「おっじゃましまーす」
戦場から帰還したヴィルヘルムがマントを脱いだその時、がヴィルヘルムの私室に現れた。
「ヴィルヘルム。お久しぶりです」
はスカートの裾を掴んで丁寧にお辞儀をした。
わざとらしい演技をそのままさっと捨てると、いつものように笑った。
「ようやく合格したのー。だからね、また前みたいにここ来られるよ」
「物好きな。わざわざ私に利用されに来るとは……」
の姿を捉えたヴィルヘルムは言葉を失い、じっと見つめた。
視線に気づいたは首を傾げる。
「どうしたの?何か変?」
の問いにヴィルヘルムは答えない。
「それより貴様、人間と馴れ合いすぎて鈍ってる頃だろう」
口の端を大きく吊り上げたヴィルヘルムはの頭部をむんずと掴んだ。
空いた手のひらからは魔力によって作られた炎が畝っている。
は慌てて叫んだ。
「だめだめ!次は春休みの宿題があるの!短い期間なのに、いーっぱいあるんだよ?だから駄目!」
「私には関係ない」
「関係ある!今日は報告だけ。すぐ帰るの!また今度!」
霞すら残さず忽然と消えた。
空いた左手を見続けるヴィルヘルムがぽつりと呟いた。
「……早急に手を打たねばなるまい」
右手の炎が消える。
◇
「クラス替え?」
新学期が始まり、今日は最初の登校日である。
いつものようにを迎えに来たサイバーは、今日も変わらず二人で登校している。
「そっ。新しい学年になる時にクラスを新しく決めるんだよ。メンバーもシャッフル」
新学期も今までと同じ学校生活が始まると思っていたは、環境が大きく変化することを知って表情に影を落とした。
「不安がんなって。そりゃ全員が一緒ってのは無理だけどさ、一人くらいは一緒だって」
「そうかなぁ?」
胸中に不安が膨らんだは上目遣いでサイバーを見上げた。
その仕草に少し胸を打たれたサイバーは目を泳がせながら言った。
「……お、オレはさ、と一緒だったらいいな」
「わ、私も……サイバーと一緒だと嬉しい……」
二人は顔を見合わせると、頬を赤らめ照れ合った。
「サユリとも一緒がいいな!隣の席でね、私が見たタイミングで目が合ってね、先生に隠れて笑ってくれるの!!」
「なんかさ、オレの時とテンションが全然違くね……?」
先ほど通じ合ったと思わされた分、落ち込んでいくサイバー。
「リュータも一緒がいいな。……クラス替えなんてなければいいのに」
大きく溜息をついたは、歩みにも元気が見られなくなる。
そんなに、サイバーは一度躊躇う素振りを見せて、言った。
「……でもさ、クラス替えあったらまた別のやつとも同じクラスになれるチャンスじゃん。
……例えばニッキーとか」
サイバーが顔を伺うと、はあっと声を上げた。
「そういえば、ニッキーって違うクラスだったね。すっかり忘れてたよ」
おかしそうには笑う。
「休み時間いっつもいるんだもん。同じクラスだと思っちゃってた」
「だよなー」
胸を撫で下ろしたサイバーは、心から笑い返した。
「全員一緒だったらいいね!」
「……だな。やっぱそれが一番だよな!!」
元気を取り戻したと、つれないを少し残念に思うサイバーは、
春休みに何をしていたのかの話題で盛り上がった。
一週間も休みがあったのに、宿題のせいで実際の休みは短かったこと。
店の手伝いをさせられていたこと。アニメを一気に見返したこと。家族の話。
二人が校門までやって来ると、昇降口で生徒たちが固まっていた。
「さんおはよう」
烏合の衆の中からサユリが近づいてきた。
「おはよー。クラスってこの掲示板を見ればいいの」
「うん……」
苦笑しながら同意したサユリに二人は違和感を感じながらも、人々の中に勇んで行った。
各自自分の名前を指で指しながら探していると、横から一人の男が飛び出した。
「っちゃぁあああん!!!」
抱きついてこようとするニッキーに気づいたサイバーはひょいっと自分の後ろにを隠した。
一瞬嫌な顔をしたニッキーであったが不敵に笑ってる。
「今日のところはお前のそのヒーロー振る舞いも許してやる。オレ様は寛大だからな!!」
勝ち誇る姿のニッキーに対し鬱陶しそうに顔を歪めると、サイバーは名前探しを再開した。
「あ。私の名前あった!えっとサユリは……」
「オレも。えっとは……」
探し人の名は、同じ欄には無かった。
「えぇえええええ!!!サユリの名前がない!!!」
「いねぇじゃん!!!どこだよ!!」
ショックを受ける二人を、ぷぷぷと笑っているニッキー。
「ま、まさか……」
サイバーはの欄の隣、男子の欄を上から見ていくと、その名を見つけた。
「そうだぜ!オレ、ちゃんと同じクラスになったんだぜ!!!」
嬉しくてしょうがないとばかりに笑うニッキーに、目をぱちくりとする。
「これでもう、休み時間の度に行かずに済むし、授業中ちゃん視姦しまくりだし、
体育も同じタイミングだし、運が良けりゃ席も隣なんだぜ!!!
