第32話-気持ちだけじゃどうにもできなくて-

「なぁー。マジで今日オレんち来ねぇ?」

いつもの奴等が全員帰った放課後に、ちゃんは一人ぽつりと自分の席に座り続ける。
オレたち以外とは誰とも関わらないちゃん。
まるでここにちゃんという存在なんていないかのように他の生徒には扱われる。

辛いだろうに、それでもちゃんは家に帰ろうとはしない。
仕方がないので、部活も用事もない暇なオレもそんなちゃんに付き合う。
正直なところ、ちゃんと二人になれるのはおいしい。
誰にも邪魔されず、ずっとちゃんを正面で見られるのだから。

文句があるとすれば、何故家に帰りたがらないかという理由を一切教えてくれないことだ。
毎日毎日、オレは教えてくれと乞い願うのだが、ちゃんは首を振るばかり。

「つってもさ、家帰りたくねぇんだろ?だったらさ、遊んでて遅くなったとか適当に誤魔化しゃいいじゃん」

頑なにオレの提案を拒むちゃんに、思わず溜息。

「なぁ、頼むよ。そろそろちゃんがどう困ってる理由を詳しく教えてくれよ。
 出来るだけ助けてやるからさ」

今日だけで何度目になるか判らない台詞を馬鹿みたいに繰り返す。

「言うだけ言ってみろって。少しは楽になるかもじゃん。
 そうやって、黙ってたってさ苦しいだけじゃね?」

じーっとちゃんを見つめて訴えた。
まだサイバーに言ってないことは判っているんだ。
だから、早くオレに言って欲しい。アイツより早く。オレにだけ教えて欲しい。

「心配してっからこうやって毎日一緒に残ってんだぜ?
 信用してくれたっていいと思うんだけどー?」

拗ねた振りをすると、ようやくちゃんは口を開いた。

「……黒ちゃん、怒ってるの」

ちゃんは自身の首に手をやり、すっと撫でると、そこに黒いチョーカーが出現した。
以前、包帯で隠しているんだと言っていたが、最近は見かけなかった。
取り外せたのかと思っていたが、ただ見えなくしていただけだったのか。

「ヴィルがね、細工したの。ヴィルが死ねば私も死ぬ。私たちは運命共同体」
「いやいや、え、マジで言ってんの!?つか、ヴィルって奴、魔族だろ?
 オレよくわかんねぇけど、結構魔族って死んだりなんだりあんの?」
「ヴィルは強いからそう簡単にやられないよ」

その一言にほっとする。驚かせんなよ。いや十分驚かされているけど。
死を匂わされたんだ。
目の前にいる子が突然消える可能性があると示唆されて驚かないわけが無い。
まだ高校生だというのに。今死ぬなんてあまりにも早すぎる。

「ただ、黒ちゃんはその細工が気に入らないの。
 いつも毒づいてる。これさえなければ、アイツを殺せるのに、って」

物騒な話だ。
黒神がちゃんのためなら、手段を選ばないと言うのは本当のようだ。
神の一人である黒神にとっては、生物の生死なんて小さすぎることなんだろう。

「私はヴィルにこれを外してもらうようにお願いしたいと思ってる。
 でも、黒ちゃんが駄目って言うの。アイツとは絶対に会うなって」
「黒神が外せばいいんじゃん?」

ちゃんは首を横に振った。
どうやら原因となったチョーカーの取り外しは、施した本人以外は無理ということらしい。
それなのに会うことを禁じているというのは、何がしたいんだという気がする。
しかし、黒神がちゃん至上主義であることを考慮すると、その理由がなんとなく浮かぶ。
ちゃんとヴィルなんとかとの仲を疑ってる。それか、これ以上親密になることを恐れている。

ちゃんにしては珍しいことに、ヴィルなんとかに対してだけは文句を連ねる。
だが、その顔はいつだって笑顔だった。
だからオレは、何度も二人の仲の程度を探った経験がある。

「これのせいで、黒ちゃん変になっちゃった。いつもと変わらず優しいのに、怖いの」
「……で、キスされたり、とか?」

おずおずと聞くと、ちゃんは黙った。

この話を聞かされていると、ヴィルなんとかって奴にイラついてくる。
黒神も同様だろう。だから、ちゃんに手を出すなんてとち狂った行動にはしった。

ちゃんが用いた"運命共同体"という言葉が物語る、二人の繋がり。
思わず羨んでしまう。
黒神なんてまだいいじゃねぇか。種族は全く違っても一緒にいられるんだ。
オレは同じ人間なのに、ちゃんに手が届いた気がしない。
掴んだと思っても、すぐにそれが霞であったと思い知らされるばかりで。

