと、顔をお互いに見合わせた。
そんな中、一人だけ誰とも目を合わさず、挙動不審の者がいた。
あまりにも判りやすいため、自然と全員の視線を集めることになる。
そこで、ようやく白状した。

「……え、えっと……それはオレがマズった。ごめん」

と、ニッキーは謝罪した。

「はぁ?お前何やってんだよ。つか、俺たち未成年なのになんで買えたんだよ」
「オレだって狙いはちゃんだったっての!!なんであの二人が飲んじまったのか」

ジト目ではニッキーを見ている。
気まずそうに視線を逸らすと、もう一度謝った。

「……ほんと悪かったよ。こうなるとは思わなかった」
「ま、なんとかなったからいいよ。でも後で二人にはちゃんと謝ってね」

こうして、神の暴走は影達の活躍により幕を閉じた。
そしてパーティーの翌日。

「……くっそ……、気持ち悪ぃ」
「吐いた方がいいみたいだよ。一人でいける?」
「……すまない、行ってくる」

よろけながら洗面所の方へ向かう黒神。
同時に玄関の扉が開き、青い顔した少年が入ってきた。

「オレも看病してー。寂しいし、頭痛いー」
「吐かない?大丈夫?」
「今はまだ……。でもこの先はわかんねぇ……」

青白い顔をしたままソファーへ寝っ転がった。
いつも元気な神たちが同時にダウンする姿に、はため息を付いた。

「……お酒って怖いものなんだな」

神と同程度にアルコールを摂取したは嘆いた。





(13/05/05)