そして、何より……お前がちゃんといい雰囲気になるのを見ずに済む!!!リア充は滅びた!!!」
クラス発表に一喜一憂し騒いでいる周囲の生徒たちにとってもニッキーの声は煩かったのか、周囲にスペースが出来ていた。
そのおかげか、サユリは人の波に飲まれていたたちを易易と見つけることが出来た。
「さん。……その、見た?」
サユリはの顔色を伺っている。はこくりと頷いた。
「……一緒じゃなかった」
「そうだね。でも、隣のクラスだし、お昼は一緒に食べられるよ」
を元気づけようと明るく振る舞うが、は下を向いたまま。
むぎゅっと、サユリのスカートの裾を握った。
「サユリだけは、離れたくなかった」
「え……オレは?」
サイバーの疑問には気にもとめず、は泣きそうな声で話し続ける。
「あの時、もしサユリがいなかったら私はとっくに駄目になってた。
人間なんて嫌いだって思って、異次元に戻って、黒ちゃんと二人で暮らし続けてた。
私がこうやっていられるのは、サユリがいたからなの。だから私、サユリがいないと駄目なの!」
子供のように小さくなったに、サユリはぽんと頭を撫でた。
「……もう、あの頃の。出会った時のさんとは違うよ。
学校のことも判るし、人の暮らしもちゃんと判ってる。頼っていい人も沢山いる。
だからそんなに心配しなくても大丈夫。私はいつでもさんのこと気にかけてるから」
優しく宥められていても、は納得出来ないのか、不安そうに眉尻を下げている。
「今生の別れみてぇなこと言ってどうすんだよ。
つーか、オレと折角同じクラスになれたっていうのに、そっちの感想なしかよ。
一緒で嬉しい、抱いて!ってなるところじゃねぇのかよ!」
折角一緒になれて舞い上がっているのに、のテンションがあまりに低く、
あまりに自分に関心がないことがニッキーには面白くなかった。
ずいずいとに迫ると、は目を逸らし、奥にいるサユリを見た。
「ね。さんは一人じゃないよ」
「そうだよ!このオレがいつでも一緒だなんだぞ。
同じ空気を吸うわけだし?言ってみれば常に間接キスしてるようなもんじゃん?
そんな濃密な毎日が送れるっていうのに、なんの文句があるんだよ」
とサユリは堂々と気持ち悪いことを言うニッキーに若干引いた。
「……え、えっと……。うん。ちょっと不安だけど、大丈夫と思うよ。多分。根は悪い人じゃないし」
「私、今からでも全員の記憶を操作して、書類を変こ、」
「オレの存在拒否すんなよ!!」
冗談だよというの目は少し本気であった。
しかし、周囲に自分を気遣ってくれる人の存在が何人もいることで、現状を受け入れ始めている。
「おっす。どうだった?」
着いたばかりで掲示板を見ていないというリュータにクラス分けの結果を教えた。
「そっか。は別か。ま、仕方ないな。放課後はいつも通り遊ぼうぜ」
「うん。遊ぶ!」
「それにこのクラスなら体育合同だし、意外と会う機会あるよな」
「そっか!あと選択授業もあるもんね。私、全部サユリと一緒にする」
「え。さんそれは……いいのかな?」
「はDTOにでも相談して決めろよ。まぁ高確率でサユリとは違う科目取ることになりそうだけど」
「え!?酷いよ!DTO先生も私とサユリを裂くの?」
「まぁ、ぶっちゃけた話、学力差が……」
「……ぐすん」
三人が話している所から少し距離をおいた場所でニッキーがニヤニヤしながらサイバーに言った。
「言っとくが、恨むなら教師を恨めよ」
「別に恨まねぇし」
ぷいとサイバーは子供のように顔を背けた。
それを見て、ニッキーは更に気分を良くする。
「最近のお前らって付き合ってんのかっていうぐらいピンクな雰囲気醸し出してたからな。
もーそんなことさせねぇぜ。リア充が産まれる瞬間なんざ見せられてたまるか」
「意味わかんねー」
「一人だけ違うクラスがどんだけ寂しかったか、思い知れ」
「寂しい時にはヒーローを呼ぶんだぞ、大声で!」
「ドン引くだろ!」
調子に乗り切っているニッキーは更に言葉を重ねる。
「まぁせいぜい残念がれ。ちゃんとオレがランデブーしてても泣くなよ」
「泣かねぇし。つか、別にが誰とくっつこうが構わねぇし」
サイバーはニッキーに対し不思議そうに言った。
装ったわけではなく、きょとんとしていて。
その反応があまりに予想外だった為か、ニッキーは目を見開いて固まった。
「…………お、オレの記憶違いだっけ……?お前がちゃん好きなのって」
「好きだ」
恥じらいもなく主張するので、言われたニッキーの挙動が乱れる。