「とりあえずさ、門限過ぎるまでここにいようぜ。
 滅茶苦茶過ぎなくていい。一分過ぎたら帰ればいい」
「……うー、それくらいなら」

一分。ちゃんといられる時間が延びた。
たった六十秒でしかないが、少しでも黒神からちゃんを奪えるということは、
普段アイツに対して劣等感しかないオレにちょっとした優越感を与えた。

調子に乗ったオレはちゃんに手を伸ばした。
よくするように、頬でも突いてやろうかと思ったのだ。

「っ!」

ちゃんは素早い動きでオレの手を握り、触れられることを拒んだ。

「ど、どした?!」
「ごめん……怖くて。あ、ニッキーが怖いんじゃないよ!でも……」

少なからずショックを受ける。
黒神の野郎はいったいちゃんに何しやがってんだ。
あのちゃんがここまで怖がるって相当だろ。
マジムカツク。それなのにアイツに逆らう手段が一つも無いってのもすっげームカツク。

「……ごめんなさい」
「いいよ。大したことじゃねぇし」

実際はがっつり凹んでいる。
時計を見ると、もうすぐちゃんの門限になる一分前。
秒針が六の位置に差し掛かる。

「そろそろだな」

ちちちちと七を通り過ぎ、八を通り過ぎ、九を通り過ぎ、十、十一、じゅう──。
──門限の時間になった。


ちゃんの姿は無い。忽然と、消えた。



「くそっ!」

こんなことじゃどうにもならねぇ!何も変わらねぇ!











。時計はちゃんと見ないと駄目だろ?」
「ごめんなさい……」

黒神は膝の上に座らせたのネクタイを引き抜いた。

「いい子なんだから、約束は守れるよな」

ネクタイでの両手首を一括りにした。
は無抵抗で黒神のされるがまま。

「もし……、そう仮定の話なんだが」

Yシャツのボタンを丁寧に外していく。

「誰かが、約束を破るように唆したとしたら……」

全部外し終えると、キャミソールの肩紐と共にYシャツを肩から滑り落とした。

「それは同罪だ」

の胸元を強く吸い上げ、鬱血を作った。
胸や腹部には、未だ治らない鬱血が沢山散りばめられている。

は優しい子だから、判るよな?」

力なくが頷くと、黒神は胸の小さな突起を舐めた。
は甲高い声を上げて、身を引く。

「一度目は許す。でも、二度目は許さない」

そう言うと、黒神はネクタイの拘束を外して脱がした服を着せてやった。
かちこちに固まるの頭を撫でると、デスクに戻っていく。

は影に声をかけられるまで、その場を一切動けなかった。











「でさー、三十七話でちゃんと出てんの。エキストラっぽく」
「そうだったの!?そこまでは見てなかった……関係ない人だと思ってたもん」
「だろ?さすがだぜ。変に演出せずに溶け込ませてんだもん」
「二周目だからこその楽しさだよねー」

楽しそうに笑うだが、DTOが手招いているのを見つけると、サイバーに断りを入れてからその場を去った。
話し相手がいなくなったサイバーは伸びをしたまま、教室へと戻ろうとした。

「ん、お前どしたの?ならさっきDTOに呼ばれたとこ」

じっと立っているニッキーに、サイバーは説明した。
だが、ニッキーはそのことに何の反応も見せない。
怪訝そうにするサイバーに、真剣な顔をしてニッキーは言った。

「話がある。ちゃんのことだ」
「……判った」


二人は話した。
の知らないところで。
他言無用だと固く誓い合って。
ニッキーが知る、今のの状況に関する情報を、全てサイバーに教えた。

ただし。
黒神がにキスをした事実だけは伏せて。


「……それは本当なのか」
「本人が言ってんだ。オレの推測じゃねぇよ」

苛立ちを隠すことのないニッキーとは対照的に、サイバーは落ち着いていた。
黒神の異常な行動を聞かされても、その全てが信用できたわけではない。
勿論ニッキーが嘘を吐いていると疑っているわけではなく、事実がどこかで曲がった可能性を考えていた。

サイバーの中の黒神は、をとても大切にしている神なのだ。
その行動は一見おかしくとも、のことを考えているはず。
ニッキーが憤慨するほどのことが、本当に起きているとは思えなかった。

「で、オレは知ってのとおりアイツに嫌われてっから、絶対に怪しまれる。
 でも、お前はそうでもないからさ……」
「判った。夜にんとこ行ってみる」

自分の目で確かめようと思った。
黒神がが嫌がるような、怖がるようなことをしないことを、確かめたくて。
サイバーはのいない時を狙って、机の中に自分のノートを紛れ込ませた。