「でも、がオレを好きにならなくたっていいんだ」
「……え、えー。意味判んねぇんだけど」
「ヒーローはそういうもん。悪の組織に洗脳されたお前には判んねぇよ」
「お前のお子様脳の方が判んねぇから……」
あれだけ楽しそうにしていたニッキーであったが、そんな気分は一挙に消え去り、静かに非難した。
「……そんなもんなら、最初からちゃんに言わなきゃ良かったじゃねぇか。お前が言わなきゃ今頃、」
「今頃って何だよ?」
サイバーも同じく言い返した。責めるように。
だがすぐに、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「でもさ、なーんにも困ることねぇじゃん。はまだ"オレのことしか判ってない"んだから」
「他に誰がいるって言うんだよ。それとも、またちゃん新たな男でも見つけたわけ?」
「さぁな。オレも、"言わない奴"のことには気を払えねぇし」
そう言って、サイバーは三人の輪の中に突撃した。
小動物のように驚いたの頬を引っ張ったり、嫌がるに引っ張り返されたりしている。
「……言わねぇのもあるけど。言えねぇんだよ。バカオタク」
偽ることもなく恐れることもなく己の思うままに進む友人に対し、ニッキーは吐き捨てた。
◇
新学期初日。以前からの友人と騒いでいたり、同じ部活で固まっていたりする中、
見事にちゃんは新しいクラスで孤立してた。早すぎるだろ。
今は頬杖をついて窓の外を眺めている。
オレが近づいてもいいが、近づけば女子は一切寄り付かない。その辺が面倒なわけで。
サイバーの馬鹿がいない間にちゃんとベタベタぬるぬるしたい所ではあるが、最初は止めよう。
最初は他の奴にちゃんと接触するチャンスをやらないと。
それにオレはオレで仲の良い奴がいるわけだから、ちゃんだけにベッタリするわけにもいかない。
というのは、全部言い訳だ。
オレは何故か、ちゃんに接触しようという気が起きなかった。
違うクラスの時は少しでも……と思っていたのに、実際に同じクラスになったら視線をずらせばすぐに見つかるせいか、
何が何でも接触しようという気にならないのだ。
何故か躊躇われる。躊躇うという言葉が出る時点でおかしい。
折角邪魔はいないんだし、監視役もいないから好き勝手やれる。チャンスなのだ。
それなのに……。
「ニッキー、同じクラスだな」
「お前とかよ。嬉しくねぇな」
「まぁそう言うなって。あとこれ、返却」
ほいっと無造作に差し出されたのは、いつぞやにオレが貸したAVであった。
さっと奪って鞄に押しこんだ。
「おま、せめてなんか袋に入れろよ!」
「なんだよいつもならそのへんで出すくせに」
「うっせーな」
オレがちゃんを見られるようになったということは逆も然り。
なんだかんだで、滅茶苦茶ヤバイネタはちゃんの前で披露していない。
AVみたいなモロは流石にヤバイ。細かい内容は判らなくても、見れば危険物と察してしまう。
これを見て完全に軽蔑されるのは困る。
「へー、あれが噂の女子。……つか、普通だよな」
「へ?ああ、まあな」
普通よか全然可愛いだろ、と思ったが黙っておいた。
こんなところでムキになったら馬鹿みたいだ。オレのものでもないのに。
「なんかさ元々小さかったのに、一夜で謎の成長を遂げたとかなんとか」
「まぁ、そんな感じ」
今はもう小さな姿は学校では見せない。外にいる時だけは気分で変えてくる。
特に公共の交通手段を使う場合はいつも小さい。大きくても子供料金と間違われるくせに。
そういう小さなプライドも可愛いけど。
「なぁ、呼んでみろよ」
一瞬、言われた意味が判らなかった。
「なんでオレが」
「完全孤立じゃん。可哀想じゃね?」
これはオレの意思じゃない。こいつが言ったから。
そう自分に言い聞かせ、オレは緊張気味にちゃんを呼んだ。
「ちゃん」
少し距離があったというのに、すぐに振り向いてくれた。
手招くとすぐに来てくれる。
「どうかしたの?」
さっきまでつまんなそうな顔をしていたというのに、今は柔らかく微笑んでる。
今度からこれを独り占めすることになるんだ。心が踊る。
「あのさ!はニッキーのこと平気なの?」
「は、はい、平気だけど?」
さり気なくちゃん呼び捨てにしてんじゃねぇっつの。
びびってんだろうが、馬鹿。
「正直どうよ。こいつ隙あらばヤろうとするだろ」
足を踏んでおいた。
「やるって、何をするの?」
「なんでもねぇから!こいつの頭がわいてっから!」
余計なこと言ってんじゃねぇよ!!
「ってーな。……あー、もしかしてそういうことかぁ?」
「ちげーよ。とにかく、黙ってろ!」
「あの歩く猥褻物のニッキーがねぇ。あー天変地異起きそう」
「オレのAV趣味についてこれるお前も十分猥褻物だろ、童貞」
「いや、お前に言われたくねぇし」
そのまま話していたら、いつのまにかちゃんは自分の席に帰っていた。
やはり、他人がいるとちゃんは絡んでこない。
オレらの話の内容が理解できないのもあるだろうが、
ちゃんは他人と関わるオレを、敵と認識するかのように距離を置く。
まるで、黒神だ。
……ん、オレは今、何故同じだと思ったんだろう。
あんな頭おかしい奴とちゃんが同じなわけがない。
そう思いつつも、オレは自分が導き出した言葉に納得し始めていた。
二人は、違うようで似ている。
共にいるからだろうか。それとも、だから一緒にいられるのか。
昼になったら、ちゃんのテンションが上がっていた。
いつものメンバーで食べているからだろう。
普段以上にサユリにベタベタして、サイバーやリュータともいつもどおり。
飯の時だけはオレも参加した。入りやすかった。
今日の気まずい感じは何だったのかと、拍子抜けするレベルに。
それなのに解散して、二人になった後はまた話しづらくなっていた。
居づらさから逃げるように他の奴のところに行く際、ちゃんが少し残念そうに見えたのは、
実際のことなのか願望なのかは判らない。
折角同じクラスになれたというのに、オレは以前よりも離れている気がする。
サイバーとちゃんに物理的距離が出来たのに。
このままでは、友人よりも遠くなっていきそうだ。
次の日も、オレとちゃんの距離感は変わらなかった。
ちゃんは机からあまり離れず、窓の外ばかり見ている。
授業中は真面目に取り組んでいるが、偶に変な動きを見せたりすることも。
ちゃんには何か見えているのかもしれない。しかし、オレには判らなかった。
文句も主張もしないが、ちゃんは今何を考えているのだろう。
こんなオレのこと、どう、思っているのだろう。
「そういやさ、最近お前が見たってAVって貧乳もの多くね」
健全なはずの休み時間に突然そんなことを言われた。
一瞬ちゃんを横目で確認したが、こちらは見ている様子はない。
「つーか、ロリ物が増えたっていうのか?」
「は、はぁあ?ンなわけねぇし。オレは基本巨乳カモンだから。そりゃ偶に顔に惹かれてちっぱいも見っけど」
「ふうん」
「歳食うと、胸から尻に移行するだろ。その過程の一種だろ」
「いや俺は元から尻重視だからわかんねぇよ」
オレそんなにロリものばっかり見ていただろうか。
それとも、偶々人に話したものがそういうものだっただけなのでは。
そう思って、思い出してみる。昨日見たもの、その前見たもの……。
確かに童顔で制服ものが多い。
いや、そんなまさか。まさかありえないが、……もしかして、ちゃんが原因なのだろうか。
心当たりが無いわけじゃない。髪が似てる、顔が似てる、身長が似てる等思うことが多い。
五回に一回くらい。……いや、三回……二回………。
もしかして、ほぼ毎回……?
必死に一つもちゃんに似ていない要素を持った女優が出ているものを見た記憶を探した。
なかなか見つからない。元々見た映像の全てを記憶している訳ではないので、思い出すのは至難の業だ。
「」
自分の名を呼ばれたちゃんは振り向いた。呼んだのはオレじゃなくこいつだ。
ちゃんは小さく笑んで会釈した。近づいては来ない。
こいつもただ呼びかけただけのようで、気にする様子はない。
「いやー、俺さ本物の女子とは話さねぇじゃん。だからさ、そんな俺に優しく微笑むって超貴重だぜ」
「そーかよ」
気安く呼んでんじゃねぇっつの。意味もなしに。
ちゃんのアレは完全に外面用だ。近づかず声を発しないのがその証拠。
「嬉しすぎて今すぐにでも両親に挨拶したいくらいだぜ」
冗談と判っていても、この言葉には腹がたった。
「っざけんなよ!それに両親つったって、相手は神だぞ。お前神に向かって娘くれって言えんのかよ」
「……今、息子がしゅんってなった」
「元々小せぇんだから、わかんねぇよ」
神は神でも、実際にやりあう相手は黒神の方。
しかも保護者と見せかけた元彼。百パーセントの確率で殺される。
軽いノリで言っていい相手じゃねぇ。
事情を何も知らない奴はこれだから。サイバーもそうだ。
あの二人の過去を知らないから、あんなこと言っていられる。
オレなんて……。
「は!?テッメェに言えんのかよ、包茎!」
何キレてんだよこいつ。
「仮性だからギリセーフだっつの!お前こそどうなんだよ?実際のところ。ん?」
「は、はぁあ?お、俺はぜ、全然。普通だし。超普通だし。授業中測ったら平均だし」
「キメェことしてんじゃねぇよ。そのキョドりよう……お前、真性だろ」
「し、真性ちゃうわ!お、俺普通だし。普通だから」
「まぁ気にすんなよ。真性くらい」
うっわー、ビンゴかよ。まぁいい。苛つかされた分はからかってやろう。
「うっせぇえ!俺は真性じゃねぇ!!!」