その晩、夕食を終えた頃合を見計らって、MZDの家を訪ねた。

「こんばんはー、MZDーいるかー?」

門で呼び鈴を鳴らすと、勝手に門が開いていく。
サイバーは植物が生い茂る庭をざくざくと歩いていき、玄関へ向かえば、
MZDが片手を上げて出迎えてくれる。

「おっす、珍しいな。何かあったか?」

どこも変わった様子は見られない。サイバーはすぐに本題を切り出した。

「あのさ、オレのノートがんとこ混じってるっぽくてさ。
 宿題で絶対にいるんだよ、だからさ、頼む!ちょっと呼んできて!」

両手を合わせて必死に頼んだ。
しかし、MZDはその申し出に対して難色を示した。

「つってもなぁ……。オレも、今はあっち行けないんだよ」
「なんで?!」

予想外の返しに、サイバーは素っ頓狂な声を上げる。
すると、MZDの表情はみるみる内に曇っていく。

「……わかんねぇ。怒らせたつもりなんて、全然無いのに」

黒神とMZDの間で何かあったのだろうか。
だが、それもMZDは自覚が無いという。
ならば一方的に黒神が何か思うところがあったということだろうか。

「ま、宿題に必要なんだろ?ちょっくら聞いてみてやっから、そこで待ってな」

MZDは表情をぱあっと明らめると、その身を翻した。
玄関先に一人残されたサイバーは、小さく息をつく。
これで、が元気そうならいいのだ。黒神と上手くいかないことも一時的だといい。

二分ほどでMZDは帰ってきた。その手にノートを持って。

は?」
「駄目だと。風呂入った後らしいから」
「別に気にしなくてよくね?」

の様子が知りたくてわざわざ細工したのだ。
ノートだけ返却されたのでは意味が無い。

の風呂上りは滅茶苦茶可愛いんだぜ。
 ……あれを見れば、誰にも見せたくないと思うさ」

独占欲。それはサイバーにも身に覚えがある。
を独り占めにしたい。あの笑顔を、あの視線を、あの身体を。
MZDが絶賛するほど愛らしいというならば、閉じ込めておきたくなるのも頷ける。

けど、今は。疑ってしまう。
それは保護者の心配という意味なのか、それとも別のものなのか。

「……なぁ、MZD。黒神がに何をしているか、知っているか?」
「どういうことだ」

先刻までのMZDとは違う、低い声で聞き返す。
だが、すぐに首を横に振る。

「……今日のところは帰ってくれ。
 何があってもお前は、いやお前"達"か?何もしないでくれよ。
 のことを考えるなら絶対に」

二人をよく知るMZDに任せれば安心だろう。
サイバーは判ったと伝えると、そのまま帰っていった。











MZDの行動は早かった。
翌日が学校へ行き、居なくなったところを狙って黒神の家を訪ねた。

「よおっ、最近どーだ?」

いつもと変わらず突然の訪問。
普段ならばそれを面倒くさそうな顔で出迎える黒神だが、今日は違った。
刺す様な鋭い視線に含まれているものは、明らかな敵意。

「白々しい。何を探ろうとしている。お前の感情なんて筒抜けだ」
「それはこっちも同じだ。お前、何焦ってんの?」

殆ど同じ顔を持つ二人が、お互いに注意深く相手を睨んだ。
相手の出方を窺う。

に何をしてんだ?」
「別に。日々変わらぬ生活を送っている」
「嘘つけ。に何したんだよ」
「……うっせーな、テメェに関係ねぇだろ」

舌を打つ黒神に、MZDは声を張り上げた。

「あるに決まってんだろ!はオレにとっても大事な子だ!勿論お前も!
 その二人が上手くいってなけりゃ、気になるに決まってんだろうが!!」

興奮により上下する肩、激しくなる動悸、荒がる吐息。
そんなMZDを、黒神は冷たい視線を向けて、言った。

「そんなの、嘘だ」

淡々と切り捨てる。MZDの感情をばっさりと、切り捨てた。

「そんなこと言って、俺からを奪う魂胆なんだ」

騙されるものかと黒神は首を振った。

「ンなわけねぇよ。オレはお前がどれ程を好きか知っている。
 が居なければ生きていけないことを嫌というほど思い知らされてる。
 そんなオレがどうして、お前からを奪わなければならないんだ」