「真性ねぇ。初エッチでどっ引かれるかもなー。なんたって真性だし……」
ん……。なんか言い返してこねぇな……。
そしたら、目の前のこいつが一回オレを睨んでから、横を向いた。
視線の先にはつまらなさそうに欠伸をする女の子が。
「こいつがのことペチャパイだって言ってたぞ!!」
「っ馬鹿!!それは!!」
クラス中に響く大声は我関せずと振る舞うちゃんの耳にも勿論入った。
黙って立ち上がると、オレの目の前にツカツカと歩いてきた。表情は、ない。
「……本当?」
とっさに弁解の言葉が出なかったのを良い事に、こいつが油を注いだ。
「こいつ、顔に惹かれてちっぱいも見るけどなんて言ってたんだぜ」
「いやいやいや!!そ、そりゃオレは巨乳好きだけど、ちゃんとは別の話で、」
「嫌い」
オレの言い分を一刀両断。
それは完全に拒絶の顔だった。綺麗な顔のまま目だけが濁っている。
ちゃんは自席に戻って、教科書に目を通しだした。
あれは相当キレてる。何度も怒らせてきたオレだから判る。あれは、ヤバイ。
「てっめぇ、ふざけんなよ!!滅茶苦茶好感度下がったじゃねぇか!」
「うっせ!人のデリケートなとこ突っ込んでくるからだろ!自業自得だ」
くそ、面倒なことしやがって。
前もそうだったが、ちゃんを怒らせると滅茶苦茶面倒だ。
それも丁度この話しかけにくい時に。
新学期早々、オレはこのまま嫌われて終わるのかよ。
◇
放課後、スライド式の扉からちょこんと顔を覗かせる人影があった。
教室にいたサユリは他の女子と話していたが、その人物に気づいて近づいてきた。
「さん。普通に来ていいんだよ」
話しかけられたは、ぱぁっと破顔した。
「新しいクラスはどう?まだ昨日とは変わらない?」
「うん、特になにもないよ。まだ慣れないの」
「そういえばニッキーは?」
サユリがその名を出した途端、は一気に不機嫌になった。
「……あんな人知らない」
聞かなくとも喧嘩をしたことは明らか。サユリは困ったように笑った。
「じゃ、一緒に帰ろっか」
「うん、帰る!」
「ここかよ。オレがあっち行ったらいねぇんだもん」
「サイバーごめんね。入れ違いになっちゃった」
サイバーは周囲を見渡し、いそうでいない人物に気づいた。
どうしたのかとに尋ねる。
「あいつどう?普段どんな感じ?」
「お友達とえーぶいの話してた」
サイバーは尋ねるんじゃなかったと後悔した。
サユリも笑顔が引き攣っている。
「さん、その言葉は口にしない方がいいよ。絶対。駄目」
「うわー……あいつどこでも平常運転じゃん」
嫌そうに口を曲げているの背後から、遠慮がちに声がかけられた。
「ちゃん……」
は一瞥するが、すぐにサユリに目線を戻す。
態度で事態の重さを改めて思い知らされたニッキーは謝罪した。
「ちゃんごめんって!!機嫌直して」
「……私がそれを言われるの嫌なの知ってるくせに」
一睨みするとそのまま廊下を走っていった。ニッキーが後を追うが、姿は見えない。
足音がしないことから、空間を飛び越えてしまったことが判った。
ニッキーは大きくため息をつく。
「お前も飽きないよなぁ、今度は何やったんだよ」
「オレは言ってないっつの!違う奴が腹いせに言いやがったんだよ!!」
「お前多方向に喧嘩売りすぎ……。そっちでは何怒らせたんだよ」
「包茎を暴いたら、ちょっとな」
「容赦ねぇー……。相手に同情するぜ。って、サユリ。引くなって。悪かったよ」
「……さんが怒るのも無理ないと思うな。タイミングが悪すぎるよ」
そう言って二人から離れた。
「私は協力する気になれないから」
サユリはそう言い残すと、教室に戻ってクラスの女生徒と話し始めた。
ニッキーは最後の一人であるサイバーに目線で縋った。
「いやぁ、さすがのヒーローでもあんなキレてるはどうにもなぁ。さて帰ってゲームしねぇと」
自称ヒーローは困っている人を置いて逃げた。
◇
オレは謝るタイミングを探している。
ちゃんは基本的に一人でいる。だからいつでも言える。でも、言えない。
意を決して話しかけようとすればすっと逃げる。昼休みには必ず姿を消す。
オレの存在を全力で避けている。
こんなことになるために一緒のクラスになったわけではないというのに。
まぁ、クラス替えはオレの努力とは別の話だが。
正面切っての謝罪は無理なので、別の方法を考えよう。
例えば、困っているちゃんを助けるとか。
これならば怒ってるちゃんだって機嫌を良くし「好き!抱いて!」となるに違いない。
しょっちゅう諍いに巻き込まれているちゃんのことだ、きっとすぐにそういう場面に出くわすはず。
そう思って、オレはちゃんに気づかれないようにそっと後をつけた。
何度か繰り返していると、体育を終えポニーテールを揺らすちゃんに接触する女子の姿を発見した。
耳をそばだてる。
「お願い!今度のポップンパーティーに呼んでもらえるように頼んでくれないかな」
「……すみません。MZDの招待状の基準は私も知らないので……」
「そこをなんとか」
よし、名も知らぬ女子Aでかしたぞ。
これでオレが助けに入れば、好感度が戻るどころか上昇確実。
「申し訳御座いません。……その代わり、参加者の増加を提案してみます。
MZD自身、沢山の人に楽しんで貰いたいっていつも言ってるので。
呼ぶ人に迷っているようなら学生さんに声をかけることをすすめてみます」
ちゃんは小さく微笑んでみせた。
「んーまぁ、しょうがないか。聞いてくれてありがと」
「いえ。パーティーを楽しみになさって下さってること、彼にも伝えておきますね」
「よろしくねー」
相手がそう言って何事も無く去っていった。
ちゃんには悪いが、この流れは意外だと思った。
でも、そりゃそうか。ここに来て一年くらいになるのだから。
こういう奴は今まで何人も会ってきただろうし、やり過ごす方法も既に会得してるだろう。
ちゃんだってそれなりにはここに馴染んできている。
と、言うわけでオレの出る幕は全くなかった。
放課後が来ても、好感度上昇イベントは一切起きない。
明日だ。明日に賭けよう。だが、結局次の日も何もなく、オレはだんだん焦っていた。
もしかして、イベントが起きること無くエンディングを迎えるのではないかと。
今回は誰にも協力を仰ぐことは出来ないのだから、自分でなんとかするしか無い。
だが、正直手詰まりだった。
なんでこんなことになったのか。考えると逆に腹が立ってくる。
しかも、今回についてはオレのせいではない。アイツが余計なことを言っただけだ。
それをちゃんが勘違いして、キレて無視して……少しくらい信用してくれたって良いではないか。
「普段の行いが悪い」と、オレが思い描いた奴等全員の声で余裕で再生されたのが余計に苛立つ。
あまり考えないほうが良いのかもしれない。
そういえば、前も似たようなことがあった。あの時はどうしたんだっけ。
あの時は結局ちゃんは怒っているわけではなくて、後日家のベッドに現れて……。
あれは今思い出しても、据え膳を食わなかった事が悔しくてしょうがない。
何もしなかったからこそ、無事でいられているという考えもあるが、あれは良いシチュエーションだった。
あんなことは二度と無いだろう。
これは今回には当てはまらない。今回の怒りは相当だ。
あの時ちゃんが突飛な行動に出たくらい、オレも行動的になった方が道は開けるのかもしれない。
タイミングを見計らうなんて、消極的なことせずに、思い切り前に一歩踏み出してみよう。
と、いうことで、オレは移動教室を狙った。
ちゃんは必ず一人で行動する。そして校内だから転移はない。
そこを襲おう。しっかりと捕まえて、逃げられる前に早口で捲し立てればチャンスはある。
オレは授業を行う教室へ移動するちゃんの背後から全速力で追いかけた。
長い廊下の端から走れば、早い段階でちゃんにバレ、何かしらの逃げ策をとられる。
そう思ったオレは、最初は別の教室に侵入しておき、ちゃんが通り過ぎた後すぐ追いかけることにした。
この策は上手くいった。オレが腕を掴んだ時にはちゃんは驚いた顔のまま。
「ちゃんっ!」
ただオレの考えが少し甘かったことに気づいたのは、その後。
オレが隠れていた教室は階段の近くであったこと。そして、ちゃんはまさに階段を下りようとしていたこと。
その二つの事象が重なったことで、オレとちゃんの身体がふわりと浮いた。
これも二度目だな、なんて身体が落ちながら思ったのはそんな呑気なことで。
二人共廊下から踊り場へと真っ逆さまに落ちた。
「大丈夫!?」
片膝をついたちゃんはそう言ってオレの顔をのぞき込んだ。
「そっちは……?」
「私……は、その……裏ワザで。だから元気」
流石ちゃんだ。突然のアクシデントだっていうのに傷一つないなんて。
出来た女というか、超人というか。
「それよりニッキーは大丈夫なの?二人共痛くないようにしたんだけど……」
自分の身体のパーツを一つずつ動かしてみるが、どこにも痛みはない。
ちゃんの咄嗟の判断のお陰だ。だからこそ、へこむ。
「……はぁ」
オレの行動は裏目に出るばかり。前も庇われて、今回も庇われた。
ヒーロー思考のアイツじゃないから、オレは絶対にちゃんを守ってやろうなんて事は思ってない。
それでも、二度も足を引っ張るのは流石に情けないと思った。
「痛いところあるの?ごめんね!失敗してごめんね!」
気が抜けて否定する力もない。そうしていると、ちゃんが酷く慌ててオレの手を取った。
「えっと、保健室。そう!保健室に行こう!」
いや、全然痛くはないんだけど。
「次授業じゃん。ちゃんは戻れって」
「私、急にお腹と頭と心臓が痛くなっちゃった!吐き気もするし目の前が真っ暗で事切れたみたいなの」
「それ保健室のレベルじゃねぇから!死んでっから!」
オレの突っ込みを流し、やや強引にオレを保健室へ引っ張っていった。
途中、ちゃんの勘違いを指摘しても良かった。そうすれば、ちゃんは授業を受けられる。
けれど、オレはこの状況を好機と見て、敢えて何も言わなかった。
堂々とオレを連れて行くちゃんは、小柄のくせに大きく見えた。