馬鹿を言うなと呆れと苛立ちを滲ませても、黒神は首を振る。

「そんなこと判らない。どいつもこいつも信用ならない。
 絶対、俺は信じない。は誰にも渡さない」

一切聞き入れない黒神の態度に、MZDは悲しそうに声を漏らした。

「急にどうしちまったんだよ……」

黒神は何も答えず、MZDを敵視し自分へ近づけようとしない。
そんな弟の急変の原因に身に覚えのないMZDは、なんとか誤解を解こうと説得を試みた。

はお前のこと大好きだよ。それは疑いようも無い事実だ。
 それなのに、お前はどうしちゃったんだよ。
 お前、言ってただろ。の歩みに合わせるって。
 自分の気持ちを優先しないのは、が大事だからって。そうだろ?」

MZDの言葉を聞いた黒神は瞼を閉じると、深い溜息をついた。

「……誠実にいこうと思ってたさ。
 しかし、俺がそうしたって他の奴は違う。
 己の欲を優先しの意思を曲げ、全てを手中に収めるかもしれない」
だって嫌なものは嫌だと言うことは出来る。
 だから、を信用して──」

黒神の言葉が、MZDの言葉を遮る。

「誰かに奪われるくらいなら、綺麗事なんて捨ててやる」

黒神の黒い双眸には強い意志が映っていた。
そう簡単には折れない意思が。

だからMZDも、そんな黒神の意思がどれだけ強いのか確かめるために、
言葉を投げた。

「結果、がお前を嫌いになってもいいんだな」
「そうだ」

迷い無く黒神は言い切った。

「俺には、がいればいい。それ以外何もいらない」

黒神の力────破壊、破滅の力が発動した。











「あのさ、。ちょっといいか?」

三時間目の授業が終わった。
少し眠そうにするにリュータが尋ねた。

「どしたの?」
「あれ……お前なら判るか?」

指の指し示す方を見ると、グラウンド側の窓があった。
その隅に五センチほどの黒い靄がかかっている。
さほど驚くことも無くは答えた。

「あれは魔族だね」
「え゛……大丈夫なのか?」
「ちょっと話してみるね」
「さすが。こういう時頼りになるぜ」

リュータは胸を撫で下ろした。は靄を阻んでいる窓を少しだけ開ける。
その隙間からするりと靄が教室内に入ってきた。
窓枠の上にのって、じっとしている。

「……どうしたの?」

が靄に向かって話しかけると、靄は大きくなっていき、中央から封筒が出現した。
封筒を吐ききると、靄は元の小さいサイズに戻り、それを自分の上に乗せた。

「これ手紙かな?」

は手紙に手を伸ばすが、寸前のところで手を引っ込めた。

「ごめんね。その手紙……きっと魔力がべったりついてるでしょ。
 それだと、黒ちゃんにバレちゃうから触れないんだ。」

靄は手紙の裏、封をしている箇所を見せてきた。
模様の入った厚めの蝋で封がされている。

「なにこれ……?手紙ってシールやのりで貼り付けるものじゃないのかなぁ」

が模様をよく見ると中央にWの文字が書かれている。

「W?何それ?」
「で、どうだ?なんて言ってる?」

リュータは靄から目を離さなず恐る恐るに近づいた。

「なんか手紙届けてくれたみたい。誰からか判らないんだけど」
「魔族の知り合いなんてそう何人もいるもんか……?」
「そういえば、ヴィルってWilhelmだった!」

ぱんと手を叩いて嬉しそうにするだったが、何かに気付いて大きな溜息をついた。

「だとしたら余計に触れないや。黒ちゃんに怒られるよ……」
が良ければ、オレが開けてやるよ?」
「仕掛けとかないといいね」
「いやそこは頼むから俺のこと守ってくれよ!俺だって怖いんだぞ!」
「あはは、ごめんね。大丈夫、頑張ります」

靄から手紙を受け取り、封を開けた。
封のための蝋はぽっきりと折れてしまった。

「こ、これって……いいのか?」
「……で、でもさ!しょうがないじゃん!いいよいいよ!」

の言葉を疑いながらも、リュータは丁寧に便箋を取り出し、
に見えるように提示した。

「…………そっか」

ぽつりと、は零した。

「なんだった?」
「ううん。いつもみたいにお前は愚かだーって。手紙でも全然変わらない」

はリュータに小さく笑みを浮かべた。

「最近会ってないけど、ヴィルは元気でやってるみたい」
「へー。手紙の中でも馬鹿にされてるのに、嬉しそうだな」
「そんなことないよ。びっしり偉そうなことばっかり書いてんだよ。酷すぎるよ」
「そりゃすげーな。逆に」