保健室には誰もいなかった。養護教諭すらいなかった。
ちゃんはオレを簡易的な丸椅子に座らせると、上から下まで観察した。
「うん、血は出てないし、歩くことも出来てるね。てことは、打ち身?頭打ったとか?」
「どこも打ってねぇよ」
「え、じゃあどこが痛いの?」
身体は痛みを訴えていないが、敢えて言うならば。
「……自分?」
「自分!?全身打撲ってこと!?」
「まず打撲から離れようぜ。身体はなんともねぇから」
じゃあどこがと聞きたげに、オレの顔を覗き込んだ。
今のタイミングなら邪魔はない。唐突ではあるが言おう。
「……ちゃん。あのことだけど、あれはオレじゃねぇから。
言わせた原因はオレなのは確かだけど、オレはあんなこと言ってねぇから」
「知ってる、サユリに聞いた」
ちゃんの素早い返しを、オレが理解できるまでには少し時間を要した。
知ってるってどういうことだよ。それにサユリって、アイツ協力しないって言ってたはずなのに。
「……それにね、ニッキーと仲の良いあの人に謝られたの。
カッとなってついニッキーのせいにしたんだって。ごめんなさいって」
オレは全くそんなの聞いてないし、そんな素振りにも気が付かなかった。
「だからニッキーが悪くないのは今日聞いて知ってたの。
でも、引っ込みがつかないし、勘違いで怒ったなんて、なんて謝ればいいか判らなくて。
……数日の間本当にごめんなさい」
ちゃんは生真面目に九十度頭を下げた。
ゆっくりと面を上げると、目を逸らしながら躊躇いがちに言った。
「あとね、なんかニッキー冷たかったから……やだなーって思ったの。
私以外と話しちゃ駄目ってことじゃないよ!そうじゃないけど、
……なんだか避けられてるみたいで、余計に謝りづらくて」
正解だ。オレは避けてた。避けるつもりはなかった。でも、変な感情のせいで実際避けてしまった。
「嫌われたのかなって思ってたら、また胸の大きさの話なんかして……その時思ったの。
本当に大嫌いって、話したくもないし、視界にも入って欲しくないし、同じ空間にいたくないなって」
やっぱりあれは滅茶苦茶キレていたらしい。今回オレが余計なことを言わなくて本当に良かった。
いつものように適当な言葉で誤魔化していたら、絶縁されるところだった。
「……私、何か悪いことした?」
今にも泣きそうな顔をして言うもんだから、オレは余計なことを考えてしまった。
今回はオレが悪くないっていうのに、沢山振り回されたんだ。少し仕返しさせてもらう。
「した!超した!」
「ごめん……心当たりがないの。私は何しちゃったの?」
「サイバーとべたべたしすぎた」
「……え?」
意味が判らないと、ちゃんは眉をひそめた。
「私達普通だよ。ギャンブラーの話して、アニメの話して、フィギュアの話、食玩の話して」
「結局全部ギャンブラーじゃねぇか!」
なんでこんなオタクっ娘を好きになったんだか。本当に意味が判らない。
きっと理由はあったんだろうが、今となっては不明だ。
とにかく好きなんだ。毎日色々なところを好きになるばかりで、止めようがなくて。
「でさー、オレのこと放置するばっかでー?ちゃんは意地悪な子だよなー。酷いよなー」
「うう……。ごめんなさい……」
今回勘違いで怒ってしまったせいか、ちゃんは申し訳ない気持ちでいっぱいのようだ。
これはパターン入ったかも。今のちゃんなら、どんな無理難題でも聞いてくれる。
「結構さ……ちゃんがサイバーばっか構って放置されんの、傷つくんだけど」
「ごめんなさい!!放置してるつもりは全然無いの!けど、ごめん!寂しくさせてごめん!!」
「じゃあさ、一つオレの言うこと聞いてよ」
どう出る。ちゃん。
「……判った。出来る範囲の事なら」
よし。落ちた。
「簡単だ。ちょっと来て」
ベッドを指さし、ぽんぽんとシーツを叩いた。
自分を指差すちゃんに対して頷くと、警戒しながらもベッドに寝そべった。
普段見ることが出来ない態勢にこみ上げつつも、オレはその隣に同じく寝そべった。
「えぇ!?嫌!妊娠するから駄目って誰か言ってた」
「するかよ!じゃあお前と黒神は妊娠したのか?」
「あ、してない……」
「だったら問題ねぇだろ。ったく……」
これだから処女は。……扱いやすい。
この場合、経験の有無じゃなく知識の有無だが。
「……で、なんでそっち向くんだよ」
「だって……は、恥ずかしい。それに……怖い」
そう言って、ちゃんは身を固くしたままオレに背を向ける。
自分で提案していながらこの状況はオレだって恥ずかしい。
誰もいない部屋、ベッドの上に好きな子と二人きり。
このシチュエショーンに何も感じない男がいたら不能だろ。
まずは怖がっているちゃんを宥めるために、頭を撫でてみた。
頭部には偶に触れることがあるとはいえ、この状態だといつもと違う気がする。
今なら、頭を撫でながらそのまま指を滑らせて、首筋へ。もっと下へ滑らせれば……。
生唾を飲んだ。留めないといけない、留めないと。チラつくのは黒神の姿。
何があるかわからない。死なせてすら貰えないかもしれない。
なのにオレはその先へいきそうで、いきたくて、手が震える。
このまま理性を押し倒して、無理やりちゃんを組み敷きたい。
アイツだって自分の欲望通りにしたんだろ。だったらオレだって我慢する必要ない。
したい。触りたい。諦められないなら、勝ちに行くしかないんだから。
オレは、……覚悟を決めてちゃんの肩を掴んだ。
オレの心を察してか、同時に、保健室の扉が開く音がした。
オレは咄嗟にちゃんを布団の中に押しこむ。
「ん。なんだ体調不良か」
現れた女はバストはやや無いが、スレンダー好きにはたまらない体躯を持った養護教諭だ。
今年養護教諭が変わったせいで、オレはまだこの教諭の情報は持っていない。
口ぶりを聞くと、あまり真面目なタイプでは無さそうだ。
「ちょっと頭が痛くて……」
「ふうん、どうだか。以前も無意味にベッドで休んでは女子生徒を待ち伏せていたらしいね」
「そんなことな、っぐふ」
布団の中、ちゃんに思い切り叩かれた。
「どうせ今日も仮病だろう。早く出なさい」
「いや、今はマジで痛いっす。泣きそうっす」
この狭い中で思い切り太腿叩くなんて、容赦無さ過ぎる。
ムカつくから仕返しに、ちゃんをこちらへ引き寄せ硬化した下半身を当てた。
どこに触れているのかは判らないが、これは相当興奮する。ちょっと上下されたら出るかも。
出せたら嬉しいが、出した瞬間オレは帰れなくなる。賢者タイムが辛そうだ。
「そんなに痛いというのなら私が診てやろう。場合によっては救急車だからな」
「いや、そこまでは」
「遠慮するな」
カツカツと女性教諭は近づいてきた。ちゃんが硬直しているのが判る。
「確かに顔は赤いな。熱は測ったのか?」
「大丈夫っす。少し休んだら家帰れるんで」
「悪化したらどうする。この学校は不親切だから体調不良だろうと生徒自身に帰ってもらうしかないんだ」
「大丈夫っす!問答してると更に頭が、いたたた」
「わざとらしいな」
「本当だっつの!」
一応足を立ててちゃんの膨らみを誤魔化してるが、
あまり見られると違和感を覚えるだろう。なんとかする必要がある。
しかし、このシチュエーションはかなり興奮する。このまま中でちゃんしてくれないものか。
いやいや、そんなこと思ってる場合じゃない。
「とにかく!頭がガンガンするんで、寝ます。一眠りしたら教室に戻るか帰りますんで!!」
カーテンを一気に閉めて、養護教諭と距離を取る。
これ以上近づかれては困る。ちゃんとか、下半身とか下半身とか。
「……まぁいいが。常識の範囲内の行動をしろよ。君たち思春期の学生は大人の想像の斜め上を行くからな」
「病人なんだから、病人らしくしてますって……」
なんて、既に大人の想像の範囲外のことをしてるのだが。
ちゃんはオレに当てられながらも、ちゃんとジッとしている。
養護教諭が椅子に座った音がした。一応オレのことは信じてくれたみたいだ。
机からここまでは距離がある。薄いが一応カーテンで視界を遮ることもした。
だからオレは、先程から猫みたいに足を引っ掻くちゃんを上に引っ張りあげた。
顔を真っ赤にして暑そうにしている。そんなちゃんが身体を伸ばして耳元で囁いた。
「……かえる」
見落としていた。この子は普通じゃなかった。
このままだとこのシチュエーションを楽しめない。
声を潜ませてエロいことしたり、少し物音を立てて気づかれそうになったりっていう、
十八禁版のちゃんという輝かしい未来が消えてしまう。
「待ってくれ」
もう少しだけとジェスチャーをした。困ったような顔をして首を横にふるちゃん。
「そういえば」
教諭が立ち上がり、近づいてくる音がする。
オレは思わずちゃんを抱きしめて、布団の中に戻した。
柔らかくて熱い身体を服越しに感じて血が巡るのが判る。
「……あ、あたって……る」
抱きしめているのだから身体が当たっているのは当たり前。
何を言っているんだと思ったが、もしかして第三の足に当たってるこの柔らかいの太腿か。
少し足を動かすと、ちゃんはオレの服を強く掴んで声無く啼いた。
切なげなその表情に、オレはもう我慢の限界だった。
唯一オレを制しているのは、第三者の存在。
「やっぱ、いいや。私はまた出るぞ。帰る時はメモでも残しておいてくれ」
教諭が扉を閉めた瞬間、オレの理性はあっさり全面降伏。
ちゃんを拘束しようとすると、目の前から姿を消された。
舌を打って周囲を見ると、中央でふわりと浮いているちゃんがいた。
「わ、わ、わ、わ、か、かえ、る。ま、また明日!!!」
早口で捲し立てすぐにちゃんは消えた。
っそーー!!!もうちょいだったのに!
教諭と話してる最中に服の中に手を差し入れれば良かったのか。
そうすればちょっとくらい良い思い出来たかもしれないのに。
とは言え、あの神に守られてるちゃんにあそこまで出来たのは正直美味しい。
やっぱ、保健室最高!!
だが次の日、ちゃんには大いに避けられた。
また同じことの繰り返しかよ!!
いつになったら、オレとちゃんのイチャラブコメが始まるんだよ!!!
(13/05/29)