リュータは便箋を折り畳むと、元の封筒に入れ、に差し出した。
は一歩身を引く。

「ごめん……触れないから。私の机の中、左の方につっこんでくれない?」
「ああ、判った」

リュータは指示通りに手紙を入れる。
そのまま二人は会話を続けていると、横からサユリが入って談笑した。
そこに更にサイバーが入り、随分経ってからニッキーも入ってくる。
チャイムが鳴りそうになると、皆蜘蛛の子のように一斉に散った。

も他の者たちと同様にすぐさま自席に座って、次の授業に備えた。
机の中からノートを取り出していると、先程の手紙が顔を見せる。

「……どんな時でも意地悪なんだから」

教科書の端で奥へ押しやる。
そして、小さく溜息をついて、目を伏せた。











「ただいま……」
「……おかえり」

が目をやると、デスクに黒神はいない。
リビング中に目を動かして探すと、床に座りソファーを背にする黒神がいた。

「黒ちゃん!!」

は急いで駆け寄る。
黒神の姿はボロボロで、身体中傷だらけであった。
一部は治療済みで、手足の至る場所に包帯や絆創膏がある。

「どうしたの!?大丈夫!?」
「大丈夫だ。は優しいな」

弱弱しく笑うが、その顔にも生傷が複数あった。

「凄い怪我だよ。え、えっと、病院?で、でも、神様だし」

はどうしようと繰り返すと、その場でくるくると回る。
そんなのスカートの裾を引いて、黒神は「落ち着け」と言った。

「俺の身体は休めば元に戻る」
「でも!」


恐怖に震え泣きそうになるに手を伸ばすと、その身体を抱き締め、背中をとんとんと叩いてやった。

「神は絶対に死なない。だから大丈夫。心配要らない」

優しく諭すが、は首を振ると肩を震わせた。
嗚咽を漏らしだすに黒神は困ったように笑った。

「俺のことで泣いてくれるのは嬉しいが、泣かないでくれ」

肩を持ってを少し押しやる。
ぽろぽろと涙を零すに瞼を落とさせると、涙の粒を拭った。
しかし、またすぐに涙の道が作られる。

……」

黒神はもう一度を抱き締める。
しゃくりを繰り返すの呼吸が元に戻るまで、包帯が目立つ手で背を撫でた。
涙が流れれば、それを拭い、鼻をすすりだせばティッシュを渡す。







「……ごめんね」
「構わないさ。落ち着いたようで何よりだ」

落ち着いたと、黒神はソファーの上に座った。

「……ねぇ、どうして怪我しちゃったの?」

赤く腫れた目で、黒神の顔を覗き込んだ。

「ちょっと。……手こずったんだ」
「……」
「い、いや、泣かないでくれ。俺だって偶には上手く行かない時だってある」

じわりと涙を浮かべるを強めに撫でて、落ち着かせる。
はごしごしと涙を拭って、黒神の怪我を撫でた。

「こんなに怪我しちゃうなんて……」
「これくらいで済んだならいいさ。これで、俺に勝てる奴はいなくなったんだから」
「そんなの、元々黒ちゃんに勝てる人なんているはず……」

そこまで言って、は顔を引きつらせた。

「あ、あの……それって、誰のことを言ってるの?」

なんでもない顔にするように努めたが、ぐちゃぐちゃに歪んだままで。
黒神はそんなの頬をすっと撫でた。


「……秘密」


にっこり。

黒神は笑った。











、おはよ」

次の日の朝。
MZDの家の門の前に立つは制服ではなく、普段着であった。
様子がおかしいことにサイバーはいぶかしげる。

「私に関わらないで欲しいの」

突然の冷たい返しに、サイバーは動揺した。

「い、いや、お前どうして!?」
「全部私が悪いの!お願いだから、もう私には関わらないで!!」

金切り声を上げると、さっと身を翻す
逃げるその腕を、サイバーは握った。
しかしすぐにそれは空を掴まされる。

門から何メートルも離れた玄関先には立っていた。

「MZDに会ったんじゃねぇのかよ」
「……会ってないよ。黒ちゃん、MZDに勝ったって言ってたんだから」

サイバーは絶句した。
MZDなら大丈夫だろうと思って任せたのだ。
それなのに、返り討ちにされたと。

「他の人たちにも言っておいて。私には関わらないでって。
 今日は私学校休むから。明日も、多分休むから」
「待てよ。落ち着けって」
「落ち着けるわけ無いじゃん!サイバーだって危ないかもしれないんだよ!」

悲痛な声を上げると、瞳を揺らして、は消えた。




(12/11/02)